表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/225

6-1 絶対に行かせんと兄が言う


前章のあらすじ


 ドゥリンのことはアトミナとゲオルグに任せて、アシュレイは冒険者ギルドに向かった。

 そこで報酬が安すぎるケチな依頼をあえて受けて、帝都より遠く離れたコリン村でのゴブリン討伐に向かう。


 コリンの村長はスコップで戦うという、変わり者に困惑する。自警団長のラッキーと、その姪のカチュアを紹介された。

 奇書もアシュレイに道を示す。コリン村を救えと。


 スコップ男が最初にやったのは、村を囲む堀の建造だった。想像を絶するスコップ妙技に、村人たちが驚愕する。

 それは彼の計算通り陽動となり、ゴブリンの軍団が押し寄せることにもなった。


 カチュアら自警団の者には射撃を命じて、アシュレイは自らを囮とする。囮作戦は成功し、ゴブリンを束ねるホブゴブリン討ち取った。


 勝利の歓声の中、堀の建造工事を再開する。夜遅くまでぶっ続けで作業して、ついに村の防備を完璧にすると寝床に戻る。


 村長がカチュアにアシュレイを夜ばいさせるも、フラグは全てへし折られた。

 翌日もアシュレイはよく働き、地下水道を築いて、ゴブリンにせき止められた川を取り返す。


 さらにアシュレイは堀の追加造成に入った。完璧な防備が築かれる前にと、そこに再びゴブリンたちが襲来する。

 これをアシュレイはアーチャーたちの支援を受けながら、単騎で迎え撃ち、ホブゴブリン・リーダーという特別な個体を撃破した。


 村の安全が確保され、カチュアをくれるという村長の誘いを断って、小さな英雄はコリン村を去ったのだった。


 全てが終わるとジラントが言う。

 アシュレイは正しく皇帝の子。その姿こそ、全ての種族を一つに束ね、救いようもなかった泥沼の世界をまとめ上げた、初代皇帝の証だと。


 皇帝の玉座を取り戻せと奇書が言う。


――――――――――――――――――――――

 錬金術師ドゥリンとホタルのお兄さん 後編

  唯一絶対正義を穿てと奇書が言う

――――――――――――――――――――――


6-1 絶対に行かせんと兄が言う


 行きは4日、帰りは3日の旅路になった。

 太陽の沈んだ帝都を郊外から眺め、帝都中央のターミナル駅で乗り合い馬車を降りた頃には、もう街は宵時だ。


 長旅で疲れていたが、そこからその足であの酒臭い冒険者ギルドに向かった。


「ようシンザ、生きて帰ってくると信じてたぜ、俺は」

「こんな仕事を勧めておいてよく言う。恐ろしく大変だったぞ、アンタが思っているより、ずっとな」


 ギルドにいたのはあの無精ヒゲの受け付けと、後はなじみのない酔客が数人だけだ。

 不思議な話だが、夜より昼の方がここは賑やかだ。夜になれば酒場が開くので、自然とそっちに流れてゆくのだとシグルーンに教わった。


「はははっ、その言い回しをまた聞けて良かったよ。それで、報告を聞こうか」

「コリン村の外周に、深い堀を築いてきた」


「…………は?」

「妨害してきたゴブリンを撃退して、ホブゴブリンを3匹倒した。1体は末尾にリーダーが付く出世魚だったそうだ」


 受け付けは俺を歓迎するために立ち上がっていたのだが、どっかりとイスに座り込んでうつむいた。

 それからバインダーを開いて、依頼にもう一度目を通す。


「思い出したぜ。シグルーンが討ち漏らしたって、やたら拗ねてたやつか。そうかお前が倒したか」

「ああ。ついでにゴブリンにせき止められた川を解放した。以上だ」


「おー、大活躍じゃねぇか。かわいい子でもあてがわれて、やる気になっちまったか? ははっわかるっ、言わなくてわかるぜぇ、シンザ」

「女には手を出していない」


 返答に受け付けがまた黙り込んだ。

 続いてなぜか難しい顔をして、こちらの表情をまじまじと観察している。


「じゃあ男か?」

「違う。女と一緒には寝たが、手を出してはいない。どうでもいいだろう、こんな話」


「良くねぇよバカ! こっちはお前がどんな美味しい思いをしてきたのか、話聞くの楽しみにしてたんだぞ! それがよぉ……女と一緒には寝たが、手を出してない、だとぉ!? 何考えてんだっ、それでも○○○生えてんのかよっおいシンザ!」

「なぜ説教されているのだ俺は」


 もう夜だ。早く帰りたいと俺は出口の方に目を向ける。

 受け付けは頭を抱えて、俺にあきれ果てているようだった。わからん、文化が違う。


「バカ野郎ッ! 次は喰っとけっ、いいな!?」

「考えてはおく」


 ほどなくして受け付けがカウンターにギャラを詰んだ。

 純度の高い1000クラウン金貨が1枚と、あとは色々合わせて1720クラウンだ。俺はその報酬を布袋に押し込んでギルドを出た。



 ◇

 ◆

 ◇

 ◆

 ◇



 宮殿の自室に戻ると、爺が人のベッドで眠りこけていた。

 まさか居るとは思っていなかったのだ。大きな音を立てて扉が鳴ると、爺が飛び起きて帰宅間もない俺を見た。


「アッアアッ、アシュレイ様ッッ!」

「今帰った。それと爺、夜中にやかましい大声を上げるな」


「お帰りなさいませアシュレイ様。さあ、ここにお座り下され。あなた様に話があります」

「また説教か……。明日にしてくれ、もう休みたい」


 ベッドが恋しかったので育て親に従ってそこに腰掛けると、爺の方は立ち上がって俺の前で腕を組んでいた。


「突然旅に出てくると、書き置きをされる側の身にもなって下されっ! 今度はっ、どこでっ、何をしていたのでございますかっ!」

「ああ、やるべきことをやってきたのだ」


 俺は正しいことをした。ジラントも認めている。

 コリン村の民には感謝され、あの地の脅威を排除した。

 皇族としてやるべきことをしたのだ、後ろ暗い部分などどこにもない。


「そ、そんな晴れ晴れとした顔で言われましても――爺は、不安しか抱きませんぞ……。はっ!? まさかまた、私に隠れて義賊ごっこをしているのでは、ないでしょうね!? あんな危険なまねは、もうお止め下されアシュレイ様ッ!」


 さすがに聞かれたらまずいと理解しているようで、義賊ごっこという部分だけ爺は声を抑えた。

 山奥のコリン村でゴブリン軍団と死闘を繰り広げたと答えたら、説教はこの3倍に膨れ上がるだろうか。


「爺、俺は正しいことをしているだけだ。兄上や姉上、それに父上に代わって、俺にしかできないことをしている」

「正義よりもあなたの身の安全でございます! 貴方が危険な目に遭うかと思うと、爺はもう、もう気が気では、ございませんぞ……。私はただ、貴方が無事ならそれで十分でございます!」


「すまん爺。だがこれも俺が生き延び――兄上?」


 ところがそこにゲオルグ兄上がやってきた。

 少し妙だ。兄上は堅物だ。相手が弟だろうと、いちいちノックをするような人間だ。なのにそれがない。


「帰ったと聞いた」

「ああ、見ればわかるだろう。帰ったぞ兄上」


「今度はどこに行っていた、この放蕩皇子め……」

「北だ。アンタにだけ言うが、最近は冒険者をしていてな。コリン村という山奥で、ゴブリンを倒してきた。なかなか貴重な経験だった」


 爺が後ろにいるというのに、つい兄上に自慢してしまった。

 俺は強くなった。強くなって、兄上が守りきれない民を救ったのだ。


「きっきききっ、聞き捨てなりませんぞアシュレイ様ッッ?! ゴブリンッ!? こ、殺されたらっ、どうするおつもりだったのですかっ!?」

「最初から考えてなどいない。考える頭があったら、冒険者などやらんからな」

「無茶をする……」


 しかし兄上の様子が妙だ。普段から仏頂面なのでわかりにくいが、兄上は苛烈だ。

 なのに今夜はいやにおとなしかった。


「それより兄上、どうかしたのか?」

「うむ……。お前に伝えなければならんことがある……」


「まさか姉上か?」

「そうとも言うが、中心はアトミナではない……。すまん、部下を付けていたが、守れなかった……」


 あちらに行っている間もやはり懸念があった。

 最悪の可能性が頭に浮かび、気づけば俺は兄であるゲオルグに詰め寄って、無言で睨んでいた。


「ドゥリンのことか……?」

「ああ……。護衛を付けたが、外出中にまんまとさらわれた……」


 兄上から反転して今度はベッドに重く腰掛けた。

 意気揚々と凱旋したつもりが、焦りと怒りと不安に包まれた嫌な気分に真っ逆さまだ。


「アトミナ姉上がここに現れないのにも、関係があるのか?」

「今はドゥ叔母上のところにいる。さらったのは国教会の連中だ、取り戻そうとしているようだが……」


 叔母上はただで人の願いを聞けるほど、まともな人格をしていない。

 難しいだろうと兄上がしかめっつらをした。


「兄上、そもそもなぜドゥリンは狙われるのだ? 確かに珍しい商売だが――叔母上は魔女狩りでも始める気か? 時代錯誤だ」


 スコップを手にして握りしめる。

 鋼鉄のこれで、俺は村を堅固な砦に変えて、水里の姿を取り返した。

 そう信じてすがるような気持ちになっていた。


「父上には伝えたか?」

「いや、最近体調が思わしくない。会うのにも一苦労でな……」


「あの男は頼りにならんな」

「この国の皇帝だ。皇帝だからといって、全てを救えるわけではない」


 ならば今のところ、誰もドゥリンを救える者などいないということになる。

 俺はスコップを再び握り、力強く立ち上がった。


「どこへ行く! お前が俺より強く成長したところで、国教会に殴り込みをかければ、帝国そのものから追放されるぞ!!」

「そうかもな。だが、立場を気にして救える者も救えないなんて、そんな思いはもうこりごりだ」


 ジラントは俺に光になれと言うが、やはり俺には無理だ。

 この国の腐敗はまともにやったところで倒し切れない。何もかもが腐っている。

 年端もいかない少女が、民に安らぎを与えるはずの国教会にさらわれて、手を出すこともできないなど、間違っている。


「姉上と兄上が帝国の光ならば、俺はやはり闇だ。闇は闇としてのやり方で、正義を果たしてみせる」

「ならば絶対に行かせん!! 俺は弟であるお前を守る義務がある!!」


 兄上が剣に手をかけた。訓練用のやつじゃない、人を殺すためのやつだ。

 下手にやれば共倒れ、互いに怪我をするオチならまだマシな方だ。


「冗談だ。爺、飯を作ってくれ、今日はもうヘトヘトだ」

「そういたしましょう。兄弟ゲンカは見ているだけで心が痛みますからな」

「アシュレイ、うかつなことはするな。今回ばかりは相手がまずい……。敵に回せばただでは済まん、焦らず慎重になれ」


 ゲオルグ兄上は間違っていない。いつだって正しい。

 皇帝に匹敵する権力を持つ、もう一つの帝国の支配者、それこそ国教会だ。ドゥ・ネイル叔母上の機嫌一つで、皇位継承権の順番すら変えられるとも聞く。


「ああ、そうするよ。今日は休む。だが明日からのことは、明日の俺が決めるだろうな」

「どうしてお前もアトミナも、そうやたらとまっすぐなのだ……。くっ、手が焼ける……」


 ゲオルグ兄上、その言葉そっくりそのままアンタに返そう。

 まあそう苦悩することはない。アンタが長らく守ってくれた弟には、スコップという道理を覆す力を得たのだ。


 ジラントと俺の出会いは運命だ。

 この力を用いて、俺はドゥリンを取り返し、あの高慢ちきでヒステリーを誰彼ところ構わずまき散らす叔母上に、父上すら出来ないお仕置きをしてやる。


――――――――――――――

- 義賊 -

 【ドゥリン・アンドヴァラナウトを盗め】

 ・達成報酬 EXP500 スコップLV0.5

 ・『我が許す、やれ。初代皇帝の願いをねじ曲げる悪党どもを、そなたが粛正しろ!』

――――――――――――――


 ジラント、アンタまで熱くなるとは意外だな。よっぽど初代とやらに執着があるようだ。

 いいだろう。アンタのその挑戦、喜んで俺が実現して見せよう。


 ドゥリン・アンドヴァラナウトを救う。

 どんな立場に追い込まれようとも、彼女を必ず不条理から守り抜く。そこで見ていろジラント。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング
よろしければ応援お願いいたします。

9月30日に双葉社Mノベルスより3巻が発売されます なんとほぼ半分が書き下ろしです
俺だけ超天才錬金術師 迷宮都市でゆる~く冒険+才能チートに腹黒生活
新作を始めました。どうか応援して下さい。
ダブルフェイスの転生賢者
― 新着の感想 ―
[気になる点] これは選民意識かな・・・ そしてそれはおそらく初代皇帝の願い、融和と反してる感じでしょうか。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ