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10-6 復活が近付いたと奇書が言う - ゲオルグ -

 プィスの旅支度が済むまで、帝都ベルゲルミルを周回しようかと思っていたが、そのチャンスはついに訪れなかった。

 というのも彼を口説き落とした頃にはもう夕方でな。

 爺も相変わらず父上に付きっきりで姿を現さんので、この前の酒場宿に寄った。


「よう色男。今日は女連れじゃねぇんだなぁ……」

「ああ、シグルーンには捨てられた。全くいつ帰ってくるのやら……」


「そりゃおめでとう。あの女に付き合ってたら、命がいくらあっても足りやしねぇよ」

「ああ、だが命の軽い人間にはちょうどいい友人だ」


「お客さん、変なヤツだって言われるだろ……」


 そこの主人とぽつりぽつりと世間話をしてみれば、いつの間にか夜になっていた。

 もしかしたら荒っぽくて無遠慮な連中の方が、俺は相性が良いのかもしれん。女豪傑シグルーンがその典型だ。


 まあそんなわけでな、あまり遅くなると宮殿の門衛が嫌な顔をするのもあって、酒場宿から切り上げた。

 警備を考えれば深夜に帰ってくる不良皇子など、追い返したくなるのが彼ら門衛の本音だろう。


「アシュレイ様、あまり夜中に出入りされると我々も困る」

「そうですよ。ゲオルグ様もあまり良い顔しませんよ?」


 当然ながらその日も大門の門衛に文句を言われた。


「なら城壁を越える許可をくれ。勝手に登って、勝手に寝床に帰る」

「それだけは絶対に止めろ!」

「俺たちが隊長にぶん殴られちゃいますよっ!?」


「バレなきゃいい」

「バレるってのっ、このバカ皇子っ!」

「ちょ、先輩っ、誰かに聞かれたら大変ですよそれ!」


 いっそ地下道を掘って、宮殿内に繋げたくもなる。

 バレたら兄上が俺をナマスにするだろうがな……。


「俺がバカ野郎なのは事実だ。それより夜中に騒ぐと、それこそ上が不機嫌になるぞ」

「それもそうですね。先輩、後はゲオルグ様に告げ口すれば十分ですよ」


「兄上に伝えるのか……。夜が更ける前に戻ってきたのに、なんて仕打ちだ……」

「うっせーこの遊び人。ちょっとはゲオルグ様を見習え」


 俺にとって遊び人というのは誉め言葉だ。それは自由の象徴だ。誠実な皇子など演じたくもない。

 こうして俺は自室に戻り、一息ついた後にゲオルグの居室を訪ねた。


「おや、アシュレイ様」

「プィス? なぜアンタがここにいる……」


 ノックをすると出てきたのは武官出身のごつい小姓ではなく、褐色で線の細いプィスだった。


「ええ、ゲオルグ様と逢い引きを少し」

「そうだったか、邪魔をしたな」


 たちの悪い冗談に背を向けて返す。

 兄上がプィスの才能に惚れて援助をしていた以上、冗談にしても妙な真実味があると思った。


「待て、プィスの世迷い言を鵜呑みにするな」

「おやおや、俺とは遊びだったんですか、ゲオルグ様。あんなに熱心に夜を共にしたというのに……」


 ゲオルグが書斎に肘を突いて、いつになく機嫌の良いプィスに眉をしかめた。

 少なくとも俺たちには、プィスが夜中に舞い上がっているように見えた。


「もし女官がどこかで聞いていたら、また変な勘違いをされるぞ……」

「されたのか?」


 部屋に入って兄上の書斎の前に立った。

 まだ23の皇子様だというのに、書斎に腰掛ける姿が板に付いている。


「答えたくもない……」

「いえ、どちらかというと、アシュレイ様とゲオルグ様の怪しいご関係を、妄想する方が多いようですね」

「それは知りたくもなかったな。で、アンタはなぜここにいる? エリン移住の支度を頼んだはずだが……」


 隣のプィスに視線と抗議を向けると、彼は狐のように目を細めて微笑んだ。


「それなら既に終わりました。出立は明日で構いませんよ」

「ああそうだ。お前の配下になると、報告を受けていたところだ。しかしアシュレイ……、今度はどんな魔法を使ったんだ? あのモラク叔父上がこんな慈善事業をするはずがないぞ……」


 それはプィスの帝立学問所での単位や、卒業保証のことだろう。

 いつもなら包み隠さずに伝えるところだったが、今回ばかりはなかなかそうもいかなかった。


 叔父上がアトミナ姉上に危害を加えようとした。

 その事実だけは、兄上のためにも知らせるわけにはいかん。


 とはいえだ、エリンの領館が襲撃を受けたという事実は隠せない。

 将軍の位にある兄上には、既に知られていると考えておくべきだ。

 そこにモラク叔父上の譲歩という情報が兄上に知れたとなると、そうか――推理の材料が出そろってしまうな……。


「なぜ答えない。エリンの襲撃に関係あるんだな? やはり叔父上が命じたのか……?」

「ノーコメントだ。こちらで手を打っておいたから兄上は気にするな」


「答えろ。叔父上が、お前とアトミナを狙ったのだな?」

「兄上、夜中にそのような顔をするのは止めてくれ。怖くて寝れなくなる」


 プィスは書斎机から距離を置いて、俺たちの様子を静かに見守っていた。

 彼もモラク叔父上が折れた詳しい理由を知りたいようで、援護は期待できそうもなかった。


「お前たちは俺の命だ。アシュレイとアトミナに危害を加えた者は、手足を斬り落として広場に吊してやる……。モラク叔父上で、間違いないのだな?」

「くっ……助けてくれプィス……」

「無理です。ゲオルグ様はさながら豪炎。ひとたび燃え広がればその怒りを消すことなど、少なくとも俺ごときにはできかねます」


 なんて頼りがいのない臣下だ……。

 しかしまずい。兄上とモラク叔父上が激突する展開はまずい。

 世継ぎ争いに火を焼べて、政争から兄上が生き残るチャンスを減らすようなものだ。


「仕方ない、真実を言うから落ち着いてくれ兄上」

「アシュレイッ、俺が、どれだけお前のことを大切に思っていると思うっ! 大切な弟と姉に手を出されて、何もせずにいられるものかっ!!」


「大丈夫だ、モラク叔父上には既に報復をした。叔父上の孫のアクタヴィア嬢の捜索願が出されていただろう」

「おやおや……。それはまた、フフフ……下手人はあなたでしたか」


 兄上は怒りに歯を食いしばらせて、今にも拳で書斎を叩きつけそうなほど荒ぶっていたが――俺の言葉を噛み砕くなり、怒りの炎を鎮火させていた。

 それからしばらくの沈黙の後、背もたれに重く身を投げたようだ。


「軍も良い迷惑だった。だがどこかおかしいと思っていたのだ。あの叔父上ならば、俺のところに顔を出して、孫を捜せとまくし立てたはずだった」

「真実を兄上に知られたくなかったのだろう」


「小者め……。それで、ヤツはお前とアトミナに何をした……?」

「なら落ち着いて聞いてくれ。叔父上は俺の不在を狙って、領館から姉上をさらった」


 すると結果は見えていた。兄上が歯ぎしりを立てて、怒りを再び燃え上がらせたのだ。

 だがまあ落ち着きはまだ失っていない。


「だから俺は姉上を取り返し、報復をした。孫を奪われて顔面蒼白になった叔父上を、兄上にも見せてやりたかったよ」

「そうか。お前がやったか」


「ああ。その際にアクタヴィアと一緒に演劇を見てな……あの子はいい子だ。不幸にはしたくないな」

「はぁ……っ。呆れて物も言えん……。叔父上に怒るのがバカらしくなってきたぞ……。さらわれたから、さらい返すなど、皇子のやることでない……」


 兄上が苦笑いを浮かべると、プィスも察してか隣に戻ってきた。


「それは今さらだろう。それより兄上、叔父上と必要もないのに敵対するな。叔父上は確かに悪党だが、争って兄上が孤立しては意味がない」

「お前に説教されるとはな……。突っ走るお前にそのまま返してやりたいが、ここは素直に受け止めることにしよう……」

「フフフ……ではゲオルグ様、そういうことで俺はエリンの執政官をやってみることにします。もしも首になったら、次はあなたの小姓にして下さいね」


 こうして翌日、俺はプィスを天領エリンに連れ帰った。

 苛烈で愛情深い兄を持つと、本当に大変だ……。


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