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9-9 スコップ一本で始める脱走幇助 - 自重を知らない弟 -

 口の軽いやつがベラベラと秘密を語ってくれた。

 商品(・・)の保管場所はオークション会場と同一だそうだ。


 場所は大胆不敵にも帝都南部、そこにある会員制サロンの地下だった。

 全てではないそうだが、そこの会員にさらった獣人たちを斡旋していたそうだ。


 ボスの名はアンセフ。表向きは貿易商人だが、裏では人身売買も行う血も涙もない男だ。

 貴族街に豪邸を構えて、そこに巨万の富をため込んでいる。ここまではシグルーンにもう聞いた話だ。


 しかし彼の居室には隠し金庫があり、裏帳簿をそこに隠している。

 いざというときは帳簿を盾にして、いくらでも上を脅せるのだと、ベラベラと裏切った悪党が喋ってくれた。


 これにより帳簿を奪うという計画が現実的になった。

 奪えばいざというときの盾としてだけではなく、他にいくらでも使い道のあるお宝だ。


 何より裏帳簿さえ押さえれば、売られた獣人たちを救う糸口にもなるのだ。可能な限り確保したかった。



 ◇

 ◆

 ◇

 ◆

 ◇



 白狼のヤシュをシグルーンに任せて、その夜は宮殿に戻った。

 そこで一晩を明かすと、早朝にゲオルグ兄上の部屋を訪れた。今日は宮殿の近衛兵を鍛える予定だと、アトミナ姉上から聞き出しておいたのだ。


「嫌な予感がしてきたな……」


 ゲオルグ将軍の部屋を訪れると、最初はぶっきらぼうに歓迎してくれた。

 弟の方からこうして訪ねることなど、まずないからな、兄上なりにこれが嬉しかったのかもしれん。


 しかしそれは一国の将だ。どうもこれはおかしいと気付いたようだった。


「アシュレイ、今度はどんな無茶を企んでいる……。何が狙いでここへ来た……」

「兄上は話が早くて助かるな。実はアンタに頼みたいことがある」


「待て、もうアトミナとドゥリンの時のような無謀は止めろ。最近のお前は――そう、あまりに危うく、兄として気が気ではないのだぞ……」

「大丈夫だ兄上、あの時ほどの危険はない。過激さを基準にすると、なんとも言いがたいがな」


 計画の全容はとても言えん。もし言えば反対されるだろう。

 正義の上辺だけをゲオルグには伝えることにした。


「アシュレイッ、今度は何をしでかすつもりだと聞いているっ、答えろっ!」

「獣人の国カーハ。そこの大使に俺を紹介してくれ」


 帝都には各国の大使館がある。ゲオルグならば式典や要人警護、社交界を介しての面識があるはずだ。

 俺が憧れ続けた美しいブロンドを掻き上げて、ゲオルグは俺の要求を心よりいぶかしんだ。


「何のために会う」

「人さらいから獣人を奪う」


「……ぁぁ。なるほどそうきたか。ハハハ……そうか、はぁぁっっ……」


 ゲオルグが頭を抱えた。

 続いて軍服姿だというのに、虚脱感のあまりか己のベットに横たわってしまった。


「聞いてくれ兄上、先日のことだ。街で脱走した獣人とたまたま出会ってな。俺は人さらいから、彼女の仲間を取り返すことにしたのだ。だが奪ったところで、獣人の国はここからでは恐ろしく遠い。大使の力が必要になるだろう」

「爺が聞いたら発狂するぞ……」


「ああ、今回ばかりは秘密にする」

「止めろ。第七皇子のやるべきことではない……」


「そうだろうか」

「そうに決まっている。俺たちは皇族として民を守るのが役目だ」


 ゲオルグのような堅物がいるからこそ社会は成り立つ。

 だが俺はゲオルグにはなれない。父上と和解し、正しき継承権を与えられようとも、俺の性質は変わらない。


「彼らを助けたい。正規のやり方では救えないなら、ドゥリンと同じように俺が盗めばいい」

「止めろ! そんなことを続ければ、いつか破滅するぞ!」


「モラク叔父上が言うには、皇太子は異形の俺を生かすつもりなどないようだ。……俺の破滅はすぐそこにある。ならば、これ以上何を恐れる必要がある」

「そんなこと俺がさせん! 俺が説得する! お前は俺たちの弟だ! 兄が弟を殺すなど、あってはならない!」


 そうなれば兄上は皇太子に服従することになる。

 その結果、どんな立場に兄上が追い込まれるかもわからん。庇われるなど願い下げだ。


「ダメだ庇わないでくれ、兄上の立場が悪くなる」

「構うものか! お前を亡くしたら俺もアトミナも生きてはいられん!」


「それは俺も同じだ。だが俺は塔に押し込められて生きてきた。もう誰かに命を握られて生きるなどお断りだ。もう守られる側に立つ気はない」


 ゲオルグ兄上とにらみ合った。あんなにも恐ろしかった兄上が今は不思議と怖くない。

 それは俺が強くなったからだけではなく、揺るぎない何かを得たからだと思いたい。


「は、はわわ……修羅場でしゅよっ、お姉さまっ。で、出直しましょうか……?」

「何言ってるの、こういう時だからこそお姉ちゃんが止めるのよ」


 ところがそこに錬金術師ドゥリンと、朝日に髪を輝かせたアトミナ姉上がやってきた。

 にらみ合う兄と弟をほがらかに笑って、小走りに俺の隣に駆け寄った。それからゲオルグ兄上を俺の変わりに睨んだ。


「ゲオルグ! アシュレイをいじめちゃダメよっ!」


 状況をまるで理解していない点をのぞけば、姉上はやさしくて頼もしかった。

 兄上の方は不満もあったようだが、それ以上に呆れかえっていたようだ。


「なぜそうなる……。アシュレイ、説明してやれ……」

「あら、違うの……?」


 殺伐とした空気を、姉上のきょとんとした姿がやわらげてくれた。

 兄上は別にいじめっ子ではない。むしろその逆だ。


「ああ、兄上はいつも通りの兄上だ。なに、俺が獣人の国の大使を紹介してくれと頼んでるのだが、どうしても首を縦に振ってくれなくてな……」

「あら、それなら私が紹介するわ。ふふふっ、カーハの大使さんって、とってもカッコイイ方なのよ?」

「ドゥリンもこの前会ったでしゅ。おっかない見た目だったけど、やさしい人だったでしゅよ」


 姉上の知り合いだったのか。ならばもうゲオルグ兄上には用はないな。

 期待の眼差しを姉上に向けて、ゲオルグの邪魔が入らないうちに率先してここを出ることに決めた。


「待てアシュレイ! お前はっ、お前というやつは、どこまで……っ。確かにお前は間違っていない、救えるのはお前だけだろう……! だが、そのまま行けばお前は――止めてくれアシュレイ!」

「兄上。異形に生まれた俺が、今日まで生きてこられたことそのものが奇跡なのだ。消される前にやりたいことくらいやらせてくれ」


 俺たちは兄上の部屋を去った。

 そこから人気のない庭園に移り、今すぐカーハの大使と会いたいと、俺はアトミナ姉上にわがままを言うのだった。


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