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8-7 海運都市ナグルファルでのやり残し - またの名を食い道楽 -

 道の途中で乗り合い馬車を拾うと、正午前には海運都市ナグルファルに到着することになった。

 ナグルファル北東の門で降ろしてもらうと、反時計回りに都市の外壁ぞいをグルリと回る。シグルーンこと、世にも騒がしい同行者を引き連れてな……。


 しかしだ。性格はさておき、俺とシグルーンはそう相性が悪いわけでもなかったようだ。

 超長距離の散歩ついでの食い歩きという、あまり人から理解されることのないこの道楽を、シグルーンは俺と一緒にこよなく楽しんでくれたのだ。


 海の珍味や、海外より輸入されたナッツや果実を食い散らかしながら、俺たちは(はた)から見れば極端な急ぎ足で土くれの道を進んでゆく。

 なんだかんだ全て俺が奢ることになっているのは、恐らくシグルーンの手持ちがあまりないせいなのだろう。


 金があれば人に奢る。金がなければ人にたかる。冒険者たちには多かれ少なかれ、誰にでもそういった傾向があった。

 悪く言えば貯金ができない。良く言えば羽振りがいい上客、といったところだろうか。


「しかしアンタ、タフだな……」

「そうかぁ~? ちょっと歩いたくらいでヘトヘトになってたら、この商売は続かんぞ?」


 巨大な帝都とは異なり、ナグルファルでは栄えている場所と、そうではない場所に分かれている。

 店も何もない貧しい住宅街や農村、半スラム化したエリアを何度も通り抜けることになった。


 それはアトミナ姉上が見たら心を痛めるに違いない世界だ。

 しかしどんな善政を敷こうとも、この世界からああいった場所を消し去ることはできない。


 生まれも才能も、人はそれぞれ異なるからだ。例え為政者がどんなに努力したところで、人の優劣ばかりはどうにもならない。

 それを平均化する方法として、俺の知る異界では義務教育なるものがあるそうだ。


 国民全てに教育を施すからこそ、その副産物として素晴らしい物語が星々のように生まれるのだろう。

 そんな異界に憧れる反面、俺たちの世界には義務教育など不可能だと考えずともわかった。悲しいかな、社会にそこまでの余裕がない。


「それにしたってタフだ。まさかくっ付いて来られる人間がいるとは思わなかった。いや有角種か。有角種というのは、みんなそんなにタフなのか……?」

「違うぞ。むしろ有角種は貧弱だ。身体能力ならびに、環境適応能力が特に残念でな……。しかし代わりに優れた頭脳と魔力を持つのだ」


「失礼を承知で言おう。アンタが言うと信じがたい話だ」


 持ち前の強引さと桁外れの武勇で強く生きる自由人、それがシグルーンのイメージだ。

 本来の有角種がどんな連中なのやら、この豪傑からはとても想像も付かない。


「ハッハッハッ、拙者は変わり種だからなぁ~! おおっそれよりシンザッ、貝柱の干物が売っているぞ!」


 もう少し詳しく聞きたかったのだが、貧しい地域を抜けて栄えた通りに出たようで、そこに数々の出店が並びだしていた。


「あれはさっき食っただろう……」

「また食いたいのだ、奢ってくれ! 酒代――ではなく、報酬が入るまで手持ちが少なくてなぁ……。おっ、悪いなシンザァ~、これで拙者は、お前がもっともっと好きになったぞ~っ♪」


 出店の店主に金を払って、カラカラに干された貝柱を袋に詰めてもらった。

 そこから2つだけ己の食い分を抜いて、残りをシグルーンに押し付ける。


「ああ、貸すとは言わん。貸すくらいなら奢ってやる」

「うむっ、拙者も借りるとは言わん。お前に奢られて嬉しい。もぐ……うまぁぁぃっ! お前とこっちに遊びに来て良かったぞっ、はぐはぐっ……!」


 犬というよりも猫。いやでかい(ひょう)を連れて歩いているような気分だ。

 ちょっと目を離せば、俺には手に負えない騒動を引き起こしそうでもあるからな……。


「それはそうと、さっきの話で思い出した。コリン村に行ったそうだな?」

「ふぅ食った食った。……ん、コリン村? なんだそこは?」


「北の山奥にある、依頼報酬も満足に払えない村だ。ならカチュアという射手(アーチャー)に覚えは?」


 するとシグルーンの顔色がパッと明るい笑顔に変わった。

 あんなに濃い村長がいる村を、よくもまあ忘れられるものだな……。


「おおーっっ、カチュアかーっ! あれはいいぞ! 実にな、いい湯たんぽだ!」

「……念のため確認するが、人間のカチュアであっているんだよな?」


 良い湯たんぽだったことは俺も認めよう。

 今思うとあのとき帝都に連れ帰って、姉上の護衛を任せれば良かったと思わなくもない。


「何を当たり前のことを言っている。ほほぅ、しかしそうかぁ、シンザもあそこの仕事を受けたかぁ……。うむっ、ますますお前が気に入って、食欲が俄然増してきたぞ!」

「勘弁してくれ……。あんまり詰め込んで歩くと、さすがのアンタでも腹を壊すぞ……」


 ところでコリン村のカチュア繋がりで、もう一つ思い出した。

 あのときカチュアが興味深い話を俺にしてくれたではないか。


「見ろ、焼きアワビだ!」

「話を聞いてないなアンタ……。わかった」


 屋台の中にアワビを取り扱う店があった。

 シグルーンが尻と胸を揺らしてそれに駆け寄って、やはりでかい豹のように俺を呼ぶ。


 俺の知る異界では、こんなどこでも採れるような一枚貝がとんでもない値段になるようだ。

 金を払って、塩とワインで蒸されたそれをシグルーンに渡した。ああ、もちろん俺も一切れいただいた。


「ハグハグ……美味い美味い! この歯ごたえと、ガツンとくる味わいがたまらんな! ほらお前ももっと食え!」

「んっんぐっ……!? おい、口に無理矢理押し込むな……」


 どうもそれが最後の一切れだったようだ。

 マナーもへったくれもなく、シグルーンがアワビの殻を投げ捨てた。


「捨てるな」

「気にするな、誰かが拾って再利用する。焼いて砕けば肥料にもなるからな」


 聞いたことがある。貝は焼いて砕くと石灰岩に近い成分になるそうだ。

 そして石灰岩は、万能とは言わんが畑の土壌を改良する力がある。


「それよりシグルーン。とても詳しそうには見えんのだが――アンタ、神話には詳しいのか?」

「む、なぜそう思う」


「カチュアが言っていた。アンタが世界を救った竜の話をしてくれたと。その話、俺にも聞かせてくれ。俺は物語が好きでな、そういうのに目がない」

「ああ、あれか。あれは――むぅ、あれかぁ……」


 一瞬、シグルーンが俺の知らない顔をした。

 落ち着いていて、理知的で、深く思慮する顔色だ。だがそんなものはすぐに消えた。


「まさか秘密だなんて言うなよ」

「秘密というほどではない。ただカチュアには言ったのだがな。あまり人にしゃべらない方がいいぞ」


「国教会の教えに矛盾するからか」

「ま、そんなところだ。人間(ヒューマン)はな、寿命が短いからなぁ~。あっという間に伝承を風化させる」


 ならアンタはいくつなんだ、と聞くチャンスでもあったが我慢した。

 それも俺の妄想力をかき立てる話題だったが、今は神話が聞きたい気分だ。


「ならアンタが言う伝説が本当の歴史なのか? 教えてくれ」


 ダメ押しをするために、目に付いた屋台から小イワシの乾物を買ってシグルーンに渡した。

 そいつを頭からシグルーンがかじる。


「うむ! 昔々、あるところにな……。やさしい竜の神様と、悪の創造主がいたのだ」

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