9-7 白狼と女豪傑と、自称ホタルの奪還計画 - そこはダメです -
シグルーンの話によると[昨日の風]という組織は、皇族や貴族、議会とも関係を持っているそうだ。
こいつらは帝国外で人をさらうが、それは帝国に労働力をもたらすため必要悪だ。
そう主張する有力者も珍しくないそうだ。
つまり[昨日の風]は法律では裁けない組織だ。狙う相手が他種族とあっては、庇おうとする者も少ない。
だが間違っている。こいつらは帝国の恥だ。外交関係を悪化させる病巣だ。
世界最強最大の帝国だからこそ、要らぬ反感を買って孤立するようなことは避けなければならんのだ。
話を戻そう。こいつらはゲオルグでも裁けない。
皇帝である父上ですら、今日まで手を出すことができなかった聖域にいる。
だからこそ俺向きだ。
人身売買組織の壊滅、帝国を去る置き土産としては悪くない。
「よし、ではまとまったところで計画の復習だ。まずは奪還。ヤシュを囮にして、敵組織の人間を返り討ちにする。そいつらを捕獲し、尋問して監禁場所の本拠地を押さえた後は、そこへと繋がる地下道を掘る」
手口そのものは、キャラル・ヘズと爺と一緒にやった倉庫荒らしとそう変わらん。
盗む対象が物から者になるだけで、あれに追加ミッションが加わる程度だ。
「うむ。変な物を武器にするやつだとは思っていたが、ここまでとは思っていなかったぞ。ま、火かき棒をぶった斬って実演されては、信じる他あるまいな、ハハハッ!」
「どう考えたっておかしいヒャン!! スコップで鉄を斬るとかおかしいですキャンッ、シグルーン様!」
「だが斬れるものは仕方あるまい! 便利であるし別にいいではないかっ」
「そんないい加減な……。だって、普通に、奇跡起こしてますキャン!」
何でも掘れるという証拠として力を示す必要があった。
火かき棒は剣よりずっと細いからな、コンとやれば真っ二つだ。
「その話は後でやってくれ。つまり今回狙うのは、組織の商品、資金、ボスの首だ。この3つを奪って組織を崩壊させる」
「く、首……本当に、やるヒャン……?」
「やる。組織は頭を潰さなければ止まらん」
「クククッ、かわいい顔して怖い男だな。もしバレたら、反対にお前の首が狙われることになるぞ?」
「だからどうした。どうせ見通しも怪しい命だ。死ぬならやりたい放題やって、悔いをなくしてからだ」
失うものなどない。と言えば嘘になるが、いつ終わってもおかしくない命だ。とうに覚悟なんて付いている。
「それだ! 刹那に生きるお前のそういうところが拙者を惹き付けるのだ! この場にワンコがいなかったら、一思いに押し倒しているところよっ!」
「キャウッ!? え、エッチなのはダメですヒャン……ッ!」
「止めてくれ……。それでは宿の主人に、趣味が悪いと言われたのが本当になってしまうだろう……」
ダブルベッドのある部屋で、乳のでかい美人にそう言われると、年齢相応にこちらだって感じるものがある。
ヤシュの方は恥じらいのあまりか、また身を屈めて丸くなっていた。
「何度この言葉を言えばいいのだろうな……。話を戻すぞ。奴隷オークションは三日後だ。この期日までに俺が地下トンネルを2本掘る。一本はオークション会場、もう一本は組織のボスの邸宅だ」
標的は堂々と帝都の貴族街に居を構えている。
それだけ特権階級との付き合いが深く、地位が安定しているためだ。
どんなに間違っていようとも、莫大な富を生む既得権益は守られる。どこにでもよくある話だった。
「ボスの邸宅からは財産と首を奪う。こちらは俺が担当しよう」
成功率を上げるために、今回は同時に作戦を実行する。
俺は汚れ仕事と、可能ならばこれまでの取引の証拠、裏帳簿も強奪する。
「シグルーンとヤシュ、アンタたちはさらわれた同胞の奪還だ。その後は火事に見せかけて、会場を焼き討ちにしろ」
「あの、やり過ぎでは……ないかヒャン……。気は、スッとしそうだけど、いいのかなヒャン……」
「うむ、任せよ。派手な祭りにしてやるから期待しているといいぞ。クククッ……シンザ、そなたは無害に見えて、恐ろしい男よ。そうだな、神罰を誰も下さないなら、自らが傲慢な神とならんとする。それは力を持った者が至る、一つの道よ」
焼き討ちは絶対だ。敵が再起しては意味がない。
組織の者全てを粛正するより、よっぽど有情だ。後ろ指さされようとも、人に不幸をまき散らす組織は潰さなければならない。
「最後に、獣人の国カーハの大使を頼り、奪還した獣人たちの保護と護送を依頼する。これも俺に任せてくれ、ちょっとしたツテがある」
「うむ、どんなツテだ?」
「……お偉いさんが知り合いにいる」
「ほぅ、それはどんなお偉いさんだ?」
「ガンコで、不器用で、やさしさを厳しい行動で示す人だ。誰よりも信用できる」
「そうか、拙者もそのくらいお前に信頼されたいものよ。ではそっちも任せた、共に悪を倒し、ヤシュの同胞を救い出して、悪党に泡を吹かせてやろうぞっ!!」
「お、お願いしますキャン! 仲間を……このまま売られるなんてあんまりだキャン! 家族もきっと探してるキャン……離れ離れはダメだヒャンッ、仲間を助けて欲しいキャン!!」
見る角度によっては青臭い正義なのかもしれん。
だがヤシュの叫びが真実だ。数ある犯罪の中でも、人さらいだけは許されてはならない。
「任せよ! やるぞシンザッ、世間がどう思おうと、お前はお前の信じる正義を貫け! 間違ってなどいない、拙者が保証しよう!」
「ああ、アンタを悪い道に引っ張り込んでいるような、若干の罪悪感があるが――正直言って頼もしい。そっちは頼んだぞ」
これより組織を潰す。まずは――
「相手を拉致するなら、もっと日が陰ってからだな。よしヤシュ、拙者と昼寝をしよう。おおよしよしっ、モフモフしてかわいいではないかぁ~!」
「ヒャゥッ!? 私はワンコじゃありま……キュゥゥーンッ?! そ、そこはダメですヒャンッ! キャゥゥーッッ♪」
少しばかしやかましいが、俺は床で寝るか……。




