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おもてなしの心

 さて、暦姫のお勤めというのは歳神様を『おもてなし』すること。

 では、その『おもてなし』って、具体的にはいったい何をすればいいの?

 さっそく何かして見せようと思っても、どうすればいいのか見当もつかずに首を捻っていると、源順様が詳しく教えてくれた。


「何でもよろしいのですよ。歴代の暦姫様は歌を歌ったり、舞いを舞ったり、詩を綴ったりしておいででした」

「歌に舞いに詩……」


 さて困った。

 歌なんて野良作業する時に歌う唄しか知らないし、村の祭で踊るようなものは舞いと言えるほど優雅でもない。詩を綴るための綺麗な言葉なんて、これっぽっちも持ち合わせていない。

 歴代の暦姫なら当然のようにできたことが何もできない自分に恥じて俯くと、源順様はさらに言葉を続けた。


「それらもおもてなしのお心の一つではございますが、一番重要なおもてなしはお食事でございます」

「食事……」

「古来より、饗宴の儀は欠かせないものでございます。初代暦姫様も、始まりは食事にて主神をおもてなししたと伝えられています。それだけではなく、民より捧げられた供物を饗することで、民の感謝と祈りのお心を歳神様にお伝えしているのです」

「そうなのね……じゃあ、そのおもてなし、どうすればいいの?」

「さぁて。歴代の暦姫様方はそれぞれの饗し方がございました。貴女様が自ら考えてこそ、歳神様への真のおもてなしになることでしょう」


 私はますます自分を恥じた。

 儀礼的な何かがあると思っていたけれど、そうじゃないらしい。源順様の言うとおり、おもてなしとは私がちゃんと考えないといけないことなのだ。たとえ身代わりだろうと、偽物だろうと、私らしいおもてなしをしなければ歳神様に失礼になってしまう。

 よし、と自分の両頬を叩いて気合い注入。

 ご飯でおもてなしというならば。


「手料理でおもてなしかな!」


 私は意気揚々と袖をたすき掛けにした。






 源順様にお願いをして厨に案内してもらうと、村の家の土間を想像していた私は、どこかの工房のように広く、様々の道具がぴかぴかに磨かれている様に思わず気圧されてしまった。

 供物として運ばれてきている食料を置いている食糧庫も教えてもらうと、貧しかった村ではそうそう採ることのできなかったまるまると太った野菜などが納められていて、ここは本当に私のいるような場所ではないのだと思い知らされた気がして非常に虚しくなった。

 それでも私がやることは変わらない。

 私の手のひらにはおさまりきらない大きな芋を片手に思案する。

 供物といえども季節がら、まだ雪の解けきらない今の季節は保存向きの食べ物ばかりが納められている。

 芋や豆などの穀物は当然のごとく、魚の干物や干した肉なんかもある。あと見つかるものといえば雪の下でも育つ葉もの野菜くらいかな。

 これだけあればなんだって作れる。

 供物とはいえ、ここに並べられているのは私にとって馴染みのある食材ばかりだから、食事を作るくらいおちゃのこさいさいだ。

 まぁ、でも。


「年明けといえば、これかな」


 私は食糧庫の中でも一際目立つ大きな麻袋に目をやった。






 食事をよそった器を盆に載せる。

 私がこの宮に着いたのは昼頃だった。

 すっかり夜も更けてしまって、私のお腹も切なくなってきている。

 千載府に仕えている人たちが食事の用意を申し出てくれたけど、私はそれを断って一人厨に立ちっぱなしだったから余計にお腹が空いていた。

 ようやくできたほかほかのご飯を持って、意気揚々と牛のいる部屋へと戻る。

 牛は相変わらず部屋の中央に寝そべっていて、私が来るなりそのつぶらな瞳をきらきらと輝かせた。その様子を見て、なんとなく気に入られてるんだと感じた。


「お待たせしました。これが私のおもてなしです。歳神様、今年もどうぞ良きひととせをよろしくお願いいたします」


 盆を牛の前に差し出す。

 ゆらりと白い湯気が出ているのは、粥だった。

 春の七草で彩った粥。

 相手は牛だし、私もお腹空いてるから手の込んだご馳走なんて作りたくないし。

 作り方は簡単だし、材料も素っ気ないけど、私の村では定番だった正月料理だ。一年の健康を祈って食べるこの七草粥は貧しかった村ではご馳走と言っても過言ではない。

 白くてとろみのある粥の中に沈んでいる緑の野草。

 私は匙にすくって牛に差し出す。


「熱いから、少しずつお食べくださいね」

「ンモォ」


 一声鳴いた牛は、ぱくりと匙を咥えた。

 器用に匙の上の粥を舐めとり、モゴモゴと口を動かす。

 そして満足げに鳴くと、もっと寄越せと言わんばかりに口を開けた。

 良かった。食べてもらえるみたい。

 暦姫としてのお役目が果たせるのならきっと大丈夫。

 ほっとした私はせっせと牛に粥を食べさせて、この一年、なんとかなりそうな予感に胸を撫で下ろして安堵したのだった。



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