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11-2 帝国を500km歩けと奇書が言う - 高VITの代償 -

 束の間の幸せが終わった。

 長いようで短い三日が過ぎ去ると、俺はエリンをプィスに任せて元の自由人に戻ることにした。


 ちなみにアトミナ姉上とドゥリンも帝都の宮殿に戻った。

 帝都での公務をしながら、時間を見つけてエリンの執政官プィスを支援してくれるそうだ。


 プィスに領地を押し付ける形になるが、これこそが当初からの予定だ。

 エリンを去る際には、町や街道にエリンの民が集まって、俺たちが乗る馬車を見送ってくれた。

 まあそこは俺ではなく、アトミナ姉上の人徳だろうが。


「お帰りなさいませ、アシュレイ様。疲れているところにすみませんが、陛下が貴方に会いたがっています。お願いします。どうかこの爺の顔を立てると思って――」

「わかった行く」


「はて、嫌に聞き分けがいいですな……。はっ、まさか、アシュレイ様の偽者!?」

「ついにボケたか?」


「ボケてなどいませぬっ!! 私は貴方が棺桶に入るまで現役でいますぞ!!」

「気持ちは嬉しいが、年寄りの冷や水でしかないな……」


 宵どきに爺が部屋に現れて、俺を赤竜宮の父上の元に連れて行った。

 父上からの用件はというと、これが特になかった。ただ顔を見て、話をしたかっただけだそうだ。


「そう、か……ゲオルグと、アトミナと、休暇、を……。あやつら、は……お前が…………」

「ああ、兄上にも姉上にも感謝しきれん。そうだな、今度は三人で父親の面会に来てやる。墓参りにならないうちにな」

「アシュレイ様ッッ、笑えない冗談は止めて下されっ!!」


 安定はしていたが、父上の病は進行していた。

 見慣れない魔法の器具が病室に置かれるようになって、それが父上の延命に一役買っているようだった。


 苦しいなら死なせてやればいいのに、帝国の秩序そのものとなった父上には、そんな自由すらない。

 つくづく、皇帝とは報われない地位だと思った。


「爺、父上は任せたぞ」

「はっ、この命に代えましても!」


「爺が言うとそれこそ冗談になっていないぞ。止めてくれ、父親を二人も亡くしたくない」

「ふ……ふふふ……。お前に、似た、な……(ギデオン)……。若い、頃に、そっくりだ……ふふ……」

「お、お止め下され陛下っ。私はただの小姓……アシュレイ様、後でお話がありますぞ……」


 爺は父上の心の慰めになっていた。

 二人の関係はただの小姓と主人には見えなかった。


 それぞれの立場こそあったが、友人と呼ぶのが正しいように見えた。

 父上は苦悩と共に生きていたが、友に看取られる人生に幸せを見い出していた。

 そう思い込むことが救いになるならと思い、そういうことにしておいた。



 ◇

 ◆

 ◇

 ◆

 ◇



 その翌日からようやく俺は真の意味での自由人となれた。

 そういったわけで邪竜の書を開いて、これからやるべき目標を定めることにした。


――――――――――――――

- 探索 -

 【帝都をもう10周しろ】7.25 /10周達成

 ・達成報酬 VIT+100

『最も無難なところだと思うぞ。やるなら銃弾の痛みは我が全て肩代わりしてやる。また負傷されてはたまらんからな……。もっとタフになれ』

――――――――――――――


 見たところ他に選択肢もなく、ジラントがやたらに奨励してきたので、俺は食欲任せの帝都散策に身を投じた。

 やると決意した途端、治りかけの胸の傷から痛みが消えていったのでさすがに驚かされた。

 感情を直接ジラントに()られている気がして、変な汗も出た。


 まさか、今日までの全ての感情が、彼女(ジラント)に筒抜けだったのではないかと……。



 ◆

 ◇

 ◆



「おやアシュレイ! あんた大使様にうちの店を紹介してくれたんだって!?」

「ああ、ベガルのことか?」


 真っ先に向かうべきはあのおばさんのカフェだ。

 ケバブサンドを朝食にしないと、帝都を舞台にした大冒険が始まったという気がしない。


「そうそう! あの人ね、うちのケバブサンドを美味しそうに食べていってくれてね! その後うちの店のメニュー、全部買っていってくれたんだよぉーっ!」

「全部、だと……?」


「そうだよ。店のやつありったけ全部さ! おかげでその日は、それで店じまいになっちまったよ!」


 鋼鉄のスコップを肩から地に下ろして、俺はただ首を傾げた。

 白狼のヤシュの食い意地も凄かった。ベガル大使の巨体ともなれば、もっともっと食うのだろうか。


「そういえばその前に、アトミナ皇女殿下も来たそうじゃないか。これでここも一気に有名店だな、常連として鼻が高い」

「そうっ、そうなのよ! アトミナ様があたしのこと、おばさま(・・・・)って言って下さったのよ! まあああどうしましょ、おばさんもうその日は大変でね! あんなかわいい娘をもつ親の気持ちは大変よねぇ! はぁぁぁ……ありがたいことだよ。20年店続けてきて、あたしゃ良かったよぉ……」


 愛こそ濃いが自慢の姉だ。

 おばさんが姉上を誉めちぎるたびに、俺は己の口元がにやけてゆくのを自覚した。


「ほらっ、今日はサービスだよ、持っていきなよ!」

「では遠慮なくいただこう。おばさんのご機嫌と、ベガル大使の食い意地に感謝だ」


 ケバブサンドを3つ貰っておばさんと別れた。

 全て朝食にして、その後は駆け足だ。

 帝都の北門に向かい、常人の15.3倍のスタミナを持つ俺は、朝から日没まで帝都を走った。


 当然、その分だけ身体もエネルギーを求めてきたので、走りながら食った。

 定番の鳥の唐揚げから始まって、ベーコンレタスサンド、搾りたてのオレンジジュースに、キッシュ、アンチョビをふんだんに使ったピザも美味かった。


 ああ、帝都ベルゲルミルは素晴らしい都だ……。

 帝都の周回を始めたばかりのあの頃は、まさか半日でこの広大な土地を一周できるとは、思いもしなかっただろうな……。


――――――――――――――

- 探索 -

 【帝都をもう10周しろ】7.25→9.25 /10周達成

 ・達成報酬 VIT+100

『そなたが皇帝の器でなかったら、飛脚に転職するよう勧めていたところだ。食っては走って、食っては走って、よく飽きぬよな……。ジュルリ……』

――――――――――――――


 そんなに食いたいなら実体化すれば良かっただろう。

 そう思いながら奇書に笑いかけて、その日の俺は城に引き返した。



 ◆

 ◇

 ◆

 ◇

 ◆



 寒々しい自室に戻ると、アトミナ姉上とドゥリンがベッドサイドに腰掛けていた。

 待っている間退屈だったのか、両手を繋いで子供の遊びをしていたようにも見える。


「あらお帰りなさいアシュ――うっ……!?」

「あ、アシュレイ様……く、く……臭い……でゅ……」


 二人揃って鼻を摘まんで俺を見た。

 女性はいちいち臭いに敏感過ぎないだろうか。


「大げさだな」

「全然大げさじゃないわっ!」

「ぅ、ぅぅ……ふ、浮浪者みたいな、臭い……うぐぅっ……」


 帝都二周分の汗だ。

 こんなに汗を流して、こんなに食ったのは生まれて初めてだ。


 言われてみれば帝都中の砂埃を浴びて、それが滝のように流れる汗にへばりついて、乾燥して、服に染み着くことになった。

 これで臭くならなかったら、かえってミステリーというものか。


「お姉さま、でも、大変でしゅよ……? このままじゃ、アシュレイ様が、お城から追い出されるでしゅ……」

「あっ、それもそうだったわね……。もうっしょうがないわ、アシュレイッ、私の部屋まで来なさい!」

「こんな夜中に姉上の部屋に来いだと? それこそ宮廷中の小姓たちに噂されるぞ」


「でもぉ、その格好で寝るのは……うぐっ、ドゥリンも、オススメしないでしゅ……。たくさん、修行をがんばってきたのは、わかるでしゅけど……く、くちゃいでしゅぅ……」

「わかったわ、白竜宮に来るのが嫌ならここで脱ぎなさい。ドゥリンちゃん、お湯を沸かしましょ」


「はいでしゅ! もうそれしかないでしゅ! アシュレイ様、くちゃいお洋服は没収でしゅ!」


 アトミナ姉上が薪を暖炉に運んで、燃焼剤の(わら)の上で火打ち石を叩き始めた。

 その火打ち石はドゥリンが作ったもので、簡単に大きな火花を起こせる。すぐに炎が暖炉に広がった。


 ドゥリンの方は汚い物を触れるような手つきで、俺の服に手をかけていた。


「世話を焼かなくてもそのくらい一人でもできる」

「あのでしゅね、アシュレイ様……。皇子様が、裸で宮廷をフラフラしてたら、みんな、困るでしゅよ……?」

「丸洗いよっ、ドゥリンちゃん! いくらなんでもこれは汚れ過ぎよ!」


「ぬぁっ!? や、止めろ二人ともっ、わかった落ち着けっ! わかったから――パンツだけは勘弁してくれ!!」


 その後、俺は姉上とドゥリンに湯をぶっかけられ、掃除用のデッキブラシで彫刻のように磨かれた。

 湯のたまった桶に服が浸けられるとと、汗と皮脂と砂埃が溶け出して、どぶ沼のように染まったという……。


『はぁ……。我が使徒に命じる。パンツの中も洗えよ……』


 ジラントよ、それは明らかにセクハラ発言だぞ……。

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