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9-4 弱きを守り悪を屠れと奇書が言う

「驚いた。色々な意味で驚かされた」

「カツサンド、美味しかったから……」


 しかしその首に重そうな鉄の輪がかけられていることに気付いて、俺はつい真顔になった。

 残りのカツサンドは3枚。3回分の面白い話を放棄して、箱ごと彼女に差し出す。


「ぇ……?」

「全部やる。それにしてもアンタ綺麗だな……」


 人型の白い狼。それが喋るというだけで俺の心は魅了された。

 

「ぇ? ぇ、ぇ……?」

「いいから食ってくれ。帝国ではアンタみたいなのは珍しいんだ。見ているだけで、ワクワクしてくる」


 カツサンドの残りを彼女は受け取って、おずおずとそれを狼の口でかじりだした。

 まだまだ栄養が足りていないようだ。彼女はすぐに食事に夢中になった。


 その間に俺の方はよく彼女を観察する。

 道楽も含んでいたが、首輪を見て気が変わった。よく確認すれば彼女は、足かせまで引きずっているようだ。


 おまけに空腹の獣人だ。

 オシャレや特殊な性癖で首輪を付けているという線は、もうなさそうだな……。


「ふぅ……天国見えかけたキャン……♪ ぁぁ、カツサンド、こんな美味しい物が、あるなんて、知らなかったヒャン……」


 やがてカツサンドが全て彼女の腹の中に消えた。

 俺もシグルーン含む冒険者連中とそう変わらんかもな。人に物を奢るのはいい気分だ。相手が美味いと言ってくれたら喜びも倍だ。


「その首輪と足かせ、もし邪魔ならどうにかしてやってもいいぞ」

「え……!? あ、あの、私、逃げてきたんじゃないヒャン……ッ」


 何やらどこからか逃げてきたそうだ。

 俺が首輪と足かせに気付いたので、逃亡者として突き出されるとでも、向こうは思い始めたのだろうか。


 白くて綺麗な狼は俺に敵意ではなく、ただ怯えを向けていた。

 どうやら彼女をたどってゆけば、死に値する悪に行き当たりそうだ。


「いいから足かせを見せてくれ。取ってやる。……ほら早く、足を出せ」

「は、はい……っ!」


 そこから先は種も仕掛けもないマジックショーだ。

 足かせの足輪に、スコップの切っ先を押し当ててゴリゴリと擦ると鉄が粘土のように切れてゆく。


 やがて両断に成功すると、スコップをひねって足輪をこじ開けた。


「う、嘘……え、これ、夢……? え、凄い、自由……私、自由ですか……!?」

「次は首輪だ。フードを押さえていてくれ」


「ぁ、ぁぁ……なんていいひと……ありがとうだキャンッ! お願いしますだキャン!」

「騒ぐと人が来るぞ。……よし、取れたぞ」


 コツがなんとなくわかったので、首輪の方は二カ所を断って取り外した。

 足かせも首輪も不必要なまでに分厚く、とんでもない重量だった。


 見かけはそんなでもないのに、よくこんなものを身に付けて逃げられたものだと、彼女に感心した。


「私、こんなにやさしい人、初めてだキャン……。助けてくれてありがとう、これで帰れるかもしれないキャン……」

「帰ると言っても獣人の国にか? 沿海州でも南の果てだぞ、どうやって戻るつもりだ」


「足かせと首輪がなければ、後はどうにかなるキャン♪」


 白狼が明るく笑う。これは思っていたより楽天的な性格なのかもしれん。

 名も知らぬ白狼は尻尾まで振って、すっかり舞い上がっていた。


 ところがだ。そこにバタバタと足音が響いてきた。

 どこかで火事でもあったのだろうかと、目線を彼女から滑らせると――どうやら火元はここのようだな。


 火消し屋にしてはガラの悪い連中が、俺たちの正面を取り囲んでいた。

 ちなみに背中側は用水路だ。


「ひっ、ひぅ、この人たち……っ」

「火事ならここじゃないぞ」

「おいお前、そいつはさるお方の屋敷から逃げ出した犬っころだ。こっちに渡しな」


 合計6名の悪党どもは、ご親切にも追っ手であることを自己申告してくれた。

 事情は知らんが渡せと言われて素直に渡すわけもない。俺はスコップの切っ先をやつらに向ける。


「わからんな、逃げるのは彼女の自由だろう」

「そいつは奴隷だ!」


「そうなのか? ならアンタ、誰に売られたんだ?」

「知らない! 知らない悪いやつヒャン!」


「つまり……こいつらは人さらいか」

「そう、それだヒャン! 悪いやつらだヒャン!」


「なら違法な取引だ。逃がしてやってくれ」

「バカ正直か貴様! それじゃさるお方が黙っちゃいねぇだろ!」


 さて、何度も言うが悪党は先制攻撃を好む。

 背の高い筋肉ダルマがシミターを抜いて、それを俺に突き付けようとしたので、スコップで破壊してやった。


「ボロい剣だな。手入れを怠るからスコップなんかに負ける」

「テメェッ、ソイツを庇う気なら、もう痛い目に遭うしか残ってねぇぞ!」


「なら脅す前にそれを実行に移したらどうだ。口だけならなんとでも言える」

「舐め腐りやがってこのガキッッ! もう殺すッッ!」


 6名程度ならば敵ではない。

 メチャクチャに振り回される剣を弾き返し、一人あたり一発ずつ顔面やスネ、鎖骨をスコップで殴り飛ばした。


 たったそれだけでやつらは地にはいつくばる。

 能力値では一般人に毛が生えた程度だ、冒険者や軍人には到底及ばない。最初から戦いになどならなかった。


「続けても結果は同じかと思うが、まだやるのか?」

「ぅ……このっ、アグァッッ!!?」


 往生際の悪いリーダー格がこちらに拳を振り下ろしてきたので、俺は最低限の回避で済ませて、鋼鉄の得物で鼻を叩き折った。


「痛ッ、痛ェェェ……く、くそ、くそぉぉぉっ、覚えてやがれ……!!」


 リーダーが鼻を抱えたまま負け犬の遠吠えを上げると、人さらいどもはその場から逃げ去っていった。

 あの連中は古典芸能並みに月並みなことしか言わないな……。


「あなた強すぎるヒャン! 見た目は細いのに、驚いたヒャン、ありがとキャン、もう感激ションしかけたキャン!」

「そうか。だが目の前で漏らすのは勘弁してほしい」


「わかったキャン!」


 さて。守ったはいいが具体的にどうするべきだろうか。

 歩いて帰るには獣人の国は遠すぎる。ここで見放せばろくな結末にならないだろう。


 その時、邪竜の書を入れたバックがわずかに震えた。

 また何か無茶ぶりが追加されたのかもしれない。取り出して中を確認した。


――――――――――――――

- 粛正 -

 【獣人を守り、原因を排除しろ】

 ・達成報酬 方位感覚Lv1

『我が輩の命令ではない。そなたの決意がこの項目を生み出した。正義を果たせ、アシュレイ』

――――――――――――――


 アンタも賛成だと言うならこれで決まりだな。

 獣人を誘拐する人さらいども。こいつらは帝国の恥以外の何者でもない。


「ところでアンタ名前は?」

「ヤツフサ! ヤツフサ・シュリア! ヤシュでいいキャン!」


「そうか。ではヤシュ、俺と一緒に――飯の美味い宿屋に行こう」

「行く行く、お金はないけど行くキャン!」


 揚げ物を食わせても問題のない喋る犬っころか……。

 アトミナ姉上がこの子を見たら、さてどうなるだろうな。


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