8-4 蝕まれた皇帝と異形の忌み子 - ギデオン - (クリスマス挿絵あり
「落ち着かれて下さいアシュレイ様。陛下には訳があるのです。陛下は――その、陛下は、人の親である前に皇帝です。その皇帝が、全てをかなぐり捨てて、あなただけを――」
「よせ……ギデオン……。私は、己の罪を……ごまかしたくは、ない……。全て、私が悪、かった……親でありながら、子から、逃げた……。それが現実だ……」
こんな青臭い感情を俺がいだくとはな。
ジラントに見せられん。こんな醜態、ジラントには見せたくない。ならば落ち着くのだ。シンザ。
「ギデオン……? そいつは誰のことだ?」
「はいっ?! わ、私のことでございますよっ! まさか、忘れたなんて言わないで下さいよ、アシュレイ様っ!?」
「冗談だ。G、いやG」
「こんな状況で人をからかわないで下されっアシュレイ様!」
ジラントが喜ぶシナリオにレールを戻した。
俺はジラントのためにシンザを演じる。ジラントが俺を見つめている限り、俺はシンザだ。もう皇帝の哀れな子ではない。
「ク、ハ、ハ……ハ、ハハ……。ギデオン……お前に、任せて、正解だった、ようだ……。いつだって、明る、かったお前、なら……アシュレイを……。世を、呪う子では、なく……立派な、男子に……。育てて、くれると……。ぅ……」
「へ、陛下、ありがきお言葉……。ですが、私は任された使命を果たしたのみでございます……」
俺を任されようとも、心の中では皇帝への忠義を爺は貫いていた。
その枕元に駆け寄って、爺は膝を落としてこうべをたれた。
「確かにそこはアンタの目論見通りだったようだな。爺は俺を呪われた子ではなく、我が子同然に育ててくれた。頼りないアンタの代わりにな」
「ち、違います陛下、こ、これは……アシュレイ様! 普段デレないくせに、陛下の前でその物言いはお止め下され! 年寄りに意地悪するのはもう卒業していただきますぞ!」
生憎、俺はどこかに入学すらしたことがない。よって卒業はないのだ。
「ギデオン、アシュレイを……頼む。それと……例の物を……」
「は、陛下!」
父上が命じると、皇帝の元小姓ギデオンがすぐに立ち上がって、何やらテーブルに用意しておいたらしき書状を取った。
それから俺の前に立って、書面をまず見せてきたのだ。
「死ぬ前に……まず、間違いを、正す……。アシュレイ……お前は、正しく、我が、子だ……。ぅ、ぅぅ……」
そこで疲れてしまったらしく、皇帝の言葉が止まった。
ただ呼吸を戻すための弱い息づかいが続く。俺たちはそれを黙って待つしかなかった。
この書状と印は見たことがある。皇帝からの勅命を下すためのものだ。
中身はわからんが、俺に関係があることだけは確かだろう。
「あまりに、遅過ぎたが……お前を、第七、皇子と、認める……。帝位、継しょ、権を、53から……7位、へと、格上げ……しよう……」
これもジラントが喜びそうなシナリオだ。ただこれは――
「要らん」
「アシュレイ様ッッ!! この流れで要らんは通りませんぞ!!」
「要らんものは要らん。俺は皇帝になどならん。父上が死んだら辺境に逃げる。俺の性根は庶民だ、陰謀劇に好き好んで巻き込まれたくなどない」
帝国の未来は心配だ。
しかしそれは己の命と幸せを犠牲にしてまで、守るべきものだろうか。違う、争いたいやつだけ争えばいい。
「ハ……ハハ……フ、ハ、ハハ……。お前は、賢い……。それは、真実だ……。皇帝になれば、幸せに、なれるなど……全て、幻想、だった……」
人の心はわからんな。
俺は俺の好きな返事を選んだだけだというのに、父上は俺の言葉に心より賛同してくれていた。
「皇帝、となった……日から、命を、狙われ……。赤竜宮に、閉じ込め、られる……。やがて、は……我が子、から、さえ……命、狙われ……」
言葉はそこで途絶えて、父上はまた乱れた呼吸を戻すために黙り込んだ。
己の小姓ギデオンに目を向けて、長年の付き合いである彼らは、目と目だけで意志疎通を済ませたようだった。
「アシュレイ様、それでもあなたは皇帝の子でございます。さて、この書状についてご説明いたしましょう」
「聞きたくないと言ってもするんだろ、手短に頼む」
「はい。これには、議会にアシュレイ様の継承権格上げと、アシュレイ様を第七皇子として認知する旨が記されております」
「迷惑な話だな……」
今さら俺を舞台に上げてどうしたいと言うのだ。
ジラントは喜ぶ。だが皇帝になった者は、この孤独な赤竜宮に押し込められる。シンザではいられなくなる。
「それともう1つ。海運都市ナグルファル東部の天領を、我が子アシュレイに与える、というものです。これは例のないことですよ、帝都にこんなに近い土地の、自治を許すというのですから」
「ああ、その気になれば、軍勢を率いて帝都を奇襲できてしまうな。だがそれだけ俺の立場が最悪になる。なおさらお断りだ」
もう付き合えん。父上も疲れていることだ、俺はベッドに背を向けて歩き出した。
「なっ、何をする爺……っ」
「また逃げる気でございますか! 今回限りは行かせませんぞ!」
ところが爺が俺の背中に張り付いた。
皇帝陛下の寝所だというのに、爺も大胆なことをしてくれるな。
このままでは逃げ出せないので俺は止むなく枕元に戻り、少し考えた後に己の感情に従った。
さっきは頭に血が上ってしまっていたが、今なら論理的に考えられる。父上と見つめ合って、理性的な方の本音を見せることにした。
「父上。父上の事情はわかった。父上は俺を愛するわけにはいかなかった。理屈では理解した。だが、情ばかりはどうにもならん。今日まで積み重ねてきたアンタへの感情が、謝罪一つで消えたとしたらそいつは嘘だ。アンタを哀れんで、許したように見せかけただけだ。俺はそこの爺に育てられたからな、愚直でバカ正直なのだ」
「うぐっ……またそういうことを、アシュレイ様……っ」
「父上。俺は父上の子だ。第七皇子と今日から名乗ろう。だが継承権の格上げも、領地もお断りだ。もしも俺が皇帝家を支える役割を担えるとしたら、それは陰からゲオルグ兄上を支える、そんな生き方だ。よって、俺はアンタの息子と名乗る自由だけを貰う!」
それで父上は満足だったのだろうか。
父上の潤んでいた瞳がついに溢れて、皇帝の涙を見そうになった俺は、それから逃げるように目を背けた。
俺の知る父上は泣かない。氷のように冷たく、合理的にこの国の支配者としての役割を果たす。
彼が人間の情を持っていたことを、まだ心のどこかで認めたくなかった。
◆
◇
◆
会見が終わり、やっと落ち着いた俺が邪竜の書を開くと、そこにジラントの言葉があった。
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- 目次 -
【Name】アシュレイ
【Lv】21
【Exp】2520→2535
【STR】44
【VIT】123
【DEX】110
【AGI】90
【Skill】スコップLV4
シャベルLV1
『皇帝の座を取り戻せと、あれだけ言っただろうにこのバカ者め。高い継承権と領地があれば、お前の立場は今より安全になる。少し頭を冷やせ!』
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そればかりはお断りだ、ジラントよ。
俺は父上の二の舞にはならん。領地と高い継承権は鎖となって、俺をシンザではなく皇帝の七男アシュレイとして縛り付けるだろう。
メリークリスマス!
絵描きのしーさんがクリスマス絵を描いてくれました!
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