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2-4 バカでかい帝都を5周回れと奇書が無茶振りする - ジラントの楽園 -

 それが夢であることはたった一目でわかった。そこは俺の知る世界とはまるでかけ離れていたのだ。

 青い湖がある。暖かい日差しを白く水面に反射させて、絶え間なく風にさざめいていた。


 図鑑でしか見たことのない草木が山のように生えている。

 ヤシ科、シダ科、パイナップル、マンゴー、フェニックスの木に、無数に延びる植物のツタ。そこは湖のある南国の楽園だった。


「アシュレイ、よく来たな。ずっと待っていたぞ、貴様がここに来る日をな……」

「何だアンタか。これはどういう風の吹き回しだ?」


 邪竜ジラント。いやそう名乗る青い髪の少女はどうやら機嫌が良かった。

 なんだかんだ彼女の望み通り、あの書の導きに従って俺が動いているからだろうか。……今のところだがな。


「こっちに来い、褒めてやるぞ」

「別に褒められるためにやってるんじゃない。いや、思い出したぞジラント、アンタに言いたいことがあったんだった」


「よい、どんな願いも叶えてやろう」

「それは助かる。ではジラント、改善を要求する。確かにあの書は素晴らしい成長力を俺に与えてくれたが、ところ構わず光るところが納得いかん」


「ふむ……」

「頼むから何とかしてくれ……」


 ジラントの反応はかんばしくない。

 若々しい童顔の少女が整った顔と眼差しで楽園の彼方を見た。もうわかった、無理なんだな……。


「よし、別の願いを言え」

「なら何もいらん」


 湖の近くは白い砂浜になっていた。

 そこにどっかりと腰掛けて、俺もこの不思議な楽園を遠く眺める。


「そう機嫌を損ねるなアシュレイ。それともシンザと呼んだ方がよいか?」

「まさかアンタ、のぞき見が趣味だとでも言うなよ」


「ああ、見ているぞ全て。だが気にするな、我は邪竜ジラント、地上の種族ではない」

「だからなんだ、だから俺の私生活をのぞく権利があるとでも言うのか」


「ククク……貴様がいかに見るに堪えない行動を取ろうと、我が貴様に失望することは無い、という意味だ」


 よくわからん。人が飼い犬を見る目線、神が人を見る目線だから気にするな。

 と言いたいならば、気にしないわけがないだろうジラント。


 しかも小さな美人は俺の隣に座り込んで肩を寄せてきた。

 いや、次第にそれはもたれかかるという表現の方が適切になっていったな。


「シグルーンといい、アンタといい、ゲオルグ兄上といい……どうして人の話を聞かんのだろうな……」

「寂しいのだろう?」


「アンタ何を言っている」

「何も言うな、我が慰めてやる」


 普通は逆ではないだろうか。俺よりずっと小柄な娘に背中を抱かれた。

 正面ばかりを見る俺の横顔に、竜眼を持った少女が近付いてくる。そしてジラントは――


「ふぅぅぅぅー……」

「うっうひっ……?! な、何をするジラントッ!!」


 シグルーンよりも巧みに俺の耳元へと息を吹きかけていた。

 身体が敏感に跳ね上がって、仰向けに倒れてしまって、力まで抜けて上手く立ち上がれん。


「うむ、慰めるついでに色仕掛けを試したのだがな。ほれ、ついこの前のことを思い出してみろ。シグルーン、あれは面白い女だな」

「クソ、本当に全て見てるんだなアンタ……」


「いかにも。視ることこそ我の本質、アシュレイ、忌まれる皇帝の子よ。貴様の物語の続きを我に見せてくれ」


 理解したよ。邪竜と名乗ってるがコイツの視点や価値観は神だ。

 さながら俺は彼女を楽しませる本で、俺はその本に突き動かされていた。



 ◆

 ◇

 ◆

 ◇

 ◆



 妙な夢を見てしまったが忘れるとしよう、これからのモチベーションに関わるからな。

 翌朝目覚めると、俺は再び邪竜の書、いやトロフィーリストとも呼べる物に目を落とした。


――――――――――――――

- 探索 -

 【帝都を5周しろ】

 ・達成報酬 VIT+50

 ・『走らずに歩け』

――――――――――――――


 今日からはこの無茶振りにチャレンジしようと思う。

 そうとなれば即行動だ。俺は掘ってきた山芋を机に並べ、爺への手紙を書いた。


『掘ってきた、歳なんだから食って滋養を付けろ』


 グズグズしていると爺が俺を起こしにくる。

 よってただちに宮殿からトンズラした。何せここで朝食を腹に入れてしまったら、帝都の味わい深いファストフードが入らんからな。


 ◇

 ◆

 ◇


 せっかくの機会だ、説明しておこう。この帝都には約10万人が暮らしている。名はベルゲルミル、名の由来は伝説の巨人族だそうだ。

 この地には帝国中央官庁、軍駐屯地、宮殿、貴族街、各地の商会本社や支部、ありとあらゆる専門店がある。


 郊外から来る労働者や交易商を含めれば、昼間の人口は3倍じゃ利かなくなるだろう。

 よってだ、その帝都内周をぐるりと1回周るだけで、最低丸一日かかると保証する。


 だがしかしやる価値がある。死ぬ気で5周回ればVITとやらが50も増える。

 レベルアップで得られる恩恵の6倍はあろう成長率、ゲオルグ兄上に近付くならばこれこそが遠回りの近道だ。


 というよりもだ、他のチャレンジがムチャクチャ過ぎる。

 ならば血反吐を吐いて帝都を歩き回り、VIT+50というタフな肉体を手に入れてから他を考えるべきだろう。


 さあ行こう、宮殿を抜け出した俺はまず帝都北大門を目指した。

 そこから都の内周をぐるりと時計回りに進む予定だ。


 そこでまずは赤の大通りに出た。

 例えるならそれは帝都ベルゲルミルの大動脈だ。帝国の誇りの1つと言ってもいい。


 見物はその道幅の広さと整備状況だろう。

 それは規格化された赤レンガが整然と敷き詰められた道で、向かいの通りを歩く人の顔が肉眼では判別できんほどにでかい道幅を持っている。


 それゆえ人々はこの通りを歩くたびに、いかにこの帝国がバカでかいかを実感させられるのだ。

 赤の大通りは帝都を十字に刻み、それぞれが東西南北の大門に続いていた。


「おばさん、ケバブサンドを2つ」

「あらアシュレイ! アンタほんとに飽きないねぇ、ちょっと待っててねぇ!」


 また当然だが、ここは帝国領内で最も往来が激しい。

 古人が川にそって住処を作ったように、商人がこの赤い十字にそって店を栄えさせていた。


「今日も発掘かい?」

「いや、ちょっと帝都を1周してみようかと思ってな。徒歩で」


 代価を払い、ケバブサンドを受け取ってすぐにかぶり付く。

 おばさんもあきれていたよ。俺だってあきれている、この本の非常識さに。


「あんたも男の子なんだねぇ……。もしかして願掛けか何かかい?」

「近いところだ。実はなおばさん、もう少しタフな男になりたいと思ったんだ」


「あっはっはっ、自信を付けたいんだね、がんばりなっ!」

「ああ、せいぜいがんばってみるよ」


 こんな他愛のない会話もジラントは楽しんでいるのだろうか。

 そう思うと、何というか一周回って共感めいたものを覚える。


 俺が異界の物語にドハマリするのとそう変わらんということだ。



 ◇

 ◆

 ◇

 ◆

 ◇



「うっ……」


 夕刻、俺はついに体力を使い果たした。

 とうとう街路樹を背に崩れ落ちて、しばらく頭も身体もピクリとも動かなくなった。


 一日一周の予定だったが、どうやら己の体力を過信していたようだな……。

 帝都は城壁により正方形に囲まれている。その城壁沿いを朝から夕まで俺は黙々と歩いた。


 次の大通りで食うファストフードを楽しみにな。

 油で揚げた鳥肉や焼き鳥、ふかしたジャガイモ、ナッツの入った小麦粉のお菓子、サンドウィッチ、搾りたてのオレンジジュースも美味かった。


 だがきっかり3/4で限界だ。

 帝都北門から時計回りに進んで、東、南、そして西の大門をこうして拝めた。

 目標は果たせなかったが、これはこれで大きな達成感がある。


「ジラントか……?」


 俺が動かなくなったので心配させたのだろうか、カバンの中の書がひとりでに揺れた。

 気になって中を確認してみれば、あのページに文字が追加されていた。


――――――――――――――

- 探索 -

 【帝都を5周しろ】(残り4+1/4周)

 ・達成報酬 VIT+50

 ・『努力にも限度がある、今日はもう休めバカ者』

――――――――――――――


 疲れ切っているのに無意識に口元が笑っていた。

 ジラントのムチャクチャに俺が応えただけだというのに、なぜか心配をされていたのだ。


 つくづく邪竜という名がふさわしくない竜様だ。

 だが心配は要らない、すぐそこが乗合馬車の駅だ。どうにか立ち上がり、俺はそれに乗って疲労困憊のもつれた足で宮殿に帰った。


 死ぬほどきつい。だが街を歩くことがこんなに面白いなんて俺は知らなかった。

 これもまたジラントの術中なのか。だがこういうのは大歓迎だ、俺はまだまだやれる。


 まだ食ってない帝都のグルメが数えきれんほどあるからな……。

 薬草採集の稼ぎもある、さて明日は何を食うか……。楽しみだ。


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