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7-3 天罰を下せ 邪竜ジラントの名において - 裏切り -

「今だ撃て!」


 以前にも言ったような気がするが、悪党は先制攻撃を好む。こちらが本に目を落として動かなくなると、皇帝家に弓を引く逆賊は石弓兵たちに一斉射撃を命じた。


「何をしている! 早くヤツを撃てと言っている、やれ!!」

「止めてくれ父上!」


 しかし兵たちの方は見るからに迷っていた。

 なにせ皇族を殺せばただでは済まない。現当主でもない者の命令に従った結果、皇帝家の怒りを買って、断頭台行きになる可能性もあった。


「大した統率力だな。いっそもう隠居したらどうなのだ?」

「撃て! 撃たねば首をはねるぞ、わかったら貴様ら、さっさと撃てっっ!!」


 ここまでくると皇帝家の権威恐るべしだ。

 しかしついに前当主の怒りが頂点に達して、愚かなことにもな、見せしめに己の正面にいた兵を背中から斬り伏せた。


「な、何をしているのですか貴方はッッ!!」

「黙れ小僧っ、さあ斬られたくなければやれ!!」


 今死ぬか、後で死ぬかだ。理不尽な状況に追い込まれた兵たちは、ついに屈して次々と石弓のトリガーを引いた。

 だが当たらん。ジラントと共に築いた桁違いの敏捷性、AGI88という、常人の8.8倍の機敏さが回避を実現させた。


 次々と放たれる矢をスコップの先で弾き飛ばし、愚かな斉射命令により全弾が尽きたのを確認すると、俺は前衛に向けて突っ込んだ。


「はわぁっ、ホタルしゃんっ、弓矢全部よけちゃったでしゅぅ!」

「アシュレイ様、どうかお願いします! 愚かな父を止めて下さい!」

「な、ななななっ、なんなのだ貴様はっっ?!!」


 今さらだがヤツの名前を思い出した。確かエイブラハムだ。

 その卑怯な愚か者は俺の突撃に肝を潰して、まるでヤモリのように塔の壁に背中を張り付けた。


 だがそのすぐ正面を守る者がいない。当たり前だな、配下の背中を斬るヤツにそこまでの忠義を貫く者などいてたまるか。

 俺は群がる前衛を弾き飛ばし、その剣を次々と破壊していった。広い野外ならまだしも、塔内ならば怖い者などない。


「私を守れ! なぜ前を守らんっ、ヤツがくるではないか!」


 石弓隊たちは既に再装填を済ませていた。

 だがな、ここは狭い。同士討ちをためらって撃てずに矢尻だけを俺に向けるばかりだ。


「撃て! 早く撃て、ヤツを殺せ!」

「い、いえしかしエイブラハム様、今撃てば仲間に――」


「そんなもの必要な犠牲だ! 命令だ、私に斬られたくなっかたら、撃て!!」

「エイブラハム様そんなっ、俺たちは捨て駒じゃありませんよっ!」


 この男は老いてもう何も見えていないようだな。

 奮闘してた前衛たちも戦闘を中断して、へし折られた剣を石弓隊の方に向けて盾にした。


 哀れだが助けようがない。指揮官の狂気に、石弓の照準もまた狂いに狂っていた。

 斉射されたが俺には一本も刺さらん。今度はAGIではなく、DEX108の器用さで、その場から動かずして全てを弾き返した。


「ひぅっ?! こ、こんなの、酷すぎましゅ……」


 言わんこっちゃない、結果は同士討ちだ。

 仲間の石弓に貫かれた者たちが苦悶の絶叫を上げ、同僚を撃った弓兵たちは目前の悪夢に動揺していった。


「貴方という人はどこまで……頼む、アシュレイ様! もうこんなもの私は見たくない、早く父上を止めてくれ!」

「もちろんだ。……皇帝の七男アシュレイとして命じるっ、そこを動くな!!」


 被害を最小に抑えるために、俺は皇帝の威を借りた。

 激しい怒号が前当主エイブラハムの護衛の動きを止めて、悪党を制圧するチャンスをくれた。


「従うなっ! そいつは呪われた子だ! その証拠にヤツの目は人間とはほど遠い悪魔の――」

「ホタルしゃんは良いホタルしゃんでしゅぅーっっ!!」


 ドゥリンの弁護がヤツの言葉を遮った。

 結果、がら空きの突破口にスコップ男が突き進み、鋼の切っ先で悪の腹を突き、死なない程度に高慢な顔面を殴り飛ばしてやった。


「あっあぐっ……こ、この私を、この私をそんな、汚い物で、殴ったなぁぁぁ……!!」

「怒りで痛みすら鈍っているようだな。だが落ち着いてよく見ろ、勝負はもう終わっている。アンタの負けだ」


 戦犯の首筋に俺は鋼鉄のスコップの刃を押し付けた。

 しかし妙だな。本格的に耄碌(もうろく)しているのか、ヤツは俺への敵意と慢心を失わない。


「思い上がるなよ、この忌み子……! 貴様らの弱点を私が押さえないと思ったか? バカめ!」

「俺たちの弱点……? 思い付かんな。あるとすれば叔母上の説教――いや、まさか、まさかアンタ……」


 ニタリと中年の脂ぎった顔が笑った。

 そうだった、ヤツには切れるカードがもう1枚だけ残っている。


 だがそのカードは、一度切れば例えこの男であったとしても、ただでは済まない。全て破壊してしまう最低のカードのはずだ。


「そうだ察しがいいな忌み子! お前たち命令だっ、この塔の前に、アトミナ(・・・・)を連れてこい!」


 そいつを本当に切るとはな、開いた口が塞がらん……。

 ドゥリンもジェイク義兄さんも、この場にいる兵たちですら絶句した。


 しかし塔の外で待機している兵たちは、まだこの男への忠誠心を保っている。

 ヤツが要求した通りになってしまうだろう。


「そんな! お姉さまに酷いことしないでくだしゃい!」

「き、貴様ッ、私の妻を人質にするつもりか! アトミナは皇帝の娘だっ、それを人質にする意味を、貴様はちゃんとわかっているのかっ!?」

「うるさい! こちら側にはドゥ・ネイル祭司長がいるのだ、恐れるものは何もない!」


 この展開はまずい。アトミナ姉上を人質にするクズに、俺は怒りをぶつけたくなる気持ちを堪えて、打開策を考える。

 どんなに俺が強くなろうとも、同時に姉上とドゥリンの両方を守ることはできない。


「止めろ! アトミナに手を出したら例え父でも殺してやる! 子をなかなか授からないとしても……アトミナは私の妻だ! 兵たちよっ、アイオン公爵家現当主として命じる、良心があるなら――父ではなく私に従え!!」

「な……俺に逆らう気かジェイク! ええいっ兵よ、寝返ったらただでは済まさんぞ!」


 ジェイク義兄さんはついに父親と決別する覚悟を付けたようだな。

 俺に向けられていた石弓半分が、地にはいつくばるクズに向けられた。膠着状態なのは変わらんが、少しだけ状況が良くなったか。


「裏切るか貴様ら!」

「頼むみんな! 今の父上は支配者にふさわしくない、どうか力を貸してくれ! このままでは皇帝陛下に弓を引くことになるんだぞ!」


 しかしまずい。俺たちは姉上を何がなんでも守りたい。

 ならばいずれこちらが武装解除せざるを得なくなるだろう。


「ジェイクリーザス公爵の言うとおりだ。アトミナ姉上と俺で、必ず皇帝陛下に事態を報告すると約束しよう。この男は失脚する、アトミナを人質にしたと、父上の耳に入ればどうなるかなど明白だ」

「ハ、ハハハハ……なんだ、知らんのか忌み子? 病床の皇帝に何ができる。あの皇帝はもう長くないぞ、今は長いものに巻かれておけ」


「少し体を崩しただけだ」

「違うな。皇帝は病を患っている。だから他の皇族を押さえつけられないのだよ。残念だったなぁ、貴様の命ももう終わりが近いということだぞ、皇帝家の恥さらしが」


 この場で思い付いただけの嘘かもしれん。ただのまことしやかな噂話なのかもしれん。

 だが父の話に心がざわついた。父が俺に失望すると同時に、俺もまた父に失望していた。


 しかしそれでも、俺は父上に認めてもらいたかった。

 俺は役立たずの忌み子ではない。己のやり方で皇族の役割を今は果たしている。

 それを認めさせることすら、もしかしたら出来なくなるかもしれんのだ。


「アシュレイ様、私はそうは思いません。貴方は立派な方です、皇帝家の恥さらしなどではない」

「ドゥリンもそう思いましゅ! 助けてもらったご恩、絶対忘れないでしゅ!」


 ジェイクリーザス公爵の後ろから、小さなドゥリンも珍しい自己主張してくれた。

 このままこの最低の男に屈するのはやはりしゃくだな。

 ならば前公爵を殴り付けて気絶させ、この塔だけでも制圧して長期戦に構えるか。よし……。


『待て。耳を澄ませろアシュレイ、外だ!』


 ところがその計画はジラントの声に中断させられた。

 素直に耳を澄ませてみれば、何やら塔の外が騒がしい。鉄と鉄のぶつかる音と、叫び声のようなものが聞こえる。


「エ、エイブラハム様ッ、大変です、館に侵入者が、現れました!」


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