ゼロ
初めましてリリーです。ゲームの中で『生きている』少年のお話。良かったらぜひ読んで行ってください。
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ようこそ!『トゥジュール・アドベンチャー』の世界へ!
ここは様々なプレイヤーが自由に過ごせる世界。
狩り、釣り、料理にショッピング、そして冒険‼
自由度が売りのゲーム、配信スタート!
運営より感謝を込めて
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ここはいったい…
僕は誰なんだろう?どうしてここにいるのだろう?
空には謎の文字が浮かんでいる…
『トゥジュール・アドベンチャー』『ゲーム』『配信』『運営』
……それってなんだろう?
配信が開始されたばかりで誰もいないネトゲの世界。いや、誰もいないと言うのは間違いだろう。ここに栗色の髪、栗色の目をした少年が一人。そんな一人の時間もすぐに終わりを迎えた。
「俺がいっちば~ん!」
「それを言うためだけに一日中パソコンの前かよw」
「そんなこと言ってお前もはえ~じゃん、マルト。」
「お前もいつもの名前だな、ダン。」
こんなことを話しながら二人の男の人がいきなり街に現れる。この二人をはじめに、次々と人が現れ、思い思いの場所へ向かっていく。しかし、ダン、マルトと呼ばれた二人の男は真っ直ぐ栗色の髪の少年に近づいてくる。
な、何でだろう……。
真っ直ぐ僕の方へ向かって来ている気がする。
「なぁ、マルト。コイツ俺より先にいたような…。」
「お前、いっちば~んとか言っといてw」
「うるせぇ。でも、俺より先にいたとしたらコイツ結構ゲーマーじゃね?」
「パーティー誘ってみるか?」
「だな。」
「ねぇ、君パーティー一緒に組まない?」
ど、どうしよう……。
いきなり話しかけられたけど、パーティーってなんだろう?なんて答えればいいの…?
「もしかしてNPCじゃない?」
「NPCかな~。でも頭上に『ゼロ』ってあるし。名前だろ?これ。」
「NPCにだって名前くらいあるだろ。もう行こうぜー。」
ゼロ?…ゼロ⁈それが…。
「それが僕の名前⁈」
「うぉ、なんか言った!」
「ご、ごめん……。そ、それで……僕の名前はゼロ?」
「そうだろ?頭上にちゃんと書いてあるし、自分で名付けたんだろ?」
ダン、マルトが言うように、少年の栗色の髪の上に少し浮いて青白い文字で『ゼロ』と二文字書かれていた。ダン、マルトと呼ばれた二人の頭上にも同じようにそれぞれ、『ダン』『マルト』と書いてあるので、この青白い文字が名前ということで間違いないだろう。
「ゼロ、それが僕の名前……。」
「何言っているんだ、コイツは?」
「キャラになりきるタイプのゲーマーとか?」
「もしかして俺ら、変な奴パーティーに誘っている?」
「でもまぁ、なりきるほどのゲームオタクならテクニックもあって強いかもよ?ほら、お前より早くログインしていたくらいだしさ。」
「じゃあ、ゼロ。俺たちとパーティー組もうぜ。」
そう言うと、ゼロの前に青白い画面が現れ、そこには
「ダンからパーティー申請が来ました。」
▽受諾 ▽拒否
と書いてあった。
パーティー……。良くわからないけど、受けてみる!
「ゼロがパーティーに入りました。」
「よし、じゃあ早速始めのダンジョンに行きますか。」
「初期装備で行けるのか?」
初期装備?
ゼロが自分の服やダン、マルトの服、周りの人の服を見るとみんな同じ服を着ている。
初期装備……装備はわかるけど、初期って何の『初め』だろう?でもみんな同じ服だから初期装備はこのことを言っているのかな?
「ねぇ、始めのダンジョンって……?」
「ん?あぁ、この街を出て少しフィールドを進んだところに『始まりの洞窟』って場所があるらしいからな。」
「装備を変えるにも、そこに行って素材を集めるしかないから、この装備のままで行くしかないか。」
兎に角、ゼロたちはその洞窟に向かうことにした。街を出て洞窟に行くまでの道のりは草原で、初心者でも余裕で倒せるようなモンスターがたまに出てくる程度だった。
それにしてもダンとマルトは凄いな~。戦いの息がぴったりだ。会話もしてないのに、互いに何をしてほしいかわかっているみたいだ。
でも、どうしてだろう?会話していなければわからないような行動も、お互いわかっていたみたいだったけど……まるで頭の中で会話しているみたいだな~。
ゼロには、まさかダンとマルトがリアルで通話しながらゲームをしているとは、夢にも思わないだろう。
草原を抜けると、少し広いと感じるほどの洞窟の入り口が見えてきた。他のパーティーが入っていくのが見えたが、入口を境に、不思議なことに何も見えない。黒く、分厚いカーテンでもされているかのようだ。
ゼロたちも前のパーティーに続いて、洞窟へと入っていく。前のパーティーに続いたはずだが、洞窟に入ってみると前のパーティーがいない。ゲームではパーティーがそれぞれ違うところへ飛ばされるというのはよくある設定だが、もちろんゼロは知らない。
「えっ⁈前の人たちが消えた⁈」
「洞窟の中に入るとランダムで飛ばされるって構造だな。」
「意外と明るいな。真っ暗だと思ったが……。」
「光源アイテムがこのゲームには無いから洞窟などはこの明るさで設定されているんだな。」
この二人が言っていることは難しくてよくわからないや。きっと僕なんかより頭が良いんだろうな~。
「とりあえずボス部屋への最短ルートを進むか。」
「だな。攻略見て、最短ルート探してくるな。」
「もう攻略サイトがあるのか?」
「どうやら公式で運営側が作ったらしいぞ。ま、見てくる。」
そう言ってダンは固まった。ゲームだと知っていれば、事前に一言言ってからキャラが固まったところで心配することはないだろう。だが、ゼロから見ればさっきまで話していた人がいきなり固まったのだ。驚くのも仕方ないだろう。
「ね、ねぇ。マルト、さん?ダン、さんがいきなり固まったけど……。」
「そうだろうな。攻略を見ているわけだし。」
こうりゃく……?ダメだ、僕には何を言っているのか全然わからない。
「こうりゃくってなに?」
「……ゼロ、なりきるのは人の勝手だが、何でもかんでも質問するのは止めてくれ。面倒だ。」
「ご、ごめん、なさい…」
なりきる、が何のことを言っているのかもわからないけど……。
確かに色々と質問しすぎたかな……迷惑だったかな……。
今度から気をつけないと。
「たーいまー。って、お?マルトさ~ん、ログがずいぶんと荒れていますねぇ~。」
「ほっとけ。で、攻略はどうだったんだ?見てきたんだろ?」
「おぉ、そうだそうだ。見てきたぞ。」
「で、どうだったんだ?道に迷わずに行けるか?」
「道は大丈夫そうだけど……初期装備だと少し手間取るってよ。」
「そうか……街に戻るべきか?」
「ん~、服はこの『革防具』でも行けると思うけど。武器が『木の剣』じゃあ弱いな~。来る途中の敵相手なら大丈夫だったけど、ダンジョン内の敵のHPは削れねぇだろうな。」
ダンとマルトの話が少しわかるような内容になってきたかな。でもまだわからない言葉があるけど……。あんまり質問しすぎると迷惑かけちゃうから。
「武器か。それなら街の鍛冶屋に行くか?」
「いや、素材が足りないな。えっと……おっ、一つ手があるが、ゼロ、マルト、お前ら剣だよな?」
剣だよなって武器が剣ってことだよね?そのまんまの意味じゃないよね?
「う、うん……。」
「このダンジョンにいるゴブリンは二割くらいの確率で剣をドロップするらしい。『ボロボロの剣』って名前だけど『木の剣』よりはましだからな。その剣を狙いにいこう。」
「OK、案内は任せた。」
それから僕たちはダンジョン内を進んだ。ダンが先頭で僕が一番後ろ。二人の邪魔になったらいけない。さっきもマルトに迷惑かけたから。
「着いたぞ。ここらへんでゴブリンが多く出るらしいな。」
そう言って立ち止まったダンの目線の先を見ると、明らかにサイズの合ってない鎧や兜をつけた濃い緑色の人型モンスターがカチャカチャと音を立てて近づいてくる。あれがゴブリンなのだろう。
「う、うわぁ!意外に大きい……。」
手入れなど全くされてないような剣を持って真っ直ぐに近づいてくるゴブリンはゼロの胸くらいの高さに頭がくる。ダンジョンに来る前に戦った小型モンスターよりも強い中型モンスター。武装した少し小さい人が真っ直ぐ向かって来ているようなものだ。普通の人が恐怖を感じるのは当たり前のことだろう。
「あ、足が……。」
足が震えて動いてくれない。ぼ、僕も戦わなきゃいけないのに……
初めて感じた死への恐怖がゼロの身体の自由を奪った。ダンジョンに来る前のモンスターでは感じなかったものだ。小型モンスターの攻撃は主に体当たりで、よっぽどのことさえなければ死ぬことはない。しかしゴブリンの攻撃は武器、つまり剣を使う。例え一撃でも急所に当たれば死ぬ。急所でなくても数回当たれば死ぬ。一瞬そんなことが頭をよぎったせいで震えが始まったのだ。
ダンやマルトが戦っているんだ。僕も僕も……と思うものの身体は言うことを聞かない。ちょうどそのときに何回目かのダンの攻撃がゴブリンの最後の体力を削り取った。ゴブリンが光の粒子となって消えていく。
「ゼロ、全く動いてなかったが何をやっていたんだ!」
「ご、ごめん。足が震えて動けなかった……怖くて……。」
ダンやマルトは何も言わなかった。それなら仕方がないと思ったのか、あきれたのか。
一匹目のゴブリンでダンが剣を手に入れることができた。ゼロも段々と参戦できるようになった。ダンやマルトがいる安心感や慣れのおかげだろう。五匹目でマルトとゼロもやっと剣を手に入れることができた。武器が木の剣からボロボロとは言え鉄製になったことで、三人の攻撃力も高まり、安定してモンスターを倒せるようになってきた。それと共にゼロの恐怖心も徐々に薄くなり、今では普通に参戦している。
「ここら辺にでかい扉があるらしいんだが……。」
武器も手に入れ、レベルもある程度まで上がったからボスへ挑もうということになった。武器を手に入れたのはわかるけど、レベルがある程度上がったのはどうしてわかるんだろう?レベルの存在は知っているけど、今のレベルはどうやって知るのかな?レベル……レベル……
「う、うわぁ!」
「どうしたゼロ?ボス部屋見つけたか?」
「ち、違うけど……ごめん、何でもないや。」
「なんだよ、ややこしいことしてないでお前も探してくれ。」
「う、うん……。」
び、びっくりした~。レベル、レベルって思っていたいきなり目の前に数字が浮かび上がってくるんだもん。今はもう消えちゃったけど……えっと確か二つのことが書いてあって、一つが今のレベル。一瞬だったけど13って書いてあった気がする。もう一つが次のレベルまでの経験値だったかな?四桁くらいあったのは覚えているけど数字までは覚えてないや。そっか、こうやってレベルを知ることができるのか。ダンやマルトもこうやって自分のレベルを見ていたんだね。あっ、そうだ!僕もボス部屋を探さなきゃ。う~ん、大きな扉って言っていたな~。
しばらくしてからやっと扉を見つけたのはダンだった。攻略サイトで扉の写真を見たからだろう。
「なんだよ。大きな扉って言われたから、アニメのお城やボス部屋みたいな十m、二十mくらいの扉を想像していたのに……。」
今三人の目の前にある扉は、どう見ても三m前後の高さ、横幅も大人の男性が腕を広げたら端から端まで届くだろう。
「十m、二十mの扉があるほどこの洞窟は広くないだろ。それにこの扉だって十分に大きいだろ?」
「そりゃ、扉があるところだけ洞窟が広くなっているのがお約束ってやつだろ?それを想像していたせいで、なんだろ、この扉の残念感……。」
「いいから入ろうぜ。ボスだ、ボス。」
ダンに続き、マルト、ゼロの順で中に入る。扉の先は予想以上に広く、学校の体育館が入るくらいの広さだろう。遮蔽物が何もないせいか、より広く感じる。
「あれ?何もいないのかな?」
「いや、HPバーが出た。」
突如だだっ広い部屋の中央に、モンスターが倒された時の逆再生のように光が集まり、ボスモンスターが形成されている。HPバーというのはその光の上に出ているあの緑色のバーのことだろう。画面を通してどのように見えているのかはわからないが、ゼロからは光の上の空中に浮かんでいるように見える。バーがどんどんと増えていくにつれ、光がだんだんとモンスターの形になっていく。バーが満たされるのとモンスターが形成されたのが同時に終わった。
「キシャャァァァァァぁーー‼」
部屋中に甲高い不快な鳴き声が響き渡る。形成されたモンスターはゴブリンキング。ゴブリン系の最高種だ。
「ヤバい、咆哮喰らってスタンした……。」
「同じく……。」
「……ッ!」
ダメだダメだダメだ‼止まったらダメだ、止まったら!動け!動け!お願い!足、動いて!
体がピクリともしない。まるで石になったかのように固まってしまった。
殺される殺される殺される殺される殺される!
動いて!動いて!動いて‼
自分では必死に動かそうとしているつもりなのだろうが、はたから見るとただただ固まっているようにしか見えない。
ゴブリンとは比べ物にならないほどの威圧感、恐怖。ゴブリンとの戦いで死を身近に感じることへの恐怖には打ち勝った。だがゴブリンキング相手では違う。この恐怖は死を突き付けられたような恐怖だ。逃げようのない恐怖、決定された死への恐怖……
三人が動けず固まっている間に、ゴブリンキングがダンとマルトを手に持っていた大きな斧で切りつける。
これはゲームだ。斧で切られてもHPや防御力のおかげで一撃死することはない。出欠だってしないし痛みすら感じない。
だがそれを見ていたゼロはどうだろうか。ここをゲームだと知らないゼロは大きな斧に切られた二人を見て何を考えるだろうか。それにこの世界で生きているゼロは攻撃を食らうとどうなるのだろうか。ここへ来るまでの敵はほとんどダンとマルトに倒してもらったゼロは今まで一度も攻撃を食らったことがない。知らないものへの恐怖でより一層動けなくなる。
二人が切られた。殺された……逃げなきゃ!やられる、僕も殺される……
咆哮の効果と恐怖、この両方のせいで動くことが出来なかったゼロも、咆哮の効果が切れると多少なりとも動けるようになった。
ダンやマルトは恐怖で動けなくなるようなことはないのですぐに反撃を始める。
だが、ゼロは?ゼロはもう恐怖で逃げ出している。後ろの様子には目もくれず、ただただ一目散に。そのせいでダンやマルトが生きていることにも気が付かずに。
逃げよう逃げよう逃げよう逃げよう‼邪魔になる武器は捨てよう。少しでも動きやすくするために。逃げ切るために!例え惨めでも逃げなきゃ殺される!!
恐怖に囚われた顔で、力が入らすフラフラした足取りで、邪魔になるものをすべて捨てて逃げ出す姿はとても……とても惨めだった。
扉からそれほど離れていなかったため酷い足取りでも時間はかからずに着いた。
「早く、早く扉を!ダン、マルトごめん……。」
まさか斧での一撃を食らったダンとマルトが後ろで戦っているとは思わず、死んでしまっただろう二人に逃げてしまってごめんと許しを請う。
後ろから迫り来るはずの死に恐怖しながらゼロは必死に扉を押したり引いたりした。だが、扉は非情でピクリとも動かない。
「な、なんで⁈入るときはあんなに簡単に開いたのに⁈」
「キシャャァァァァァぁーー‼」
二度目の咆哮が後ろから聞こえる。
「ひぃ……。」
今回は特殊効果で動けなくなるようなことはなかったが、ゼロはただ恐怖によって動けなくなる。
「扉も開かないし、もうだめかもしれない……。」
半ば生を諦めかけ、ゴブリンキングの方を振り向いたゼロは目に入った光景に驚いた。殺されたと思っていた二人が、何事もなかったかのようにゴブリンキングの周りを走り回り、ヒット&アウェイを繰り返している。
「な、何で⁈何で斧に切られでも大丈夫なの⁈」
そして、今までゴブリンキングばかりに気を取られていたが、少し距離をあけたことでゴブリンキングの両脇に弓を構えた二匹のゴブリンがいることに気が付いた。戦っている二人はもっと前から気が付いていたようで、構えられた弓の直線上に入らないように立ち回っている。
二人が生きていることにゼロは混乱したが少し安心もした。しかしそんな安心もつかの間、一匹のゴブリンアーチャーの射程範囲が扉付近までとどいているのか、ゼロに向けて弓を構え、矢を番え始めた。
戦っている二人はそんなこと気にもしない。避けるのが当たり前だと思っているからだ。なぜならこれはゲームだ。システムで作られたザコ敵が放つ矢など脅威ではない。ボスでないザコ敵の矢は真っ直ぐに飛んでくるだけ、避けるにはただ横に走ればいいだけだから。しかし、ゼロにそんなことを考えるほど気持ちに余裕があるだろうか。戦闘を開始してすぐに気持ちをへし折られ、逃げ出したいのに扉は開かず、ゴブリンキングの恐怖には襲われ続け、大けがを負ったはずの二人が戦っていることに混乱しているゼロに。
それ以前に考えるための知識がゼロにあるだろうか?HP、防御力、チャットログに攻略サイト。これら基本的なことさえも知らないゼロが、システムのことなんて考えられるだろうか?
ゼロからすれば、モンスターが自分に向かって矢を放とうとしている。こんな状況で冷静でいることができる人の方が稀有だろう。
考える余裕も知識もない。そんなゼロに残された道は一つ。ただ、どうしようもなく射抜かれるのみ。
「撃たれる!逃げなきゃ!でもどうやって?わからない!でも兎に角動かなきゃ!」
そんなゼロの抵抗も空しく、ゴブリンアーチャーはプログラム通りに淡々と矢を放つ。
ゲーム上では設定されてないはずの弦音が不思議にも耳の中で響き、ただただ真っ直ぐに矢は飛んでくる。
迫り来る恐怖で足から力が抜けたゼロはよろけて壁にもたれかかる。不幸中の幸いか、そのおかげで、矢の狙いがずれ、右肩に深々と刺さりこむ。役目を終えた矢は素直に消滅し、ゼロにも傷はない。
「……だ、大丈夫だっ……た?」
でもなんだろう?この右肩の違和感は?冷たいような温かいような……
右肩に意識を向けることで、脳が今まで気が付くことを拒否していた痛みが、一気に全身を駆け抜ける。
「⁈ウぁぁぁぁぁ!!!」
なんとか言葉になったような叫び声が漏れるほどの苦痛により、頭の中が一気に恐怖一色となる。
あぁ!ウぁぁ!!!いたい、イタイ、イタイ、痛い、いたい‼刺さった、射抜かれた!殺される殺される殺される!逃げなきゃ!出口は?開かない!何で⁈痛い!恐い!逃げたい!逃げられない!なんで?なんで!なんで⁈
パニックになっているせいで周りが見えてなく、再び矢が構えられていることに気が付いていない。たとえ気が付いていたとしても何もできないだろう。
恐怖で足は動かず、どうしようもない痛みに襲われ、壁に寄りかかってじっとしていることさえもやっとのことなのだから。
プログラムに慈悲など組み込まれていないゴブリンアーチャーは何も思わずにただ矢を放つ。動けず、弓が構えられていることすら気が付いていない相手だ。もちろん命中する。矢は真っ直ぐ吸い込まれるようにゼロの腹部に刺さった。再び矢は直ぐに消え、傷もない。しかし、先ほどの何倍にもなる痛みだけがゼロに残る。
「ぁぁぁぁア!」
わけのわからない言葉が二度もチャットに現れれば、さすがに何があったのか気になる。
「どうした、ゼロ?大丈夫か?」
とりあえずリアルの無事を確かめようとダンが一旦敵から離れて声をかける。
「ッ…はぁ、はぁ。なんと、か。意識は、はっきりしている、かな…ッ…。でも肩と、お腹に、矢が…。」
「矢?なんで避けなかったんだ?それに、矢が刺さったからって叫ぶ必要もないし、そんなところで座っている必要もないだろ?早く戦いに参加してくれよ。」
マルトが言っていることは正しい。ゲームで矢を避けることは簡単だし、もし射抜かれたとしても叫ぶ必要も休む必要もない。そんな時間があるなら少しでも敵にダメージを与えた方が有意義だ。
しかし、ゼロは痛みも恐怖も感じる。叫び声だって漏れるし、苦痛や恐怖で動けなくもなる。ただただ休んでいるわけではないのだ。
「そ、そんな…。僕は、君たちみたいに、頑丈じゃないし、強くもない…。
でも、僕なりに、頑張りたい、少しは役に立ちたいと思っているんだ…。
でも、でも……。」
二人から返事はない。ゼロの気持ちが全く伝わってないと言っているかのように。
そんな…。なんで…。なんで何も言ってくれないの⁈
まだ、ゼロの気持ちに対して否定的な言葉だとしても何か言ってもらえた方が良かっただろう。
何も言ってもらえない。それは、諦められた、見捨てられた、そう捉えることもできるのだから。
なんで?なんで?なんで?うわぁぁぁ!
痛み、恐怖、仲間からの諦め。そんなことが一気に来たせいでゼロの思考は混乱に陥る。
ある程度距離はとったが、長い時間待っていてくれるほどモンスターたちは親切ではない。
ゼロは混乱しているなか、ダンとマルトの間からゴブリンアーチャーがこっちに弓を構えているのが見えた。
う、うゎ、うゎぁぁ!!また、また弓だ!矢が来る‼恐い!恐い!恐い!嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!イヤだ!イヤだ!イヤだ…………!
ゼロがパニック状態になっている中、矢は真っ直ぐゼロに向かって放たれる。
ゴブリンアーチャーの攻撃に気が付き、再び戦いに戻るダンとマルトの背中、そして自分に真っ直ぐ飛んでくる矢。
ゼロはそれらを最後に見て……
なんで…なんで僕は…なんで二人は…なんで?なんで??なんで???
なん、で……?
ゼロの目の前は、暗闇よりも真っ暗になった。
一話目から長かったですが、ここまで読んでいただきありがとうございます。別作品『魑魅魍魎』では定期的な更新をしていますが、こちらは今のところ不定期にしようかと思っています。それでも読んでいただければ幸いです。