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8-2 皇帝に会おうにも服がない

 アイオン公爵領から帝都への旅は、思えば久々の兄弟の時間になった。

 ゲオルグは相変わらず説教臭かったがな。しかし姉上に限っては、隣に座るドゥリンの存在が大きかった。


 そのあまりに豊か過ぎる加護欲を、ありがたいことにかわいい妹分に分散させてくれのだ。

 控えめに見て、それはイチャイチャという言葉が似合うほどに華やかだった。


 だがそれも仕方あるまい。姉上は長年連れそった夫とついに決別してきたのだから。


「そうそうドゥリン、良かったら私のお側付きになってくれない?」

「は、はへっっ?! お、おお、お側、とは――えと、その、ごめんなしゃい……。お側付きって、なんでしゅか?」

「悪くない考えだ。ドゥ叔母上への牽制にもなる。手続きは俺の方で処理しておこう」


 その道中、少しばかし面白いというか、まあ考えようによってはそうなるべくしてなる話になった。


「私の世話をして欲しいの。もちろん錬金術のお仕事もしてもらうわ。アトミナ皇女直属の宮廷錬金術師、といったところかしら?」

「ひっ、ひぇぇぇぇーーっ!? め、めめめ、めっそうもないでゅ! ど、ドゥリンッ、そんな、アトミナお姉さまのお世話なんて、恐れ多くて目ん玉潰れるでゅぅっ!!」


 そのとき錬金術師ドゥリンが両目を抱えて、フードをすっぽりをかぶってしまったのを今でも覚えている。

 前にも言ったがこの子は姉上の好みだ。姉上は人の二倍も三倍も加護欲が強いので、動物やこの手のタイプに弱いのだ。


「姉上がそうしたいならそうすればいい。ドゥリンが断るとは思えんしな、これで決まりだ」

「ほ、ホタルしゃんっ!? ドゥリンまだなるって、言ってないでしゅよっ!?」


「姉上と四六時中一緒にいられるぞ。まさか嫌なのか?」

「嫌なわけないでしゅっ! アトミナお姉さまとずっとご一緒できるなんて、そんなの幸せ過ぎてバチが当たるでしゅ!」

「なら決まりだ。今度頼らせてもらうぞ、宮廷錬金術師よ」


 俺もゲオルグもアトミナも、言ってはなんだが皇帝家の人間はどいつもこいつも強引だ。

 少しだけドゥリンに同情したが、これが最も正しい選択だった。


「ひょえええっっ!? ぁぁぁぁ……ドゥリン、よく考えてみたら、皇女様と皇子様と話してるでしゅ……どうしましょホタルしゃん!? はわっ、ホタルしゃんも皇子様だったでしゅっ、ひ~、はわ~、ひぇ~、たたた、大変なことになってるでしゅぅぅ!?」

「ホタルさんのままでいいぞ。アシュレイという名は落ち着かん」


 この後兄上と姉上に、自分の名前だろうと同時ツッコミを受けたのは言うまでもない。

 こうやって馬車の中で雑談したり、兄上と肩を並べて御者をしたりするような機会は、この先もうないだろう。


 皇帝が崩御すれば俺は帝国を去る。

 その時こそ俺の本当の人生が始まると、心の底でずっとそう思っている。


 残り少ない兄弟との時間を俺はゲオルグの仏頂面と、華やかなアトミナの笑顔を見つめて、つかの間の旅の間、ただ当たり前の幸せを噛みしめた。



 ◆

 ◇

 ◆

 ◇

 ◆



 帝都に到着したのは、アイオン公爵領を出発してより4日後の夕方だった。

 翌日すぐに父上と会う段取りが決まり、その日はゆっくりと長旅の疲れを癒すために使った。


 ちなみにこれは旅の間に聞いたことだが、姉上は結局、夫との離婚ではなく別居という形を選んだ。

 荘園の問題が解決するまで、公爵領には帰る気はないと言い張っていた。

 この妥協は疑うまでもなく、向こうに置いてきた夫にまだ未練があるからこそだった。


 ドゥリンの方はアトミナのお側付き兼、宮廷錬金術師として、昨晩遅くに正式に皇帝家へと召し抱えられた。

 それとだ。わざわざ俺を狙っていたのか、宮殿のだだっ広い回廊をその朝、何気なく散歩していたらあのドゥ・ネイル叔母上の待ち伏せにあった。


「アアタがアトミナをたぶらかしたんでしょ! アテクシのかわいいアトミナに、なんてヒドいことをするのかしらっ、全く信じられないわ! アアタみたいな子、産まれて来なければ良かったのよ! この母親殺し!!」

「皇帝の命令を果たしただけだ。しかしずいぶん不機嫌だな、何か辛いことでもあったか、叔母上?」


「キィィ~~! ア、アレは……アレはアアタの呪いよっ、呪いなのよっ! この神に逆らう呪われた子め! 兄が死んだら、アテクシが、アアタをブッ殺して差し上げますわ!!」

「俺もバカじゃない、その前にここから逃げるさ」


 アレとは叔母上の離宮のことを言っているのだろう。

 実は帰りに寄り道をして、どうなったのか見物してから戻ってきた。あれは芸術的な傾きようだ。


 遠くから眺めるだけでも、湖側に7、8度は建物が傾いていた。

 別荘生活などままならんレベルだ。しかしな、あの保養地のオブジェとして見ると、傾いたことで味わいが増したというものだ。


「アアタは皇帝家の疫病神よっ!! 覚えてなさいよアシュレイッ!!」

「勘弁してくれ」


 それでも父上の介入がある。ドゥ叔母上は暴言を吐くだけで、すぐに矛先を引っ込めて去っていった。

 さて、邪魔が入ったがそれから散歩の続きをもう一度楽しみ直して、やがて己の部屋に帰ってくると――中でドゥリンが俺を待ち伏せしていた。


「あ、ホタルしゃん。あ、じゃなくて、アシュレイ様でしゅ」

「ホタルでいいと言っただろう」


「でも誰かに聞かれたら、困るでしゅ……」

「大丈夫だ。俺を敬えなんて言うやつはこの宮殿にいない。それよりなんだ?」


 思っていたよりもドゥリンは元気だ。

 適応能力が高いなと思ったが、どちらかというとアトミナ姉上との生活に、ただ幸せを噛みしめているだけにも見える。


「あのでしゅね、アトミナ皇女殿下がお呼びでしゅ」

「わかった、連れてってくれ。それとも俺が帰り道を案内するか……?」


「はぅ……。ま、迷子になったら、お願いするでしゅ……」

「そうしよう」


 父上との会見は今日の夕方からだ。

 このタイミングで俺を呼び出すからには、何かそれに繋がる理由があるのだろう。


 話がまとまるとスコップ背負った変人は、小さな錬金術師と並んで、普段立ち寄ることのない宮殿の奥を闊歩した。

 姉上の部屋は白竜宮という区画にある。この宮殿には皇族のための特別区画が数多く存在していた。


「あの……ホタルしゃん。ここ、ドゥリンちょっと落ち着かないでしゅ……」

「同感だ、俺はもっと素朴な場所がいい。庭は嫌いじゃないがな」


 安直な発想だが、白竜宮はやたらと白い。木材も黒檀ばかりだ。

 それが高級感を(かも)し出して、清廉だが庶民的な感性を持つ者の居心地を悪くさせるのだ。


「お姉さま、ホタ――アシュレイ様を呼んできましたでしゅ」

「もうっ、やっと来た! 早く入らせてっ、こっちは時間が押しているのに、んもうアシュレイったらー!」


 姉上の居室に着くとすぐに中へと通された。

 部屋と言ったがバカみたいに広いので、実際は家と呼んだ方がむしろ正しい。俺の部屋を10個そろえてもこの部屋には及ばない。


「朝からなんの騒ぎだ、姉上……」

「アシュレイ! 今朝起きたら私ハッと気づいたのよ! あなた正装を持ってないでしょ!」


「だからどうした。皇帝と言えどたかが父親だ。礼服など要らんだろう」

「あのあの……それはドゥリンもぉ、どうかと、思うでしゅ……よ?」

「そうよっ! ほらっ、わかったら脱いで、アシュレイ!」


 ドゥリンに姉上の慈愛が分散していて、少しばかし油断していたかもしれんな……。

 姉上は強引だ。皇帝家の人間はみんな強引だ。俺の大切な一張羅(いっちょうら)に手をかけて、脱がそうとしてきた。


「待て、何をする姉上っ!? 脱げと言われて、姉の部屋で服など脱げるかっ!」

「変なことしないでしゅよ……? 寸法、測るだけでしゅ」


「寸法だと? まさか夕方までに、礼服を一着仕上げるつもりでいるのか……?」

「違うわ。ドゥリン、アレを見せて上げて!」

「はいでしゅ!」


 こうしてお節介に逆らうとその分だけ騒ぎも大きくなって、無闇に時間と体力を浪費することになる。

 なぜなら姉上は譲らない人だからだ。


 そこでやむなく俺は抵抗を止めて、実の姉に服をテキパキと脱がされていった……。

 いつまでこの皇女様は、俺を子供扱いするのだろうか……。


「あら、見ないうちにずいぶん……ふふふ♪」

「ふふふ、はいいから早くしてくれ……。ん、それは――」


 小柄なドゥリンが軍服を抱えて俺の前に戻ってきた。

 頬が妙に紅潮しているのはさておき、その軍服――どこかで見覚えがあった。


「アシュレイは覚えているかしら? あの子がね、ずっと昔に私によこしたのよ」

「見覚えがあると思ったらそういうことか。これは確か――ゲオルグが士官学校にいた頃の……」


 それは、皇族です。と言っているも同然の派手な軍服だ。

 赤と金と黒。帝国を象徴する霧の巨人ベルゲルミルと、一角の徽章(きしょう)が胸に縫いつけられている。


「は、はわわっ!? これっ、ゲオルグ皇子様のお洋服だったでしゅかっ、ひょ、ひょぇーっ!?」

「いつかね、アシュレイが士官学校に入る日がくるって、あの子そう言って私にこれを押し付けたのよ」


 兄上が俺のために、こんな物を用意していたのか。

 まったくな、この姉弟には参ったものだ。俺をこんなに大切に思ってくれるとはな……。


「ほら、あの子のだから少し大きいけど、丈合わせをすれば十分着れるわ。わかったら大人しくしてなさい」

「ど、ドゥリン、あっちいてましゅ……」


「ダメよ。ほらっ、ここ押さえておいて、ここよここ!」

「は、はうあーっ!? そ、そんなところ触るでしゅか!? え……えいやーっ!」

「うぐっ……!?」


 否応なくため息が出た。これ以上、何か喋るとかえって長引く。

 早く終わってくれと願って、やたらと長い寸法計測を俺は堪え忍んだ。


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