6-3 救出作戦 - 錬金術師ドゥリンを取り返せ -
変装とは言っていない。あくまでこれは仮装だ。
執事のお仕着せと、頬から口、顎全体にかかる大げさな口ひげ、それとただの伊達メガネを身に付ける。
さらに髪を整髪用の油でオールバックにすれば、たぶんこれで別人だ。たぶんな。
「そろそろ町に到着する頃ですな。しかし本当に一人で――」
「くどい。そっちは任せた」
よくよく考えれば、姉上と顔を合わせるといちいちなだめるのが面倒だ。
そこで爺が姉上を呼びに行く間に、俺も離宮へと進入することに決めた。
時刻は既に深夜。今ならば忍び込みやすく、ドゥリンを奪い返しても朝まで発覚を引き延ばせる。
爺とのやり取りも途中で打ち切って、俺は湖畔の地下隧道を使って悪の根城に忍び込んだ。
◇
◆
◇
さて、叔母上に悪いがな、地下から床をくり抜かせてもらった。
生活空間を湿気のこもる地下に置くやつはそういない。幸運にも繋がった場所は、地下倉庫だった。
床を底から持ち上げて、モグラは倉庫内部にまぎれ込む。
抜いた床はただちに元の場所に戻し、俺は倉庫より慎重に忍び出てドゥリンの姿を探した。
見張りに負ける気などさらさらしないが、発見されると逃亡の成功率が下がる。
竜眼がもたらす夜目を利用して、俺は暗闇と共にドゥリンの監禁場所を探した。どうやら地下に巡回はいないようだ。
まもなくして怪しい部屋を見つけた。いわゆる雑居牢と呼ばれるものだろうか。
鍵付きの鉄柵の向こうには見張りの兵士と、何やら倉庫にしては小綺麗な扉と小窓があった。
中の様子が知りたい。閉じ込められているのかドゥリンかどうか、内部に別の見張りがいないか様子をうかがった。
見張りはこのジメジメと暗い職場に嫌気が差しているようだ。疲れた様子でぼんやりしている。それからほどなくすると聞こえてきた。
「ふ、ふぇぇ……もうイヤでしゅ、ここから出して下しゃい……。帝都のお店は閉めましゅから……もう、帰りたい……。こんな怖い場所、いやでしゅ、助けて、お姉さま……ホタルしゃん……」
この特徴的な喋り、間違いなくドゥリン・アンドヴァラナウトだ。
今すぐ助けに飛び出したくなる気持ちを堪えるのに苦労した。
「うるせぇっ、メソメソするなっ! 助けなんて来るわけねぇだろ諦めろよ!」
「ひっひぅっ?! ご、ごめんなしゃぃ……嫌、どならないで……」
見張りがイラついている。すぐに助けよう。俺は足でここまでの歩数を数えながら道を引き返して、再び倉庫より地下隧道へと下りた。
それから園芸用の小さなシャベルを使い、くり抜いた地面を下から補修した。
これで脱獄という事態に気づかれても、地上からは痕跡すら見つからなくなる。これがシャベルLV1の力のようだ。
その次は再工事だ。暗記した歩数通りに地下道を掘り進める。
通ってきた道の底に、俺は新たな道を築いていった。
計算が正しければ、今鉄柵と見張りの足下をくぐり抜けたところだ。ならばあの辺りが雑居牢の底だ。スロープ状に迂回しながら、地上と地底を床石一枚のところまで繋いだ。
続いて床石を慎重にスコップでくり抜く。それから耳を張り付けて、上の様子をうかがった。
泣き疲れたのかドゥリンの声はなかった。それでもしばらく慎重に待つと、彼女の弱々しいため息と、涙で鼻をすする音がした。彼女以外の気配は無い。
「ぇ……」
「静かにな。見張りに気づかれたら全て台無しだぞ、ドゥリン・アンドヴァラナウト」
「そ、その声……もしかして……」
トンネル工事をするなら無い方がずっと楽なのだが、やむなく父上から貰ったレンズを眼球に装着しなおした。
それから俺は切り抜いた床を横にずらして、音もなく地上に上がってみせる。
「ぁ、ぁぁ……ホタル、ホタルしゃん……っっ、ホタルしゃんでしゅ……っ!」
暗かったので仮装には気づいてもらえなかった。
現れたホタルにドゥリンが小さな体を飛び付かせてので、俺も落ち着かせるために抱き締め返した。
「無事で良かった、助けに来たぞ」
「ぅ、ぅぅ……怖かったでしゅ……ドゥリン、怖かったでしゅよぉぉ……」
見たところ何かをされたようには見えない。
部屋が暗かったのは燭台の火が消えているせいだ。見回すとベッドも机もイスも、暇つぶしに読めと言わんばかりに本まで置いてあった。
「ロウソクが消えてしまったのか。確かにこれでは怖いな」
「ドゥリンが消したでしゅ……。明るいと、もっと怖かったでしゅ……。だから、何も見えなく……したでしゅ……」
「ずいぶん参っているようだな。だがもう大丈夫だ、落ち着いてくれ」
見に覚えのない罪に問われたかと思ったら、こんな小綺麗な雑居牢に捕らわれた。
目に見える物が不自然で怖いから明かりを消した。その気持ちはわからないでもない。
「夢とは思えないでしゅ……。ドゥリンが、ホタルさん恋しさに生み出した、これ、幻でしゅか……? ぶちゅぅぅー!」
「な、何をするっ、ぬわっ!?」
唇が迫ってきたので、やむを得ずドゥリンの頭を押しのけようとした。
すると部位はどこでも良かったのか、首筋にヌルッと接吻されてしまった……。
「ぁ……しょっぱいでしゅ。あ、これ、本物でしゅね……」
「ああ本物だ。アトミナ皇女殿下も心配している、早くここを出るぞ」
「アトミナお姉さま……っ! は、はいでしゅ……っ!」
「静かにな、静かに頼む。追っ手に気づかれる前に落ち延びたい。それとカンテラを頼む」
カンテラを押し付けて抜け道を指さすと、ドゥリンが当然の反応をした。
地面から現れた男に、お前も穴に入れと言うのだ。まあ当然だ。
「えっえっ? ホタルしゃん、ここからきたでしゅか……?」
「説明は後だ、と異界の本なら言うところだろうな。抜け道だ、早く入ってくれ」
「は、はいでしゅっ、どこにでも、お供するでしゅ……!」
ドゥリンが地下隧道に入ると俺も後を追った。
再びシャベルを用いて隙間を隠蔽して、俺とドゥリンは離宮の地下を引き返してゆく。
ドゥリンは無言だ。魔法のような出来事に驚いていたが、言葉が見つからないのか、はたもや疲れているのか。
逃げ出したい気持ちに引っ張られて、少女の足取りは速かった。
「はれ……ホタルしゃん、道が、二つありましゅよ?」
「ああ、そのまま真っ直ぐ行けば外だ」
「なら、あっちはなんでしゅか……?」
ドゥリンが反対側の道にカンテラをかざす。
その程度の弱い光では、どこまで行っても真っ暗闇の深淵しかうかがえない。
「あの先にはな、神罰が待ちかまえているのだ。言うなれば邪竜の呪いといったところか」
「はわわっ!? こ、こわいでしゅね……ドゥリンは行かないでしゅよ……?」
「当然だ。それより急ごう、もしかしたら待たせているかもしれん」
「誰をでしゅか……?」
「それはお楽しみだ」
元気が戻ってきたのか、そこから先はドゥリンの駆け足を追うことになった。
模索のため、しばらくタイトルをコロコロと変更します。
ご迷惑をおかけします。




