9-11 天領エリン
それから数日後、俺は天領エリン受領の式典に参加せざるを得なくなった。
アトミナ姉上に叩き起こされ、服を脱がされて半ば強引に正装をさせられて、姉上の馬車で天領エリンに出発した。
当然ながら4頭立てなのもあって、乗り合い馬車よりずっと早い。
昼前に政務所と称される大きな屋敷に通されると、そこで現在の執政官に歓迎されることになった。
「アシュレイ様は政治に不慣れでしょう、どうか私に全てお任せ下さい。私が滞りなく統治してみせましょう」
「ええ、アシュレイはこちらに住む予定はないわ。あ、そうだわ、いっそ今日からはお姉ちゃんと一緒に暮らしましょ!」
「ああ、ゲオルグに殺されるな」
エリンの執政官は一見親切そうに見えた。
俺に向かってやさしい微笑みを向けて、腹の底では俺という予定外をどうしたものかと観察しているようだった。
「ええ、ぜひそうされてはどうでしょうか。こちらに貴方が住む必要なんてありません。難しい政治のことは、全て私にお任せ下されば、滞りなくいたしましょう」
邪魔だ、余計なものを見る前に帰れ。
そう言っているようにしか聞こえん。
「アシュレイ様、どうかしたでしゅか……? こういうの、苦手な気持ちわかるでしゅ。でも我慢したら終わるでしゅよ」
「ドゥリンだって慣れたのよ。アシュレイだってちゃんとすればできるわ。お姉ちゃんが来てあげたんだから、立派になさいね!」
ほどなくして屋敷の広間にて式典が始まった。
集まったのは近隣の有力者たちに代官、帝都の官僚、遠くから駆けつけてきた田舎領主に、アトミナ姉上という花形だ。
ああだこうだと形骸化された儀式が進み、よくわからんが皇帝の名の下にその子アシュレイに割譲される旨が宣言された。
書類上は既に割譲されているので、こんなものただの茶番もいいところだった。
「では、最後に領主アシュレイ様からのお言葉をもって、式典の閉幕といたしましょう。どうぞアシュレイ様、第七皇子としてありがたいお言葉を……」
まともなスピーチなどできっこないと、エリンの執政官が一瞬だけ意地の悪い顔を見せた。
さらに大げさな拍手をして会場を盛り上げて、まるで俺を独裁者のように祭り上げる。
俺に恥をかかせて、帝都に逃げ帰らせようとでも急に思い付いたのだろうか。
ニヤニヤと善人のつらの裏で意地悪く笑っていた。
「ドゥリン……アシュレイ様じゃなくて良かったでしゅ……。皇子様って、大変でしゅね……」
「そう言われると、なんだか心配になってきたわ。アシュレイ、お姉ちゃんが代わる?」
「姉上……。それは俺がダメなやつだと、大声で宣伝するようなものだ……。そこで見ていてくれ、やるべきことをやってくる」
主賓席を立ち上がり、広間の壇上に上がった。
注目が皇帝に似ぬ銀髪の男に集まる。つい数日まで七男アシュレイの名はごく一部の者しか知ることはなかった。
この男は大丈夫なのかと、探るような目が俺に集まっている。
それを執政官は上機嫌でニタニタと見ていた。俺が黙れば黙るほど愉悦が彼を満たすようだ。
一体この中でどれだけの者が、モラク叔父上と政商ヒャマールと癒着しているのやら、考えたくもない。
「俺の名はアシュレイ。姓はウルゴス、現皇帝フェルディナンドの子だ。訳あって長らく隠されて育てられたが、先日正式に父上から認知を受けた。趣味は読書、異界の本が特に好きだ。後は図鑑の類も嫌いじゃない。……といっても、これは別に賄賂をくれと言っているわけではないぞ」
軽い冗談に大げさな笑いや拍手が上がった。
どうも白々しい世界だ。執政官の方は俺がまともにやっている姿を見て、気に入らないと難しい顔をしていた。
「俺はここを直接統治する気はない。俺は学校にすら行っていない無学な男だ。パンはパン屋に任せるのが一番だろう。だがな――」
ところが突然の逆接表現に広間がどよめいた。
執政官の顔色が硬直して、姉上も予定にない俺の行動に不安を浮かばせた。
「エリンの統治には見るに見かねる部分が多い。その原因の一つは汚職にある。民と皇帝家に仕えようとしない官僚に、この地を任せることはさすがにできない」
ここの執政官は叔父上とヒャマールと結託して民を苦しめた。
当然、このまま任せるわけにはいかん。
「な、何を……まさかそれは私を名指ししているのか、アシュレイ皇子っ?! それはあんまりだ!」
「アンタは首だ」
壇上から執政官を指さして首にしてやった。
ヤツが最も恐れていたことだろう。抗議の言葉すら失って黙り込んだ。
「悪いな。偉大なる父より賜ったこの地を、汚職官僚には任せられない。よって代わりの代官が見つかるまで、俺がここを受け持つ」
「そんな、アシュレイ……お姉ちゃんそんなの寂しいわ……」
「あ、アトミナお姉さま、落ち込まないで……。でもアシュレイ様の言うことが本当なら、悪いやつにエリンを任せられないでしゅ……」
執政官――いや元執政官は怒りと共に俺を睨んでいた。
今日まで好き放題してこれたのに、いきなり職を失ったのだ。
「待って下さい、汚職なんて私は一度もしていません。これは何かの誤解だ、私は何も、何もしていない……」
「ああ、何もしなかった。エリンの民を守ろうともしなかった。だからアンタは首だ」
叔父上に買収されている代官もいれば、現状に腹をすえかねている真っ当な代官もいた。
会場に来ていたある男が立ち上がり、拍手を始めると、善良な代官や地方領主がそれにならって本当の拍手喝采をくれた。
「異国の大使に過ぎない俺だが、新領主アシュレイ様の英断を支持しよう。アシュレイ様は弱者から目を背けない方だ。おおそうだった、こちらの女性も紹介しよう」
ライオンの獣人ベガルだ。
そしてその巨体の隣には、シルクのフードローブをまとった女性がたたずんでいた。
「こちらは俺の新しい補佐役だ。アシュレイ様に挨拶しなさい」
「ぅ……こ、こんな状況で振らなくても、ぅぅ……」
どこかで聞いた声だ。その女性がシルクのフードを取り払うと、全く予想もしていない姿が現れて、俺はつい口を開きっぱなしにしてしまった。
「ど、どうも、ヤツフサ・シュリアと申しますキャン、シン――アシュレイ様。以後、お見知り置きを、キャン……ッ」
ついヤシュと呼んでしまいそうになったのを堪えた。
やったことがやったことだ、俺との繋がりを知られてはならない。しかし新しい繋がりならば問題ないだろう。
「あらかわいい……」
「アトミナお姉さまっ、公式の場でかわいいはダメでしゅよ……っ」
「だってあの子、真っ白で、綺麗だわ……。ああ、触りたい……」
「お姉さまにはドゥリンがいるでしゅ……っ」
やはり姉上のツボを押さえていたようだ。
熱心な目でヤシュを見つめるものだから、ドゥリンが嫉妬に口をふくらませている。
「よろしく、ヤツフサ殿。会えて光栄だ」
ヤシュは国に帰らなかった。
カツサンドを奢ってもらった相手が皇子だったことに驚き、えらくかしこまっているようだったがな。
俺の方はそんなご立派な人間ではない。壇上から降りて、波乱の式典の幕が閉じるのを待った。
◆
◇
◆
◇
◆
その後、すぐに応接間にヤシュを呼んだ。
「月並みなことを言おう。帰ったんじゃなかったのか」
「へへへ……残ることにしたキャン。だって私みたいな人が、他にもいないとは限らないキャン……。だからベガル様の隣で、大使見習いをすることにしたキャン」
皇太子の元から逃げた獣人の奴隷を、まさか大使補佐にするとはな……。
あのベガルという男、図体はでかいが頭が回る。皇太子は彼に一目を置くだろう。
「そうか、そう決めたのならそうするといい。それより姉とその友人を紹介しよう」
「ぇ……。あの、シンザ、じゃなくて、アシュレイ様のお姉さんってことは、つまりあそこにいた――キャンッ?!」
入室を許可する間もなく、アトミナ姉上が応接間に飛び込んできた。
その後はまあ予定調和だ。白くて美しい狼の獣人は、皇女殿下に抱きすくめられて激しく撫で回された。
「何この子かわいいっ! ああっかわいいかわいいかわいいっ、はぁぁっ、毛並みふかふかで、なんてかわいい子なのっ!? アシュレイずるいわっ、こんなかわいい子ならもっと早く紹介なさいよっ!」
「ヒャンッ、ヒャゥッ、キャゥンッキャゥンッ?! こ、ここ、皇女様、ダメだヒャンッ、そんなところ触っちゃっ、キュ、キュゥゥンッッ! そ、こ、は……デリケート、うくぅっ……」
ドゥリンの方はまたむくれていた。
アトミナ皇女のお気に入りの座を、奪われるのではないかとヤシュに暗い目を向けていた。
「姉上、やり過ぎると嫌われるぞ。ドゥリン、最近調子はどうだ?」
「良いも悪いもないでしゅ……。仕事は絶好調でしゅけど、今はどん底でしゅ……」
帝国の絆スキルの影響だろうか。好調なようで何よりだ。
「ところでアシュレイ様、あの人、首にしちゃって本当に大丈夫でしゅか……?」
「ああ、急いで代わりを見つけないと、身動きが取れんな。誠実で、金にクリーンで、有能なやつがいればいいんだが……」
「それ、決めてから首にするべきだったでしゅよ……?」
「悪党を隣に置きたくない」
これは叔父上への警告でもある。
俺の領地で好き勝手はさせないと、大々的に示す必要があった。
「シンザさんらしいでしゅ。助けてもらった恩もあるでしゅから、アトミナお姉さまのことはドゥリンに任せるでしゅ。ドゥリンにとってシンザさんは、アシュレイ様じゃなくて、シンザさんでしゅ。……急な一人語りだったでしゅ」
「なら恩返しに何か作ってくれ。エリンの発展に繋がるような何かをな」
「あの……ふんわりした依頼は困るでしゅよ……あ、アトミナお姉さま」
「大変アシュレイッ、この子ぐったりしちゃったわ!」
アトミナ姉上は母性が強い。
興奮のあまり抱擁を強くし過ぎて、相手を失神させたり呼吸困難にさせることもままあった。
「失神している。これは嫌われたな」
「う、嘘……そんなつもりはなかったのっ、だってかわいいんだものっ、こんなのずるいわ! 無理よ!」
「ピクピク……皇女、様、怖い……皇女様、怖い……」
若干一名、痙攣しているようだが平和だった。
この平和がもう長続きしないことを俺と姉上はもう知っている。七男に過ぎない俺には止める方法すらなかった。
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【邪竜の書】
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- 冒険 -
【冒険者ギルドで1万クラウン以上の仕事をこなせ】
・達成報酬 EXP600/[帝国の絆LV+1
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- 探索 -
【帝都をもう10周しろ】7.25 /10周達成
・達成報酬 VIT+100
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- 開拓 -
【エリンを開墾しろ】
・達成報酬 耕作LV+1
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- 開拓 -
【エリンの安全を1000討伐度、確保せよ】
・討伐度750/1000
・達成報酬 EXP200/エリンの民の人心
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- 事業 -
【ヘズ商会を成長させろ】
・達成報酬 DEX+100
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- 粛正 -
【悪党を7人埋めろ】残り3人
・達成報酬 EXP1100/スコップLv+1
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- 粛正 -
【汚れた富を100万クラウン盗め】 262000/ 1000000
・達成報酬 空間探知LV+1
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- 投資 -
【合計1万クラウン使え】2420/ 10000
・達成報酬 EXP1000/出会いの予感
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- 目次 -
【Name】アシュレイ
【Lv】29
【Exp】4155
【STR】56
【VIT】147
【DEX】124
【AGI】206
【Skill】スコップLV5
シャベルLV1
帝国の絆LV1
方位感覚Lv1
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みなさまのおかげで、なんと日間29位に入れました。ご支援のおかげです。ありがとうございます。
次回より新章になります。




