表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

78/225

9-9 スコップ一本で始める脱走幇助 - 二つの地下道 -

 退路の確保をベガル大使に任せて、俺の方は言葉そのままに地下へと潜った。

 始点は帝都南部の下水道。目的地は奴隷オークション会場の真下だ。


「アンタには、ヤシュの護衛をしていて欲しかったんだがな……」

「クハハッ、スコ男よ、シンザよ、拙者はお前を見誤っていたようだ……。ただ者ではないとは常々思っていたが、スコ男よっ、お前は最高ではないか! 悪党にとってお前は、悪夢の化身そのものに等しい! お前は、今日まで苦渋を飲まされてきた我々の前に現れた究極理想の――」


 白狼のヤシュは今もあの酒場宿だ。

 あちらはシグルーンの冒険者仲間が護衛してくれている。信頼が置けるとまでは言えんが、なかなか気のいい連中だった。


「そのセリフ何度目だ。興奮してないでカンテラをしっかり持ってくれ、チカチカして掘りにくい」

「これが興奮せずにいられるかっ! お前のこの力――つまらん理屈はさておきだぞっ、この力があればいくらでも、ビックリ仰天の大犯行が可能ではないか! これがあれば全てを、天と(アビス)すらひっくり返せようぞっ!!」


 いつものように黙々と穴を掘るとはいかなかった。

 シグルーンがとにかく騒がしい。うるさい。反響で耳が痛い。こちらが落ち着かせるのを諦めかけるほどに、不必要に激しく、熱狂的に興奮していた……。


「犯行ではない。これは力ずくの正義の執行だ。俺たちは何一つ後ろ暗い感情を持つ必要などない」

「力ずくの正義! ああっなんと甘美な響きだ! どこまで拙者を高ぶらせる男なのだお前は! あっ、そうだ歌ってもいいかっ!?」


「場所を考えろ、ダメに決まっているだろう……」


 受け答えしながらも身体は地下を掘り進める。

 ここは帝都だ。おかしなところに繋がってしまわないかと、これでもそこそこの気を使っているのだ。


 とはいえヤシュが言うには監禁場所は地下深くで、オークション会場らしき場所もまた地下にあったそうだ。

 いくら帝都の土地代が高いからといって、深い地下施設を持つ建物など極めて希だろう。


 ならば進行方向さえ間違っていなければ、ぶち当たった先が目的地だ。


「つれないぞ! 拙者は歌い出したいくらいに興奮しているのだっ! この力でさらわれた弱者を救い出し! 悪の富を奪い! 悪の頭を潰すのだろうっ?! なんて素敵なデートなのだ!!」

「知らなかった。これはデートだったのか」


「ああ、今拙者の胸は高鳴っている。クズどもを地に屠ったかと思えば、カーハの大使を説き伏せてくるお前の神秘性に、拙者はもはやメロメロだ! 拙者は、お前が、気に入った!! これが恋かっ!?」

「知らん。どんな感性だ」


 むしろこちらとしては逆だった。

 若干の後悔と迷いを抱えていた。


「拙者がお前に惚れたということだ」

「そうか」


 ダークヒーローという言葉がある。異界の物語でときおり現れる、ある種の英雄の定義だ。

 己の手を汚してまで頑なに正義を果たす者たち。秩序側ではない英雄、それがダークヒーローだ。


「~~♪」

「鼻歌か。まあ大声で歌われるよりはマシか……」


「はははっ、気分が良くてなぁ! あ~~♪」

「もうアンタの好きにしてくれ……」


 ダークヒーローたちは己の周囲に人を近付かせない。

 あるいは深くは付き合わずに一定距離を置くことが多い。その理由が今ようやくわかった。


「それより本当にいいのか? もし発覚すれば、お互い帝都にはいられなくなるぞ。冒険者ギルドもよく思わないだろう」


 俺は今、暗闇にシグルーンを引き込みかけている。

 それが正しい行いとは思えなかった。


「なんだそんなことか。うむ、そのときは責任取ってくれ」

「責任、な……」


 やはりシグルーンを外すべきだろうか。

 いや無理だな、降りろと行って降りるやつではない。もう手遅れだ。


「責任か……」

「暗く考えるな。バレたら帝国から逃げ出して、どこか遠くでゆっくり暮らすのも悪くないぞ。拙者とお前でなぁ! うむ、その時は二人で義賊でもやろうではないか」


 背後のシグルーンに流し目を向けると、どうやら本気で言っているようで楽しげに笑っていた。

 とっ捕まるという発想は彼女に頭の中にないようだ。


「む。着いたようだな」

「おおっ本当か!? おおっ、こんな深いところに石の壁かっ、いかにも怪しいな!」


 スコップの側面を使って土を払えば、大きな石壁がそこにあった。

 さらに下へと少し広げてみると壁が途絶えた。ここが最下層のようだった。


「同感だ。十中八九目的地だろう」

「よし、開通させろ。ちょっと偵察してくる」


「おい、何を言い出す」

「心配するな。それに焼き払うからには、逃げ遅れがいては困るだろう。拙者を信用しろ」


 反論の言葉が浮かばない。

 危険はあるが、イレギュラーを避けるならば偵察は必要だ。


「その放火の件なんだが、やはりアンタの手をそこまで汚させるわけには――」

「バカかお前は」


「いきなりバカとはなんだ……」

「いいやバカだ、バカ野郎だお前は。自分が手を汚すのは良くて、他人はダメなんて思い上がりだぞ。まあこのお姉さんに全て任せておけ、青年よ」


 シグルーンに説教されるとはな。

 淡い緑の髪を持つ黒角の美人は、穴蔵の世界で見るとなおのこと美しく見えた。この見た目でこの性格は詐欺だな。


「わかった。こっちの偵察は任せた。俺はあちら側を掘ってくる」

「うむ、任されよ。なんならそちらの汚れ仕事を拙者が受け持ってもいいんだぞ?」


「断る。俺が始めたことだ、俺がやる」

「ふははっ、何がそなたをそこまで突き動かすのだろうなぁ……。ま、これからはもっと拙者を頼れ。こういう力ずくのボランティアは大歓迎だぞ」


 カンテラをシグルーンに押し付けた。地上に戻ったらもう一つ用意しないとだな。

 続いてスコップで壁を静かに穿ち、進入路の安全を確認した。


「ここは牢獄か。鍵はかかっていないようだな……では任せた」

「おい、明かりも無しに戻るのか?」


「ああ、要らん。俺は生まれつき夜目が利くのだ」

「はははっ、まるでモグラだな。……後でまた会おう」


 そこでシグルーンと別れた。

 それから地上で新しいカンテラを買い、帝都貴族街の下水道から2本目のトンネルを造った。


 ……完成だ。同時にシグルーンを見習って偵察もした。

 人身売買組織[昨日の風]のボス、アンセフの屋敷は恐ろしく金がかかっていた。


 芸術品や宝石貴金属で派手というのもあったが、どこの廊下にも煌々(こうこう)と明かりが灯されていた。

 しかし警備の方は屋敷の外に集中しているようで、中は使用人の姿がちらほらとある程度だ。


 アンセフの姿を見つけた。

 絵に書いたようなヤクザのボスを期待していたが、それは冴えない痩せ形の小男だった。


 使用人にアンセフ様と呼ばれるのを見なければ、危うく素通りしていたくらいだ。

 そのアンセフの寝室も見つけた。宝物庫は地下の鉄張りの壁の中にあった。


 もう十分だ。俺は豪邸から退散して、白狼のヤシュの待つあの酒場宿へと帰った。

 作戦が滞りなく果たされれば、ヤシュは仲間と共に大使に保護されて南方に旅立つ。


 あのやわらかそうな白狼の毛並みも、もうじき見納めだった。


嬉しいレビューをいただきました。

そこに皆様からの後押しも加わって、現段階でファンタジー日間44位に、さらに浮上しました。

ありがとうございます。

次回更新分はボリュームやや少なめになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング
よろしければ応援お願いいたします。

9月30日に双葉社Mノベルスより3巻が発売されます なんとほぼ半分が書き下ろしです
俺だけ超天才錬金術師 迷宮都市でゆる~く冒険+才能チートに腹黒生活
新作を始めました。どうか応援して下さい。
ダブルフェイスの転生賢者
― 新着の感想 ―
[良い点] 「自分が手を汚すのは良くて、他人はダメなんて思い上がりだぞ」 思ったこともなかったですがこれは真理ですね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ