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8-8 もう一度エリンの地へ - 窮状と塩 -

 翌日、俺はシグルーンと別れて帝都に戻ることにした。

 何せシグルーンはあの後、宵どきに目を覚まして追い酒だのなんだのと、訳の分からん酔っぱらいの屁理屈をこねくり回したからな……。


 よってこちらのギルドで仕事を受けていなかったので、宿を出たところで別れることになった。

 下手に情を寄せて付き合うと、とんでもなくハードな仕事を手伝わされるのがオチだ。


「この薄情者ぉぉ~っ! それが一晩同じ部屋で、夜をしっぽり楽しんだ相手にすることかーっ!」

「ああ、酒臭い上にイビキをかくやつと、同じ部屋で寝るのは愚かだった。ではまたな、シグルーン」


「待て! ……少し路銀を貸してくれ、ちゃんと返すから頼む」

「わかった。やるとは言わん、これは貸しだ」


 これだけの武勇があるというのに、子供みたいなところがある女だ。

 路銀が足りないなら俺についてこないで、すぐ帝都に戻って仕事の報告を済ませれば良かっただろうに。

 見るに見かねて金を渡して、馴れ合う前に背を向けた。


「待て、シンザ。これは利子だ」


 逃げるのが遅かったようだ。俺は唐突にもパワフルに背中を抱き締められて、首の後ろに生温かい接吻(せっぷん)まで受けた。

 宿の前でやられると恥ずかしいなんてものではない。


 大げさなため息を気質の違い過ぎる彼女に見せてから、俺は海運都市ナグルファルを立ち去った。



 ◆

 ◇

 ◆

 ◇

 ◆



 ナグルファルでは塩を買った。

 スコップと塩袋を背負って、俺は馬車駅から帝都へと進んだ。


 ところがそこから先が我ながら妙なのだ。

 最初はまっすぐ帰るつもりでいた。帝都へと続く広野をぼんやりと眺めて、世界の広さを再確認するつもりだった。


 それに帝都までの馬車代をもう払ってしまっている。

 なのに俺はナグルファルの東、エリンの地にやってくると気まぐれを起こしていた。



 ◆

 ◇

 ◆



「あっ……あなたは! お父さんお父さんっ、シンザさんがきたよ! お父さん!」


 立ち寄ったのは一昨日保護した子供たちの住む村だ。

 発展した街道周辺からこの前の森を目指して北に抜けて、途中から横道にそれた先にこの大きな村はある。


 顔を出すとすぐに俺はご厄介になった家へと再び招かれて、植物のツルで作った冷たいお茶をもらった。

 代わりにこちらは塩袋をテーブルに置いて気持ちを返した。


「あ、あの、これは……?」

「実は頼みがあってな、代価のようなものだ。これだけあれば当面は困らんだろう」


 俺には商売人の才能はないな。

 帝都で売るつもりの塩を人にくれてやりたくなって、何も考えずに実行していた。


「いただけません。あなたは娘たちを救ってくれた恩人です、何もいりません!」

「だけどあなた、これだけあればしばらくは……。あの、頼みというのは?」


 奥さんの方は控えめに欲しがった。

 ナグルファルに近いとはいえ、輸送コストはタダではない。女の子二人を抱える家庭には貰って困ることのない寄贈品だ。塩は腐らんしな。


「少し話を聞かせてくれ。頼む、きっとアンタたちが適任だ」

「あなた」

「ああ……それなら喜んで協力させて下さい。しかし塩は――」


「その話はもういい。ある別の地域の文化ではな、人助けをするならば徹底的にやれと言うそうだ。自分が救った子供たちに、幸せになってもらいたいと思って何が悪い。貰ってくれ」


 不幸になられては後味悪い。なら塩くらいくれてやる。ただそれだけの話だ。

 ところだがな、ふいに二人は俺を拝みだした……。


「な、なぜ祈る……」

「そのお心があまりに尊いからです……。なんて立派な方なんだ……」

「お恥ずかしながら、私たちあまり豊かとは言えなくて、だからあの日は娘たちに危険な採集を……。今では後悔しています……」


 この一家もカチュアのように信心深いのだろうか。

 祈りはやたらと長く、さすがの俺もどうすればいいのやら困り果てた。


『クククッ……』


 ジラントに笑われたような気がして、テーブルの下で邪竜の書を開く。

 するとジラントの魂を宿す文字が俺をあざ笑っていた。


『そなたのそういうところを、我は好ましく思っておるぞ。汚れなき良心に神々しさすら抱くほどだ、ククク……。して、何をしに来たのだ、第七皇子アシュレイよ?』


 誰かに見られたら非常に困る人名が現れて、俺はすぐに書を閉じて懐にしまった。

 その音が夫妻の意識を現実に戻したようだ。ならばこちらも目的を果たすことにしよう。


「俺が聞きたいのはアンタたちと、ここ一帯の生活状況だ。いや抽象的過ぎるか。そうだな、何か最近困っていることはないか?」


 こちらがそう聞くと、またなぜか軽く祈られた。


「最近というとやっぱり、水涸れでしょうか……」

「そうだな。シンザさん、ここはまだいいのですが、隣村より東側で深刻な水涸れが進んでいます。そのせいで、川の取水権をかけてこの前も、乱闘が起きたと聞いています」


 取水権か。そのいさかいがマフィアの類を生み出すと、図書館の政治書に書いてあった。

 一度乱れた秩序を取り戻すために、その地域が自ら暴力的な組織を生み出すのだと。


「それも皇帝の天領エリンでのことなのか?」

「はい。水涸れのせいで税金を払えなくなって、子供を奪われる者もいます……」

「あの……あとは街道の方で、追い剥ぎが出ているとも聞きました……。そうよね、あなた?」


 皇帝の領地に住む者だとしても、税の取り立ては情け容赦ないそうだ。

 それに追い剥ぎか。俺からすれば格好の獲物だった。断罪するべき悪を地に屠れば、俺は力を得ることができる。


「参考になった。ああ、最後にもう1つだ。今の代官に満足しているか?」

「えっ……」


「大丈夫だ、ここだけの話だ。外には漏らさん」


 そればかりはただの農民には答えにくい話だ。

 それでも俺への恩義を感じてか、旦那さんの方が決断してくれた。


「その、実は皆、執政官様には、大きな不満を抱えています……。ヒャマールという商人をご存じでしょうか」

「ああ、よく知っている。皇后様に偽の黄金を献上した、目利きもできんとんだマヌケ商人だ」


 まさかこの地でその名前を聞くとは思わなかった。

 政商ヒャマールはモラク叔父上と結託して、帝都からナグルファルへの交易路独占を狙っているのだから、ここで名が出てきて当然だったのかもしれん。


「はい……たちの悪い大商人です。執政官様はそれと手を組んで、街道の街で法律に基づくものでも何もない、好き放題をしています……。この前も、街に行った村の者が痛めつけられて……」

「そうか。そんなことがあったか」


 それを聞いてさらに俺の心は揺れた。

 俺が父上よりこの天領エリンを受け継げば、彼らを守ることができる。


 何も俺が人生を犠牲にして、ここを直接統治する必要はない。

 代わりのまともな執政官を立ててやれば、少しはこの地もマシになるのかもしれん……。


 だがそれでは問題が一つ残る。

 俺にこの地を与えるようにそそのかした、何者かの目論見通りになってしまうことだ。


 病床にある父上の発想とは思えないのだ。

 誰かがこの地を俺に与えよと、吹き込んだのではないか。


 誰もが皇太子を皇太子として認めぬこの状況で。皇帝が、俺がその気になれば帝都の喉元に刃を突きつけるこの地を、置き土産のようにくれるという。


「それはそうと、そこから先の林は開拓しないのか?」

「あ、はい。そうしたいのは山々なのですが、日々の農作業に手一杯で、なかなか……」


「そうか。なら少し広げてもかまわんか? 拓けば恩賞が出るのだろう?」

「へ……? あの、それはどういう……」


「いいから俺に任せてくれ。その代わりに、また一晩泊めてくれると嬉しい」


 発掘家として、スコップを開拓に使うのは抵抗があったが、貧しいと聞いて更なる人助けを貫きたくなった。

 そこでこの家の裏に広がる林を、というよりも木を根本から掘り返して、一本一本除去してゆくことにした。これがなかなか面白い作業だった。


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