10-3 エリンを開拓しろと奇書が言う - 帝都土産 -
兄上とプィスに法律を夜通しで教わって、その翌朝に眠気を引きずりながらも、俺はエリン行きの乗り合い馬車に乗った。
そこからエリンまでは熟睡の旅だ。不用心だから次は止めろと、御者の男に怒られてしまった。
帝都に住む者は人情に厚い。
世界で最も栄える都だけあって、悪党も多いが、人のやさしさもそれだけ豊かなのだ。
隣人と隣人との距離が近いからこそ、生活にある程度のゆとりがあるからこそ、帝都市民は近しい者に親切だ。
さて脱線したので話を戻す。領主の館、以降略して領館は街道からエリンの街に入って、奥に抜けたところにある。
一応行政を行う名目で建てられた物だ。交通の便の良い場所に置かれていた。
「お帰りなさいアシュレイ! 朝ご飯は食べた? お昼はまだ? 馬車で疲れたでしょ。あっ、そうだわっ、ベッドに入るなら先に湯浴みを――」
「すまん姉上、代わりの執政官が見つからなかった。もう少しここを姉上に頼むことになりそうだ」
「あら、それは別にいいのよ。ううん、むしろ見つからなくても私は困らないわ。アシュレイがお姉ちゃんと一緒に暮らしてくれるなら、それだけで私は幸せよ」
「ドゥリンも宮殿よりここが落ち着くでしゅ。エリンは静かで良いところでしゅ」
まるで別荘生活を始めたかのようだ。
だがよく考えてみると、それも悪くないのかもしれん。
姉上の視点に立ち返ってみれば、いっそゲオルグ兄上をここに呼ぶのもありだろう。
俺たちの兄弟の残り少ない思い出にもなる。今という時間は、いつ皇帝の崩御で終わるかもわからない。だからこそだ。
「もうっ、一人で考えだしたりしないで! お姉ちゃんに、なんとか言いなさいよアシュレイっ!」
「姉上が一度にあれこれまくし立てるからだ……。見てくれ、おばさんのケバブサンドとカツサンドを買ってきた。こいつで昼飯にしよう」
来るときにいつもの店に寄ってきた。
オバちゃんは俺のことを、まだ遊び人のアシュレイ坊やだと思っているようだった。これ以上名が広まると、本格的に困ることになるな……。
「あらっ、お店のおばさまのっ!? もちろんいただくわ!」
「これはドゥリンの分でしゅかっ!? わぁっ、いただきますでしゅ!」
そういったわけで、食い意地に素直な二人を連れて、不必要に広いロビーから食堂に移動した。
そこでそれぞれ好きなパンをかじりながら、他愛のない話をする。
あの店のパンは姉上の機嫌を取るのに最適なようだ。また買おう。
ブロンドの美しい皇女様が今も俺に笑顔を向けてくれていた。
「ところで姉上、エリンはどうだ」
「良いところよ」
「そうではなく、エリンの内情について聞いている。土地は豊かか?」
「あら、アシュレイらしくもない質問をするのね」
「ああ、まあ俺の発想ではないからな……」
代官の代わりは簡単には見つからない。
ならば別の問題に目を向けることにした。
邪竜の書が俺に示してきたアレだ。
姉上とドゥリンの視線を避けて、俺の共犯者がくれた邪竜の書をテーブルの下で開く。
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- 開拓 -
【エリンを開墾しろ】
・達成報酬 耕作LV+1
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- 開拓 -
【エリンの安全を1000討伐度、確保せよ】
・討伐度750/1000
・達成報酬 EXP200/エリンの民の人心
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開墾とはまたふんわりとした言葉だった。
エリンの安全を確保しろ。というのもまた具体性に欠ける。
やりたいようにやれということだろうか……?
アビスハウンドという脅威はもう排除してしまったしな。
「あらアシュレイ、何を見ているの?」
「異界の本だ。昨日掘り当てた」
「アシュレイ様は、よくあんなむつかしい言葉、読めるでしゅね……尊敬しましゅ」
「ふふふっ。そうよ、アシュレイは学校に行ってないけど頭がいいの。だって私の自慢の弟だもの♪」
ごまかせたはいいが、この二人といるとのほほんとしたペースに飲み込まれる。
ドゥリンも姉上に負けず劣らずの平和な性格で、カツサンドを小さな口で小鳥のようについばんでいた。
幸せそうなので急かさずに、姉上の返事を待つか……。
おばさんのパンが美味いのは事実だが、ここまで二人が喜ぶとは思わなかったな。
「あ、そうそう、エリンの話をしてたのよね。美味しくてつい忘れちゃってたわ、うふふ……」
「思い出してくれたようで何よりだ。それで、エリンはどうなのだ?」
エリンを開拓しろと邪竜の書が言う。
だが俺が少し畑を耕したところで、根本的な解決にはならんだろう。
「そうね、記録を見た限りだけど、土地はそこまで豊かとは言えないみたい。特に南、海沿いの方の塩害が酷いみたいよ」
ならば土壌の改良からか。俺の知る異界の物語なら、ここから着手すると相場が決まっている。
「そうか。ではドゥリン、なんとかならないか?」
「はひっ!? な、なんでそこで、ドゥリンに飛ぶでしゅかっ!?」
「錬金術師だろう」
「錬金術師はなんでも屋じゃないでしゅ……っ!」
「あら、できないの、ドゥリンちゃん……?」
俺はともかく敬愛するアトミナお姉さまの視線を受けて、ドゥリンは生真面目に背筋を整え直した。
その態度だけでわかる。姉上が大好きだそうだ。
「一応、肥料……土壌改良剤のレシピはあるでしゅ。でも、すっごく難しいから、失敗ばかりでしゅ……作るの、大変でしゅよ……?」
「実際にやってみなければわからん。材料は?」
「そうよドゥリンちゃん。アシュレイも私も手伝うわ。だからみんなでやってみましょ?」
「お、お姉さま……。ドゥリンをそこまで……信じてくれるでしゅか……。へ、へへへぇ♪」
皇女殿下に手を取られて、ドゥリンという小動物が恐れ多いと身を震わせた。
おかげで乗り気になったようだ。ドゥリンに何か頼みたいときは、先に姉上に話を通すのが良さそうだな……。ちょろい。
「材料は、石灰岩と、琥珀をごく少量でしゅ。あと、別のやつが――ちょっと待ってて下しゃいっ、ご先祖様の本、取ってきましゅ!」
俺と姉上は一生懸命なドゥリンの背中を見送った。
なんだろうなこの感覚は。これじゃまるで、そう、妹ができたかのようだ。
「最近のドゥリンちゃん立派なのよ。お側付きの仕事もがんばってくれて、それに錬金術の腕の方も成長してるみたい」
「だろうな。それは見なくてもわかる」
しばらく待つと騒がしく階段が鳴り響き、ドゥリンが食堂に戻ってきた。
ヤシュではないがドゥリンの尻に尻尾が見えたような気がしたな。
「あったでしゅっ、これでしゅっ! 塩でやられた畑を直す薬でしゅ! 材料はえとえと……魔石と、燃える石ゼオライトでしゅね」
「琥珀なら1つお守り代わりにしていたな。これでいいか?」
コリン村の琥珀をバックから取り出して、ドゥリンの古書の隣に置いた。
たかが琥珀なのに、姉上が物欲しそうな目で見ていたかもしれん。
「あのあの……これ一つで十分でしゅけど、これは、アトミナお姉さまに、あげたらどうでしゅか……?」
「あ、あら、何言ってるのドゥリンちゃんっ? 私、別に欲しくなんか……」
アトミナお姉さま至上主義。といった言葉が頭に浮かんだ。
だがこれは調合に使ってもらう。コリン村で琥珀を貰ったのは、これもちょっとした因果だったのだろうか。
「帝都の俺の部屋にまだ残りがある。これは調合に使ってくれ」
「あら! アシュレイが私に宝石をプレゼントしてくれるのっ!?」
「そういう言い方をされると渡したくなくなるな……。ああ、そんな顔しないでくれ、渡す。姉上のために、一番大きなやつを取って置いてある……。渡す勇気が出なかっただけだ」
「そう! もうアシュレイったらシャイなんだから♪ 大好きよアシュレイッ! あっ、そうだったわ、さあドゥリンちゃん、使って!」
姉上がいると話が三倍は長引くな……。
こんなに舞い上がる姿を見せられると、こっちの方が恥ずかしくなってくる……。
少なくとも23歳の皇女様には見えん。
「じゃ、ご飯が終わったら、みんなでドゥリンの錬金術、見ててほしいでしゅ。お姉さまと、ホタルしゃんが見ててくれたら、成功しそうな気がしてきたでしゅ」
「他の材料はあるのか?」
「石灰ならあるでしゅ。これで石灰は、色々と使い道が多いんでしゅよ?」
「ふふっ、ドゥリンちゃんは凄いんだから!」
「それはさっき聞いたぞ、姉上」
仲むつまじく笑い合う二人を後目に、俺はもう一度邪竜の書を開いた。
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- エンペラーオブラウンド -
N01.冒険者黒角のシグルーン
N02.――――――
N03.――――――
N04.宮廷錬金術師ドゥリン・アンドヴァラナウト
N05.――――――
N06.――――――
N07.商人キャラル・ヘズ
N08.――――――
N09.――――――
N10.射手カチュア
N11.――――――
N12.――――――
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NO.04 錬金術師ドゥリン・アンドヴァラナウト
【絆Lv】2
【成長限界】+75%
【実績効果1】アシュレイと行動時、錬金術の成功率+50%
【実績効果2】小姓LV+1 妹属性+30%
【実績効果3】アシュレイのDEX10%分のボーナス
【実績効果4】錬金術LV+1 小姓LV+1(未獲得)
【次のLvup】まだ先
【対象のLv】6/88
【信頼度】心を許されている
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書が正しいならば、俺の持つDEXの10%がドゥリンの力になっていたようだ。
これはいいな。己の成長が近しい者にも影響を及ぼして支援となる。もっと自分のレベルを上げていきたいと思った。
【実績効果1】アシュレイと行動時、錬金術の成功率+50%
そして何よりこの恩恵が飛び抜けている。
俺が一緒にいれば難しい調合も一気に成功しやすくなるという、破格の性能だ。
「ドゥリン、今なら必ず作れる。食い終わったらやってみよう」
「はいでしゅ♪ ドゥリンもそう思うでしゅ♪」
書にある通り、俺はドゥリンに心を許されていた。
信頼感だなんてこんな項目、好き好んで見る部分ではないと思うがな……。




