9-10 人身売買組織を焼き払え あちら側の少し早い後日談
これはシグルーンから後で聞いた話だ。
というのもだ、俺たちは二つの場所を同時に襲撃する必要があった。片方への襲撃が発覚すれば、もう片方の警備レベルが上がることになるからだ。
だからボスの首と財宝を狙う俺と、さらわれた獣人を救うシグルーンとヤシュに別れた。
これは女豪傑シグルーンと白狼のヤシュ側で起きた出来事だ。
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「シンザのやつ、無茶をしなければいいがな。むぅ、この拙者が、人の心配をする日が来ようとはな……」
「グルルルル……シグルーンの姉貴、そろそろ時間だ。ほら、砂時計が落ちるぜ」
後で知ったのだがな、ヤシュはコルリハの葉を使った。
あの丸鳥のグリルに付いていた、ヤシュを豹変させたあの葉だ。それを使って穏やかな本能を抑制し、仲間のために戦うことを選んだ。
「お前誰だ?」
「俺だ姉貴ッ! 姉貴のフライドチキン美味かったキャン! こう言えばいいかよっ!?」
「ハハハッ、言ってみただけだ。おっと砂が全部落ちたか、では行こうではないか白狼よ!」
「マジでありがとよ姉貴、一緒に仲間を助けようぜ!」
話がまとまると豪傑と狼は地下道から地下牢へと飛び込んだ。
牢に監禁された獣人たちをまずは無視して、計画通り二人は見張りたちに襲いかかった。
「安心せよ、峰打ちではない。安らかに死ね」
「鍵あったぜ姉貴!」
見張りが抵抗する間もなかった。
闇から突然現れた凶暴な白狼と仮面の女戦士に、武器を抜く間もなく斬り殺された。
「でかした! ここは任せたぞ!」
「姉貴、気を付けて――キャン」
そこでシグルーンとヤシュは別行動となった。
ヤシュは確保した鍵を手に脱走の誘導を進め、シグルーンは上の階に向かった。
腰に吊したカンテラの明かりを頼りに、シグルーンが奴隷オークションの会場に忍び込む。
時刻は深夜だ。ひっそりと静まり返っていた。
「ッ……ッァ……ゥッ、ァッ……」
これからここを焼き払う。それがシグルーンの受け持った役割だ。
だが急に声と荒い呼吸が聞こえたそうだ。
そこで静かに身を潜めて、仮面のシグルーンは音の発生源を追った。
そしてすぐに見つけた。そこにある光景に、頭に血が昇りかけて堪えるのが大変だったそうだ。
「ん……今なんか、あっちから音しなかったか?」
「うるせぇ黙ってろ。ビビッてんじゃねぇよ!」
「だってよ、商品に手を付けてるのがバレたらさすがにボスも……」
「ぅっ、ぁっ……止めて、もう、止めて……アグッ?!」
犯されていたわけではない。子犬の獣人が虐待されていた。
弱い者をいたぶるのが好きなサディストには、昨日の風は理想的な職場だったのだろう。ああ、もちろん過去形でな。
「調教だよ、調教。人間様の怖さを教えてやってんだ。逆らいたくなくなるほど恐怖を教え込んでよ、従順にしてやってんだよ……へへへ」
「た、たすけ……助けて……く、苦しい……そんなに、喉、ウッオェッ?!」
子犬の喉に再び男の手がかかる。
シグルーンはその時思ったそうだ。力ずくの正義でなければ救えない命も多いとな。
頭で考えるよりも早く身体が動き、暗闇から飛び出した黒角の女は両者の胸を双剣で貫いた。
即死しないように心臓は避けて、己の血で溺れよと、肺を狙ったと言っていた。
「けほっけほっ……た、たすか……ぇ……?」
「助けたぞ。拙者もまだまだ修行不足だな……」
血濡れの剣をさやへと戻し、シグルーンは獣人の少年を助け起こした。いや、肩に背負いあげたというのが正しい。
「だ……だれだてめ……ゴホッゲホッ、い、息が、ァ、ァァァァ……ッッ?!」
「うむ、さながら悪を浄化する火葬人といったところか。燃えよッ!」
前にシグルーンは言っていた。有角種は知能と魔法に秀でると。
剣より苦手だから使わないと妙な屁理屈を言っていたが、彼女は無双の戦士でありながら初級の魔法も扱えた。
「ま、魔法っ!? えっ、まさか、有角種さま!?」
「ふぅぅ……。やはり拙者には向かんな、まだるっこしい」
奴隷オークション会場全域と、上のサロンに通じるエリアにファイアボルトを打ち込むと、シグルーンは獣人の少年を抱えて地下へと下った。
魔法なんかより、剣でぶった斬った方が早いとも後日言っていたな。
「おまけを拾ったぞ。この犬っころも頼む」
「待ってたぜ姉貴! もうみんな外だ、早く行こうぜキャン!」
「なんだ仕事が早いな。ではついてこい少年、これで国に帰れるぞ!」
「ほ、本当……?」
「拙者が責任持って親のところに帰してやる。だから早く来い!」
そこからヤシュとシグルーンと少年はトンネルをくぐり、出口を隠蔽した後は下水道に抜けた。
その下水道を南に抜けて地上に這い上がれば、そこに荷馬車が3台も並んでいた。
シグルーンの下調べの結果、さらわれた獣人が地下に30名以上もいることが判明したのだ。
必要だったとはいえ、これの確保は容易ではなかっただろう。
「よし乗るぞ!」
「う、うん……!」
「へ……あの、シグルーン様!?」
その荷馬車にシグルーンまで子犬と一緒に乗り込んだ。
俺たちの計画はここまでで、そこから先はシグルーンの自由ではあったがな……。
「どういうつもりだ、シグルーン殿」
「おおライオン太郎ではないか!」
「た、太郎じゃないって姉貴っ、大使様だぜ!?」
そこにあの大使ベガルもいて、荷馬車に乗り込んだシグルーンを見上げていた。
「口の固い護衛がいるだろう。拙者に任せておけ」
「それは……。だがいいのか、シグルーン殿」
「向こうに着けば拙者は英雄よ、さぞ愉快な接待が待っているのだろうなぁ! ああ、だが手持ちが少ない、路銀をくれ」
「彼が豪傑と評した意味がやっとわかった。俺の財布をやる、どうか俺の同胞を頼む」
「任された! では足が付く前にとんずらと行こう! いざっ、獣人の国カーハへ!」
「姉貴は無茶苦茶ですキャンっ!」
こうして馬車が出立し、シグルーンは俺に何も言わずに衝動任せで、遙か南方の世界へと旅立って行ったのだった……。




