6-2 錬金術師を盗めと奇書が言う
こうなれば爺も巻き込むのみだ。
ドゥリンの行き先について、翌朝目覚めるなり爺に情報収集を命じた。
「お昼でございますアシュレイ様」
「なんだ、今日は爺の手作りじゃないのか」
「私に無茶を命じておいて、よく言いますな!?」
「冗談だ。それで首尾はどうだ」
兵士が食べる塩漬け肉とスープ、それに噛み切りにくいパンに手を付ける。
これなら城下のカフェで、おばさんのケバフサンドを食ってた方がだいぶマシだ。
「罪状は、黄金の偽造。並びに皇后に献上された偽物の指輪を偽造した罪。死罪に処す……」
「あきれたな。全く関係ない市民に、責任を擦り付けたか」
「ええ……。つまりですな、これは私たちのせいでございます……」
「違う。倉庫に忍び込み、偽の黄金を仕込んだのは俺だ。それをろくに鑑定もせずに献上したのは、政商ヒャマール。ドゥリンも俺たちも悪くなどない」
「なんとも図太くなられましたな、アシュレイ様……」
それは違う。報告を聞くなり俺は心の中で激しい苛立ちを覚えた。
政商ヒャマールが自己保身でここまでやるとは思わなかった。不幸の種をまいたのは俺だ。それはまぎれもない事実だ。
「理不尽でございますな……。ですがアシュレイ様、これによりヒャマールは窮地に陥っております。莫大な公益品を何者かに盗まれ、商売が傾いてあえいでいた矢先にこれです。ついにヒャマールは、あまりのショックに寝込んでしまったと聞きますぞ」
「いい気味だ。海の向こうのキャラル・ヘズにも教えてやりたいな」
「キャラル! あの子は良い子ですな……。あの歳で人生の荒波に飲まれたというのに、負けずにあがいて、笑って……。まったく許せませんな、あの悪党どもは!」
「腰を揉んでもらったのがそんなに嬉しかったのか。ともかく、これで叔父上とヒャマールの目論見は遠のくな。それで、肝心のドゥリンの居場所は……?」
爺はこう見えて特別に有能な男だ。
かつては父上に使えていた小姓の一人でもある。そうでなければ仕事が勤まらんそうだ。
「そこでなぜ黙る。教えてくれ。ドゥリンが死刑にされれば、姉上が悲しまれるぞ」
彼は俺に答えるのを悩んでいた。
しかし悩むということは、何かをつかんだということだ。
「ですがアシュレイ様……。あなたが変わられたのは、既に存じておりますが、相手が悪うございます。国教会に手を出すのだけは、止めた方が……」
「それはゲオルグから昨日聞いた」
スープに強情なパンを浸して、スープと一緒に口へと押し込む。
それから爺をただ凝視して、相手が根負けするのを待った。
「お願いです、もう無茶はお止め下さいアシュレイ様……。貴方のやっていることは、火に飛び込む虫けらにも等しい行いでございますぞ……」
「爺、俺は爺に育ててもらった恩を忘れたことなどない。父上が俺を疎み、ため息を吐いてこの姿に絶望する中、アンタは無償の愛をくれた。だが爺、爺が教えてくれなければ、俺は自力で調べ上げるだけだ。絶対に俺はドゥリンを救い出す」
爺は涙ながらにうつむいた。
それからしばらくして諦めたのか、顔を上げたようだ。年寄りにされると痛々しく、悪いことをしている気分になるな。
「人を監禁するには場所が必要でございます。人の出入りが少なく、かつ管理下にある場所が理想です。そこで私はドゥ・ネイル祭司長に着目しました」
「叔母上だと……?」
「アトミナ様が抗議に行かれても、ドゥ祭司長は調べようともしなかったそうです。ですがそのおかげで、大方の目星が付きました」
「わかった、ドゥリンはどこに居る?」
「アシュレイ様! 私の苦労と、老人離れした推理話をちゃんと聞いて下さい!」
「急いでいるのだ、結果だけ頼む」
場所を絞り、俺がそれを救い出す。やることはシンプルだ。
さすがは爺だ、叔母上に目を付けたのは恐らくは正しい。
「横暴でございますぞ!? まあとにかくですな、ドゥ祭司長が主犯ではないかと、私とゲオルグ様は疑っております。あの方は昔から過激というか、狂信的なところがございまして……」
ならば己の甥が邪竜とつるんでいると知ったら、さぞや発狂してくれるだろう。
爺は老齢だ。皇帝家に古くより仕えている。俺やゲオルグよりもずっと家の内情に詳しかった。
「で、結局ドゥリンはどこだ?」
「ドゥ・ネイル様の離宮に、最近客が来たそうです。滞在しているのは確かですが、その姿を見た者がいないそうで……」
「使用人にすら見せられない客か。確かに怪しいな。それとも男でも囲ったか」
「いえ使用人によると、毎日女物の着替えを客人のために用意しているようですな」
状況証拠だから十分だ。かなりの高確率でそれは幽閉されたドゥリンだろう。
だかわからんな。なぜ魔女と弾圧する彼女を、己の離宮に置くのだ。
「そうか。それはドゥリンかもしれんな」
「待って下さい、確証はございません」
「待ってられん。忍び込んでから考える」
「ああ……やはりそのおつもりでございましたか……。だから教えたくなかったのです私は……」
「行くぞ爺。ゲオルグに気づかれる前にな」
「わ、私も行くのでございますかっっ!? 私は老人ですぞっ!」
「当然だろう。爺のような口の固い人間を、俺は他に知らん」
ドゥリンがそんな場所に監禁されているのは妙だ、何かある。
その怪しい目論見を台無しにしてやるためにも、俺は錬金術師ドゥリン・アンドヴァラナウトを叔母上から盗んでやることに決めた。
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