9-9 スコップ一本で始める脱走幇助 - 二つの地下道 -
退路の確保をベガル大使に任せて、俺の方は言葉そのままに地下へと潜った。
始点は帝都南部の下水道。目的地は奴隷オークション会場の真下だ。
「アンタには、ヤシュの護衛をしていて欲しかったんだがな……」
「クハハッ、スコ男よ、シンザよ、拙者はお前を見誤っていたようだ……。ただ者ではないとは常々思っていたが、スコ男よっ、お前は最高ではないか! 悪党にとってお前は、悪夢の化身そのものに等しい! お前は、今日まで苦渋を飲まされてきた我々の前に現れた究極理想の――」
白狼のヤシュは今もあの酒場宿だ。
あちらはシグルーンの冒険者仲間が護衛してくれている。信頼が置けるとまでは言えんが、なかなか気のいい連中だった。
「そのセリフ何度目だ。興奮してないでカンテラをしっかり持ってくれ、チカチカして掘りにくい」
「これが興奮せずにいられるかっ! お前のこの力――つまらん理屈はさておきだぞっ、この力があればいくらでも、ビックリ仰天の大犯行が可能ではないか! これがあれば全てを、天と地すらひっくり返せようぞっ!!」
いつものように黙々と穴を掘るとはいかなかった。
シグルーンがとにかく騒がしい。うるさい。反響で耳が痛い。こちらが落ち着かせるのを諦めかけるほどに、不必要に激しく、熱狂的に興奮していた……。
「犯行ではない。これは力ずくの正義の執行だ。俺たちは何一つ後ろ暗い感情を持つ必要などない」
「力ずくの正義! ああっなんと甘美な響きだ! どこまで拙者を高ぶらせる男なのだお前は! あっ、そうだ歌ってもいいかっ!?」
「場所を考えろ、ダメに決まっているだろう……」
受け答えしながらも身体は地下を掘り進める。
ここは帝都だ。おかしなところに繋がってしまわないかと、これでもそこそこの気を使っているのだ。
とはいえヤシュが言うには監禁場所は地下深くで、オークション会場らしき場所もまた地下にあったそうだ。
いくら帝都の土地代が高いからといって、深い地下施設を持つ建物など極めて希だろう。
ならば進行方向さえ間違っていなければ、ぶち当たった先が目的地だ。
「つれないぞ! 拙者は歌い出したいくらいに興奮しているのだっ! この力でさらわれた弱者を救い出し! 悪の富を奪い! 悪の頭を潰すのだろうっ?! なんて素敵なデートなのだ!!」
「知らなかった。これはデートだったのか」
「ああ、今拙者の胸は高鳴っている。クズどもを地に屠ったかと思えば、カーハの大使を説き伏せてくるお前の神秘性に、拙者はもはやメロメロだ! 拙者は、お前が、気に入った!! これが恋かっ!?」
「知らん。どんな感性だ」
むしろこちらとしては逆だった。
若干の後悔と迷いを抱えていた。
「拙者がお前に惚れたということだ」
「そうか」
ダークヒーローという言葉がある。異界の物語でときおり現れる、ある種の英雄の定義だ。
己の手を汚してまで頑なに正義を果たす者たち。秩序側ではない英雄、それがダークヒーローだ。
「~~♪」
「鼻歌か。まあ大声で歌われるよりはマシか……」
「はははっ、気分が良くてなぁ! あ~~♪」
「もうアンタの好きにしてくれ……」
ダークヒーローたちは己の周囲に人を近付かせない。
あるいは深くは付き合わずに一定距離を置くことが多い。その理由が今ようやくわかった。
「それより本当にいいのか? もし発覚すれば、お互い帝都にはいられなくなるぞ。冒険者ギルドもよく思わないだろう」
俺は今、暗闇にシグルーンを引き込みかけている。
それが正しい行いとは思えなかった。
「なんだそんなことか。うむ、そのときは責任取ってくれ」
「責任、な……」
やはりシグルーンを外すべきだろうか。
いや無理だな、降りろと行って降りるやつではない。もう手遅れだ。
「責任か……」
「暗く考えるな。バレたら帝国から逃げ出して、どこか遠くでゆっくり暮らすのも悪くないぞ。拙者とお前でなぁ! うむ、その時は二人で義賊でもやろうではないか」
背後のシグルーンに流し目を向けると、どうやら本気で言っているようで楽しげに笑っていた。
とっ捕まるという発想は彼女に頭の中にないようだ。
「む。着いたようだな」
「おおっ本当か!? おおっ、こんな深いところに石の壁かっ、いかにも怪しいな!」
スコップの側面を使って土を払えば、大きな石壁がそこにあった。
さらに下へと少し広げてみると壁が途絶えた。ここが最下層のようだった。
「同感だ。十中八九目的地だろう」
「よし、開通させろ。ちょっと偵察してくる」
「おい、何を言い出す」
「心配するな。それに焼き払うからには、逃げ遅れがいては困るだろう。拙者を信用しろ」
反論の言葉が浮かばない。
危険はあるが、イレギュラーを避けるならば偵察は必要だ。
「その放火の件なんだが、やはりアンタの手をそこまで汚させるわけには――」
「バカかお前は」
「いきなりバカとはなんだ……」
「いいやバカだ、バカ野郎だお前は。自分が手を汚すのは良くて、他人はダメなんて思い上がりだぞ。まあこのお姉さんに全て任せておけ、青年よ」
シグルーンに説教されるとはな。
淡い緑の髪を持つ黒角の美人は、穴蔵の世界で見るとなおのこと美しく見えた。この見た目でこの性格は詐欺だな。
「わかった。こっちの偵察は任せた。俺はあちら側を掘ってくる」
「うむ、任されよ。なんならそちらの汚れ仕事を拙者が受け持ってもいいんだぞ?」
「断る。俺が始めたことだ、俺がやる」
「ふははっ、何がそなたをそこまで突き動かすのだろうなぁ……。ま、これからはもっと拙者を頼れ。こういう力ずくのボランティアは大歓迎だぞ」
カンテラをシグルーンに押し付けた。地上に戻ったらもう一つ用意しないとだな。
続いてスコップで壁を静かに穿ち、進入路の安全を確認した。
「ここは牢獄か。鍵はかかっていないようだな……では任せた」
「おい、明かりも無しに戻るのか?」
「ああ、要らん。俺は生まれつき夜目が利くのだ」
「はははっ、まるでモグラだな。……後でまた会おう」
そこでシグルーンと別れた。
それから地上で新しいカンテラを買い、帝都貴族街の下水道から2本目のトンネルを造った。
……完成だ。同時にシグルーンを見習って偵察もした。
人身売買組織[昨日の風]のボス、アンセフの屋敷は恐ろしく金がかかっていた。
芸術品や宝石貴金属で派手というのもあったが、どこの廊下にも煌々と明かりが灯されていた。
しかし警備の方は屋敷の外に集中しているようで、中は使用人の姿がちらほらとある程度だ。
アンセフの姿を見つけた。
絵に書いたようなヤクザのボスを期待していたが、それは冴えない痩せ形の小男だった。
使用人にアンセフ様と呼ばれるのを見なければ、危うく素通りしていたくらいだ。
そのアンセフの寝室も見つけた。宝物庫は地下の鉄張りの壁の中にあった。
もう十分だ。俺は豪邸から退散して、白狼のヤシュの待つあの酒場宿へと帰った。
作戦が滞りなく果たされれば、ヤシュは仲間と共に大使に保護されて南方に旅立つ。
あのやわらかそうな白狼の毛並みも、もうじき見納めだった。
嬉しいレビューをいただきました。
そこに皆様からの後押しも加わって、現段階でファンタジー日間44位に、さらに浮上しました。
ありがとうございます。
次回更新分はボリュームやや少なめになります。




