表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
93/225

10-5 穏やかな報復 (挿絵あり

 この状況で叔父上や、結託するヒャマール商会の倉庫荒らしをすれば、俺が全ての事件の犯人だと宣伝しているようなものだ。

 そこで俺は別の方法で報復することにした。


 モラク叔父上には孫がいる。そのまだ9歳の少女アクタヴィアを、俺は叔父上の領地からさらった。

 地下トンネルを築き、屋敷に侵入して、箱入り娘を外の世界に連れ出してやったのだ。



 ◇

 ◆

 ◇



 まさか叔父上も領地から消えた孫が、帝都で忌み子とケバブサンドを食っているとは思うまい。


「あのー……アシュレイ皇子様、わたくし、誘拐されたんですのよね?」 

「ああ、一応な」


「でも、観光なんてしてて、いいのでしょうか……」


 手荒にしたら叔父上と同レベルまで堕ちることになる。

 というより、罪もない子供にそんなことできるわけがなかった。


「帝都は嫌いか? 嫌ならナグルファルの方を紹介するぞ。あそこは魚介が美味い。それと海外の果実や珍味も売っているぞ。他にはそうだな、珍しい民芸品を取りそろえた店も見たな」

「わぁ、凄いですの、行ってみたいです……。ああでも、アトミナ様にも、ご挨拶したいですわ。今はエリンにいらっしゃるんですのよね……?」


 アクタヴィアはあの男の血筋とは思えんほどに良い子だった。

 かなりの世間知らずだったが、おかげでのんきに誘拐生活を楽しんでくれていた。


「それはいいな、姉上も喜ぶ。……だがじきに叔父上に追い付かれる。一番やりたいことから絞っていった方がいいぞ」

「では、アトミナ様には、別の機会でも会えますし……。その、劇場を見に行きたいですわっ。わたくし、帝都の劇場に行くのが憧れで……」


 9歳にしてはませた趣味をしている。

 彼女は皇帝家らしいそのブロンドを揺らして、誘拐犯に向けて無垢に笑った。


「演劇か……」

「あ、男性の方は、あまり好かれませんよね……。なら、別の……」


「いや構わん。こちらの世界の娯楽にももう少し触れるのもいいだろう」

「こちらの世界、ですの……?」


「そうだ。俺は異界の本が好きでな。あの本はこの世界の娯楽よりも、刺激的で、かつ円熟していると思っている。これが時間を忘れるほど面白いのだ」

「わぁ……それはすごいですの。アシュレイ様って、お話がとてもお上手ですね、ふふふ……」


 今頃叔父上は全身から血の気が失せて、己の行いを後悔しているだろう。

 地位にうぬぼれたあの男が、まさか甥ごときに反撃されるとは、思ってなどいなかったはずだ。


「そうだ、劇場に着くまでその話をしてやろう。眠れる森の美女と、ベオウルフ、どっちがいい?」

「では、両方お願いしますの、アシュレイ皇子様♪」


 話しながら劇場に向かった。

 ベオウルフの方は今一つだったが、眠れる森の美女の方は目を輝かせて聞いてくれた。


 その後の演劇の方も悪くなかった。

 シンプルなストーリーラインだったが、歌と踊りが織り交ぜられていて、女性たちが悲哀の恋物語に夢中になる気持ちがよくわかった。


 それからゆっくりと時間が流れてゆき、ようやくモラク叔父上が俺たちの前に現れてくれた。

 劇がクライマックスを迎えるその直前だ。

 アクタヴィアは空気を読まぬ邪魔者に、らしくもなく露骨に嫌そうな目線を向けていた。


「叔父上も演劇を見に来たのか? これは奇遇だな」


 ヤツは顔面を蒼白にしていた。さぞ自分の孫が大切なのだろう。

 すぐにその白い顔が真っ赤な怒りの形相に染まった。


「孫に手を出したな貴様ッ! 孫を返せ、この外道がッッ!!」

「お爺さま、劇の邪魔だから黙ってっ! もうっ、こんなの恥ずかしいですわ!」


「な……お、お爺ちゃんが、必死で探しにきたのに……そんな言いぐさは……。貴様ッアシュレイッッ、私の孫を返せド外道ッッ!!」

「ああ、好きにするといい。演劇も見てみるとなかなかバカにならん」


 モラク叔父上に席を譲った。

 私兵を5名ほど連れていたがな。モラク叔父上も孫の前で殺し合いをするほど愚かではない。


「あらアシュレイ様、いってしまうんですの……? とってもいいところですのに……」

「続きはお爺ちゃんと見るといい。家族の大切さが身にしみるはずだ」


 叔父上が固まったまま動かない。

 混乱しているのだろう。まんまとしてやられて、言葉すら失っていた。

 そんな叔父上の醜態を後目に、俺は劇場を去ることにした。


「これで本当の痛み分けだ。俺の仲間に手を出せば、次はどうなるかわからんぞ。……ああそれと、一つだけアンタに頼みがあった。やさしいお爺ちゃんなら聞いてくれるな?」

「この、この、怪ぶ……く、くぅぅっ……。わかった、言ってみろ……。それで今度こそ手打ちだ……」


 ある方面の話がついた。

 俺は劇場を立ち去り、帝立学問所に向けて歩き出した。



 ◆

 ◇

 ◆

 ◇

 ◆



 到着するなり、モラク叔父上の書状を持ってプィスを呼び出した。

 思わぬ来客に彼は驚いていた。けれど嬉しそうにこちらを歓迎してくれた。


「ああっ、本当にアシュレイ様です! わざわざ来てくれるなんて光栄です! あ、いえしかし……今回は、一体どういう用件で……」

「今年卒業だそうだな。なら俺のところにこないか? アンタをエリンの執政官にしたい」


 通されたのはソファのある応接間だ。

 言葉に彼がかしこまって、その顔色を親愛の情から、鋭く真剣なものに変えた。


「ですが、俺は皇帝陛下に嫌われることになると思います。あなたの立場が悪くなりますよ……?」

「父上なら問題ない。確かに俺の親と、アンタの祖父は対立していたかもしれんが……それは俺たちが生まれてもいない、大昔の話だ。年寄りの都合に、いつまでも付き合ってられるかバカらしい」


 言いたいことをそのまま伝えると、プィスが微笑んだ。

 賛成半分、反対半分といったところか。だが好意的な目だった。


「あなたは不思議な人ですね……。確かにその通りなのですけど、世の中そう簡単でもありませんよ。現実はとても厳しい」

「そうだな。だがそれより助けてくれプィス。アンタがいないと、俺はエリンに縛られてしまう。確かに俺は天領エリンを受け取ったが、それは腐敗と暴力からエリンの民を守るためだ。俺が領主となって、代官の首を変えれば、まだマシになるだろうと思った」


 正直に言おう。焼かれた領館の復旧やら、雑務に時間を奪われたくない。

 あの焼き討ちの被害は最小限で済んだが、しばらくは焦げ臭くて住めたもんじゃないそうだ。


 ちなみに復旧費用は、やさしい叔父上の援助でどうにかなることに決まった。ついさっきな。


「だから前の代官を首にしたと。はぁ、つくづくとんでもない方だ……。短絡的ですが、その決断力は大したものですよ」

「俺にはやりたいことがある。エリンにばかり目を向けていられない。とある事情で、俺は近いうちに帝国を去らなければならない。それまでにやるべきことを、可能な限りやっておきたいのだ。頼む、俺を手伝ってくれ、プィス」


「はい、わかりました。ではこうしましょう。ゲオルグ様との私生活を、これからは赤裸々に、全て余すことなく私へ語ってく下さい」

「ゲオルグ兄上との生活か……? わからんな、それは一体なぜだ?」


 なぜそこで兄上が出てくるのか。

 さらにわからんことに、プィスが褐色の頬を血色良くさせていた。


 どこかに興奮する要素があるらしい。さっきから眩しそうに俺を見ていた。

 それを見つめ返すと、うっとりと恍惚を始めたのだから、わからん。


 これはなんなのだ……?


「いいですよね、ゲオルグ様。超堅物の軍人にして美貌の貴公子。その本当の素顔は、弟を溺愛する理想の兄……」

「溺愛……? さすがにそれは、兄上を美化し過ぎではないか……?」


 プィスがゲオルグ兄上を心より信奉しているのは知っていたが、ここまでとは思わなかった。


「対するアシュレイ様!」

「な、次は俺なのか……!?」


「長らく日の目を浴びることのなかった不遇の皇子! ただその信念は、ゲオルグ様に負けずとも劣らず、彼は兄の愛を受けながらも不器用に反発する!! ああっ、なんと、なんと尊い……。美しすぎて目が潰れそうだ……」


 うむ。わからん……。俺はただの放蕩皇子で、そんな大それた者ではない。

 プィスは俺たちの知らない、別の幻想(ファンタジー)に生きていた……。


「そうか。だが、だからなんなのだ……?」

「二人は十中八九、愛し合ってると見て、間違いありません!!」


挿絵(By みてみん)


「それは間違いだっ!! アンタッ、何を勘違いしているんだ!?」

「そう。どちらも自分の感情に素直になれないだけ……だがその胸の奥底では、兄と弟は狂おしいほどに求め合っている! ああっ、なんと美しい皇帝家の愛だ!! それを、これからはお側で、生で見られるのですね……。俺は、俺は幸せ者だ…………」


 知らなかった。俺と兄上はホモだったのか。

 いや、そんなわけがあるか……。

 と言っても今の状態では、弁明一つも聞いてくれそうもないな……。


「わからん……わからんが、とにかく執政官をやってくれるということで、いいのだな……?」

「はい。もちろんです!」


「では任せた。モラク叔父上には、アンタに単位を出すように依頼――いや、ささやかな恫喝をしておいた。叔父上と俺の関係がこれ以上こじれん限り、卒業もできるはずだ」

「おや……モラク様に何をしたのですか……?」


 そこからはいつものクールなプィスに戻った。

 涼しい顔して俺に問いかける。


「ちょっとした誘拐だ」

「そうですか、誘拐ですか。まさかゲオルグ様を監禁されたのですか……?」


 どうも感想が少しズレていたがな……。

 反面、この前以上の好意も感じた。隠していた素を出したということは、彼に好かれているということだろう。


「それは無理だな。兄上を牢屋に入れても、牢屋が先に壊れる」

「フフフ……確かに。では了解しました。私も喜んでエリンの執政官になりましょう。ですが約束の方も、ゆめゆめ忘れないで下さいね……?」


「アンタの想像しているようなことは何もないぞ……?」

「いえお構いなく。妄想でカバーできますので」


「そうか……。わからんが、なら好きにするといい……」

「はい……アシュレイ様♪」


「うっ……。では、最初の命令だ。猫なで声は止めてくれ……」


 こうして俺は天領エリンに執政官プィスを連れ帰った。

 叔父上に反撃らしい動きはなく、というよりも、今さら己のやった凶行を理解したのか、ゲオルグ兄上の怒りを恐れる素振りを見せた。


 元老員副議長にして、皇帝家一番の金持ちだとしても、ゲオルグ将軍だけは恐ろしいらしい。

 その武勇と指揮官としての優秀さゆえに、ゲオルグという男はこの先も陰謀に巻き込まれてゆくだろう。


 兄上と姉上を守りたい。その願いは俺の自由と引き替えに存在していた。


ホモォォ……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング
よろしければ応援お願いいたします。

9月30日に双葉社Mノベルスより3巻が発売されます なんとほぼ半分が書き下ろしです
俺だけ超天才錬金術師 迷宮都市でゆる~く冒険+才能チートに腹黒生活
新作を始めました。どうか応援して下さい。
ダブルフェイスの転生賢者
― 新着の感想 ―
[一言] あくまで孫を観劇に誘っていただけな上にやらかしたことの責任取らせただけですからね。心胆寒からしめましたし落としどころとしてはありでしょうか。 あとはアトミナの心のケアだけですかね。 (何かか…
[一言] 駄目だこいつ腐ってやがる……あ、性根じゃなくて別の方面ですw
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ