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9-5 昨日の風 - 拾った女と宿に帰る -

 これが異界の遊技で言うところの[振り出しに戻る]というやつか。

 かの襲撃現場から白狼のシュリアを連れて、まずは帝都東門まで南下した。その後は東西に伸びる赤の大通りを使って西に向けて歩く。


 その道中、郊外の農村から来たという露天商からブドウの乾果や炒り豆を買って、シュリアと分け合いながら最終的には、昨日泊まった酒場宿に戻ってきた。

 午前の酒場宿に人影はない。そこでずっと気になっていた邪竜の書を開いた。


――――――――――――――

- 探索 -

 【帝都をもう10周しろ】7.25 /10周達成

 ・達成報酬 VIT+100

『今はこちらを見ている場合ではなかろう。ヤツフサを見ろ、これは命令だ。これ以上彼女を不安にさせるな。ちゃんと守れ』

――――――――――――――


 見れば+0.25周となっている。これならば次回からは東門からスタートすればよさそうだ。

 いやにシュリアに対して、ジラントが親身なのが少し気にかかるがな……。


 しかし思えばキャラル・ヘズと出会ったのも、VIT(体力)を求めて帝都を回っていた時だったか……。


「おや、女連れで戻ってくるとは」

「――!?」


 時間が時間だ。受付のベルを鳴らすと、二階から宿屋の主人がのんびりとした足取りで降りてきた。

 彼は階段に背負ったモップを立てかけて、気だるい目でこちらを見ている。


「女だとよくわかったな」

「ま、そこは商売柄かね。だいたい態度でわかるよ」

「う、なんだか見透かされてる感じがするヒャン……。逃亡者なの、バレてないよね……?」


 俺の背中に隠れてシュリアは警戒した。

 しかしその態度では怪しんでくれと言っているようなものだ。


 連れが女だろうと狼だろうと、こちらに後ろめたい部分などない。俺は堂々と宿泊代をカウンターに置く。


 宿屋の主は慣れたように金を受け取って、続いて鍵の納められた引き出しを引いた。

 ところが彼は鍵には手を取らず、それをただぼんやりと見下ろすばかりだった。


「確かシンザだったか……。真面目なやつだと思ったんだがなぁ……ああ悪い、ツインの部屋はまだ清掃中だ。ダブルなら空いてるぞ」

「え?! あの、それは困っ――」

「わかったそれでいい」


「ヒャゥンッッ!?」


 二人で泊まる気はなかったが、追っ手を考えればそちらの方が安全だろう。

 追加の宿代をカウンターに置くと、宿の主は俺に鍵を預けて清掃に戻っていこうとした。


「待った。もし女将さんの手が空いてたら飯の注文がしたい」

「ぁっ、ご飯……っ!」

「ぁぁ……そりゃかまわんよ。へぇ、なるほどなぁ、食い物で外掘りから攻めるタイプか……。俺はそういうの、嫌いじゃないよ」


「ヒャンッ!? そ、そんな狙いがあったキャンッ!?」

「よくわからんが助かる。腹が減ってるらしくてな、たらふく食わせてやりたい」


 五人前くらいあれば足りるだろう。さらに追加の金を亭主に渡す。

 それからなぜかモジモジとするシュリアに手招きして、俺は亭主に背中を見守られながら二階の一番良い部屋に上がっていった。


「んーー……変わったやつだなぁ……。おいかーちゃん、たらふく注文入ったぜー。腹へってんだってよー」


 さて、飯がくる前に詳しい話を聞き出すとしよう。

 酒場宿としては広くて整った客室に移って、そこにあった四人がけのテーブルに腰掛けた。


「きゅぅん……男の人と、同じ部屋……きゅぅぅん、よく考えたら凄いヒャン……」

「そんなところで立ち尽くされても困る。飯が来るまで座るか寝るかしてくれ」


 木のイスとダブルベッドを順番に指さした。


「ね、寝るゥ……ッッ!?」

「寝たいならそうすればいい。本の世界では、逃亡生活は寝ることもままならないとよく描写されている。聞きたい話がまだいくらでもあるがな」


 見たところ眠気はなさそうだ。しかし落ち着きがまるでない。

 獣人というのは表情がわかりにくいが、その分だけ耳と口元の感情表現が豊かだ。


 その耳が今へたれているということは、何かに萎縮しているか、俺に遠慮しているのか。

 細やかな感情が判らないので、ついつい俺はシュリアを凝視することになった。


「こんな、毛深い女なのに……それでも、いいのかヒャン……?」

「なんの話だ?」


「だ、だから、これから、あなたと……」

「それよりアンタ、しばらくここに身を隠すといい」


 シグルーンにたかられて、思っていた以上に使い込んでいたがまだ金はある。

 しばらくの宿代としてテーブルの上に金を置いた。


「え、ええええーーっっ?! そ、そんな、悪いよっ、こんな大金、受け取れないヒャン!」

「ああ、アンタもどちらかというと、胃袋で受け取る方だな。ま、何も考えずに受け取っておけ」


「で、でも、お金なんて、私返せない……」

「貸す気はない。かといって施しのつもりもない。ちょっとした事情で、アンタをここにかくまいたいだけだ」


 こんなもの帝国の恥だ。異国の者をさらい、奴隷として売り買いするなど許されん。

 よってこれは施しではない、謝罪の一部であり返済だ。


「む……難しいこと言っても、わかんないキャン!」

「ふふ、それもそうだな。……俺は俺の事情で動いているだけだ。アンタを救うと、不思議なことに俺も救われるのだ。さあそれより人さらい、いや人身売買組織について教えてくれ」


 そいつらこそが俺の獲物だ。

 人身売買組織ならば同情の余地などどこにもない。

 死に値するクズのバーゲンセールが俺を待っている。


「あの……知って、どうするヒャン……?」

「正義を果たす。おっ、もう来たようだ、早いな。入ってくれ!」


 ノックが響いて飯が来た。俺が声を上げると、気のいい酒場宿の奥さんが銅の大きなトレーから、沢山の料理をテーブルに並べてくれた。

 現金なやつが俺の向かいに着席して、よだれをすすって料理に目を輝かせてゆくのが見えた。


「悪いな、こんな時間に」

「そういう商売なんだからいいんだよ。それより他に食べたい物があったら言ってよね、何も注文しないでお金だけ渡されても困るよっ、何が食べたいかくらい言ってくんな!」


 見たところシュリアはやはり狼ベースだからなのか、ハムとソーセージに目を奪われているようだ。


「なら――まあ見ての通りだ、肉料理で」

「あいよっ任せて! それじゃごゆっくり、お二人さん!」


 女将さんが部屋を立ち去ると、そこから先はしばし無言の食事時間となった。

 美味い飯で口が緩んだところを狙うつもりが、俺も腹を満たすのに夢中になっていたようだ。


 ガツガツと無心で咀嚼する。

 ソーセージに厚いハム、豚を甘辛く炒めた物や、ナグルファルで採れたクラム貝を使ったチャウダーもある。


 それらをバケットと一緒に、旺盛な食欲で半分ほど平らげた。


「……ところでシュリア」

「はぐはぐっ、ヤシュでいいキャン! 仲間はみんなそう言うキャン!」


「そうか。ではヤシュ、アンタはどこから来た?」

「どこって、獣人の国カーハだキャン。私たちずっとそこで平和に暮らしてたのに……。怖い人さらいに見つかって、捕まっちゃって、連れてこられたヒャン……はぐっっ、ふぁぁぁ……お肉美味しいキャンッ♪」


 空腹だと暗くなって、腹が満たされると明るくなる。それが生き物だ。

 すっかりヤシュはフードを脱いでしまい、獣人の手でフォークとナイフを器用に使いこなしていた。


「帝都に来たのは3日前くらいヒャン。それまでの船旅は、もう大変だったヒャン……おしっこチビッても、拭く物もない、最悪の日々だったヒャン……」

「そこはチビらなければ解決だな」


――――――――――――――

- 投資 -

 【合計1万クラウン使え】2420/ 10000

 ・達成報酬 EXP1000/出会いの予感

『パエリア……』

――――――――――――――


なろうであまり伸びていないので、近々カクヨムコンへの参加を検討しています。

読者選考を通過しないとダメなやつなので、参加の際には、よろしければご支援いただけたら心強いです。

感想返しが滞っていてすみません。書籍の改稿が落ち着きましたらその際にお返しします。


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