9-9 スコップ一本で始める脱走幇助 - 大使 -(挿絵あり
要点を述べる。アトミナ皇女と共に、直接大使館に押し掛けるという荒技を使うことになった。
あの立派な4頭立て馬車に乗り込み、宮殿から仰々しく出立した後は、同様に大使館でも仰々しい歓迎を受けた。
朝っぱらからの皇女殿下の電撃訪問に、大使館はてんやわんやの軽い混乱に陥るのをしばらく眺めれば、やがて俺たちは応接間に通されていた。
「はふぅー……お側付きも大変でしゅ……」
「大変だな」
「あの、ドゥリンは、アシュレイ様がひっかき回したせいだと思うでしゅ……」
「そうだろうな。だがアポイトメントを取る時間すら惜しかったのだ、どうか許してくれ」
アトミナ姉上はゲオルグ兄上ほど細かくなかった。
獣人を救うためと言うと、弟を甘やかしてばかりの姉は全ての便宜を図ってくれた。
「ふふふ……それにしてもその格好、何度見ても惚れ惚れしちゃうわ。そうでしょ、ドゥリン?」
「アトミナお姉さまはのんきでしゅね……。でもそう言われると、ドゥリンも良い仕事したなって、ニヤニヤしちゃうでしゅ♪ ぐふふ~♪」
それとどうでもいいことだが正装することになった。
制作者であるアトミナ姉上とドゥリンの注目を浴びながら、俺は静かに大使を待つ。
ソファの左右を二人に囲まれながらな……。
ほどなくして部屋にノックが響き、非常に目立つ姿を持った獣人がこの場に現れた。
それは雄ライオンの獣人だ。たてがみを持った非常に大柄な男が、俺たちの向かいの席に腰掛けた。
確かにドゥリンが言うようにおっかない。しかし姉上の言うカッコイイという表現にも納得がいった。
「お初にお目にかかる、アシュレイ様。俺はカーハの大使をしている者だ。しかし朝からアトミナ皇女殿下のお姿を見られるとは、今日は良い日になりそうだ」
「ごめんなさいね、ベガル様。どうしても弟があなたに会いたいって聞かなくて……ほらアシュレイ、話があるんでしょ?」
「あ、ああ……」
姉上にやさしく背中を押された。
俺としてはこんなに立派な姿を持つ大使に向けて、こういったアットホームな紹介のされかたをすると少し困る……。
「なんだか、アトミナお姉さまがお母さんみたいに見えるでしゅ」
「あらっ、なれるものならなりたいわ。アシュレイもそうでしょ~?」
「そう言われても返答に困る」
まずはこの大使が信用できるかどうか、この場で試さなければならん。
言わば大使という地位は小さな王様のようなものだ。この帝国であっても、法律に縛られない特別な権利を持っている。
「少し時間が押していてな、用件を聞いてもよろしいか……?」
「ああ、ここに来たのは他でもない」
よってこちらが皇族だとしても、大使は何もへりくだる必要はなかった。
とはいえ普通は敬語を使って、世界最大の国の皇族に媚びるものだがな。彼はそういうのはしない主義なのかもしれん。
「獣人の奴隷を買いたい」
「へっ……?」
「あら……アシュ、レイ……?」
そう言われて大使がどんな顔をするか確かめた。
どうやらポーカーフェイスを貫いているが、一瞬だけ眉間に険しいしわが寄った。
「この前の奴隷オークションで買い逃してしまってな。だがよく考えたら、ヤクザ連中を通す必要などなかった。アンタと直接取り引きした方がずっと早い」
「アシュレイ様、お戯れを。冗談がいささかキツすぎるかと」
「そうだろうか。こっちは本気だぞ、獣人は実にかわいいな。愛玩動物として最適だ。だから奴隷として飼いたい、従順な奴隷を俺に売ってくれ」
「止めましょう、こういう話は……。聞かなかったことにしますので……」
大使が急に丁寧語になったのは動揺の証拠だ。
いや、怖いライオンは動揺と共に激しく怒っていた。
その姿にドゥリンは怯え、アトミナ姉上はおろおろと言葉を失っている。つくづく悪い弟だな、俺は。
「それに獣人は温厚だからな。一度従えれば逆らわない、奴隷として理想的で――」
「ッ……黙れッッ、黙れッッこのクズがッッ!! 獣人は貴様らの奴隷ではないッ、さらわれていいように利用される、同胞の気持ちを少しでも理解したことはあるかッッ!! 俺たちはなッ、貴様らの奴隷としてこの世に産み落とされた訳ではないッ、断じてだッッ!!」
ライオン男の鋭い爪先が俺の喉にかかっていた。
確かにこれはおっかない。確かにこれはカッコイイ。確かにこれは、やさしい男だった。
恐怖のあまりドゥリンはひっくり返り、アトミナ姉上は俺を庇ってしがみついていた。
「アシュレイッ、わざとやってるでしょあなた!」
「……。なん、ですと?」
さすがは姉上だ。だてに俺を9つの頃から甘やかしていない。
しかし理解はしてくれたが、姉上は無礼な行いをとても怒っているようだった。
「俺を試したか。アトミナ殿下より噂は聞いていたが、なるほどな……」
「アシュレイ、謝りなさい。お姉ちゃんの命令よ、断ったらお姉ちゃん、泣くからね……?」
ベガルは信用に値する。誇り高く、少なくとも奴隷取引とは繋がりがないことがこのことで判った。
姉上が本気の涙目を俺に向けてきたので、深い罪悪感をいだくことになったがな……。
「すまない、全て狂言だ。ベガル大使、アンタが信用できるかどうか試した」
「全く……とんでもない弟君だな。とはいえ俺もあまり礼儀正しいたちではない。……アシュレイ皇子、では聞くが、なんの為にこんなことをした?」
「ああ、実は俺がここに来たのは、さっきのお願いの真逆でな。さてどこから話したものか――昨日、宮殿の外でカツサンド食っていたらな」
「カツサンドだと!?」
「ああ、美味かった」
「うむ、俺も好きだ」
「アンタもか。あそこのカツサンドは肉厚でな」
「ほう! それは興味深い……」
「え……? あ、あのあのっ、そっちじゃないと思うでしゅアシュレイ様、ベガル様!」
美味かったな、あのカツサンド……。
ケバブサンドから鞍替えしたくなるほどだ。
「ああ、それで――色々あってヤシュという白狼の獣人を保護した。人さらいに捕まって帝都に連れてこられたそうだ。カツサンドは彼女にやった」
「カツサンドを、人に譲ったというのか!?」
「大事なのはそっちじゃないと思うわ、ベガル様!」
いや、今思い返すと惜しいことをした。
また買いに行けばいいだろうと言われてはそれまでだが、そういう問題ではない。
手元にあって、いつでも食える物を人に分ける。
これには喜びを分ける勇気と決断が要るのだ。
「ま、そんなわけだ。俺はさらわれた獣人を、人身売買組織から奪い取ることに決めた」
「あのぉ……それいきなり話飛んでないでしゅかっ!?」
「あらそうなの。そういえば詳しい事情を聞いてなかったわ、ふふふ……」
外野はともかくとして、ベガル大使はカツサンドの呪縛から解かれると、俺の行動に目を見開いて驚いた。
こんなこと言い出す皇族など前代未聞だろう。
「俺が取り返してきたら、保護できるか? 彼らが望むなら国に帰してやりたい。それにはアンタの力が――ああ、聞くまでもなさそうだな」
ライオンの両手に右腕を握られた。
容姿は多少怖いがやさしい瞳が俺を見つめて、なんというか熱い感情を向けていた。
「ゲオルグ将軍に信頼されるのももっともだ。私たちのために、そこまでして下さるとはな。あの皇太子とは大違いだ……」
「賛辞はいらん。彼らを保護できるか?」
「もちろんだ! こちらから手は出せんが、アシュレイ様が同胞を解放して下されば話は別だ。必ず本国まで送り届けよう!」
「なら決まりだ。信じていいんだな?」
「ああ、任せてくれ! 大使ベガルの名において誓う。クソ野郎どもから同胞を奪い返してくれたら、俺が責任持って送り届けよう! ゲオルグ殿といい、この国の皇族もまだまだ捨てたものではないな!」
でかいライオンとガッチリとした握手をして、少しばかし暑苦しいがそういう話になった。
いくらこの国が腐っていようとも、他国の大使には手を出せまい。
「ところでカツサンドならオススメがある。アンタさえ良ければ、さっき話した店の地図を書こう」
「話のわかる男よ……是非頼む。実は気になってたまらなかった」
「そこでカツサンドの話に戻るでしゅか……」
さあ後は穴を掘って作戦を実行するだけだ。
部屋にあった紙片の上に地図を書き上げて、そこにケバブサンドもオススメと※付きで注釈を入れた物を彼に渡した。
「なんだか私まで食べたくなってきたわ……。アシュレイ、帰りにちょっと寄ってかない……? 一度、例のおば様にもご挨拶もしたいし……」
「それは止めてくれ姉上……身バレが恐ろしいという以前に、恥ずかしい」
こうしていつものあのカフェに、皇女アトミナが来店するという、あの街には天地がひっくり返るほどのサプライズが起きるのだった。
くれぐれも俺のことは触れないでくれと、馬車内で説得するのに苦労したのは言うまでもない。
アトミナ姉上はケバブサンドの方をいたく気に入ってくれた。
また買いに来ると言い出す辺り、嫌な繋がりが生まれたような気がしてならないな……。
しーさんがヤシュのミニキャラを描いてくれました。
肉シャツがお気に入りだそうです。
また皆様のおかげで現在、ファンタジー日間48位に入れました。
ありがとう! これからも応援して下さい! あわよくばもっと上に行きたい!




