フレンド
いったいどれほどの時間が経っただろうか。真っ暗になっていたゼロの意識にだんだんと光が差し込み始めた。長かったような、はたまた凄く短かったような気がする。
「ここは…最初の街?」
目が覚めたゼロは再び街で一人きり。行きかう人々もゼロのことを全く気にせず通り過ぎて行く。
「僕はさっきまで何を…?」
まだ目覚めたばかりでしっかりと働いてくれない脳を無理してでも使い、何をしていたのかを思い出そうとする。
「そうだ…。」
思い出した。ダンとマルトに話しかけられてパーティーを組んだこと。始めのダンジョンに行ったこと。ボスとの戦いで感じた恐怖、痛み。
そして最後に、死んでしまったこと。
「そうだった、僕はあの時死んで……。あれ?でも今生きている?」
もちろんここは死後の世界なんてところではない。一番始めの街だ。死んだら街で復活する。ほとんどのゲームで常識とされていること。
しかし、そんな常識をゼロは知っているはずもない。
「もしかして、ダンたちが助けてくれた?」
ダンジョンで大怪我を負って気絶していた(実際は死んだのだが)人が、無事に?街へ帰ってきたのだ。助けてもらったと考えるのが妥当だろう。
「最後に助けてくれたのかな……。」
確かにあの時僕は見捨てられた。思い違いじゃないはず。あの時、確かに二人から僕に対して諦めのようなものを感じたから。
きっと今、二人がいないことがその証拠なんだろうな……。
「これからどうすればいいんだろう?」
何もわからない。僕には分からないことが多すぎる。生きていくためにはどうしたら良いんだろう。
色々なことを考えている間にもお腹は減り、ゲームの世界ではありえない間の抜けた腹の虫が鳴る。
もちろん周りには聞こえていないが。
「うぅ~。そういえばずっと何も食べていないや。お腹空いたな……。」
何か食べたいけどどこへ行けばいいのか……。
ゼロが今いるこの街、始まりの街。冒険の基盤となる街というだけあって、人が多く活気が溢れている。
目的もなく歩いている人。忙しそうに走る人。アイテムの売買、交換相手を求めて声をあげる人。パーティーやギルドの仲間を募集する人。素材集めやダンジョン攻略の手助けを求める人。親しい人との会話を楽しむ人。大勢に向けて何か言っている人。ただぼぉ~っとしている人。
レベルや装備も色んな人がいる。初期装備で自分自身の個性はまだない低レベルの人。ちょっと周りの人と違ったかっこいい、かわいい装備で少し個性が表れている中レベルの人。明らかに豪華な装備で、自分の好きな装備を好きなように着ている個性的な高レベルの人、は流石に配信が始まったばかりの今はまだいないが。本当にこの街には様々な人がいる。
この街に人が集まる理由は単に始めの街ということだけではなく、様々な施設が揃っているからだろう。
鍛冶屋に道具屋、質屋、飲食店に酒場、フリースペース。冒険以外なら、このゲームでできることはこの街だけで全部できる。
ちなみにフリースペースとは、自分で自由な価格でどんなアイテムでも売ることができる場所だ。
売ると言っても質屋のように直ぐにお金に変わるわけではなく、他のプレイヤーに売るということだ。もちろんそこで他人が売りに出したものを買うこともできる。仲介料として利益は一割減るが利用している人は多い。個人同士で売り買いをすれば利益は全部自分のものになるが、いざこざが起こることがある。アイテムを渡したのにお金が支払われない。逆にお金を支払ったのにアイテムが渡されない。他にも渡されたアイテムが言われていたものと違う、払われた値段が違う、騙されたといったトラブルを避けるために利用するのだ。
また、鍛冶屋、道具屋、質屋、飲食店は名前の通りだ。
そして酒場。多くのゲームやアニメ、異世界ものではこの場所は冒険者の憩いの場として定番だ。このゲームでは、ここで情報収集やクエストの受注ができる。
他にもまだまだこの街には紹介するところもあるが、それは追々出てくるだろう。
そんなだだっ広い街を散策しながら、ゼロは飲食店を探していた。
「……広い。広すぎるよ!何か食べたいのに広すぎてお店が見つからない……。」
仕方ない、誰かに聞こうかな。と思うものの誰かに迷惑をかけ、拒絶されたらどうしようかとつい考えてしまい、話しかける機を逃してしまう。
「どうしよう……あ、あの人なら暇そうだし大丈夫、かな…?」
ゼロはおどおどとしながらも、真っ直ぐただ前を向いている彼に話しかけようと試みる。一見人の良さそうな顔をし、忙しそうにしているわけもなくただただ前を向いている人ならきっと話くらいは聞いてくれるだろうと考えた。
「え、えっと、あのぉ~。この街でなにかを食べられる場所ってありますか?」
「ようこそ!この街は初めてですか?」
未だにおどおど、びくびくしているゼロとは対照的に、彼は丁寧であり壁を感じない、人の良さそうな印象を受けた。
この人なら大丈夫かもとゼロが思うほどだ。
「は、はい。それでお腹が空いたんですけど、お店が見つからないんです……。」
「ようこそ!この街は初めてですか?」
・・・え?
一瞬自分の耳を疑った。とてもふざけるような人とは思えない。だが、さっきと全く同じセリフを言った。
「どういうことだろう……?」
「ようこそ!この街は初めてですか?」
うっかり口から漏れた自問にさえも彼は答えてきた。変わらないセリフを。今度ははっきりと聞こえた。やっぱり聞き間違いではなかった。
どうして同じことを繰り返し言っているのかは分からないが、分かったことも一つある。彼とは会話にならないと。
「はぁ……どうしよう。また振り出しに戻っちゃった……。」
「ようこそ!この街は初めてですか?」
・・・この人の近くでうっかり声を出すと面倒だな。離れないと。
それにしてもどうしようかな。ほかの人に話しかける勇気も今の出来事のせいで完全に失ったし、そうかと言って自分一人で探すには広すぎだし。
そんなことを考えていると後ろから嫌な視線を感じ、思わず息をのむ。
「ひぃ……⁈」
な、なんだろ?今、後ろからねっとりとしたような視線が……。
恐る恐る後ろを振り返るとすぐ後ろにいつの間にか男の人がいた。高身長、整った容姿、ゲームの中だからこそ存在しているイケメン。頭の上に青く『レン』と書いてあることからこの人の名前がわかる。
さっきの視線はこの人?
「あの…、何か用ですか?」
「あぁ~ン、たまらないわ‼」
ひぃぃ!な、なに、この人⁈何でいきなり叫ぶの⁈それよりもなんで女性みたいな口調⁈
いきなり衝撃的なことがいくつも襲ってきて、少し泣きそうになりながらももう一度話しかけてみる。
「な、なんですか?僕に用ですか……?」
「あら、ごめんなさいね。つい興奮したのよ。ちょ、ちょっとそんなに怖がらなくてもいいじゃないの。」
じりじりと後ろに下がりこの状況からの脱走を試みようとしたが、バレてしまった。
うぅ……。恐がるなって言われてもいきなり話しかけてきて「つい興奮したのよ。」なんて言う人はどう考えても怖い……。
「それにしてもビンゴ!背も小さくて初々しい感じ……。タイプよ‼」
うぅ‼何か今ものすごい身の危険を感じたような……。この人苦手かも……。
「あ、そうそう。ゼロちゃん、あんなただ一言しか話さないNPCの前で何やっていたの?」
NPC……?一言しか話さない……もしかしてさっきの人のことかな?
「え、えぇ~と、何処かに食べる場所ないかと思って……。」
「それでNPCに話しかけていたと……。良い!いい感じに初々しさと天然が入っているわね!それでいてわざとらしくない!もうサイコウ!ゼロちゃんの中の人がおっさんでも愛せそう!まさか効率重視が多い配信開始直後で、ちょっとした効果にしかならない食事をしようとNPCに話しかけている子がいるなんて最高よ!あ、鼻血が……。」
一体リアルの方では何が起こっているのだろうか。しばらくレンの動きが止まったかと思うと、また動き出す。こんな自由奔放な行動に戸惑い、今の間に逃げれば良かったことをゼロは気が付かなかった。
「ふぅ、なんとか落ち着いたわ。そうね、じゃあ私が案内してあげるわ。」
案内?この人が食事できるところに案内してくれるってことだよね?う~ん、この人は決して悪い人だとは思わないけどちょっと怖い……でもお腹は空いているし……。
「お、お願いします!」
ペコリ、と擬音が入りそうなお辞儀をして、ゼロは案内してもらうことにした。
「はぅ!また鼻血が。大丈夫、スクショは間に合ったわね。永久保存版よ‼」
……本当にこの人で大丈夫かな?
そんなゼロの不安は良い意味で裏切られ、レンは迷うことなく飲食店に案内してくれた。
扉を開け中に入ると、食事をしている人はちらほらとしかいないが、良い匂いが全身を包み込んでくる。
空いてしまったお腹にこれは拷問のようで、何か食べさせろとさっきからお腹が文句を言っている。
ご飯、ご飯~♪あっ……。
「僕お金ない……。」
「お金がないって、始めからあるお金はどうしたのよ?何か装備を買ったようには見えないし……。」
「無くしちゃったみたいで……。いつの間にか無くて……。」
「な、無くしちゃった⁈もしかして死んだときに全部減ったのかしら?」
このゲームでは、『死に戻り』『死んで回復』などのちょっとズルい方法を減らすために死んだら所持金が減少するようになっている。ゲームを始めたばかりの少ない金額なら一回死んでしまうだけで一文無しになることはある。
だがもちろんゼロはそんなこと知らないし、自分が死んだとも思っていない。
「いいわ。今回は私のおごりよ。スクショ代ってことでね。パーティーを組めば私が払えるわ。」
「あ、ありがとうございます。」
「ただしその代わりって言うのもなんだけど。フレンドになりましょ、私たち。」
「ふ、フレンド……?」
「そう、友達になりましょ。交換条件ってことじゃないからもちろん断ってもいいわよ。」
フレンド……。友達!
ダンやマルトに拒絶され、人に話しかけることにも抵抗があったゼロにとって、その言葉はとても甘美なものに聞こえた。しかも相手はレンだ。最初こそ最悪の印象だったが、今ではちょっと変わった良い人だとゼロは思っている。そんな人から友達になろうと言われれば、断る理由はゼロにない。
「お、お願いします!僕でよければ……。」
「そう、良かったわ。なら畏まった口調はなしってことで。」
そうこうしているうちにいつの間にか注文していた料理が出て来る。さっきから文句を言っているゼロのお腹は目の前に用意された我慢できるわけなく、味わいつつも一生懸命胃に詰め込む。無言でもぐもぐと食べつつけたので一食分なんてあっという間だった。
「ごちそうさまでした。それにしてもお金どうしよう……。今後のこともあるし。」
「そうね。やっぱりモンスターを倒してドロップアイテムを売却して稼ぐしかないんじゃないかしら?クエストなんかもあるけれど、ゼロちゃんにはちょっと早いかもね。」
えっと……売却?どこで?何を?
「じゃあ、レクチャーしてあげるわよ。フレンドになって最初の冒険ってことで。」
「とりあえずレクチャーだから街からそう遠くないところに来たけど……。ゼロちゃん、さすがにモンスターを倒したことはあるわよね?」
「ま、まぁ……。」
助けてもらいながらだったけど一応倒したことにはなるよね?
「その時にアイテムが落ちたのはわかった?」
「ゴブリンが剣を……。」
「そうそれよ。そんな風にモンスターがアイテムを落とすことがあるの。それがドロップアイテムよ。じゃあ試しにそこにいるウサギを倒してみて。」
レンが向いている方に目をやると、モンスターというよりは動物と言った方が適切なくらいにもふもふのウサギがいた。ただ、ウサギとは言っても大きめの犬と同じくらいのサイズが、モンスターであることを裏付けている。
結構、大きい……。でもゴブリンと比べれば怖くない。大丈夫、僕一人でも倒せる!……あっ!
剣を持ち凶悪な顔をしたゴブリンと比べれば、多少大きいくらいのウサギは怖くない。そうやって自分を鼓舞し、ウサギに近づこうと一歩踏み出した時、ゼロは大切なことに気が付いた。
「武器がない……。」
「えぇ!なんか今そのまま倒しに行く勢いだったじゃない!ゼロちゃん最初から武器を持ってなかったから武道家かと思っていたわよ!それで武器はどうしたの?」
「捨てちゃいました……。」
「……初心者によくあるミスもここまでくるとすごいわね。それで使う武器は何?剣でいいのね?じゃあ売却用で残っていた『ボロボロの剣』があるからあげるわ。今度から気を付けてよね。」
よ、よし!今度こそ!
少しは不安があるものの、出鼻をくじかれたお陰と言うのも可笑しいが変な緊張がなくなり、確実に一歩一歩ウサギに近づき、剣を力の限り振り下ろす。思わず目を瞑ってしまったが、グッとした少しの抵抗感が手から伝わり、その後スッと剣は空を切る。
ゼロがゆっくり目を開くと、振り下ろした剣の周りにモンスターが消えるときに残す光の粒子がうっすらと残っていたがやがて消えていく。見てはいなかったが、自分一人でモンスターを倒せた証拠だ。
や、やった!僕一人でも倒せた!出来たんだ!
「ずいぶんとゆっくりした動きだったけど、まだ操作に慣れてないのかしら?でも大丈夫そうね。ゼロちゃん、何か落ちなかった?」
そう言われてからドロップアイテムを手に入れることが目的だったと思い出し、ウサギがいたところを見ると、赤みがかったブロック肉が落ちている。しかしその肉もモンスターが消えるときのように粒子となって消えてしまった。
「えぇ!き、消えちゃった!確かに今お肉がここにあったのに!」
「ゼロちゃんってゲーム自体が初めてなのかしら?そのお肉はアイテム欄に入っているわよ。」
アイテム欄……?
アイテム欄、アイテム欄と考えているとレベルのときのように目の前にたくさんのアイテムが映し出される。今手に入れたお肉はもちろんのこと、ダンたちと冒険したときにいつの間にか手に入れていたアイテムが。
捨ててしまった剣や無くしたお金はないがそれ以外のものはここに残っていた。
「あったようだし、今度は売却方法を教えてあげるわ。街に戻りましょ。」
街に戻りそのままレンに連れて行かれたのは、街の大通りに面したお店だった。入ってみると部屋中に商品が置かれていて、綺麗な並びとは言えないが好奇心がくすぐられ、わくわくしてしまう。
「へぇ~。いろんなものが売られているんだなぁ~。あっ、これはなんだろう?こっちは何に使うものなのかな?うわぁ~。変な形~。あ、あそこにも変わったものが……。」
「ちょっとゼロちゃん?買い物をしに来たわけじゃないのよ。アイテムを売るにはあそこにいる店員さんに話しかけて、それで売却を選択して……。」
色々と言われ細かい部分を忘れてしまったが、最後に「まぁ、やってみればわかるわよ。」と言われたので、とりあえず店員さんに話しかけることにする。街中にいた彼のこともあり、人に話しかけるのに良い思い出がないため少しおどおどしながらだったが、それでも店員さんはちゃんと答えてくれた。
店員さんに「買い物ですか?売却ですか?」と聞かれ、店内にある変わった商品を買いたい気になったが、今回の目的はアイテムを売ることだから我慢して、売却ですと答える。そこからは難なく進み、目の前にいきなり出できた自分のアイテム欄から売りたいものを選んで、無事に売却が終わった。
よし、売却のやり方もわかったしもう大丈夫。じゃあレンさんのところに……。あっ、そうだ!
「お帰りゼロちゃん。ちょっと時間が掛かっていたみたいだけど、説明わかりにくかった?」
「大丈夫。色々とありがとう。えっとそれで……。」
そう言ってゼロはアイテム欄から一つアイテムを取り出してレンに渡した。
「これは?」
「僕なりのお礼です。ご飯だったり、教えてもらったりのお礼。レンさんなら似合うと思って、今売ったもののお金で買ってきたの。」
「ゼロちゃんからのプレゼント……⁈さっそく装備するわね!」
そう言ってレンはプレゼントされたばかりのマントを羽織る。身長が高く顔立ちも整っているレンというキャラに黒いマントはとてもよく似合っていた。
「やっぱり思った通りだ。似合っている、良かった。」
「はわゎ…!私のキャラがよりイケメンに!しかもゼロちゃんからのプレゼントだし!あぁ、ここは天国……?」
たまに変なこと言っているけど、レンさんは良い人だなぁ。口調もちょっと変だけど親切だと思うし、色々と教えてくれてかっこよかった!
でも、いや、だからこそ頼ってばかりじゃ駄目だ!
「えっと、レンさん!い、色々とありがとうございました!今度は一人でもできる、気がする。そ、それで、また一緒に冒険してください!」
「そう、そろそろ退席するのね。楽しかったわ、ゼロちゃん。こちらこそまた一緒に遊びましょ。」
まだ一緒に冒険したい。そんな気持ちにけじめをつけてゼロはレンと別れた。
ゲームの世界にも現実のように明るい昼間と暗い夜が交互に訪れる。レンと別れた後、徐々に暗くなる街並みの中ゼロは寝る場所をどうしようか悩み、街を再び歩き回っていた。
こんなことならレンさんに聞いておけばよかった、と広すぎる街を恨みながら当てもなく歩いていると見覚えのある一角にたどり着く。
そこはこのゲームが始まった時にゼロがいた場所、そしてダンたちとの冒険が始まった場所だった。ここになら何かあるのではないかと見て回ると、一番初めにゼロが立っていた場所の後ろにある家に『ゼロ』と自分の名前が表示されていることに気が付いた。辺りを見渡すと同じような建物がずらりと並んでいる。このせいで街が以上に広いのかと思いつつ、なぜ自分の家があるのか疑問に思った。そもそもなぜここに立っていた時より前の記憶が自分にはないのか。そのようなことがいくつも頭の中に浮かんだが、当てもなく街を歩いた精神的疲労があるなか、自分の家で休めるという甘美な誘惑に襲われ後々考えることにして休息をとることにした。