9-10 ボスの首と財宝を盗め スコップ抱えた断罪者 - 劣化 -
シグルーンのバカげた後日談はさておき、少し時をさかのぼった頃に俺もボスの屋敷への潜入を完了させていた。
あちら側と違って、こちら側には罪もない使用人がいる。それゆえ焼き討ちにはできなかった。
まずはボスの首ではなく、宝物庫から組織の金を奪う。
といっても宝物庫の底に作っておいた地下空洞に、淡々と財宝を投げ込むだけの作業だったとも言う。
最初にこれを見たときは驚きではなく、むしろ冷めた感情が先立った。
獣人の苦しみが黄金の延べ棒となり、束ねられた金貨となり、白金、ダイヤモンド、その他希少宝石となって不気味な輝きを見せていたせいだ。
「釣り合わんな……。さらわれた獣人の人生が、こんなちっぽけな物に変わるのか……」
さすがにド汚い商売をしているだけある。
ヒャマール商会の倉庫とは異なり、換金効率の良いものばかりが転がっていた。
特に金貨が多い。支払いに使っているのか、キッチリと敷き詰められている。
それらを俺は根こそぎ奪い取ってやった。罪深い組織の資金をゼロにしてやったのだ。
結構な重労働だったが、こんなものなくなってしまえという怒りが俺を突き動かした。
やがて全てを地下へと投げ捨てると、くり抜いた床をシャベルLV1の復元能力で元通りに補修した。
まさか盗まれた物が、現場の真下に眠っているとは誰も思うまい。
シャベルにならされて痕跡が完璧に消えると、俺は立ち上がって宝物庫の鍵を内側から破壊して外に出た。
ちなみに付けヒゲの変装はこの前姉上に大笑いされたので、今回はローブを頭までかぶり、口と鼻を隠すマスクをかけている。
「言うなれば不夜城か」
今日も屋敷の廊下に無数のランプが並んで煌々と道を照らしていた。
あの財宝を見た後だと、ランプの中で燃えているのは油でなく、人の不幸そのものが燃料になってくすぶっているようにも見える。
金は奪った。金の切れ目は縁の切れ目だ。
報酬の未払いが悪党と悪党の繋がりを破壊するだろう。
さらにここで組織の中枢であるボスを始末すれば、人身売買組織[昨日の風]は崩壊する。
疑心暗鬼が内部抗争を引き起こし、分裂を繰り返して衰退してくれるのが理想のシナリオだ。
需要がある限りこいつらは消えんからな……。
「今何か……いや、気のせいか。ここを襲うやつなんているわけないよな」
明かりをのぞけば甘い警備網をくぐり抜けて、俺はボスの寝室へとひた進んだ。
場所は3階の中央だ。今日までつちかった常人10倍の敏捷性を用いれば、一瞬で隠れ、一瞬で走り抜けることもできる。
滑るように死角から死角へ飛び移って、やがて目的地にたどり着いた。
ボスの部屋だ。音もなく鍵をシャベルで破壊し、一気に内部へと突入する。
「ん……? お前、誰だ……」
「起きていたか、まあちょうどいい。人を呼んだらアンタを殺す。その前に少し頼まれてもらおうか」
一般人とあまり見分けの付かない貧相な男だ。
それがシルクの寝間着を身に付けていると、恐ろしさよりも間抜けさを感じた。
その姿は犯罪者のボスというよりも、どこにでもいるような普通のおじさんだったからだ。
「どこかの鉄砲玉か。いくら貰った? 俺がその3倍払ってやる、こっちに付け。外の警備網を抜けるなんて大したやつだ」
そう言ってやつが枕元にあった金貨の束を投げた。
そいつをスコップで打ち返したくなったがな、さすがに騒がしいので重いそれを受け取ってからソファに捨てた。
「足りないのか。なら5倍だ、5倍払う。一生遊んで暮らせるぞ。いくらで雇われたか言ってみろ」
「アンタ知らんのか? ゼロにいくらかけても答えはゼロだ。それより早く裏帳簿を出せ。この部屋に隠しているのだろう、出せ」
皇太子は皇帝の器ではない。いつか必ず内戦に発展する。
裏帳簿は有力者の弱みの塊だ。あのゲオルグだって欲しがるだろう。
「バカを言え、そんなもの……ここにはない」
「嘘だな。そこの絵画の裏だろう、目が一瞬あちらに行ったぞ。取り出せ」
「貴様……どうなっても知らんぞ……」
「それはこちらのセリフだな。死にたくなかったら従え」
やつはついに屈して、絵画の裏にあった隠し金庫を操作した。
そこから一冊の分厚い皮表紙のリストを取り出して、こちらに見せる。
「お望みの裏帳簿だ。だが見れば後悔するぞ」
「いいから早く渡せ」
「わかった……。そちらに投げるぞ、1、2の、3――」
パンッと何かが爆ぜた。組織のボスが、貧相な男アンセフが何かを握っていた。
そこから爆発力を持って放たれた何かが、矢よりも早く俺の胸にぶち当たって、後方に吹き飛ばしていた。
何が起こったのかわからなかったが、ヤツは裏帳簿の回収を迷いながらも一目散に暗殺者の前から逃げ出していた。
「うっ……ぐっ、なんだ、今のは……。くっ、なんだ、コレは……?」
ヤツの後ろ姿を目で追いながらも、俺は胸に走る激痛に触れた。
熱を帯びた何か硬い物が突き刺さっている。目を向ければそれは、金属の塊だった。
「もしかしてこれは、銃……?」
異界よりこの地にはたびたび漂着物が流れてくる。
それは本ばかりではない。武器が混じることもあった。
筒状の道具から放たれる鉄の塊。そうかこれが銃弾か、だとしたらよく生きているな俺は……。
「いや……寝転がってる場合じゃない……!」
銃弾は俺の胸に突き刺さっていたが、内部には全く達していない。
その鉄の塊を胸から引っこ抜いて、俺は逃げたアンセフを全力で追った。絶対に逃がさん。痛みが俺に怒りという原動力をくれた。
幸いアンセフが大声を上げてくれたので、追撃には困らなかった。
爆発的な瞬発力で、ヤツが下の階に降る寸前に頭上を追い越して、階段の踊り場に俺は立ちはだかった。
「な、ななななな、なぜ生きている!? なぜ動けるのだ貴様ッッ!? 銃だぞ、銃の直撃を受けてなぜ、当たらなかったのか?!」
「どうやら弾が古くなっていたようだな」
「そんなわけあるか! どんな身体してるんだ貴様ッ!!」
弾が劣化していなかったとすれば、原因がこちらにあったということになる。
桁外れのVITが肉体を頑丈にして、銃弾すら皮膚が受け止めた。という仮説を言っても信じんだろうな。
それはさておき、ボスの動揺は最高潮となったようで、こちらに銃をメチャクチャに発砲してきた。
問題ない。撃つとわかっていればどうにかするだけだ。
スコップを盾にしつつ、銃口が教えてくれる射線から敏捷性任せに抜け出しつつ――ヤツに突進した。
「な、なんでぇっ!? なんで当たらな――ひぃっ、アグァッッ?!」
「なっ、ボスッ!?」
ヤツの顔面をスコップで薙払って制圧した。
ところがそこに護衛が4名かけつけてきたようだ。
「殺せ、こいつを殺せ! いや待て、油断はするなよ、コイツは――ウグッ?!」
護衛を受け持つだけあって訓練されていた。
だがこれ以上騒がれたくない。ボスのわき腹を蹴ってから俺は短期決戦を選んだ。
斬れろと念じてシャベルを投擲すると、受け止めた敵の剣がへし折れた。
武器を失ったやつに一発鋼鉄の塊をぶちかまし、立て続けに襲い来る三名には――ボスから奪った銃弾を送った。
パンパンパンッと乾いた射撃音が鳴り響くと、やつらは血を流してうずくまることになっていた。
弾は劣化していなかったようだな……。