6-3 救出作戦 - 天罰と地下隧道を掘れ -
帝都ベルゲルミルから南に向かうと小さな保養地がある。
爺によると叔母上の離宮はそこの湖畔にあるという。距離にして乗り合い馬車で半日、その日の夕過ぎに俺たちは現地に到着した。
いざやって来るとなかなか悪くない。
観光地としてそこそこ栄えているだけあって、大きな湖を持つ小綺麗な町だった。
湖畔に建てられた離宮は赤く美しく、持ち主の人格をのぞけばこの町の完璧なランドマークだ。
町の対岸には湿地帯がある。そのせいかよく見るとこの土地はやや霞がちだ。
しかし湿り気を帯びた湖水の風は心地よく、夏をのぞけば過ごしやすいだろうかと、横道にそれた想像が膨らむほどだった。
見物に満足すると離宮に近付いて警備状況を確認してみた。その結果だけを述べよう、客人をもてなしてるとはとても言い難い。それほどまでに警備が厳重だ。
離宮のあちこちに巡回と見張りの兵が目に付く。それがこの平穏な保養地を無遠慮に騒ぎ立てているようだった。
「ふぅ、ふぅ……シンザ様、人使いが荒いにもほどがございますぞ……。倉庫荒らしだけでも重罪だというのに、今度は脱獄の幇助など――ああっ陛下、申し訳ございません……」
ここは町外れ、湖に面する林の中だ。ここからなら離宮の見張りから隠れつつ、あちらの動きを監視できる。
「その陛下の妹のおいたをどうにかしようというのだ。父上には感謝してもらいたいくらいだな」
「そ、そうかもしれませんが……ですが!」
「やかましい、年寄りがいつまでもグダグダ言うな」
「年寄りはグダグダ言う生き物でございます! というよりですなっ、今回という今回は、手伝いませんぞっ私は!」
「ここまで付き合っておいてそれはないな。爺、目星は付いたか?」
ここに来る前に、マッスンフィッシュの串焼きを町の屋台で買った。
そいつをバリバリと爺の前でかじる。アユーンフィッシュと迷ったが、脂の乗りではこっちだろう。美味い。
「ずるいですぞ、いつの間にそんなものを……」
「なら半分やる。無理して小骨で喉を刺すなよ」
「バカにしないで下され。私は貴方様より長く生きているのでございますぞ」
「だから心配してる。強情な年寄りだ……」
4割方を腹に収めると、爺にマッスンを手渡して湖を観察した。
ここの湖は海にも繋がっているそうで、シーズンになるとサモーンフィッシュが海から帰ってくるそうだ。
その薫製がまた美味いそうだが、今は生憎そんな状況ではなかった。
「で、話を戻すが目星は?」
「ふぁい……んっんっ。釣り小屋を一晩借りて参りました」
「助かる。案内してくれ」
雑務は爺に任せた。異界の本で読んだが、犯罪というのは共犯者がいた方が完全犯罪に近付く。
こうして爺が情報収集や手配をしてくれると、実行犯である俺に繋がる糸口を、簡単にはたどれなくなるのだ。
「爺……?」
「ッ……の、喉に骨が、ケホッケホッ……不覚で、ございます……」
「干し肉が少しある。これでも食って喉の骨を押し流せ」
「すみませぬ……んぐっ、し、塩辛いですな……っ」
爺の喉から小骨が取れるまで試行錯誤してから、俺たちは観光客向けの釣り小屋へと歩き出した。
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釣り小屋へと到着した。広いとは言えんが二人で寝る分には十分だ。
といっても俺はここで寝るつもりなどなかったがな。これからこの建物を拠点にして、地底を掘る。
「では見張りは任せた。なに、穴に人が近付かないようにしてくれるだけでいい。それと穴掘りに夢中になると、俺は周りが見えなくなるらしい、気づかなかったらすまん」
「正気とは思えませぬ……。もし崩落したらどうするおつもりですか!」
「気を付ける。ではな、爺」
こうして俺はトンネル作りに入った。これはこの釣り小屋と、叔母の離宮を繋ぐ偉大なる脱獄路だ。
まずは道を造り、地底から幽閉されたドゥリンを救い出す。
だがヒャマール商会の倉庫破りとは今回は事情が異なる。
ここは湖のすぐ側だ。下手すれば地下水にぶち当たるだろう。湖の底を通ろうだなんてそれこそ無謀だ。
そこで館へと通じる陸路側へとトンネルを迂回させながら、ただ黙々と俺は仕事にいそしんだ。
太陽が沈んで夜が訪れても、腰に吊したカンテラの明かりを頼りに、夜通し地下を掘り続けた。さらわれたドゥリンの姿を思い浮かべながらだ。
俺が黄金を偽物とすり替えた。その事実は変えられない。
異界の慣用句で言うところの『風が吹けば桶屋が儲かる』だ。
長らく意味を捉えかねていたが、今ならわかる。
小さなきっかけが、巡り巡って思わぬ結果を招くという意味だろう。
「爺か。無理をしないで寝てていいぞ」
「はぁ、やっと言葉が通じましたな……。あなたこそ休まれて下さい、アシュレイ様……」
「アシュレイではない。こっちではただのシンザだ」
「その名は好きではありません。あなたが、遠くに行かれてしまいそうな……そんな気がしますから……」
爺があまりにしんみり言うので、つい作業の手が止まってしまった。
父上が死ねば俺はこの帝都を、いや帝国を去らずにはいられなくなる。それは爺だってわかっているはずだ。
「やむをえん。そろそろ潮時か。……ところで、父上の話は聞いたか?」
作業の手を止めて爺に振り返る。
我ながらいい仕事だ。崩れやすい川砂の地面を崩落させずにここまでやってきた。
「はい……。あまり体調が思わしくないようで、私も面会に――い、いえっ、陛下だって本当は、アシュレイ様にお会いしたいはずですぞ!?」
「だったら腹心だったアンタに、俺を押し付けていない」
有能な爺を、異形の七男などに与えたのは、父上なりの罪滅ぼしのつもりか?
爺は忠臣だ。父上が信頼を寄せる男だ。爺なら俺のことを外に漏らさずに、裏切らずに見守るとでも思ったのか?
「それは違います! あなたが心配だから陛下は私に任せたのです!」
「いいのだ、外の世界を知って色々と見えてきた。父上と俺の道は交わらん、これ以上会わない方がお互い幸せだ」
「お止め下さいっ、そんな悲しいことを言われたら私は、私――」
「待て」
爺の反論を制止して、俺はもう一度トンネルの進路に振り返った。
川砂中心だった地底に、よく見ると木材が混じっている。スコップの側面を使ってわずかに湿った砂を削り落とすと、それは地中に深く打ち込まれた杭だった。
「着いていたようだ。危うく行き過ぎて、湖とここを繋げるところだったかもしれんな」
「さらっと怖いことを言わないで下され!」
これは離宮の土台を安定させるためのものだろう。
何せ湖畔の離宮だからな。元々は建築に適した土地ではない。
「しかし、本当にやるのでございますか……?」
「ああ。大丈夫だ、仮装道具も用意したことだ、捕まらん限り素性は割れん。……姉上が来たら決行だな」
アトミナ姉上はドゥリンを取り返した後の算段に必要だ。
キャラルのヘズ商会に頼んで沿海州に逃がすという手も考えたが、そうそう簡単にあいつらと連絡など付かん。
それに何より、早くドゥリンと姉上を再会させてやりたかった。
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- 目次 -
【Name】アシュレイ
【Lv】16
【Exp】1855→1870
【STR】41
【VIT】110
【DEX】99
【AGI】82
【Skill】スコップLV3.5 シャベルLV1
『舞台は整ったな。さあ早く救え、あの小娘の性格を考えれば今頃、泣きながらアトミナ皇女に救いを願っているぞ』
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言われなくともわかっている。そう急かすなジラント。