ギルドダンジョン
「へぇ~。ここがギルドダンジョンなのか。意外と奇麗な所だな~。」
本当にいきなり挑戦して大丈夫だろうか?という不安はあったものの、ゼロは皆に従い後を付いて行った。
「確かにそうね。なんか人工物の神殿みたいな所ね。」
「それにしても広いな。これで一階層だと思うと気が遠くなるな。」
「忌々しい地属性どもがいなければよいが……。」
「素直にカガチに頼ればいいニャ。それにリーシャも魔法使いニャ、風属性も使えるニャ~。」
リーシャさんは風属性を使えるのか~。あれ?そういえばカガチさんとエンライさんの変わっているところは聞いたけどそれ以外の人のは聞いてないな。なんでこのギルドにいるんだろう?
「そうね。リーシャは全属性の魔法を使えるの。でもその反面一つ一つの威力が小さくて他のギルドでは役には立てないの。本職の人から見たら中途半端ものだからね。それにあの口調を気にする人が多かったみたい。
そして私とボルツはあなたたちほど変わり者じゃないわよ。私は回復魔法を重視、ボルツは防御重視しているの。他のギルドでも十分やっていけるわ。でもボルツは前に居たギルドに居心地の悪さを感じて抜けたらしいわよ。
私はステータスとかそういったところ以外が普通じゃないから……。このギルドを作ったのもそれを少しでも隠したかったからかな……。」
何か聞いてはいけないことを聞いてしまったような気がした。そう思うくらいにイチが見せた暗い顔とごまかし笑いが悲しく見えた。
「この神殿みたいなところがギルドダンジョンか。すごく広いな。」
「グットタイミングでボルツが喋ったのニャ!」
「だな。暗い話は俺たちらしくない。ボルツのお陰で話を変えるきっかけになったぜ。」
「フッ、話を変える必要はなくなったようだがな。敵だぞ。」
エンライが向いている方を見ると狼のようなモンスターがこちらに向かって来ていた。
「よっしゃ!一匹目は俺が貰った!」
言うのと同時にカガチはバッと走り出し、剣を振りかぶっていた、が……。
「貫け!サンダーランス!」
不必要なセリフと同時に、エンライの杖から飛び出した雷の槍があっという間にカガチの横すれすれを追い越し、モンスターを貫きしばらくして消え去った。
それは一瞬の出来事でしばらくの沈黙が続くが、ハッとカガチが我を取り戻しエンライに文句を言う。
「って、おい!あれは俺の獲物だっただろ!俺に倒させろよ!」
「ドロップアイテムや経験値は皆に等しく入るはずだ、わざわざお前が倒す必要も無かろう。」
「くっ、そうだけど気分的問題だ!俺はモンスターを倒したいんだ!」
「なに、礼ならいらん、当然のことをしたまでだ。」
「俺のセリフのどこを取れば、そうなるんだよ!」
え、ええっと、止めた方がいいかな?喧嘩は良くないよ?いや、違うかな……。
あれ?もしかして二人にとってはこれがいつも通りなの?それなら心配しなくてもいいだろうし……。いや、でも本当に喧嘩しているんだったらひどくなる前に止めた方がいいよね?あれ?どっち?あれ?
「ほら、二人とも私への気遣いがバレバレの喧嘩を止めなさいよ。ゼロ君も、自分が思ったように行動していいよ。止めに入ってもいいし、しばらくほっておいてもいいし。長続きしそうなときは私が止めるしね。
それと……ごめん。皆に気を使わせちゃって。あと……ありがとう。もう大丈夫よ。」
「フン、我は気遣いなどしてない。ただ雷魔法を放ちたかっただけだ。」
「エンライ、こういう時は照れ隠しじゃなくて素直になるニャ。そして、やっぱりリーシャは元気なイチニャンが好きニャ。」
「俺たちは前のギルドに追い出されたり、合わなかったりした奴らばかりだからな。イチが何でこのギルドを作ったかは知らないが感謝してんだ。」
「俺はこのギルドのみんなが好きだ。ギルドを作って仲間を集めてくれたイチには感謝している。」
「ボルツ!なぜ今回に限ってこのタイミング⁈しかも俺の言った良いセリフと内容被ってるし!あぁ、もう!ゼロ!お前もなんか言ってやれ!」
「え、ええ⁈ぼ、僕⁈」
そこからずっと会話は止まることなく、騒がしくダンジョン攻略が進められた。
これが仲間と探検するってことなのか。あんなに怖くて辛かったダンジョンがみんなと一緒にいるだけでこんなにも騒がしくて楽しいものになるなんて。このギルドに入って良かった。皆と仲間になれて良かった。
「うりゃー‼」
一階層目から徐々に狭まっていった十階層目のフロアにカガチの声が反響し消えていく。
「だぁー‼エンライ!また人の獲物を取りやがって!」
「フン、先ほど貴様は我の獲物を奪ったではないか。これでお相子だ。」
「何がお相子なもんか!俺が倒したのは58匹でお前は59匹も倒してるじゃねぇか!」
「なんだ、貴様はいちいち数えていたのか。たかが一匹くらいいいではないか。それにこれで魔力こそ最高ということがよ~くわかっただろう?」
「クッソ、だから一匹でも負けたくなかったんだよ!と思ったら一匹来たぁ!よっしゃ!並んだぜ!」
すごいな、二人とも。ここまで出てきたモンスターを全部二人で倒している。二人で、と言っても協力じゃなくて競っているようだけど……。
「お、もう一匹来たな。これで俺がリードできるぜ!」
「フッ、この距離なら魔法の方が早いに決まっているだろう。」
ぼ、僕もせっかく仲間になったんだから役に立たなきゃ!
剣を構え走り出したゼロはほんの少し前で杖を構えていたエンライを一瞬で尻目に、そして一番前にいて一番早く駆け出していたカガチをあっという間に抜き去った。
現れた大きなハリネズミのようなモンスターとの距離をゼロは誰よりも早く詰める。
よし!まずはこのまま斬る!
一瞬で距離を詰めたゼロは流れるように剣で斬りつける。斬られはしたもののまだまだ体力が残っているハリネズミはゼロに狙いをつけ、相撲取りほどもある巨体でゆっくりと振り向いた。
僕の方が早く動ける!なら、このままもう一度!
その場でくるっと周り、その勢いで斬りつけるサービス付きで相手を正面に構える。一瞬だけバランスを整えるために止まったゼロは、すぐに剣を上段に構え斬りかかる。
しかしゼロが剣を振り下ろしたとほぼ同時にハリネズミはその巨体をくるんと丸め、さらにはその一本一本が太く鋭く尖った凶悪な針を今よりも長く伸ばした。
ま、まずい!このまま振り下ろすと!
この勢いのまま、鋭く尖った針山に剣を振り下ろすと自分の腕がどうなるのかを想像し、ゼロはすんでのところで剣を方向転換させる。何とか腕中串刺しになることを避けたが、ギリギリの方向転換では完全には間に合わず、腕に決して浅くない切り傷を何本か作ってしまう。
グッ……。
痛みに声が漏れそうだったが、心配をかけまいという気持ちと自分から飛び出してこんな情けないところは見せなれないという意地で何とか耐えきった。
痛みを耐えた安堵と丸まった状態から何もしようとしない相手に少し気が緩み、こいつをどうやって倒せばいいのかと思考する余裕すら生まれた。
しかしそんな安堵も、気の緩みも、余裕も一瞬にして絶望に塗り潰された。その時にやっと理解した。こいつは丸まった状態から戻ろうとしないのは守りに徹しているからではなくて、この状態こそが攻撃にもなることを。
そ、そんな……。こんなのどうすれば……。どうしようもない……。
目を見開きつつもその眼には力がこもっておらず、呼吸も不規則になり、どうしようもなさを嘆いているゼロを気にもせず、凶悪なボールとなったハリネズミはゆっくりと、だが確実にゼロの方へ傾いてきている。
あ、あぁ……。ダメだ、避けようがない……。左右どちらに避けても壁が邪魔で針に斬られる。後ろに跳んだって少し時間稼ぎするだけで勢いのついたこいつにばらばらにされる。前に跳ぶなんてもってのほかだ……。僕の剣じゃ止められない。僕の力じゃ避けられない。僕じゃ、僕なんかじゃ……。
「おりゃー!」
今にもゼロを全身串刺しにするため動き出そうとしているハリネズミをその針よりも長く大きな大剣が襲う。
「クッソ!こいつ固すぎだろ!」
カガチの大剣でも体力を全部削り切れず今度こそもうダメだと思い、ゼロは生きることをあきらめようとした。全身が刺される瞬間は見ていたくないと、どこか他人事のようにそっと目を閉じようとする。しかし全身にピリピリとした予想外の不快感がし、何事かと思い閉じようとしていた目を開く。
「雷龍の宴にて踊り狂うがよい!サンダーストーム!」
ピリピリとした不快感はより一層強くなり、ハリネズミの巨体を雷の渦が包み込む。激しい渦の中、やっと相手の体力を全部削りきることができた。輝く雷の渦の中消えていくモンスターの最後の光、ゼロは絶望を感じていたことも忘れ、ただ綺麗だと思った。
「お疲れ、ゼロ。」
目を見張るような光景が消えてしまった後も未だに虚空を見つめているゼロをカガチの声が覚まさせる。
あぁ、そうか。僕は自分から馬鹿みたいに飛び出して、結局一人じゃどうしようもなくて……。情けないな。皆怒っているかな?あの時みたいに一人ぼっちになるのかな……。
「お~い!ゼロ、大丈夫か?」
「ご、ごめんなさい!僕が勝手に飛び出したせいで皆にも迷惑を……。でも、でも僕まだこのギルドに……。」
「なに誤ってんだ?それよりもお前すごい速さだったな!さすが素早さに全ブリしてるだけのことはあるな。」
え……?えっと、褒められている?僕が?今?
「あ、あの、怒らないの?」
「怒る?何で?」
「僕が勝手に飛び出して皆に迷惑をかけたから……。」
「何言ってんだ、ゼロ。俺たちは冒険をしてるんだ。どんどん飛び出して行こうぜ。それで失敗したって誰も責めないし迷惑だなんて思わねぇよ。俺たちのギルドは効率重視の奴らとは違ってそういった失敗も楽しんでるんだ。もちろん負けたくねぇけどな。
まぁ、あれだ。誰かが失敗してもみんなでカバーすればいいだろ?変わり者が集まってるんだ、一人でうまくいくわけがねぇ。」
「フン、かっこつけたセリフを言って、後で後悔しなければいいがな。それに、ゼロ。今回は失敗なんかしていない。体力の多い敵には強力な魔法が必要だが時間がかかるからな。その時間を稼いで、しかも少し体力を減らしておいてくれて助かっている。」
「エンライもなんだかんだかっこつけている……あ、いつも通りニャ。ゼロ君、ダメージ喰らってるニャ。リーシャに任せるニャ。いつも回復はイチニャンがやっているけどこれくらいのダメージならお任せニャ。」
みんな……。仲間が助けてくれる……。よし!僕もみんなの力になれるように頑張るぞ!
「ゼロ…君。さっき確実に恐怖を感じていた…。絶望して『生』を諦めたような顔もした……。ゲームなのに……。」
「ん?なにか言いました、イチさん?」
「う、ううん。何も言ってないわよ。三人ともモンスターの討伐お疲れ様。十階でちょうどいいし街に戻りましょう。次は十一階層から始められるわ。」
一瞬目を見開き険しい顔でゼロを見ていたが、話しかけられるとすぐにいつものイチに戻っていた。ゼロも少し気にはなったがこのあとも同じようなことはなく、もう気にすることもなくなった。
あの後ダンジョンから戻り今日はもう解散することになった。解散し一人になったゼロはちょっとした寂しさとまた明日も会えることへの楽しみを感じつつ自宅に戻り今日の出来事を振り返りながら床に就いた。