9-8 蛍と女豪傑は白狼で風を釣るそうだ - 殺陣 -
それはそうと合計7つの足音が近づいてきていた。
いや言い換えよう。死に値する、邪竜の書の生け贄が7名も俺たちの仕掛けた罠に掛かってくれた。
「おい待ちな」
「てめーらだよっ、待てって言ってるだろ!」
停止を求められたがもう少しこちらに引き込んでからだ。
シグルーンが潜伏したポイントをやつらが通り過ぎるまで、俺はヤシュの手を引いて逃げるような早足を演じた。
空を見上げれば紫が姿を消して今は蒼となり、明かりのない場所柄もあってか路地裏はもう真っ暗だった。
「コイツだ、間違いねぇ! あの時のスコップ野郎だ!」
「逃がさねぇぞ! うちはヒューマンは取り扱わない主義だが、テメェだけは許さねぇっ、テメェも売り飛ばしてやるよ!」
シグルーンも今頃、俺のようにほくそ笑んでいるのだろうか。
その笑みを消して、俺はクモの糸に掛かった獲物に振り返った。そうだ、獲物だ、俺は悪を喰らう怪物だ。
「ほう、アンタたちは人さらいだったのか」
「そうだよ! 後悔したってもう遅いぜ。余計な手間かけさせやがって、俺たちがどんだけ街をかけずり回って、ソイツを探してたと思うっ、クソ野郎がっ!」
偶然か、それともシグルーンの土地勘あってのことか。
俺たちが入った裏路地は細く道がくねっていた。それが大通りからの視界をおおって、ここを理想的な現場にしてくれていた。
「そうか。それは大変だったな」
「何余裕ぶってんだよテメー。最近はよ、さらった人間でも別に構わねぇって言い出す奴隷荘園も多いんだぜ。朝から晩まで、手のひらが血豆だらけになるまで働かされる生活を、テメェにくれてやるよ……」
やつらには実質7対1に見えるようだ。
チンピラの理屈では負ける要素がないのだろう。己を死に至らしめる、言ってはならない言葉を無数にまくし立てた。
「売られるなら農奴よりも拳闘士がいいな。スコップさえ持たせてくれたら、猛獣にだって勝って見せよう」
「何言ってんだこのアホ! 俺たちを舐めるんじゃねぇって、言ってんだよッッ!!」
「おいそこの白狼、俺たちが反抗的な獣人を、何百人殺してるのかわかってねぇようだな……。逆らうなら貴様の仲間を、一匹ずつ殺してやっても別にいいんだぜ……?」
もう十分だ。俺は下げていたスコップで軽く石の路面を弾いた。
キンッと鋼鉄が甲高く鳴き、それがすなわちシグルーンへの突撃の合図となった。
一人も残さない同時攻撃だ。彼女がそうしたように、俺もまた悪党に向けて突っ込んだ。
「やる気かこの野郎ッ! 返り討ちにしてやら――アギャァッッ?!!」
ソイツの威勢はそこまでだった。
さっきから恫喝ばかりしていた小柄なチンピラは、仲間を矢面に立たせた結果、真っ先にシグルーンに斬られた。
峰打ちではない。シグルーンはやつの背中を刃で斬ったのだ。
こちらも悪党の攻撃をまずは無効化する。正面三方からほぼ同時に繰り出された薙ぎ、突き、払いを、全てかわしつつ穿った。
容赦はしない。これは既に命の取り合いだ。
続いて力の限り、鋼鉄の塊で敵の顎を砕き、膝をへし折り、切っ先で腹を突く。
「ひっひぇっ、この人たち、強過ぎるヒャン……ッッ」
大男はシグルーンが喰ったようだ。
背後からの伏兵と、金属武器無効化のスコップ男に挟まれては、殺陣という名の劇にすらならなかった。
ある者は血を流してはいつくばり、ある者は骨を砕かれてうめき、だが誰もがまだ生きていた。
「足が、足が折れ、折れてるぅぅぅぅ……ッッ」
「嘘だろ、こんなの、嘘だろ……なんで俺たち負けるんだ……ああっ、血が、血が……」
「命だけは、命だけは助けてくれ……! なんでもするっ、俺の命だけは助けてくれよ……っ。俺はこいつらみたいに、まだ人を殺しちゃいねぇっ、頼むよぉっ!」
あまりに一瞬で勝負が付いたのもあって、状況を理解できていないのが大半だ。
しかし真っ先に仲間を裏切り、命乞いをするやつが現れた。たちまち敗者の中で、裏切り者へと罵倒が飛び交った。
嘘を吐くな、コイツも人を殺していると、仲間にバラされて動揺したりもしたようだが、下らん、どうでもいい……。
俺は淡々と、それでいて素早く路地裏に穴を掘り上げた。
「ならアンタは生かそう。さあ、他の者はここに入れ」
「え…………」
やつらの目の前に深い墓穴が生まれていた。
まずは斬られて動けないやつをつかみ、俺は既に怪力と言ってもいい筋力を使って、悪党を墓穴に突き落とす。
「入らなければそこの角付きがアンタたちを斬るぞ。早く入れ、斬られるか、入るかだ」
シグルーンは瞳を細めて、やはり妙に理知的になって俺を見定めた。
同時に双剣の片方をやつらに突き付けて、漏れなく穴底に突き落としていってくれた。
「難しい問題よ。悪が更生するまで待つのは余りに遠く果てしなく、かといって人が人を裁くのは傲慢で身勝手だ。だが、こうする他にないと考えたのだろうな。クククッ……さあ、埋めてしまえ」
「う、埋める……!? や、止めてくれっ、頼む助けてくれっ、なんでも吐くからっそんなの止め――アアアアアアッッ!!」
叫び声を上げようとももう遅い。
もはや世界の法則すら無視したスコップさばきが、一瞬で悪を地に屠った。
シャベルの復元能力を使って石畳を元通りに整備すれば、もはや死体も現場も存在しない。
仲間を埋められ、跡形もなく消された裏切り者は、狂った笑い声を上げて現実を受け止めかねていた。
「さて、人をさらうにはちょうどいい時刻だな。シグルーン」
「うむっ、貴様は少し寝ていろ!」
シグルーンが裏切り者を殴りつけて失神させると、やつらが持ってきた麻袋にそいつを詰めた。
こうして悪党を拉致した俺たちは日没の世界を堂々と、袋を背負って立ち去っていったのだった。
少し反応が遅くなったがその通りだシグルーン、悪党に更生の余地などない。
いつかは良心に目覚めると言う者もいるがな、それはどれだけの他者の人生を破壊した後の話だ。
生ぬるい正義のために、なぜ罪もない者が血の涙を流さなければならない。
邪竜の書が、ジラントが、アンタが俺の行いを肯定するというならば、俺は止まらん。
どんな手を使ってでも正義を果たし、獣人をあるべき世界へと帰すと誓おう。
――――――――――――――
- 粛正 -
【悪党を5人埋めろ】達成
・達成報酬 EXP900/スコップLv+1(受け取り済み
『そなたは正しいことをした。そやつらの命乞いを受け入れれば、そやつらは再び弱者を食い物にして世にのさばっただろう。断罪を恥じるな、鋼の心をもって、邪竜ジラントの名の下に悪を成敗してゆけ』
――――――――――――――
――――――――――――――
- 粛正 -
【悪党を7人埋めろ】残り3人
・達成報酬 EXP1100/スコップLv+1
『鋼すら断つその力が、肉と骨に対しては効力を発揮せぬとは因果だな』
――――――――――――――
――――――――――――――
- 目次 -
【Name】アシュレイ
【Lv】29
【Exp】4085
【STR】50→56
【VIT】138→147
【DEX】117→124
【AGI】100→106
【Skill】スコップLV4→LV5
シャベルLV1
帝国の絆LV1
『もはやそなたの技は剣聖の域に至った。いや、そなたの場合はスコ聖か』
――――――――――――――




