5-7 皇帝の証だと竜が言う - 竜は全てを見ている -
ふと目を開けば、そこは夢の中だった。
ここに来るのは久々だ。再び俺はあの南国の楽園で目を覚ましていた。
ヤシにシダ、あれは図鑑で見たことがある。バナナとマンゴーの実まであった。
だがこれは夢だ、甘い匂いに惹かれるが、食ったところでホンモノの味がするかも疑わしい。
ところでいつもの場所とは少しずれているようだった。
そこで奥の湖に向かって歩いてゆくと、そこにジラントの姿を見つけることになった。
「やっと来たか。全くな、偉大なる我とろくに謁見もせぬとは、困った使徒もいたものだ」
「アンタの使徒になった覚えはないな」
「そうかな。カチュアはそうは思っていないようだぞ」
「やはり見ていたか……。おい、何を、お、おい……」
背中で語っていた少女がこちらに振り返った。
蒼く美しい湖を背に、やや幼く小柄だが極めて整った顔を持つ少女が、突っ立っていた俺を強引に座らせる。
それから俺の膝の上にまたがるのだから、非常に困った。
まさか俺へのサービスのつもりではないだろうな、ジラントよ。こういうのは要らん……。
「アシュレイ、良くやった」
「アンタに頼まれたわけじゃない、全て好きでやっただけだ」
「うむ、良くやったぞアシュレイ、さすがは我が目をかけた男よ。良いぞ良いぞ、そなたは実に、素晴らしい……」
「そうか。だがなぜくっつく」
「褒美だ」
「要らん、お互い暑苦しいだけだろう」
今日のジラントはいつになく機嫌がいい。
村でのゴブリン討伐がそれほどまでにお気に召したのだろうか。あるいは、カチュアが俺を御使いと決め付けて、間接的にジラントを崇めたせいか。わかるはずもない。
「つまらん照れ隠しはよせ。本当は我を好いているのだろう……? ほれ、くっつかれて、嬉しかろう、ククク……」
ああ実を言えばそこそこ嬉しい。
形はどうあれ俺を誉めてくれているのは伝わってくる。喜ばせ方が、ズレている点をのぞけばな。
「なんと言ったかな、あの――ド田舎村での活躍は、実に素晴らしいものだった。男勝りのカチューシャには最初、我はムッときたが、ククク……夜這いに来たつもりが、男に爆睡されてしまう姿はまさに滑稽であった。全く貴様という男は、本当に、女心を知らんな」
「知った口を。カチュアは自警団団長の姪だ、アレ以外の選択肢など無い」
それが己の特権だと言わんばかりに、ジラントが俺の首を両手で包み、それから少しずつそれをはい上がらせて頬を抱いた。
それに逆らわぬ俺の姿がジラントをさらに上機嫌にさせた。
「ゴブリン軍団との攻防、さらにたった一日で村に堀を築くという常人離れした手腕。それもまた素晴らしかったが――やはり我は、あの地下隧道が気に入ったぞ。水を盗み、取り返すという発想が良い。澄んだ水面に、目を輝かす村人の姿もだ」
「そうだな、誇りに思っている。だがジラント、そろそろ離れてくれ……」
その気は無いと、ジラントが己を妖艶だと思い込んだ笑みを浮かべる。
ふと思う。俺は彼女に抵抗できない。それには理由があると思った。
ジラントの竜眼に見つめられるだけで俺は救われる。
父上が忌み嫌う、俺のこの姿は、皇帝家に降りかかった呪いなどではないと信じられる。
そしてまた、彼女というたった一人の同類に嫌われたくなかった。
「さらにその前の、錬金術師ドゥリンをかばった件も良かった。アトミナ皇女が気に入るのも無理もない愛らしさよ。貴様もそうでしゅか、シンザよ」
「アンタには似合わん」
紅玉色の竜眼で、蒼い竜眼を見つめ返す。
少女に見えるがジラントは巨竜だ。よくもまあそんな者を、俺は膝に乗せていられるものだな。潰れないのが不思議でならん。
「そうか。やはりそなたは我のような、大人の女が良いようだな」
「何を言ってるんだアンタは……」
だがツッコミを入れてもムダなことくらい、俺は知っている。
アンタみたいな大人がいるか、と言いたい気持ちを抑えて黙った。人の機嫌を損ねると、余計に時間を食うのか世の常だからだ。
「しかし、あのドゥ・ネイル叔母上だったか。あれはたまったものではないな」
「叔母上は一族の嫌われ者だ。俺が言うのも、妙な話だがな」
「あんな女が祭司長で、ドゥリンを帝都から追い出そうとはな。神の教えは、いったいどこに行ったのだろうな……。この国はどこもかしこも腐っておって、腐臭で鼻がもげそうだ。なんとかせよ、アシュレイ」
「アンタ、無理なのをわかってて言っているだろう……」
「いいや、そなたはゲオルグ皇子に勝ったのだ。そのスコップを使った痛快な抜け技で、どうにかしてくれると我は信じているぞ」
「無理だと言っているだろう……」
ところがジラントの目線が急に落ちていった。
眠くなったのかとも思ったがそうではないらしい。
弱々しい上目づかいに変わって、再び俺をビクビクと見上げたからだ。
例えるならばそれは、粗相をした犬みたいにも見えた。
「アシュレイよ。まさかとは思うが、ここで終わりにする、などと言わぬだろうな……? ゲオルグに勝利したら、我はもう用済みか……?」
「まさか、アンタにはもっと見せたい情景が山ほどある。ゲオルグを越えたところで、俺の状況はあまり改善などしていないからな」
あれだけ巨大な竜がつまらんことを気にするものだ。
愚問だ。アンタを失ったら、俺は生き残る道を失う。アンタが俺に希望を見せたのだから、アンタの方こそ今さら下りるなどと言わせない。
それに、目にした風景をアンタと共有できるというのも、あながち悪いことばかりではない。
「そうか、それを聞いて安心したぞ! これからも見せよ、そなたの活躍を。我が見い出したそなたの才能を! そしていつの日か、皇帝として、あるべき座を取り戻すのだ!」
「最後のは受け入れがたいな」
「だがそなたの父が他界すれば、この国は荒れる程度では済まんぞ。偉大なる帝王が去り、継承権上位の誰もがクズぞろいだ。我にはコロコロと、首がすげ変わるのが見える」
厳しい現実の話は今あまり聞きたくない。
だからといってどうしろと言うのだ。確かに、誰が皇帝を継いだところで、他の兄弟はそいつを認めんかもしれん。
「ああ、だが俺も命が惜しい。もし父上に死の影が現れたら、そのときはこの国を捨てて、辺境に逃げることにする。キャラルのいる沿海州もいいな……」
「そなたが継ぐべき玉座だ、他の者になど渡すな」
急にジラントから笑顔が消えた。
続いて強い口調でそう俺に命じて、存在しない七男と睨み合った。
「どういう根拠だ。俺は末弟、まともな教育も受けていない。おまけにこの異形、論外だ」
「違うな。その姿は異形ではない」
ジラントの言葉に迷いはなく、完璧な断言となった。
少なくとも彼女は俺を怪物だと思っていない。もしかしたら、ジラントも俺を同類だと思ってくれているのかと期待した。
「その姿は――全ての種族を一つに束ね、救いようもなかった泥沼の世界をまとめ上げた、ある皇帝の証だ」
「まさか初代皇帝がこんな姿をしていたとでも? あり得ん。広場にあるあの彫像を見ろ、俺とは似ても似付かない」
「ふんっ、彫像には何度も補修が加えられている。歴史の方にもな。アシュレイ、お前は先祖帰りだ。むしろその姿こそ、正しき後継者の姿なのだよ。初代皇帝もまた、竜の目と、白い腕を持っていたのだからな」
ジラントの手が俺のグローブを外して、愛おしそうに呪われた白い両手を胸に抱き込んだ。
彼女の話が本当ならば、俺の姿は呪いではなかったことになる。
俺は異形ではなく、本当に兄上と姉上の腹違いの弟ということになる。
「何か言え」
「教えてくれ。ならば俺は、本当に父上の子なのか……?」
「ククク――つまらん質問だな。当たり前だ、皇帝家の血筋以外から、そなたが生まれるはずがなかろう。そなたは皇帝の子、皇帝の七男アシュレイだ」
皇帝の玉座を取り戻せと奇書が言う。
この姿こそが証であると奇書が言う。
俺は父上の子、ゲオルグ兄上とアトミナ姉上の腹違いの弟。ジラントを信じるならば、俺は兄上と姉上を心から慕う権利があった。
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【邪竜の書】
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- 冒険 -
【冒険者ギルドで仕事を3つ達成しろ】
・達成報酬 EXP450/???
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- 探索 -
【帝都をもう10周しろ】
・達成報酬 VIT+100
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- 探索 -
【海運都市ナグルファルを1周しろ】1/3
・達成報酬 EXP100/VIT+5
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- 事業 -
【ヘズ商会を成長させろ】
・達成報酬 DEX+100
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- 粛正 -
【悪党を5人埋めろ】残り2人
・達成報酬 EXP900/スコップLV+1
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- 粛正 -
【汚れた富を300000クラウン盗め】570 / 300000
・達成報酬 AGI+100
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- 投資 -
【合計1万クラウン使え】1685 / 10000
・達成報酬 EXP1000/出会いの予感
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- 目次 -
【Name】アシュレイ
【Lv】16
【Exp】1855
【STR】41
【VIT】110
【DEX】99
【AGI】82
【Skill】スコップLV3.5 シャベルLV1
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先日は投稿ミスをしてしまいすみませんでした。
次話より新章となります。