リベンジ
1話目、2話目から大分時間が空いてしまい申し訳ありません。今回の3話目からは書き溜めたものをどんどんと出していこうと思います。
レンさんと別れてからからだいたい三十日くらい経っただろうか。今では何の疑問もなくこの家を使い、食事をとり、お金を稼ぎ、そしてたまにレンさんと遊ぶ、これの繰り返しの生活を送っている。もちろんお金を稼ぐ方法はアイテムの売却だ。今では問題なくモンスターを倒せている。
最初はあの洞窟に一歩も入らずにモンスターを倒していた。しかし今では多少あの時の恐怖も薄れ、洞窟内のモンスターも倒せるようにはなった。しかし問題はあの部屋だ。ゼロは何度か洞窟でモンスターを倒しているときにあの部屋の前まで来たことがある。その時は決まって足がすくんでしまい、一歩一歩離れることしかできなくなってしまう。何度情けないと思っただろうか、何度自分が嫌になっただろうか。しかし相手は死の恐怖。なかなか克服できないまま、また今日が始まろうとしている。
はぁ~。何とか日々の暮らしには困らないようにはなったけど……。未だにあの部屋には入れないし……。このままでいいんだろうか?
別にレンさんは僕がモンスターを怖がっても見捨てたりせず、むしろちょっと嬉しそうに助けに来てくれると思う。でもいつまでもそれに甘えていて良いんだろうか?それにレンさんがこの先ずっと助けてくれる保障なんてない……。
よ、よし!きょ、今日はあの部屋でモンスターを倒す!
そんな決意も束の間、今ゼロはボス部屋の扉の前で立ちすくんでいる。あんな決意の後だからかっこ悪く思われるが、この扉の先でゼロは一回死んでいる。想像も絶する恐怖を感じた。惨めに仲間をおいて逃げようともした。言わばこの扉の先はトラウマの場所ということだ。
怖い、足が前に進まない、逃げたい……。で、でも!僕は決めた、戦うと。それなのに逃げたりしたらもう僕はここまで来ることすらできなくなる。嫌だ、それは嫌だ!
覚悟を決め、自分の中の恐怖を振り払うように強く扉を開ける。一歩中に踏み込むと前回来た時と同じようにモンスターが生成される。
「キシャャァァァァァぁーー‼」
プログラムされた通りにゴブリンキングが咆哮を上げる。その咆哮に忘れようとしていた恐怖を再び植え付けられ、逃げ出したい気持ちになる。皮肉にも咆哮の効果で逃げ出したいのに動けないという余計に恐怖を感じる状況に陥った。さらに最初の一撃を喰らわせようとゴブリンキングが一歩一歩近づいてくる。それを見て、前回ダンたちがどんな攻撃を喰らっていたかを思い出し、顔の血の気がサァッと引く。
う、うぅ!う、動かない!まずいまずいまずい!あんな攻撃喰らったら即死、運が良くても重症で次の攻撃で殺される!
ゼロの願いも空しく、ゴブリンキングは手に持っている大きな斧を頭上に振り上げる。一度グググっと腕に力を入れ、後は斧の重さで一気にゼロに切りかかる。
ヤバいヤバいヤバいヤバっ!
ゴブリンキングの体重も乗った一撃がゼロを襲う。その瞬間、ゼロは後ろにどてっと尻もちをついた。
い、生きている……。
ゼロの必死の抵抗が実を結び、斧が振り下ろされる直前のところで動けるようになり、ずっと動こうとしていた勢いで、後ろに体がよろめき直撃を避けることができた。しかし本当にぎりぎりだったため胸からお腹にかけて斜めにうっすらと切られてしまった。もちろん出血などはないが動こうとするとグッと体を縮めてしまうような痛みが襲ってくる。
はぁ、はぁ……。危なかった。生きている……。大丈夫、動ける。これなら…。
そう言って、ゼロは無意識のうちに自分が逃げ出そうとしていることに気が付く。足は確実に扉の方へ進み、戦意はとっくに失われている。
あっ!ダメだ!逃げないって決めたんだ!もうあんな惨めなことになりたくない。仲間を見捨てるようなことしたくない。それに前来た時のことを思い出せ!この部屋に入った時点でもう逃げられない。そんなことをしている内に矢で撃たれたんだ。戦え、戦え!勝つしか道は残されてないんだから!
前回と同じ轍を踏まないようにゴブリンアーチャーの方に視線を向ける。予想していた通りこちらに向けて弓を構えていた。あれに当たったら同じことの繰り返しだと横に向かい走り出す。洞窟内でゴブリンアーチャーと他のプレイヤーが戦っているのを見て学んだことだ。
洞窟内の普通のモンスターなら倒せる。ゴブリンアーチャーも例外ではない。ただ問題は相手が一匹ではないこと、そしてゴブリンキングの存在。ならば一対一の状況を作り出せばいい。
矢から避けた勢いでそのまま部屋の端まで走る。思った通りにモンスターは真っ直ぐ、最短距離で向かってくる。三体の中で一番遅いのはゴブリンキング、そしてゴブリンアーチャー同士は同じ速さだ。ならば距離的に近かったゴブリンアーチャーが一番先に近づいてくる。全部思い通りにいき、ゴブリンアーチャーとの一対一の状況が作り出せた。
よし、一対一なら勝てる!
喜んでいる暇もなく、ゴブリンアーチャーに向かう。真っ直ぐ馬鹿みたいに向かって行ったら矢で撃たれて終わりだ。直線を避け、回り込む!
三十日間もモンスターと戦う日々を送っていたため動きからぎこちなさがなくなっている。ゴブリンアーチャーからの直線をギリギリ避け、あっという間に背後に回り込む。そのまま勢いの乗った一撃を喰らわせた。さすがに一撃では倒すことができずに、他の二匹が近づいてくる。
三対一で戦って勝てるほどゼロは強くない。いったん敵から離れ、反対の壁まで行きもう一度一対一の状況を作り出す。
三往復したところでようやく二匹のゴブリンアーチャーを倒した。
はぁ、はぁ、はぁ……。あ、後はあいつだけだ……。
最後に一匹だけ残ったゴブリンキングを、倒す決意を含め睨みつける。前回の戦いでゼロは何もできないで殺された。ゴブリンアーチャーとは洞窟内で戦ったことがあったのでどんなことをしてくるのか知っていたが、ゴブリンキングとの戦いはほとんど初めてのようなもの。攻撃方法は知らないことばかりだ。
どうしたら……。でも相手は遅いから簡単に後ろに回り込めるはずだ。
ゴブリンアーチャーみたいに矢が飛んでくることがないので、最短距離で後ろに回り込もうとする。
そのときだった。ゲームで設定されている距離まで近づいてしまったのだろうか、ゴブリンキングは体をひねらせ力任せに手に持っている斧で周囲を薙ぎ払った。咄嗟に止まり、後ろへ跳ぶことで避けられたがほんの少しでも気が付くのが遅ければ横一文字に斬られていただろう。他のプレイヤーにとってはたいしたことではないだろうが、ゼロにとっては相手の攻撃一つ一つが油断できない。一度でも大きなダメージを喰らったら激痛で動けなくなり、殺されるまでの恐怖と戦う羽目になる。
し、死ぬかと思った……。あんな範囲攻撃をしてくるなんて思わなかったな……。どうしよう、これじゃあ迂闊に近づけない。
ゴブリンキングから近づきゼロが距離をとり、ゼロから近づきゴブリンキングが斧を振りゼロが距離をとることの繰り返し。そんなことを繰り返すうちにゴブリンキングが咆哮を上げる。
や、ヤバい……。
とっさに逃げようとしたが間に合わず、体が動かなくなってしまう。
うぅ……。な、なんで体が動かないの⁈
恐怖で動けなくなることはもうなくなったが、ゲームとしてのルールに縛られ体の自由が利かなくなる。
でも、これがうまくいけば攻撃を当てることができるかも……。
咆哮を喰らったのはこれで三回目だ。少しは余裕も生まれ、作戦を考え付く。咆哮の後の行動は今までの二回を見るとどちらも同じだ。今回も思った通りに真っ直ぐ近づいてくる。
よ、よしこの後の行動は近づいてきて斧を振り下ろす。そのときの隙を突けば攻撃を当てられるかもしれない。あとはそれまでに体が動かせるようになっていなきゃダメだけど……。
体を動かせなければ斧での強烈な一撃を喰らい激痛で動けなくなりゼロは殺される。動かせるようになったとしてもゼロがゴブリンキングに与えられるのはせいぜい一撃。失敗すれば死に、成功しても一撃。分の悪い賭けだが今はこれに賭けるしかない。
体が動かせるようになったとき直ぐ気が付けるように、常に手を動かそうとし続ける。
ゴブリンキングの巨体が徐々に距離を縮める。勝負の瞬間が近づいていることが目に見えてわかり、緊張が体中を駆け巡る。
一歩、そしてもう一歩と脅威が迫っている時、距離をとっていたことが功を奏したのかまだ二、三歩ほど余裕のある時に手がピクリと動く。
よし!動く!
程よい緊張と落ち着きがゼロを包み、目を見開き相手を真っ直ぐ見る。
自分の体を丁寧かつ素早く動かし、相手の後ろに回り込む。斧を振り下ろすつもりだった相手はとっさに薙ぎ払いに変更することはできず、ゼロに近づくことを許してしまう。相手の後ろに回り込んだ勢いそのまま斬り払い、続けて返しで斬る。二回斬りつけたところで相手が体の中段に斧を構えたので薙ぎ払いが来るのを予見し、距離をとる。
う、うまくいった!
分の悪い賭けだったが見事成功させ、相手に初めて攻撃を喰らわした。
対してゴブリンキングは斧でブンッと薙ぎ払い、キシャャァァァァァぁーー‼と叫ぶ。
ま、まずい!また、体が……あれ?
今まで通り叫び声の後体が動かなくなってしまうと思ったが、難なく体は動く。むしろ動きに異変があったのは相手の方だった。真っ直ぐこちらに向かってくる速さがさっきのそれと明らかに違う。
「⁈うわぁ!」
すぐにゼロのそばまでたどり着き、大振りだが強烈な斧の一撃を叩き付ける。動きが単調だったこともあり避けるのはさほど難しくはなかったが衝撃で体勢を崩してしまう。しかしそんな隙もお構いなしにまた大振りの一撃を叩き付ける。体勢を崩していた状態だったが大振りの攻撃を避けるのは可能だった。地面をけり、崩れた体勢のまま跳ね上がる。崩れた体勢だったため着地は地面を転がる形となってしまったが意図的に何回か転がり相手との距離をとる。
……?おかしい……。一回目の攻撃のときに僕は体勢を崩した。そのときに斧で薙ぎ払われたらなすすべなく斬られていたと思う。僕から近づいたときは薙ぎ払ってきたのに……。スピードやパワーは上がっているのに明らかに動きが単調になった。何でだろう?
いや、理由を考えていてもしょうがない。これはチャンスでもありピンチにもなる。動きが単調になって薙ぎ払われる可能性が少なくなったから接近できる。
でもあのスピードが脅威かな。感覚的にはまださっきのアーチャーと同じくらいかそれ以下の速さだと思うけど、問題はあの動けなくなる咆哮。さっきまでの速さでギリギリ避けていたのに今の速さだと動けるようになる前に斬られる。単調になったからってあの咆哮がない保証はない。よし、接近してすぐに勝負を決める!
結論が出るよりも先にゼロは動き出していた。相手がいつ咆哮を上げるかわからない。そして咆哮を上げられたらなすすべなくゼロは殺される。
そんな状況だからこそ生きるために体が動く。一分一秒がもったいない。真っ直ぐに、愚直に最短距離で攻め込む。速さでは絶対に引けは取らない。そんな自信があるからこそ真っ直ぐに突っ込める。
あの頃のゼロでは自分に自信を持つなんてありえなかっただろう。モンスターが怖かった。戦うのが怖かった。傷つくのが痛くて怖くて仕方がなかった。周りの人に変に思われたくなかった。仲間を見捨てて逃げた自分が嫌だった。情けなかった。
でもこの一ヶ月でゼロは変わった。空腹をきっかけにレンに会った。レンと友達になることで他人に変と思われようが気にならなくなった。いろんなモンスターと戦うことで恐怖は薄れた。もちろん今でも傷つくのは痛い、怖い。それでも友達を見捨てるような人間になる方が辛くて嫌だ。仲間と冒険をしたいから強くなる。そう思ってゼロは恐怖を感じながらも戦えるようになった。
真っ直ぐに突っ込んでくるゼロに対してゴブリンキングは斧を振り下ろした。薙ぎ払いでなければゼロの脅威ではない。衝撃が来ることも考慮して少し遠く横に跳ぶ。着地した後も一切止まらずに再び走り出す。
相手の対応速度も速くなっているようですぐに斧を振り上げる。次の攻撃もまた力任せに振り下ろしてくるだろう。避けるのは簡単だが、衝撃を考慮して少しでも遠くに跳ぶと相手に次の攻撃準備をさせてしまう。避けるのは簡単なのに攻撃に転じられない。
短期決戦を狙っているゼロからすればこの状況はまずい。そう考えたゼロは避ける動作を見せない。むしろ相手に向けもっと加速する。
速く、もっと速く!斧が振り下ろされるよりも速く‼
速く速く速く速く速く‼
その瞬間、カクンと前に倒れるような感覚がした。
倒れる?!そう思ったが、足は倒れるよりも早く前に出ていた。前へ、前へ前へ前へ‼どんどんと足を前へ踏み出すゼロは、いつの間にか今までよりも自分が速くなったと実感できるほどのスピードにまで加速していた。
さっきまでの自分を置いていくような速さで、振り下ろす途中の斧と地面の間を通り抜け、懐を斬りつけるサービス付きで背後に回り込む。
よし!このまま‼
グッと体をひねり、斬りかかろうとした時に予想外のことが起きた。
後ろに回り込まれたのだから何かしら後ろに対して対処をしてくると思っていた。それならばこちらの方が速いため脅威ではない。が、まさか振り下ろす途中の斧をさらに力強く地面に振り下ろすとは思わなかった。突然の振動に、体をひねりバランスの悪い体勢だったゼロはその場で体ごと倒れこむ。
ヤバい!何とかしなければ!
そう思ったが、いきなり倒れたせいで対処に遅れ、ゴブリンキングが振り向く。
に、避けなきゃ!でもどこへ?横?後ろ?いや、ダメだ、倒れているこの状態からだと中途半端な距離しか離れられない。そんな距離なら結局ダメージを喰らってしまう。どうしたら、一体どうしたら……。
どこへ逃げるか、そんなことを考えているうちにゴブリンキングは再び斧を振り上げる。
そ、そんな……。こんなところで……。
嫌だ!死にたくない!今まで僕が優勢だったんだ。勝てない相手じゃない。ただで死んでやるものか!一か八か。これに全てを賭ける!
後のことは考えず、剣をしっかりと構え、ゼロは全力でゴブリンキングに跳びかかる。
全体重を乗せた一撃がゴブリンキングの腹に深々と刺さったのがわかる。それだけでは勢い止まらず、ぐらりとゴブリンキングの体が後ろへ傾く。
「倒れろぉ――‼」
傾き、倒れかかっていたゴブリンキングは、そのまま体力の限界を迎え光の粒子となって消えていく。
支えを失ったゼロは、ゴブリンキングの腹に剣を刺していた格好のまま床へ情けなく倒れる。しばらくうつ伏せで倒れていたゼロは、ゆっくりと仰向けになり、キラキラと粒子が昇っていく天井を眺める。部屋の中で満天の星空を眺めているようだ。
「うおおぉぉぉ‼」
今までずっとため込んでいた恐怖、緊張、そんなものが全て興奮に変わり、吐き出される。全身が痛い、死ぬかと思った、振り上げられた斧はすごく怖かった。
でも僕は勝った。今も生きている。凄く、凄~く、
嬉しい!
痛みが引くまでそのまま寝転がり、しばらくしてから街に戻った。
前書きでも言ったように、今回から書き溜めたものを出すつもりです。なので一日に一話ずつ出したいと思ってます。