表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

70/225

9-5 昨日の風 - 獣の枷 -

「無理だヒャン……我々はゆるいヒャン……」

「そうなのか。しかし獣人とは面白い種族だな。それで、帝都に連れて来られた後はどうなった?」


 組織について知りたいが、そこから直接入ると不必要に警戒されるだろう。

 たまたま出会った相手が悪党を地に屠って回る怪物だとは、誰だって知りたくもないだろうからな。


「どれー、オークション? に出るはずだったキャン。でも、私だけその前に売り手が決まったヒャン……仲間たちとは、それっきりだヒャン……」

「そうか、それは心配だな……」


「なんで私だけ、こうなったヒャン……」

「それは俺にもわかる。アンタは綺麗だ」


「ゲフッッ!? ケホッケホッ、ァゥゥー……。いきなりとんでもないことっ、言うなヒャン! 殺す気かヒャン!」

「そうか? その白い毛並みは、美しいとしか言いようがない。それに狼は俺たち人間にとって特別な存在だからな、白狼であるアンタに惹かれるのは当然だ。……おい、なぜテーブルの下に隠れる」


 また余計なことを言っていたのだろうか。

 何が悪かったのやら、白狼のヤシュはテーブルの下でモジモジと丸くなってしまった。


「シンザは、もしかして獣人が大好きな、特殊なヒューマンだヒャン……?」

「俺はアンタの姿形を誉めただけだ。そしてこの帝国で、アンタみたいなのが迫害されているのを目にして、どうにかしたくなっただけだ」


「ど、どうにかされちゃうのかヒャン……キャウゥゥン、そんなの恥ずかしいヒャン……」

「なぜ恥じらう……。とにかく組織の詳細を――組織の名はわかるか?」


 なんとなく、口を割らせる鍵は飯だと思い、フォークに突き刺した厚切りハムを彼女に差し出した。

 正解かもしれんな。それをヤシュは大喜びで一気食いした。


「んぐんぐ……昨日の風。そう言ってた気がするキャン、ああっお肉美味しいキャン!」


 テーブルの下に隠れているより、飯を食っていた方が良いと気付いたようで、ヤシュは席に戻ってくれた。


「本当にすまなかった。そいつらは帝国の恥だ」

「そんなことないキャン! シンザは変だけど、超いいヤツだキャン! その気になりかけたくらいだヒャン……♪」


「お、どうやら追加が来たようだ」

「まだあるのかキャン!? シンザは神だキャンッ!!」


「いいからフードを着ろ、でなきゃ女将さんが入れん。……女将さん、すまんが少し待ってくれ」


 ところがこれが獣人の身体能力か。

 跳ねるボールのようにヤシュは部屋を飛び回り、またたく間にフードローブを着込んでいた。


「どうぞお待たせしましたヒャン! ご飯ご飯!」

「あっはっはっ、あら元気だね! ほーらっ、本日のメインディッシュ――って、ずいぶん平らげたねあんたたち……」


 女将さんが丸鳥のグリルをテーブルに並べてくれた。

 まあ要するに丸焼きだな。肉の塊にヤシュの目の色が変わっていた。


「大丈夫だ、デザートにいい感じだ」

「まだまだ入るキャン! はぁぁ……こんなの二人占めとか、背徳感すらあるヒャン……」


「しかし早いな……」

「そりゃ注文される前から焼いてたからね。それじゃごゆっくり」


 昼前から羽振りのいい客がきてくれて嬉しいと、女将さんがご機嫌で去っていった。

 使った分の金はまた稼げばいい。シグルーンがスッカラカンになるまで人に奢る気持ちが今ではよくわかる。


「はぐはぐ、幸せキャン♪」

「食っているところ悪いが話の続きがしたい。アンタどの辺りに閉じ込められていたのかわかるか?」


「ごめん、それは全然わからないキャン。帝都は広すぎて、どこがどこだか、田舎者にはわからないヒャン……あっ、シンザもこれ食べるキャン!」

「まあここで生まれた俺でも迷うくらいだからな。悪いな、いただこう」


 いつの間に身から取り外したのか、シュリアに大きな手羽元を貰ってしまった。

 ソイツにかじり付きながら俺は話を進める。

 おお、これは美味い。あの女将さん、宮殿の料理人にだってなれるのではないだろうか。


「オークションが3日後ということは、その期日までは、同じ場所にさらわれた者が監禁されているということだ。売られて散り散りになる前に助けたい」

「ぇ……。助け、る……? えっ、えええぇぇっっ!?」


 助けるならヤシュだけでは不足だ。彼女の仲間も全て取り返す。

 人さらいから商品を奪い取り、経営を破綻させてやる。


 邪竜の書に『獣人を守り、原因を排除しろ』と言われなくとも、最初から俺はこの行動に出たはずだ。


「さっきのチンピラどもを捕まえておけばよかったな。そうだ、もう一つ質問だ。ヤシュよ、ああいった人さらいは――死に値すると思うか?」

「え……えっ、えっ……それって……」


「殺したいほど憎んでいるか、と聞いている」

「ぇ、ぇぇぇぇ……。そんな、殺すだなんて……そんなの……」


「そうか、すまなかった。助けるのは本気だが、今のはたとえ話だ」

「はぁぁっ、ビックリしたキャン……。確かに憎いけど、殺すほど――あ、これ、コルリハの葉に似て……あ……」


 その時、クシャリとつぶれていたヤシュの耳がピンと立った。

 さらに目尻と口元がつり上がり、喉元から狼の低いうなり声が漏れ出した。


 これはどうしたことか。あれだけ穏やかだったヤシュがなんの前触れもなく、荒々しい本物の狼へと豹変していたのだった。


「ヤシュ、どうした……?」

「――撤回だ」


 その冷たく低い声には、嵐のような怒りが秘められていた。


「ああそうさ……殺したいほど憎んでるにッ決まってるだろッッ!! あいつらには仲間が何百人もさらわれてる!! 時をさかのぼれば、何千人、何万人、数え切れないほどの同胞がだッッ!!」


 そこにいたのは怒り狂う狼だった。

 獰猛で、言葉は通じるが道理の通じぬ、激しい感情を持った獣がいた。


「それだけの仲間を破滅に追いやったやつらをッ、死以外の何で裁く!! ぶっ殺すに決まってるだろがッッ!!」

「そうか。ぶっ殺せばいいんだな?」


「ああっ、ぶっ殺すッッ!!」

「わかった、ぶっ殺しておく。その言葉を聞けただけでも有意義だった」


 すると今度はどうしたことだろうか。

 またヤシュが様変わりしていた。耳がクシャリとへたり込んで、さっきまでの穏やかなヤシュに戻っていってしまった。


 怒り狂う白狼の姿が、まるで神話の断片となって俺には輝いて見えていたというのに。


「キャゥンッ!? と、ととと、とんでもないこと、口走ったキャン!」

「アンタ、もしかして多重人格か何かか?」


「違うキャンッ! こ、これ……コルリハの葉のせいだヒャン……これ、これ食べると、獣人は、神様の架した枷から、解き放たれるキャン……」


 丸鳥のグリルから、ヤシュが針葉樹の葉をつまみ上げた。

 そのコルリハが香草として丸鳥のグリルに使われていたせいで、こうなってしまったと言いたいらしい。


「神様か」

「そうだヒャン……。私たちは温厚な種族として生み出されたヒャン。だけどあまりに穏やか過ぎて、他の種族と競い合うのに全然向いてなくて……騙されたり、捕まるヒャン……」


「それだけ優れた肉体を持ちながら、アンタたちが南方に引きこもってる理由がやっとわかったな。さて、しばらくここで待っていてくれ。アンタから貰った情報を元に、少し調べてくる」

「ぶ……ぶっ殺すのかヒャン……?」


 ニヤリと美しい白狼の少女に向けて笑った。

 それからテーブルから立ち上がり、手羽先を外して口にくわえ、スコップを背負う。


「ああ、アンタがそう言ったんだ。俺は悪党に情け容赦をかけようとは思わん。時が経てば改心するとも思わん。悪党はいつまで経っても悪党だ。これ以上、他の者に害を及ぼす前に、俺は皇帝に代わってやつらを――ぶっ殺す」


 俺の歪んだ本性を見せると、少女は驚いた目で俺を見つめて、それからコルリハの葉をグリルから遠ざけるのだった。

 獣人。彼女たちは清く正しい。人間よりずっとよくできた種族だ。


「もしかして、私とんでもない人に、拾われたヒャン……? でも、そこまで私たちのこと、思ってくれるなんて……怖いけど、少し嬉しいキャン……」


 さて信用できる相手は限られている。

 堅物のゲオルグ兄上は最後の手段として、やはり頼るなら――黒角のシグルーンか。


 彼女がどこまで協力してくれるかはわからんが、それでも俺よりずっと裏の世界に詳しいだろう。

 まずはシグルーンから掘り進めて、芋に繋がる根を探すことにしよう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング
よろしければ応援お願いいたします。

9月30日に双葉社Mノベルスより3巻が発売されます なんとほぼ半分が書き下ろしです
俺だけ超天才錬金術師 迷宮都市でゆる~く冒険+才能チートに腹黒生活
新作を始めました。どうか応援して下さい。
ダブルフェイスの転生賢者
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ