8-1 番外編 皇帝と邪竜
前章のあらすじ
爺にゲオルグとヘズ商会への伝令を命じ、アシュレイとアトミナ、ドゥリンがアイオン公爵領を目指す。
しかし到着を目前とした林道で、叔母ドゥ・ネイルと繋がる盗賊団の襲撃を受けた。
が、今のアシュレイと、彼が繰り出す斬鉄スコップに敵う者などいなかった。
アイオン公爵領に入ると、現当主ジェイクリーザスと迎えられた。
その屋敷にある塔に身を寄せて、しばらく警戒しつつの平穏な生活が続いていった。
そんな中、義兄ジェイクより姉アトミナのことで相談を受ける。夫婦は関係が悪化していた。
全ての原因は、荘園拡大法。荘園にて、奴隷同然で民を扱うことにアトミナは反対していた。
ところが塔に公爵家の兵士たちが襲いかかる。
ジラントの活躍と、アシュレイの急行でドゥリンを守ることに成功する。
犯人はジェイクの父エイブラハム前公爵、実権を握っているのは彼で、駆けつけたジェイクも父の不意打ちに反対した。
ジェイクがドゥリンの盾になることで、アシュレイが敵軍を返り討ちにしてゆく。やがて前公爵を制圧するも、あろうことか彼はアトミナ皇女を人質に取った。
最悪の展開になりかけたが、そこに兄ゲオルグが現れる。
ゲオルグはアトミナを取り返し、その武勇と帝国最強の名声をもって、戦意を完全に奪い戦いを終わりに導いた。
だがアトミナとジェイクリーザスの問題は何も解決していない。アトミナ皇女は夫との別れを決めて、アイオン公爵領を去ることに決めた。
ゲオルグを差し向けたのは皇帝。皇帝の名の下に今回の事件は調停される。
その皇帝が疎み続けたアシュレイに会いたがっている。それは皇帝が病にあり、自ら人生の清算に入ろうとしている証拠だった。
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或る皇帝家の父と子
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8-1 番外編 皇帝と邪竜
余はもう長くない。長らく病を抱えて過ごしてきたが、改善の兆しどころか、死の影が余の前に姿を現している。
余はこの国の皇帝だ。余が死ぬということは、すなわち時代の終焉を意味する。秩序ある帝国に、混沌が訪れることになるだろう。
余は良き王であろうとした。正しき行いを信じ、帝国の繁栄のために寄与した。最も辛かったのは、余の信じる理想の皇帝の道は、家族の情を捨てねばならなかったことだ。
余は愛した女がいた。すぐに逝ってしまった、だが、余との間に子を一人成した。名をアシュレイという。
余は、アシュレイに絶望した。愛する妻の死と共に生まれた子は、この地上のどの種族にも似ても似付かぬ姿をしていた。赤い竜の眼に、白い腕。竜の眼には光が灯り、あの邪悪なアビスの存在にすら見えた……。
余はアシュレイの親ではなく、良き王という幻想にすがった。皇帝の子が異形の怪物であってはならない。皇帝家の権威をなんとしても守らなければ、世が乱れ、多くの民が苦しむ。
余は間違っていた。病がそれを余に教えてくれた。余の人生は、陳腐な人生だったと。
余は、いや私は家族に情を寄せなかった。兄たちを退けて、皇帝となった後は皇帝としてだけ生きた。
なんとつまらぬ一生だ。己の畑を持ち、それを耕し、妻と子を守って大地と共に生きる農民の方が、遥かに良き人生だったであろう。
余はアシュレイが羨ましい。あんな境遇に追いつめたのも余だが、あまりに羨ましい。市井に出て自由奔放に生きる姿が……。
アシュレイ、我がただ一人愛した妻の子。死ぬ前に、余はただ許してもらいたい。皇帝であることを理由にして、余は、お前から逃げたのだ……。
『皇帝よ、我の声が聞こえるか? 我の姿が見えるか? 我が名は邪竜ジラント、帝国の歴史を見届けてきた者だ』
声が聞こえた。驚いて顔を向ければ、枕元に少女が立っていた。
おお……だが、その眼に私は、蛇に睨まれたカエルのように、思考すらも硬直させられていた。
「その、眼……アシュ、レイ……」
『そんなにアシュレイと我は似ているか? 我はあんなに神々しい白腕は持っておらんがな、ククク……』
「知って、いる、のか……?」
『ああ、よく知っている。しかし皇帝よ、来るべき時が来たようだな。そなたの命は尽きようとしている』
死神にしては美しく幼い。アシュレイの友人にしては、あまりに神々しい、不思議な少女だった。
『聞け、この国の未来は酷く暗いぞ、皇帝。なにせまともな皇族はゲオルグかアトミナ、あるいはアシュレイくらいだ。だがな、ゲオルグもアシュレイも帝位に遠い。我が予言しよう、お前が死ねば、内戦が始まる……』
「口惜、しい……。どこで、間違えた、のだ……」
『大丈夫だ。まだ修正はできる。アシュレイにチャンスを与えろ。あの放蕩息子は嫌がるかもしれんがな、皇子を名乗る自由を与えてやれ。七男相応の、皇位継承権もだ。後は、我がアシュレイの面倒を見てやる。貴様の代わりにな』
「あなた、が……アシュレイ、を……?」
『死ぬまで、いや死んだその先までアシュレイを見守ると約束しよう。なぜならば、アシュレイの姿こそが、皇帝家の純血の証。アシュレイは異形ではない、あれはそなたの息子だ。皇帝の血筋からしか、あの姿は現れんのだよ』
「私の、子……。アシュレイは、私の、子なのか……?」
『当たり前だ。そして老い先短い貴様ならわかるだろう、この帝国の危うさが。愛するアシュレイの窮地が。我はジラント、この帝国の歴史そのものである。今この国は崩壊の危機に瀕している。それを束ねられるのは、初代皇帝の先祖帰り、アシュレイのみだ。アシュレイを守れ、それが貴様に残された最期の宿命だ、皇帝よ』
私が捨てたも同然の息子を、見守ってくれるという竜の瞳を持つ女。自ら邪竜と名乗るが神々しく、それでいて頼もしく、何より息子への慈愛を感じさせた。
「賭ける……。ジラント、貴女様に、私は……この命、賭けよう……」
あの子を守ってくれるというならば、私は邪竜にだって魂を捧げよう。
忌み子と卑しまれようとも、それが皇帝家のあるべき姿と認め、私の心まで救ってくれるこの竜に、私は命を賭けると誓った。




