9-7 白狼と女豪傑と、自称ホタルの奪還計画 - 疫病神とモグラ -
シグルーンを連れて宿に戻ると、受付に宿の主人と女将さんがいた。
「連れてきちまったみてぇだなぁ……よう、疫病神」
「アンタッ、せっかくの上客に滅多なこと言うんじゃないよ!」
「ワハハッ、久しぶりだな! なんだなんだ、ちょっとマナーの悪い客を揉んでやっただけではないか」
だいぶ空けていたので、白狼のヤシュが心配になっていたのだが、この様子だと何事もないようだ。
「ケンカ相手の両肩を脱臼させんのは、揉んだとは言わないんじゃないかねぇ……。シンザ、お前良い客だけどなぁ、女の趣味がちょいとな、お前趣味悪いぞ……」
「だからって客にケンカ売るバカがいるかい! ああごめんねっ、お連れさん部屋で待ってるよ。丸鳥をあんなに綺麗に食べてくれるお客さんなんて、あたしゃ初めてさっ」
きっと骨の関節部分まで綺麗に平らげて、肉片一つ残さず腹に収めたのだろう。
そうでなきゃこの反応にはならない。ともかく酒が入っていたのもあってか、俺はシグルーンの手をまた引いた。
「向こうをずいぶん待たせてしまった。行くぞシグルーン」
「待てシンザ、アレはアイツが悪いのだ。流れ者がな、金があるくせに、二人を脅して値切――うむ、強引に拙者を部屋に連れ込もうとするとは、意外と男らしいやつめ」
「人聞きの悪い言い方をするな。会わせたい人がいると言ったはずだ」
「三人でしっぽりかんばりなよぉ~」
「アンタッ、客をからかうんじゃないよっ!!」
ここ一帯は冒険者が主要な客だ。
現役を引退した連中が開いた店も多いそうだ。
つまりシグルーンは言わばこの街のアイドル――いや、頼れる無頼漢だった。
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◆
◇
部屋の扉をノックする前に、中からガチャリと鉄の鍵が開けられた。
あれだけの騒ぎだからな、気付かない方がおかしい。
「お帰りなさいシンザさん! あれ、その人は……あっ!?」
「ん、このローブちゃんが拙者に会わせたい相手か……?」
シグルーンは頭に黒い一角が生えている。これでもかと目立つ上に、もし遭遇すれば驚くのも当然だ。
説明よりも先に中へと入って、俺は鍵をかけ直した。
「こちらはシグルーン、見ての通り有角種だ。それに凄腕の冒険者でな、頼れる正義漢でもある。そして彼女がヤツフサ・シュリア――略してヤシュだ。さあローブの中を見せてやってくれ」
「は、はいですキャン……!」
どういうわけか、ヤシュはシグルーンに対してかしこまっていた。
フードを下ろすと同時に、絨毯の上に両膝と両手を突いて、なんというか――恭順の意を示していた……。
「ヤツフサ・シュリアと申しますキャン! 偉大なる有角種様と、お会いできるだなんて光栄ですキャン!」
「おぉ……これは驚いた。帝国の地で獣人と会うとはな……」
偉大か。確かにシグルーンは豪傑と呼べるだけの大物だが、偉大という表現には首を傾げるな……。
むしろ宿の主人の対応が自然というか、言わば嵐や雷神のような存在だからな……。
「そんなに偉大か……?」
「偉大だキャン! 我々獣人は、誰もが有角種を尊敬してるキャン! 凄い人たちだキャン!」
「うむ、拙者は偉大でもなんでもござらん。それに今日はただの酔っぱらいよ! シンザ、説明しろ、なぜここに獣人のかわい子ちゃんがいる」
ならば席に着けと、俺は自分のイスに腰掛けた。
ヤシュは丁重にシグルーンを誘って、先に着席してから最後に腰を下ろしたようだ。違和感のある対応だ……。
「なら簡潔に言おう。ヤシュは人さらいに捕まり、帝国に連れ去られ、悪党に売られたがどうにか逃げ出した。それを俺が拾ったのだ」
「ひ、拾われてしまったヒャン……。あ、感謝してるキャン!」
「なんだとっ、人さらいだとっ、それも獣人を狙う組織だとっ!? 拙者は悪党の中でも人さらいが一番嫌いだ! ああっ聞くだけで胸くそ悪くなってきたぞっっ!!」
かなりザックリとした説明だったのだが、シグルーンはテーブルを叩いて、己の家族の出来事であるかのように怒り散らした。
そうだな。家族や友人と引き離されて、奴隷にされるというだけで、ただただ胸くそ悪い。
「ヒャンッ!? シグルーン様は、は、激しい方ですヒャン……。でも、そこまで私のことを思ってくれるなんて、光栄ですキャン!」
「話を進めるぞ。奴隷オークションは三日後、それまでに捕まった彼女の仲間を捜し出したい。組織の名は[昨日の風]だ。……何か知らんか? あるいは裏に詳しい情報屋を紹介してくれ」
そう依頼すると、らしくもなくシグルーンが静かに思慮を始めた。
彼女は不思議だ。豪快さを持ちながらも、ときどき妙に理知的な姿を見せる。
どちらが本性かといえば……まあ、豪快な方だろうがな。
「この話、喜んで拙者も乗ろう。いやむしろ乗せてくれ。ヒューマン以外の種族を狙った人身売買組織、他人事とは思えん! 何より被害者は盟友である獣人族、断る理由はない!」
「やっぱり偉大ですキャン! シグルーン様、どこまでも付いて行きますキャン!」
「いや、親切心で言うが、この女に付いて行くのだけは止めた方がいい……」
有角種と獣人は深い友情で結ばれていた。
アビスハウンドを一人で狩るような女豪傑が味方になったと思えば、頼もしいことこの上ない。
「わははっ、シンザくらいだな。拙者のバイタリティに付き合えるのは。うむうむ、ますます気に入った! そうかそうか、我らが友、獣人種を助けるというか! して、拙者はどうすればいい!?」
「ああ、一緒に考えてくれ。どうやって敵の居場所を突き止め、組織を壊滅させるか、アンタの知恵を借りたい」
「壊滅させるのかっ!? おおっおおぉぉっ、そうかお前はそういう男だったな! 壊滅、壊滅かぁ……良い響きだなぁ……。やはりお前は普通じゃないっ、だがそこが気に入っているぞ!」
「か、壊滅させるのキャンッ!?」
人さらいをぶっ殺そうとする男と、壊滅という言葉に目を輝かせる有角種に、純朴なヤシュはタジタジと交互に俺たちの顔を見た。
どちらも本気であることを理解すると、大きな耳をへたらせて身を丸めたようだ。
「中途半端に損害を与えるだけでは、偽善や自己満足の域を出ないからな。やるなら徹底的にだ」
「うむっ、拙者たちに任せておけ。家族を引き離し、酷い奴隷生活をしいた連中に、天罰を下してくれよう!」
「こ……この人たち……頼もしいけど、や、ヤバいヒャン……」
温厚な心の中に、激しい怒りを抱えているアンタも当然共犯だ。
むしろシグルーンの真っ直ぐな義侠心よりも、ヤシュの抱える人間への憎悪の方がよっぽど過激だ。
そこからは俺たちで意見を出し合って、作戦を積み重ねていった。




