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7-2 アイオン公爵領でのつかの間の休暇 - 義兄 -

 あの後俺は馬の後ろに乗せられて、姉上たちが待つという公爵家の館へと案内された。

 遠くから見ると大理石の都はとても美しかった。

 しかし近付いてみると、想像よりもずっとゴミゴミと入り組んでいる上に、坂がやたらと多い。


 その都の内部を進んで、高台にそびえるお屋敷へと導かれた。

 皇帝家と深い繋がりを持つ名門だ。巨大な門が開かれて、バカみたいに広い庭の奥に、どでかい屋敷が俺を待っていた。


「帝都の宮殿よりは過ごしやすそうだな……」

「帝都ですか?」


「ああ、ここの領主はきっと皇帝より恵まれている」

「ははは、見てきたみたいに言うんですね」


 館には謁見の間というやつがあるそうだが、そっちではなく生活空間の方に連れて行かれた。

 広いリビングを通り抜けて、さらに奥の部屋の前で警備隊の彼がノックをする。

 すぐに入れと命令が下って、俺だけがその書斎へと通された。


「これはアシュレイ様、ごぶさたしております」

「やはりアンタか。ずいぶん久し振りだな、ジェイク」


 予想はしていたがその先に見知った顔があった。

 姉上の夫、アイオン公爵家の現当主ジェイクリーザスだ。前に会ったのはもう2年以上前だったはずだ。


「少し背が伸びましたね。体格も良くなって、ゲオルグくんのように男らしくなったと思います」

「敬語は止めてくれ、どう見たってアンタの方が俺より偉い」


 彼はアトミナ姉上の夫だ。よって、俺の生まれの境遇を知らぬわけがなかった。

 俺を皇帝家の一員として扱ってくれる気持ちは嬉しいが、落ち着かんし、全く性に合わん……。


「相変わらずみたいですね。貴方のそういうところを、アトミナがよく愚痴っていましたよ」

「だろうな。それより急に押し掛けてすまん。……ところで姉上たちは?」


「湯浴みをしていますよ。大変だったみたいですね……」

「こちらは断ったんだがな、姉上は御者までやってくれた。恐らくかなり疲れている」


 息苦しい帝都の宮殿よりもここは良いところだ。

 義兄と姉上が暮らす世界を、俺は無意識にもしきりに観察してしまっていた。


 姉上が宮殿を去って、ゲオルグが変わってゆく姿を見つめるだけのあの頃は、結構つらかったかもしれん。まあじきに否応なく慣れることになったが。


「もう聞いているとは思うが、ドゥリンをかくまってくれ」

「ああ、事情はもう聞きました。アトミナの友人を守るのは当然のことですよ。……ただ、父上には秘密にしたい。申し訳ないのですが、離れの塔でもよろしいでしょうか殿下」


「隠すというのは賢明だ。今頃は叔母上が、目を血走らせて探しているからな……。俺もしばらくそこに泊めてくれ」

「仰せのままに、アシュレイ殿下」


「止めてくれ……」

「変わりませんね、本当に……」


 そのジェイクの言葉は、少し疲れているかのような、どうも危うい響きがあった。

 だからといって詮索するほど俺は野暮でない。

 しばらくの間、ドゥリンの護衛として塔生活をする覚悟を決めた。



 ◆

 ◇

 ◆

 ◇

 ◆



「アシュ――ホタルしゃん、お話してくだしゃい。異界の本のお話、ドゥリンは好きでしゅ」

「ああ喜んで、断る理由などない」


 ドゥリンと一緒に塔に隠れて三日が経った。

 最初は楽しかったが、さすがにやることが無くなってきていたな。


 姉上を交えて一日に何時間も喋るのも、そろそろ唐変木にはキツい日課だ。

 それでもドゥリンに自慢の異界の物語をするのは、いくら話しても変わらず楽しかった。

 ああ、うろ覚えの部分は勝手な脚色を加えてごまかしたぞ。


 俺はドゥリンの護衛だ。

 できる限り離れることがないよう気を使った。

 姉上は塔の外側に目を配る。俺は内部、そういう取り決めをしていた。


 ところがその日の昼過ぎ、義兄のジェイクリーザス公爵が塔に現れた。

 外部への発覚を警戒して、今まで一度も顔を出さなかったというのに、外で何かあったのだろうか。


「少し話しませんか……?」

「もちろん構わん。なんだ?」


「いえここではなく、塔の上で話したいのです」

「それは……」

「だいじょうぶでしゅっ、ドゥリンは、耳をふさいでましゅ……!」


 ドゥリンが俺たちに向けて両耳をふさいだ。

 気を使ってくれるのは嬉しいが、それではジェイクも逆に気を使い返すというものだ。


「すぐに終わるなら付き合おう。ドゥリン、俺たちは上に行く。何かあったら叫べ。必ず助ける」

「ふぇ……? なんて言ったでしゅか?」


「上に行ってくる。襲われたら叫べ」

「わかったでしゅ! い、いそうろうの身で……公爵様、すみませんでしゅ……。ドゥリン、人様に、ご迷惑ばかり、かけてるでしゅ……」


 それは違う。そう何度言ったところでこういう性格だ、ドゥリンは己が悪いと言い張る。

 やはり断って残るべきだろうか……。


『書を渡せ』


 ところがその時、ジラントの声が耳元に響いた。

 今は身に付けていない。バッグに押し込んだままだ。


『少しくらいなら我が守ってやる。ククク……信じなければ、次は我に甘えさせてやらんぞ』


 バッグから邪竜の書を取り出して、小さなそれをドゥリンに渡した。

 ジラントよ、俺はアンタに甘えた記憶など一度もないぞ。


「これはホタルしゃんの……不思議のご本……?」

「中は見るな。俺が戻るまで肌身離さず持っていてくれ、そうすると安心できる」


「はいでしゅ。良い子だから、ドゥリンは約束守れるでしゅ」

「ああ、少し待っていてくれ。行こうジェイク」


 見ているだけの竜がドゥリンを守ってくれるそうだ。

 お言葉に甘えて、俺は義兄と共に塔の最上階に上っていった。


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