6-1 絶対に行かせんと兄が言う
前章のあらすじ
ドゥリンのことはアトミナとゲオルグに任せて、アシュレイは冒険者ギルドに向かった。
そこで報酬が安すぎるケチな依頼をあえて受けて、帝都より遠く離れたコリン村でのゴブリン討伐に向かう。
コリンの村長はスコップで戦うという、変わり者に困惑する。自警団長のラッキーと、その姪のカチュアを紹介された。
奇書もアシュレイに道を示す。コリン村を救えと。
スコップ男が最初にやったのは、村を囲む堀の建造だった。想像を絶するスコップ妙技に、村人たちが驚愕する。
それは彼の計算通り陽動となり、ゴブリンの軍団が押し寄せることにもなった。
カチュアら自警団の者には射撃を命じて、アシュレイは自らを囮とする。囮作戦は成功し、ゴブリンを束ねるホブゴブリン討ち取った。
勝利の歓声の中、堀の建造工事を再開する。夜遅くまでぶっ続けで作業して、ついに村の防備を完璧にすると寝床に戻る。
村長がカチュアにアシュレイを夜ばいさせるも、フラグは全てへし折られた。
翌日もアシュレイはよく働き、地下水道を築いて、ゴブリンにせき止められた川を取り返す。
さらにアシュレイは堀の追加造成に入った。完璧な防備が築かれる前にと、そこに再びゴブリンたちが襲来する。
これをアシュレイはアーチャーたちの支援を受けながら、単騎で迎え撃ち、ホブゴブリン・リーダーという特別な個体を撃破した。
村の安全が確保され、カチュアをくれるという村長の誘いを断って、小さな英雄はコリン村を去ったのだった。
全てが終わるとジラントが言う。
アシュレイは正しく皇帝の子。その姿こそ、全ての種族を一つに束ね、救いようもなかった泥沼の世界をまとめ上げた、初代皇帝の証だと。
皇帝の玉座を取り戻せと奇書が言う。
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錬金術師ドゥリンとホタルのお兄さん 後編
唯一絶対正義を穿てと奇書が言う
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6-1 絶対に行かせんと兄が言う
行きは4日、帰りは3日の旅路になった。
太陽の沈んだ帝都を郊外から眺め、帝都中央のターミナル駅で乗り合い馬車を降りた頃には、もう街は宵時だ。
長旅で疲れていたが、そこからその足であの酒臭い冒険者ギルドに向かった。
「ようシンザ、生きて帰ってくると信じてたぜ、俺は」
「こんな仕事を勧めておいてよく言う。恐ろしく大変だったぞ、アンタが思っているより、ずっとな」
ギルドにいたのはあの無精ヒゲの受け付けと、後はなじみのない酔客が数人だけだ。
不思議な話だが、夜より昼の方がここは賑やかだ。夜になれば酒場が開くので、自然とそっちに流れてゆくのだとシグルーンに教わった。
「はははっ、その言い回しをまた聞けて良かったよ。それで、報告を聞こうか」
「コリン村の外周に、深い堀を築いてきた」
「…………は?」
「妨害してきたゴブリンを撃退して、ホブゴブリンを3匹倒した。1体は末尾にリーダーが付く出世魚だったそうだ」
受け付けは俺を歓迎するために立ち上がっていたのだが、どっかりとイスに座り込んでうつむいた。
それからバインダーを開いて、依頼にもう一度目を通す。
「思い出したぜ。シグルーンが討ち漏らしたって、やたら拗ねてたやつか。そうかお前が倒したか」
「ああ。ついでにゴブリンにせき止められた川を解放した。以上だ」
「おー、大活躍じゃねぇか。かわいい子でもあてがわれて、やる気になっちまったか? ははっわかるっ、言わなくてわかるぜぇ、シンザ」
「女には手を出していない」
返答に受け付けがまた黙り込んだ。
続いてなぜか難しい顔をして、こちらの表情をまじまじと観察している。
「じゃあ男か?」
「違う。女と一緒には寝たが、手を出してはいない。どうでもいいだろう、こんな話」
「良くねぇよバカ! こっちはお前がどんな美味しい思いをしてきたのか、話聞くの楽しみにしてたんだぞ! それがよぉ……女と一緒には寝たが、手を出してない、だとぉ!? 何考えてんだっ、それでも○○○生えてんのかよっおいシンザ!」
「なぜ説教されているのだ俺は」
もう夜だ。早く帰りたいと俺は出口の方に目を向ける。
受け付けは頭を抱えて、俺にあきれ果てているようだった。わからん、文化が違う。
「バカ野郎ッ! 次は喰っとけっ、いいな!?」
「考えてはおく」
ほどなくして受け付けがカウンターにギャラを詰んだ。
純度の高い1000クラウン金貨が1枚と、あとは色々合わせて1720クラウンだ。俺はその報酬を布袋に押し込んでギルドを出た。
◇
◆
◇
◆
◇
宮殿の自室に戻ると、爺が人のベッドで眠りこけていた。
まさか居るとは思っていなかったのだ。大きな音を立てて扉が鳴ると、爺が飛び起きて帰宅間もない俺を見た。
「アッアアッ、アシュレイ様ッッ!」
「今帰った。それと爺、夜中にやかましい大声を上げるな」
「お帰りなさいませアシュレイ様。さあ、ここにお座り下され。あなた様に話があります」
「また説教か……。明日にしてくれ、もう休みたい」
ベッドが恋しかったので育て親に従ってそこに腰掛けると、爺の方は立ち上がって俺の前で腕を組んでいた。
「突然旅に出てくると、書き置きをされる側の身にもなって下されっ! 今度はっ、どこでっ、何をしていたのでございますかっ!」
「ああ、やるべきことをやってきたのだ」
俺は正しいことをした。ジラントも認めている。
コリン村の民には感謝され、あの地の脅威を排除した。
皇族としてやるべきことをしたのだ、後ろ暗い部分などどこにもない。
「そ、そんな晴れ晴れとした顔で言われましても――爺は、不安しか抱きませんぞ……。はっ!? まさかまた、私に隠れて義賊ごっこをしているのでは、ないでしょうね!? あんな危険なまねは、もうお止め下されアシュレイ様ッ!」
さすがに聞かれたらまずいと理解しているようで、義賊ごっこという部分だけ爺は声を抑えた。
山奥のコリン村でゴブリン軍団と死闘を繰り広げたと答えたら、説教はこの3倍に膨れ上がるだろうか。
「爺、俺は正しいことをしているだけだ。兄上や姉上、それに父上に代わって、俺にしかできないことをしている」
「正義よりもあなたの身の安全でございます! 貴方が危険な目に遭うかと思うと、爺はもう、もう気が気では、ございませんぞ……。私はただ、貴方が無事ならそれで十分でございます!」
「すまん爺。だがこれも俺が生き延び――兄上?」
ところがそこにゲオルグ兄上がやってきた。
少し妙だ。兄上は堅物だ。相手が弟だろうと、いちいちノックをするような人間だ。なのにそれがない。
「帰ったと聞いた」
「ああ、見ればわかるだろう。帰ったぞ兄上」
「今度はどこに行っていた、この放蕩皇子め……」
「北だ。アンタにだけ言うが、最近は冒険者をしていてな。コリン村という山奥で、ゴブリンを倒してきた。なかなか貴重な経験だった」
爺が後ろにいるというのに、つい兄上に自慢してしまった。
俺は強くなった。強くなって、兄上が守りきれない民を救ったのだ。
「きっきききっ、聞き捨てなりませんぞアシュレイ様ッッ?! ゴブリンッ!? こ、殺されたらっ、どうするおつもりだったのですかっ!?」
「最初から考えてなどいない。考える頭があったら、冒険者などやらんからな」
「無茶をする……」
しかし兄上の様子が妙だ。普段から仏頂面なのでわかりにくいが、兄上は苛烈だ。
なのに今夜はいやにおとなしかった。
「それより兄上、どうかしたのか?」
「うむ……。お前に伝えなければならんことがある……」
「まさか姉上か?」
「そうとも言うが、中心はアトミナではない……。すまん、部下を付けていたが、守れなかった……」
あちらに行っている間もやはり懸念があった。
最悪の可能性が頭に浮かび、気づけば俺は兄であるゲオルグに詰め寄って、無言で睨んでいた。
「ドゥリンのことか……?」
「ああ……。護衛を付けたが、外出中にまんまとさらわれた……」
兄上から反転して今度はベッドに重く腰掛けた。
意気揚々と凱旋したつもりが、焦りと怒りと不安に包まれた嫌な気分に真っ逆さまだ。
「アトミナ姉上がここに現れないのにも、関係があるのか?」
「今はドゥ叔母上のところにいる。さらったのは国教会の連中だ、取り戻そうとしているようだが……」
叔母上はただで人の願いを聞けるほど、まともな人格をしていない。
難しいだろうと兄上がしかめっつらをした。
「兄上、そもそもなぜドゥリンは狙われるのだ? 確かに珍しい商売だが――叔母上は魔女狩りでも始める気か? 時代錯誤だ」
スコップを手にして握りしめる。
鋼鉄のこれで、俺は村を堅固な砦に変えて、水里の姿を取り返した。
そう信じてすがるような気持ちになっていた。
「父上には伝えたか?」
「いや、最近体調が思わしくない。会うのにも一苦労でな……」
「あの男は頼りにならんな」
「この国の皇帝だ。皇帝だからといって、全てを救えるわけではない」
ならば今のところ、誰もドゥリンを救える者などいないということになる。
俺はスコップを再び握り、力強く立ち上がった。
「どこへ行く! お前が俺より強く成長したところで、国教会に殴り込みをかければ、帝国そのものから追放されるぞ!!」
「そうかもな。だが、立場を気にして救える者も救えないなんて、そんな思いはもうこりごりだ」
ジラントは俺に光になれと言うが、やはり俺には無理だ。
この国の腐敗はまともにやったところで倒し切れない。何もかもが腐っている。
年端もいかない少女が、民に安らぎを与えるはずの国教会にさらわれて、手を出すこともできないなど、間違っている。
「姉上と兄上が帝国の光ならば、俺はやはり闇だ。闇は闇としてのやり方で、正義を果たしてみせる」
「ならば絶対に行かせん!! 俺は弟であるお前を守る義務がある!!」
兄上が剣に手をかけた。訓練用のやつじゃない、人を殺すためのやつだ。
下手にやれば共倒れ、互いに怪我をするオチならまだマシな方だ。
「冗談だ。爺、飯を作ってくれ、今日はもうヘトヘトだ」
「そういたしましょう。兄弟ゲンカは見ているだけで心が痛みますからな」
「アシュレイ、うかつなことはするな。今回ばかりは相手がまずい……。敵に回せばただでは済まん、焦らず慎重になれ」
ゲオルグ兄上は間違っていない。いつだって正しい。
皇帝に匹敵する権力を持つ、もう一つの帝国の支配者、それこそ国教会だ。ドゥ・ネイル叔母上の機嫌一つで、皇位継承権の順番すら変えられるとも聞く。
「ああ、そうするよ。今日は休む。だが明日からのことは、明日の俺が決めるだろうな」
「どうしてお前もアトミナも、そうやたらとまっすぐなのだ……。くっ、手が焼ける……」
ゲオルグ兄上、その言葉そっくりそのままアンタに返そう。
まあそう苦悩することはない。アンタが長らく守ってくれた弟には、スコップという道理を覆す力を得たのだ。
ジラントと俺の出会いは運命だ。
この力を用いて、俺はドゥリンを取り返し、あの高慢ちきでヒステリーを誰彼ところ構わずまき散らす叔母上に、父上すら出来ないお仕置きをしてやる。
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- 義賊 -
【ドゥリン・アンドヴァラナウトを盗め】
・達成報酬 EXP500 スコップLV0.5
・『我が許す、やれ。初代皇帝の願いをねじ曲げる悪党どもを、そなたが粛正しろ!』
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ジラント、アンタまで熱くなるとは意外だな。よっぽど初代とやらに執着があるようだ。
いいだろう。アンタのその挑戦、喜んで俺が実現して見せよう。
ドゥリン・アンドヴァラナウトを救う。
どんな立場に追い込まれようとも、彼女を必ず不条理から守り抜く。そこで見ていろジラント。