5-5 スコップ一つで始める水泥棒 - へし折られた朝チュンフラグ -
翌日、俺はさらなる防衛計画を練った。
ギルドの受付が言っていたのだ。ホブゴブリンを一匹片付けたところで、安心するなと。
そこであらためて、ゴブリンとホブゴブリンの関係を思い返した。
二つは被支配者と、支配者の関係だ。片方は年少の子供並みの知能しか持たない。
つまりホブゴブリンという支配者を潰せば、組織を破壊できる。
あれっきり襲撃が止まったのもその影響だろう。
ホブゴブリンは支配者、それゆえに個体数が少ない。なかなか前に出てこない。だから俺は俺を囮に使った。
だが次はそうはいかんだろう。バカ正直に繰り返すにしたって、変化球を加えたかった。
「起きたか」
「おぉぉぉーっっ、シンザ様ッ、いや救い主様! おみゃー様には感謝しとるべ! すぐ朝食さ作らせるからよっ、待っててくんろ!」
ラッキー自警団長が村長の家にきた。
そこで俺もまだ深く眠りこける15歳児を置いて、客間から居間に移った。
「村長、昨日とずいぶん態度が変わった気がするぞ……」
「気のせいだべ! おみゃー様のおかげで村は大勝利! もうゴブリンなんか恐くねぇべ!」
「あれだけの仕事を見せられたら、誰だって態度を変える。シンザ殿、昨日の勝利は痛快だったぞ」
彼らはもう勝った気になっているだろうだ。
実際、やつらに深い痛手を与えたのは事実だろう。だがホブゴブリンも生物、家族を作る。あれ一匹だけだったとは考えづらい。
「工事は終わっていない」
「おみゃー様なに言ってるべっ!?」
「朝食をくれ。それが終わったらあの堀をさらに完璧に整備する。それとな、これは今さっき思いついたのだが、あの今にも干上がりそうなため池と川を繋ぎなおそう」
恐らくはゴブリンたちに川上の流れをせき止められたのだろう。
まだどうにか村の水路は生きていたが、水かさが低く心許ない。
窓から村のため池を見れば、かつての水量の4分の1しか今はないことがわかった。
「そ、それはぜひ頼みてぇべ! 水が少ねぇと畑仕事さもままならねぇ!」
「だがいいのか……? 俺たちには金がない、心苦しさが増すばかりだ」
するとな、村長さんが下品にニタリと俺に向けて笑った。
カチュアに命令して、俺に身体を捧げさせた件だろう。山奥は少し冷えるからな、湯たんぽ代わりにはなった。
「かまわん、これもやつらに再襲撃させるための小細工だ。地下道を掘り、水をため池まで誘導する。水を盗み返すのだ」
「つまりシンザ殿は、地下トンネルまで掘れるのか……?」
「やっぱりシンザ様は救い主だぎゃぁ! はぁぁぁっありがたやありがたやぁぁっ! 村をよろしくお願いするべシンザ様!!」
ラッキーのまだ若い姪に身体を売らせようとしたくせに、村長は俺を拝み倒した。
カチュアを差し向けたことそのものには悪気はない。そういう人間だと思うほかにあるまい。
「それから弓と矢。それを放つための足場を作ってくれ。恐らくまだホブゴブリンは残っている、もう一度狙い打ちにするぞ」
「朝から無理を言ってくれる……。わかった、俺たちに任せてくれ。シンザ殿、どうかこの里を再び水里にしてくれ」
そういう形で決まると、ふところの邪竜の書が小さく震えた。
彼らと別れて一度部屋に戻り、ページを進めると思った通りだ。
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- 事業 -
【地下隧道を1つ掘れ】
・達成報酬 スコップLV+0.5 STR+5 EXP+200
・『村の豊かな水を取り戻せ。さすれば貴様は正真正銘の英雄となろう』
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邪竜の書に新たなページが追加されていた。
達成報酬が魅力的だ。一仕事こなせば、俺はさらにたくましいスコップ使いになれるということだった。
地下隧道を掘れか。だがジラントよ、字を間違っているぞ。地下水道だ、隧道ではない。
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まあそういうわけだ。役割分担をして、俺はまず水路を掘ることに決まった。
やはり元々あった川を、ゴブリンにせき止められてしまったそうだ。
向こうだって俺の大仕事を見て、次に水路を掘り返すかもしれないと想像するだろう。
ならばその裏をかいて地上には出ずに、地底から水を盗む。俺はホタルさんらしいからな、水ときっと縁があるのだろう。
部屋に戻って書を確認した後は、村長におべっかを売られながら朝食を食べた。
ラッキーさんも一緒だ。朝食の二度食いだと笑っていた。
「ところで救い主様、村からの贈り物は気に入ってくれたべか?」
「ああ、カチュ――」
「シィィーー!! そりゃぁラッキーには秘密だべさ!! で、どうだったべか……?」
「ああ、一緒に寝た」
ラッキーさんが不思議そうに俺たちを見た。
聞かれてまずいなら、この場でその話をしなければいいだろうに……。
「おおっそれはよかったべさ! 救い主様、どうかこの村を救ってくんろ! ……カチュアが気に入ったみたいで良かったべ、今夜も好きにするといいべさ。それとも代わりの子を……」
言葉の中盤辺りからは、毛深い手を寄せての耳打ちだ。
煮たオートミールと野菜スープだけの朝食を、半ばあきれながら腹に納めていった。
「いい。あの子が気に入った。他は困る」
「はぁぁ~っ! 今後とも、よろしくお願いたのんますっ、救い主様!」
「村長、いい加減にしてくれ! あまりにベタベタと媚びへつらうと、シンザ殿の心証をかえって損ねるぞ……!」
大丈夫だ。カチュアを俺の寝床に押し付けた時点で、心証は最悪だ。
いくら村のためだとはいえ、15の子の、それもラッキーの姪にアレをやらせなくてもよかっただろう……。
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腹を満たすとカチュアと一緒に一度、櫓に上った。
なぜだかあの後、支度をして出て行こうとすると一緒にくっついてきたのだ。
助手とガイドが必要だったので文句は無かった。
村長もその方が納得するだろうからな。
「ほらあそこ、細い小川が村まで続いてるでしょ、そこからあっち。あの辺の森で川が塞がれちゃっててさ」
「意外と頭の回る連中だな。しかしあの辺りなら何のことはない。多分な」
川は西から村の中心を通って東の盆地に抜けるものだ。
水を盗むというこの作戦、いや策略はこれ単体できっと価値がある。
追いつめられたゴブリンたちが、川の封鎖に全力をかける可能性もあるからな。人の生活は水源なくしては成り立たない。
「どうした?」
「えっ……い、いや、別になんでもない……っ」
カチュアが俺の横顔を見ていた。
まさかとは思うが、まだ俺の目を疑ってるのではないだろうな……。
「昨日のは目の錯覚だ、忘れろ」
「……え、なんの話? ああ、目が光ったときの話? 違うよ、ただ見てただけ」
「そうか。見てただけか」
「そ……そうだよ、悪いかよっ、見てただけだ!」
年頃の女の子というのは俺にはわからんな……。
眼下に流れる小川はあまりに細く、村の生活には心もとなかった。
「それよりカチュア、仕事に入ろう。トンネル工事に入ったら、アンタは正面の壁をこのランプで照らしてくれ」
櫓を降りて、村西部のため池に向かった。
そのため池から水量を調整して畑に運ぶ構造だったようだが、残念ながら今は水かさがまるで足りず機能していない。
ここを清らかで冷たい水でいっぱいにしたい。
イメージを膨らませながら、俺はため池からわずかに外れたところに階段状に縦穴を掘った。
「では明かりは任せたぞ。それと先に言っておく、泥をひっかけたらすまん」
「いいよ、ひっかけられたらシンザに洗ってもらう」
「俺に洗濯させるつもりか」
「違うって、完成したら一緒に水浴びしようって言ってんだよ」
「無理だな、恐らく最初は土砂が流れ込む。入ったらもっとドロドロだ」
「そうかぁ、残念……」
一晩明けて、なぜだかわからんがカチュアが昨日に増して馴れ馴れしい。
彼女にも気に入られたということだろうか。
まあいい、ウズウズしていたので俺はトンネル作りに入った。




