10-6 復活が近付いたと奇書が言う - 疑惑 -
目覚めるとそこはジラントの楽園だった。
夢の中で現実を見るとでも言うのだろうか。この不思議な感覚にもそろそろ慣れてきた。
それからいつものようにジラントの姿を探すと、青い少女は円卓に陣取って、いぶかしむように俺を見ていた。
美しいが幼い顔立ちを持った彼女が、その疑いの目を保ったままこちらに歩み寄ってくる。
「前々から疑問だったのだが、念のため、そなたに聞いておきたいことがある」
いやに神妙というか、慎重な口振りだ。
俺はジラントを裏切るような行動を取っていないはずだが、疑いの目は揺るがなかった。
「なんだ……?」
「お前たち……実は、ホモなのか……?」
「アンタの目は節穴か……。どこをどう見たらそういう見解になる」
だが何かと思えばつまらない話だった。
兄上が俺を愛してくれているのは事実だ。それを肌で感じぬことなどない。
「否。近くで見ているからこそ、感じる物がある。普通の兄弟は、お前たちほど仲良くなどないぞ? むしろ憎み合い、必要あらば殺し合う。それが兄弟の宿命だ」
「ならばアンタに異界の格言を教えてやろう。うちはうち、よそはよそだ。兄弟らしさなど俺たちが決めることだ」
ところがジラントの疑いの目は消えない。
こちらの言葉は届いているが、それでも疑いが感情が消えないようだ。
「ふむ……」
「ふむ、じゃない。兄上の侮辱はアンタでも許さんぞ」
言葉を間違えたのかもしれん。疑いの目がさらに強くなった。
「しかしな、お前は現にアトミナ皇女にあれだけ甘やかされ、ゲオルグ皇子からも過剰な愛を受けている。本当に、そっちの気はないのだろうな……?」
「あるわけがないだろう……」
「ホモはいかんぞ。お前は皇帝になるのだ、皇帝がホモでは世継ぎは絶望的だ。直せ」
「人の話を聞け……」
ジラントの笑顔を見れると思ったのに、今回はあんまりだ。
少し胸に手を当てて考えてみれば、どうやら俺は姉上の救出劇を、あの活躍をジラントに誉めてもらいたかったようだった。
「では一つ朗報をやろう。そなたが天領エリンを完全掌握したことで、我の復活が近付いた」
「復活と言われてもな。まあ前から妙だとは思っていたが」
ジラントとは書と夢を介した関係だった。
以前にドゥリンを守るために、子竜として実体を一度だけ現しただけで、それもすぐに限界を迎えて消えてしまった。
「次の朝、そなたが目覚めたら、驚くべき特典に気づくだろう。それも今日までそなたががんばった結果だ、喜んで受け入れよ」
「ああ、アンタはもったいぶるのが生き甲斐だと、気づいたところだ。それよりアンタにここしばらくの報告をしよう」
秘密主義の竜は答えんだろうが、彼女の目的は俺を皇帝にすると同時に、己の『復活』でもあるのだろう。
あるいは、俺が皇帝となることで、彼女の『完全復活』が得られるのかもしれん。
「うむ。アトミナ皇女救出劇、アレは見事であったぞ。さすがの我もドキドキハラハラしたものだが、まさかドゥリンを抱えたまま、馬を追い抜くとはな……。お前はバカだな……」
「そうだな。落ち着いてみればあれはやり過ぎだった。大切な人を奪われて、パニックだったのかもしれん」
俺の力が足りなければ、あの場は究極の二択となっていただろう。
ドゥリンと使用人たちを救うか、あるいはアトミナ皇女を救うかの、選びようのない二択だ。
だがその二択のルールをぶち壊しにして、両方を力ずくで得る力をこのジラントがくれた。
ジラントの狙いがなんにせよ、この結果を感謝したいと思った。
「だが面白かったぞ。誘拐犯を庇ってしまうところも、そなたらしいと言えばそなたらしい」
「叔父上のやり方が気に入らなかっただけだ」
「うむ。そして、プィスか……あれもまた変人だな。だがエリンを任せうる器であると、我が保証してやる。邪竜の書にも選ばれたようだしな……あれもまた、そなたの運命の相手だったというわけだ」
「嫌な言い方をするな……」
それはあのエンペラーなんとかというリストに、プィスが選ばれたという意味だろう。
しかし見るのが怖いので、項目を開くのは止めておくか……。
「しかしモラクは倒さんのか?」
「手が出せん。やつに危害を加えると皇帝家に疑心暗鬼が広がる」
「それで良いではないか。腐った皇帝家に火と油を焼べてしまえ。皇太子が人身売買をしていたあの証拠も使ってしまえばいい。皇太子を潰せば、お前の序列は――」
「見ているだけのアンタに言われると、さすがにイラッとくるぞ……。無為に混沌を撒き散らしてどうする……」
「ククク……そろそろ見ているだけなのも終わりだ。うむ、楽しみにしておれ」
どうせ聞き返しても、ジラントが言葉の正確な意味を語るとは思えない。
その後、ジラントと俺は湖の岸を二人で歩いた。湖の風は爽やかで、二人で歩いていると生きている心地がした。
しかしそこから先の記憶はない。
その翌朝、俺は己を呼ぶ声に導かれて、とりとめもない夢から目を覚ましていたのだ。
平時より少し投稿が遅くなってすみません。
感想ありがとうございます。誤字報告も助かっています。
また次回は挿し絵回になります。かわいい子が出てくるのでお楽しみにです。