7-1 偉大なる逃亡だと七男は言う - 盗賊 -
「アシュレイッ、何してるのよっ!? 危ないわ!」
「姉上、俺をゲオルグ兄上だと思って信じろ。作戦はシンプルだ、俺がアレに突っ込んで、突破口を作る。姉上はそこを突っ切れ、ドゥリンを頼む」
「そ、そんなことっ、アシュ――ちょっとぉぉっ!?」
「今から俺はシンザだ!」
迷ったり言い合っている時間はない。
俺がゲオルグ兄上なら、あの程度の軍勢に負けるわけがない。
向こうはスコップ持って突っ込んでくる変な男に、緊張感の無い態度で道を阻んだ。
相手は数にしてざっと30足らず、あの日のゴブリン戦よりは楽ができそうだ。
「止まれ! 命が惜し――ウガッッ?!」
「てめっ、ぶっ殺せ! 女どもだけ捕まえろ、男は殺しちまえ!」
「武器も持たずに俺たちを敵に回――ウグッ、アガッッ!?」
取り囲まれたがかえって好都合だ。
スコップという史上最強の武器で、前へ前へと道を切り開いた。
「舐めてかかるな、コイツ、武器は妙ちきりんだが、やたら強いぞ……っ?!」
「囲め囲め! 束になってかかれば、どんなやつだって、うわっ?!」
こんな状況で足下に目を向けるやつなんていない。
自然な動作で小さな穴を掘り、盗賊どもをそれにひっかける。
残念ながらやつらの驚きはそれだけではない。スコップLV4の神髄がやつらを尻込みさせた。
ジラントが言っていたのはこれか。鋼鉄のスコップと、安物の鋳造剣がぶつかり合うと、こちらの刃先が剣に深くめり込む。
ぶつかり合うたびに、相手の刀身の半分が失われるのだ。
鉄さえも両断する究極の業物を、斬鉄剣と呼ぶが、この場合は斬鉄スコップと言うのが正しいか。
「親分っ、こいつ絶対変だっ! 見てくれ、剣が、剣がぶつかると壊されちまう!」
「安物使ってるからだ! とにかく囲んで、一気に攻めかかれば――て、てめっ、まさか!?」
街道の盗賊は、付近の食い詰めた民や軍人崩れがなるものだ。
やつらが気づいた時点でもう遅かった。
鉄すらも斬る最強のスコップで、俺はドゥリンと姉上のための突破口をこじ開ける。
木製のバリケードをぶち壊して、馬車が通れる道を作った。その後は別のバリケードに飛び乗って、公都へとスコップの切っ先を掲げる。
鞭と姉上のかけ声が響いた。
停止していた4頭立ての馬車が、人間なんかには止められない推進力でこちらへ進み出す。
「止めろっ、馬を止めろ!」
「させるわけがない」
高いところに立つと、誰が親分なのか簡単に見分けられる。
後ろの方に引っ込んでいたたくましいハゲ男、ソイツがリーダーらしい。猛禽のようにバリケードを飛び降りて、やつに襲いかかった。
「野郎っ、返り討ちに――ウゲッッ!! バ、バカ、な……」
スコップLV4か。この力、とんでもなく便利で卑怯だな。
空中からやつへとスコップを振り下ろすと、やつは誰かから奪ったらしい華美で似合わんロングソードを盾にした。
だがそれは重い手応えと共にへし折れ、むき出しの前頭部に鋼鉄の塊がゴツンと命中していた。
「シンザッ――」
リーダーのあまりに早過ぎる戦闘不能に、盗賊団は見るからに浮き足だった。
さらに俺が着地の負荷から体勢を整えると、姉上と馬車がこちらに突っ込んできた。
「捕まって!」
姉上は勇ましいな。俺を馬車に引き戻そうと、手のひらをこちらに伸ばしてくれた。
だがその姉上の腕を狙うバカがいたのだから仕方あるまい。姉上の誘いを無視して、俺は悪党の剣を一撃でへし折った。
そうしなければ、姉上の腕が失われ、ゲオルグに一生頭の上がらない人生をしいられるからな……。
「ダメよっ、シンザッ!」
「先に行け!! 俺をゲオルグだと思えと言ったはずだっ!!」
馬車が突破口を抜けていった。
いまだ緊迫した状況だというのに、俺はそれに安堵した。
これで後ろを気にせずに戦える。ゲオルグならそう言いそうだ。
「追え!」
「させるわけがないな」
今度はこちらからやつらに襲いかかった。
追撃に兵を割く前に、やつらの馬を脅かしてやった。
なにせ打ち合うだけで相手の武器を破壊できるのだ。刃物など恐ろしくも何ともない。自由自在に俺は動き回れた。
もう失敗だ、諦めろ。そう勧告しようかとも考えたが、口を開きかけたところで止めた。
逃がせば別の者がこいつらに襲われる。哀れだとは思うが、盗賊は盗賊だ。
相手に勝てると思わせるためにも、わざと息切れしているように見せかけてやった。
「やれる、あと少しだ、あと少しで……あっ!?」
「おいアレ見ろっ、街道警備隊だ! 親分は捨てて逃げるぞ!」
しかし半数を倒したところで邪魔が入ってしまった。
公都側から地響きが近付いてきて、騎馬隊が姿を現したのだ。
「待て」
「は、離せっ、見逃がしてくれ頼む!」
時間はもう残り少ない。盗賊どもは散り散りに林の中へと逃げ込んだ。
そこに意識を取り戻して、起きあがろうとしているやつがいたので、ソイツの肩を踏みつけた。
「誰に雇われた? 言うならこの足をどかす」
「うっ、そ、それは……」
「早く吐け、時間はもうないぞ」
「国教会だ! 親分がそう言っていた!」
「そうか。よし行け、今さら逃げられんとは思うがな」
要するにこいつらは叔母上に雇われた追撃者だ。
まさか盗賊と手を結ぶほど、道義を忘れているとは思いもしなかった。
「大丈夫か君、君がアシュレイか!?」
「ああ、そういうアンタはどこの所属だ?」
警備隊の男たちが馬を止めて、他の連中は騎乗したまま林に突っ込んでいった。
馬も人間も訓練されているようだ。
「アイオン公爵家直轄の街道警備隊だ。アトミナ公爵夫人の命により、貴方を護衛する」
「要らん、それよりやつらを追撃しろ。ここからは歩いて行く」
「それは、もっともかもしれんが……。しかし命令に逆らうわけには――」
「いいから行け。やつらを一人でも多く倒し、仲間を守るのが軍人だ」
見れば俺が倒した盗賊どもの捕縛が済んだようだ。
ならば俺はただ無言で背を向けて、その場を離れていった。
やがて徒歩で森を抜けると、白い都が見えてきた。歩くとなるとまだ少し距離がある。
皇帝の娘の嫁ぎ先だけあって、それはもう大きな街だ。
そう言えば前に姉上から聞いたことがあったな。近くで白い大理石が無尽蔵に取れるので、白亜の公都と呼ばれていると。
のん気なスコップ男は、その後再びあの街道警備隊の男に拾われるまで、ゆっくりと都へと道を歩いて行ったのだった。
また誤投稿していたようです……。
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