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8-6 退けと奇書が言うが従う気はない

 状況の要点だけ述べよう。赤毛の幼い姉妹が腰を抜かしていた。

 そこからほどない距離に巨大なあのアビスハウンドの姿もある。しかも幸か不幸か、しっかりと二匹だ。


 底無しの餓えにさいなまれる獣たちは、人間の子供という獲物を奪い合って、互いにうなり声を向けていた。


 下手に刺激すると最悪の結果にもなりかねん。

 やつらに気づかれないように足音を消して、慎重に子供の側に俺は回り込むことにした。


 やつらは互いに夢中で俺には気づかない。恐ろしい声で吠えて、地獄の大狼同士の激しいケンカが始まった。

 大地と森が悲鳴を上げて、やつらの周囲だけ嵐のように激しく木々が揺れる。


 やつらが獣ならば、同族の命までは奪わない。

 このまま気づかれずに身を潜めておけば、どちらかが退くはずだ。


 ならば一匹が逃げたところで、残ったやつを俺が討てばいいのだ。漁夫の利、いやこの場合は猟師の利だな。


 そうこうして無事に子供の側に回り込むことに成功した。

 彼女たちの頭上にある樹木に上がって、拾ったシイの実を二人の手前に投げた。


「ぁっ……?!」

「た、たすけ……て……たす、けて……」


 静かに上着を脱いで、俺はそれにしがみ付けと合図をする。すると姉が察してくれて、妹をそれに張り付かせた。


 慎重に極力音を立てずに、STR44という常人の4倍半の筋力だけで妹を樹木の上に避難させた。

 その次は姉の方だ。無事に姉も樹木の上に隠し込むと、二人は恐怖の涙を、喜びと救いの涙に変えていた。


「ぇ……?」

「お、おにいさ……っ、なんで……」


 代わりに俺が木を降りた。

 なんでも何もない。アビスハウンドという脅威を排除するためだ。

 俺はやつらの争いが決着を迎えるまで、スコップを杖にしてそこで待った。


 激しい闘争だったが、ほどなくして片方が体当たりを受けて、奥の木へと胴体を打ち付けたのをきっかけに、片方が逃げて、勝者が獲物へと再び目を向けた。


「静かにな。追いつめられたアビスハウンドは逃げる。食えそうな獲物をくわえてな」


 肉のやわらかそうな子供が、謎の、しかも半裸のスコップ男に変わっていたのだ。アビスの招かれざる獣だとしても、驚くに決まっていた。

 そいつが堂々と、最強肉食獣を自負する自分との距離を詰めてきたら、当然ながら警戒だってするだろう。


「グルルル……」

「招かれざる獣よ、ときどきピカピカと光るホタルの肉を、喰ってみたくはないか?」


 俺は止まらない。スコップを肩にかけて、いつでも降りかぶれるように両手をかける。

 やつの間合いに入り込むと、牽制か、あるいはただ食い意地に負けただけか、大狼が襲いかかってきた。


 それを邪竜の書がくれた機敏さで回避し、巧みさと得物のスコップで鋭い牙と爪を翻弄する。

 いつもの小手先技ももちろん使った。獣の前足が踏むはずの着地点を掘り抜き、バランスを崩したところに土塊を投げつけて目を潰す。


「どうやら俺はお前と相性が悪いようだな。鉄なら斬れるはずなんだが……」


 盗賊や兵隊の鉄剣は粘土みたいに斬れたのに、アビスハウンドの爪や牙は斬れない。

 鉄よりヤツの爪が硬いのではなく、スコップLV5の力は土や岩、金属を掘る力なのだろう。


 しかし己の成長を感じた。あの時はヤツの敏捷性に圧倒されたが、今の俺に隙はない。

 やがてはどう襲いかかっても狩ることのできない獲物に、地獄の大狼はついにスタミナ切れを起こしてくれた。


「思っていたより骨が折れるな……。シグルーンが手を焼いたのも当然か」


 落とし穴にかけてやろうにも、相手は巨大で跳躍力も高い。

 殴り付けて倒そうにも、皮も毛皮も地上の生物とは思えんほど頑丈で、鋼鉄のスコップですら深手を負わせることができないようだ。


 よって急所を狙おうにも、急所そのものに刃が届かない。口の中を狙っても牙に阻まれる。

 攻撃面だけで言えば、やはりすこぶるコイツと相性が悪かった。これならゴブリン軍団の方が遙かに簡単だ。


「どうしたものか……」


 あの時はシグルーンがトドメを刺してくれたんだがな。

 どうやら俺は手にした力が万能であると、思い上がっていたようだ。


『ええいっ、いつまで心臓に悪い戦いを続けるつもりだ! 少しだけ我が力を貸してやる。次の一撃を脳天に叩き込め!』

「なら最初からそうしてくれ」


 しかし困ったときのジラント様だ。

 彼女の声がどこからともなく響いてきたので、ただちに信じて要求に従うことにした。


 ヤツの前脚をスコップで受け流し、生まれた一瞬の隙に踏み込んで、オーダー通りに獣の脳天にスコップを振り下ろす。

 するとスコップの握りがヒンヤリと冷たくなった。


 いや、アビスハウンド側はそれだけでは済んでいない。

 ジラントの持つ氷の力が、アビスハウンドの頭部を凍り付かせて、毛皮ごとパリパリの霜付きにしてしまったのだ。


 当然だが脳を凍らされては、さすがのアビスの怪物でも即死だ。


『ふぅ、ふぅ、世話をかけさせおって……。さあアシュレイ、早よ……子供を連れて、さっさと逃げよ……』


 ところがな、ジラント本人でも邪竜の書を制御できていないらしい。

 いきなりその小さな書が淡い光を持って、読めと自己主張したのでページを開いてみた。


――――――――――――――

- 開拓 -

 【エリンの安全を1000討伐度、確保せよ】

 ・討伐度400/1000

 ・達成報酬 EXP200/エリンの民の人心

 ・『おい……読んで……ない、で……逃げ……ろ……』

――――――――――――――


 討伐度とはなんだろうか。

 ジラントの意思でお題が出されていると俺は思い込んでいたが、どうもそうとは限らんようだ。


 目を向ければ、アビスハウンドの死体が黒いドロドロの粘液となって、大地の奥底へと染みてゆく。

 神に追放された者どもが棲むというアビス。その地の結界をくぐり抜けて、この怪物どもは地上に現れるという。


「凄い! お兄ちゃん強い……!」

「私たち助かったの……? え、何?」


 やがて木の上の姉妹がアビスハウンドの消滅に合わせて歓声を上げた。

 だがな、俺は戦いを長引かせ過ぎたようだ。


「隠れていろ!」


 そこに先ほど逃げ帰ったはずだった、もう一匹のアビスハウンドが戻ってきていた。


「連戦か……。まあいい、どうにかなるだろう。負け犬よ、かかってこい。アンタごときに負けるなら、俺もそれまでの命だ」


 時間こそかかるだろうが負ける要素はない。

 実戦経験を積むための材料にさせてもらおう。


 再び俺はさっきより少し小柄な大狼と、爪と牙とスコップをぶつけ合った。


 どれだけ立ち回ったかな。相手が素早く、貪欲なため時間の感覚が鈍る。

 ただ少なくとも、ジラントが再び口をはさめるくらいには時が流れたらしい。


『まずいぞ、アシュレイ! 森の奥からまた何か来る! とんでもなく速いっ、気を付けよ!!』

「ジラントよ、二度あることは三度あるそうだぞ。いや、まさかアレは――」


 その姿を見て、俺はつい声を漏らして笑ってしまっていた。

 ジラントを驚かしたのは意外な者だったからだ。

 偶然と偶然が重なって、黒角のシグルーンというあり得ない必然がそこに現れた。


 ソイツが双剣の片方を引き抜いて、確かにとんでもない速さでアビスハウンドに突っ込んだ。

 背中に飛び乗ると、心臓のある急所を狙って、両手持ちにした片手剣を深々と突き刺す。


 一瞬だけ怪物は暴れたが、心臓をやられてはそれまでた。

 長引いた戦いが嘘のようにアビスハウンドは動きを止めて、やがては肉体を失って溶けていった。


「シンザ! シンザではないかぁっ、奇遇だなぁっ!」

「出たなシグルーン」


「なんだ人をお化けみたいに言って! せっかく拙者とシンザのっ、感動的な再会ではないかぁ~!」

「おい……」


 無尽蔵の体力を持っていたところで、まあさすがに集中力が切れていたところだ。

 子供を狙う脅威を排除して安心したのもあってか、俺はシグルーンに不意打ちの包容を受けていた。


「会いたかったぞシンザーッ! しばらく見ないうちにゾクゾクするくらい強くなっているではないかっ! さすがだぞ、さすが拙者が認めた男よ、ワハハハッ、なんと驚きに満ちた日だ!」

「シグルーン……」


「うむっ、なんだなんだぁ~!?」

「俺はまだ17だ。でかい乳を押し付けるな」


「そんなもの愛情表現に決まってるではないか! いやぁ~強い、強くなったなぁ、シンザ!」

「だから、困ると言っているのだ……。止めてくれ……」


 ジラントが見ている。下手にだらしない顔をしてしまったら、ジラントは俺を笑い物にするかもしれん。

 女関係で俺をいじる傾向があるからな、ヤツは……。


「クエストを手伝ってくれた礼だ! おおっ、ところでもう一匹見なかったか? そうだ良かったら一緒に――」

「ソイツは倒しておいた」


「なんだとーっ!? だったら、そんな……これで依頼完了でないか……。ぅ……ずるいぞシンザッ! 美味しいところを一人で食べてしまうだなんて、拙者は見損なったぞ!!」

「わかった、謝る。だから早く離れてくれ……」


 子供たちが自発的に姿を現すまで、シグルーンは文句と乳を同時に押し付けるばかりで、いつまでも引っ込んではくれなかった。

 そうだ。帝国では珍しい有角種、黒角のシグルーンはこういう人間だった。


――――――――――――――

- 開拓 -

 【エリンの安全を1000討伐度、確保せよ】

 ・討伐度400/1000 → 750/1000

 ・達成報酬 EXP200/エリンの民の人心

 ・『邪竜の書を見ろ。……やれやれ、女の乳に夢中で気づかんか。ククク、まだまだお子様だな』

――――――――――――――



 ◆

 ◇

 ◆



 保護した子供たちにシグルーンの意識が向くと、ようやく俺は邪竜の書の違和感に気づいた。

 ページを開いてみれば、なにやら不可解なことになっていた。


――――――――――――――

- 冒険 -

 【冒険者ギルドで仕事を3つ達成しろ】2/3達成済み

 ・達成報酬 EXP450/???

 ・『あと一つだ。それはそうと、おい――』

――――――――――――――


――――――――――――――

- 目次 -

【Name】アシュレイ

【Lv】21→22

【Exp】2535→2635

【STR】44→45

【VIT】123→126

【DEX】110→111

【AGI】90→93

【Skill】スコップLV4 

    シャベルLV1

『言っておくが、先に我がそなたの才能に目を付けたのだ。シグルーンに言え、お前は二番目だ。邪竜ジラントが先だと言っておけ!』

――――――――――――――


 わからん。シグルーンのクエストを結果的に手伝っただけなのに、ノルマが1つ進んでいた。

 ならばこのまま薬草を納品して、帝都のギルドで報告すれば、俺は再びあの酒臭い建物でホタルさん扱いを受けることになるのか……。


 ルールがわからんな。だが得した気分だ。

 それはそうとジラントよ、アンタの要求は受け入れかねる。


 なぜそんな意地を張る、邪竜であるアンタの名を出すのは、当然だが余計な災いを招くだけだ。お断りだ。


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