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9-2 邪竜ジラントと円卓の力

 最近は夢を見る機会が減っていたが、それは読書という習慣から離れていたせいなのかもしれない。

 久々に訪れた長い長い夢をくぐり抜けると――その先は邪竜のいる楽園に繋がっていた。


 けれどもいつもと少しばかし様子が異なっている。

 湖畔の方に見慣れぬ赤の円卓があり、その最も仰々しい座にジラントという小さな少女が腰掛けていたのだ。


 蒼い竜眼を持つ少女は俺が目覚めたことに気づくと、静かな微笑みを浮かべて隣の席に移り、その席を仰々しい方に寄せる。

 続いてそこに座れと言わんばかりの態度で、こちらに逆手の手招きを始めた。


「これはまた優美なものだな。しかしどこから運んできたのだ、こんな物を」

「フ……運ぶ、というのは適切ではないな。これはここに生まれたのだ、つい最近な」


 ジラントの態度がここに座れとしきりに言ってきているので、おとなしく俺は仰々しい席に腰かけた。

 するとジラントが席と席をピッタリとくっつけて、手すりに置いた俺の左腕を包むように身体をもたれかけさせる。


「会いたかったぞ、アシュレイ。さて、今日は何から話すか……」

「それより説明が先だろう……。この円卓はなんだ?」


 それは13人掛けの大円卓だった。

 しかもよく見てみれば継ぎ接ぎがどこにもない。

 つまりこれは一枚の孔雀石を削って作り出された力作で、もはや芸術品と呼んでも差し支えなかった。


「うむ、勘のいいやつよ。これこそが[帝国の絆]スキルの具現化した姿よ。おおそうであった、書に新しいページが追加されているはずだぞ」

「ああ、確かギルドの仕事を3回達成した際の報酬だったか……。しかし本当に見事な物だ。まるで異界のファンタジー小説みたいだぞ」


 邪竜の書よりもこの赤い円卓が気になる。

 磨かれた孔雀石はガラスのような光沢を持ち、かつ表面には複雑な模様が浮かんでいる。それがまた面白い。

 赤い円卓は、そこに座るジラントの姿と妙に調和していた。


 お前はどこを見ているのだと、ジラントに手の甲をつねられてしまったがな……。


「この円卓は言わばそなたの精神の一部。そんな物をマジマジとつぶさに眺められては、こっちが気恥ずかしくなってしまうわ、この変態め……」

「ならばその円卓の席に、尻を乗っけているアンタは尻軽女そのものだな」


「誰が貧相な尻だ!」

「誰も言っていない。というよりなぜそっちに飛び火する……」


 話を本筋に戻すために、俺は邪竜の書を円卓の上に開いた。

 嫌がらせに折り線を付けてやったら、ジラントはどういう反応をするのだろうか。


「もし、この本に折り線を付け――」

「その時は殴る。その上でページを開けぬようにしてやるぞ。いいかアシュレイ、本は大切に扱え」


「わかった」


 ジラントから視線を外して、書のページをめくって変わったところはないかと探してみた。

 何やら目次に新しい項目ができている。


 そこに[帝国の絆 - エンペラーオブラウンド - ]との文字が記されていたので、該当部分までめくってみた。


――――――――――――――――――――――――――――

- エンペラーオブラウンド -


N01.冒険者黒角のシグルーン

N02.――――――

N03.――――――

N04.宮廷錬金術師ドゥリン・アンドヴァラナウト

N05.――――――

N06.――――――

N07.商人キャラル・ヘズ

N08.――――――

N09.――――――

N10.射手カチュア

N11.――――――

N12.――――――

――――――――――――――――――――――――――――


――――――――――――――――――――――――――――

NO.01 冒険者黒角のシグルーン


【絆Lv】1

【成長限界】+50%

【実績効果1】アシュレイと行動時STR+10%

【実績効果2】食い意地+20% 泥酔耐性+50%

【実績効果3】アシュレイのSTR10%分のボーナス(未獲得)

【次のLvup】もう少し先

【対象のLv】89/149

【信頼度】いい感じ たまには積極性を

――――――――――――――――――――――――――――


「なんだこれは……」


 シグルーンに、カチュア、キャラルに――なぜドゥリンまで……。

 続きのページを開くのが怖いな。特にこの【信頼度】というのが良くない。知りたくもない現実を突きつけられそうでな……。


「ククク、この円卓を文字情報化したものだ」

「そうか。しかし見たところ、俺にはまるで恩恵がないようだが……ああ、これが異界の本で言うところの、ハズレスキルか」


「バカを言え。こやつらは皇帝の重臣よ」

「バカはアンタだ。俺は皇帝ではない」


 そもそもシグルーンをあれ以上強くしてどうするのだ……。

 仮にこの表記がヤツの才能の限界LVが149で、現在LV89だという意味だとしたら――なんなんだアイツは……。


 それだけじゃない……。

 なんだこの、食い意地と泥酔耐性アップというのは……。

 アイツがこれ以上酒に強くなっても、得をするのは酒場の経営者くらいだぞ……。


「人の成長限界は決まっておる。限界LVに近づけば近づくほど、その者の成長は鈍ってゆくのだよ。だがエンペラーオブラウンドのリストに載った者は、幸運なことにこうなるのだ」


 シグルーンが俺を置いて、果てしなく強くなってゆくということか。

 俺は別に、今の貴重な時間を使って、あの女豪傑をさらに強く育てたいとはとても思わんな……。


「なんじゃ、なんとか言え! そなたが素晴らしい力を秘めていることに、我が輩が気付いてやったのだぞ!? 我が輩を誉め称えよ!」

「要するに、俺の周囲のごく一部を成長させる効果か」


「うむ。絆LVの上昇に応じて、彼女たちは知らず知らずのうちに成長する。それがそなたを支えるのだ」

「海の向こうのキャラルもか? まあ、それはあながち、悪くもないか……」


 俺は帝国、キャラル・ヘズは沿海州だ。

 手伝ってやりたくても俺は皇子で、しばらくはここから動けん。


 この帝国の絆とやらで、少しでも彼女の夢を支えることができるなら、確かに悪い力ではないのかもしれん。


「絆は選ばれた者としか結ばれん。運命と言ってもいいかもな。そして絆レベルは、相互の信頼と、成長、関係の進展が鍵だ。たまにはキャラルに手紙でも出したらどうだ」

「見透かすな……」


 キャラル・ヘズの項目を見たくなってページに手をかけた。

 だが止めた。今見ては決心がブレてしまいかねない。


 俺は父上が天に召されるまで、帝国の悪を屠ると決めたのだ。

 キャラルの夢を手伝いたいという、秘めたこの願いはまだ形にしない方がいい。邪竜の書を静かに閉じた。


 少なくともこの力のおかげで、皆に追い風が吹いているのだろう。

 冒険者を夢見るカチュアは腕を上げ、シグルーンはさらに暴れ回り、ドゥリンが優秀になって姉上が喜ぶ。一部を除いて良いことばかりだ。


「ところでジラント、一つ聞きたいことがある」

「もう閉じてしまうのか……? うむ、せっかちなやつだ」


「アンタ、俺の知らないところで、余計なことをしていないだろうな?」

「……ほぅ?」


「どんな魔法を使ったのかわからんが、なぜかアンタの狙い通りに事が運んでいる。父上との和解。第7位の継承権。帝都の喉元にも届く天領エリンの割譲。アンタ、何かしただろう……」


 これが偶然だというならば、世界は陳腐なご都合主義の塊だ。

 俺の知らないところでジラントが何かをやった。そうとしか思えん。


「ククク……疑り深いことだ。アシュレイよ、全ての物語はあるべき結末に向けて進んでゆく。その筋道が少し変わったところで、大きな差異はない。大海に石を投げ入れるようなものだ」

「そうか、煙に巻こうとしているようにしか聞こえんな」


 邪竜ジラントは俺の精神だという円卓に肘を突いて、それから急に気が変わったのか、またこの前のように俺が歩いた道筋を語り出した。


 お前の活躍は全て見ていたのだぞと饒舌に回想して、感想を述べ、単独でアビスハウンドと戦った勇気や、父との和解を選んだ俺の決断を肯定してくれた。


「我が輩はずっと見ておる。そなたの全ての偉業をここからな。さあ、次なる夢の続きを見せよ、アシュレイ」

「ああ、断る理由はない。せいぜいそこで見ていてくれ。アンタが見ていてくれるから、俺は志を貫ける。この関係が気に入って――ん、なんだ?」


 話が終わると別れの時間になった。

 そこで最後に湖でも見ようかと席を立ち上がると、ジラントがまた俺に張り付く。


「今気付いたぞ。我が輩の愛を、まだそなたに渡しておらんぞ!」

「今度にしてくれ、もう夢から目覚めてしまいそうだ」


「ならばギリギリまで愛を与えるのみよ」

「要らん、アンタが勝手に押し付け――うっ、待て、何をッ!?」


 ジラントは俺よりずっと小さい。

 それが俺の胸にしがみついてきて、顔と顔を近付けた。許されざる限界を超えた先までピッタリとだ。


「うむ、月並みなところで接吻(せっぷん)か?」

「安い愛だな。まあいい、このまま眠りに落ちるまで、悪いがこのまま抱き締めていてくれ」


「むっ……意外と、恥ずかしい要求をするやつだな……。よ、よかろう……」


 なぜキスが真顔で、抱擁が恥じらい混じりになるのだろうか。

 ともあれ挑発のかいもあって、ありがたいご厚意のエスカレートを避けることに成功した。


「これは驚きだ。ジラント、どうやら俺はマザコンなのかもしれない。悪くない。アンタの愛を感じる」

「ならば報酬を支払えたことになるな。ここに来たらまた愛をやる。だからがんばってこい、我が輩の使徒よ、誇り高き皇子よ」


 不覚にも俺は目の前の少女に母性を感じていた。

 後ろから見ていてくれるというならば、これからもそれ相応の努力をしてゆこう。


 俺は役者、ジラントは観客だ。

 命をかけて俺はダークヒーローを演じきって見せよう。

 アンタのあらすじには断じて乗らんがな……。


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[一言] 推敲 >この円卓は言わばそなたの精神の一部。そんな物をマジマジとつぶさに眺められては、こっちが気恥ずかしくなってしまうわ、この変態め…… ↓ ん? アシュレイがアシュレイ自身の精神を見つ…
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