5-4 報酬の全てが依頼書に書かれているとは限らない - 勝利の雄叫び -
「ウォォォォーッ、シンザッ、シンザッ、シンザッ!!」
被害0の完全勝利だ。奇跡の戦果に自警団の誰もが沸き立った。
今日まで煮え湯を飲まされてきた相手だ。そのリーダー格のホブゴブリンを討ったとなれば、興奮の熱唱が鳴り止まないのも仕方あるまい。
「ありがとうシンザ! おみゃーさんのおかげで俺たちどうにかなりそうだがん!」
「うちの犬もあいつらにやられてよぉ……ああスッとしたよぉシンザ!」
「神だに! 奇跡の男だに! 村の救世主だがんおみゃぁっ!」
呼吸を整えながら、俺は嬉しい言葉の数々を受け取った。
皇帝家の忌み子だった俺が民に賞賛されている。
絶対にゲオルグのようにはなれないと諦めていたというのに、俺はギルドの受付が言うところの小さな英雄となっていた。
神というのはさすがに言い過ぎだがな。
「って、なんか言えよっシンザ! この状況でなんで工事再開すんだよっ!?」
「カチュア、シンザ殿に失礼だ。だがまあ、もう少しだけ、一緒に浮かれてもらいたい気もするな……」
敵が退いた今がチャンスだ。立て直してくる前に防備を完璧にしたい。
再び黙々と、黙々と堀の延長作業に入った。
「すまん、それは途中の仕事を片付けてからにする。引き続き見張りは任せた」
「シンザって強いけど、すっげー変人だよな……」
穴を掘り始めるとどうしても寡黙になる。
周りが見えなくなって、大好きな穴掘りに意識が埋没する。
こうしているとホッとするのだ。ただただこうやって穴を掘っていると安心する。
大地を掘ることそのものが己の人生、己の役割だとさえ感じることもあった。
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穴を掘っていると何かしらが出てくる。
といってもここは石やら枯れた根やら、大した物が見つからない。
場合によっては地に埋もれた宝石が見つかることもあるのだが、それらしき姿はない。
いや、さらに作業を進めてゆくと再び俺は芋を掘り当てた。山芋ではない、これはキャッサバの一種だろう。
生で食ったら腹を壊すやつだ。芋なんてどれもそんなものばかりだがな。
「どうしたんだよー、シンザー? なにそれ」
「芋があった。これはキャッサバだと思う、煮たり蒸かすとなかなか美味い」
掘り当てた芋を、堀の上のラッキーさん目掛けて投げた。
また困惑させてしまったようだ。変なことをしたつもりはないのだが……。
「また芋か……。こんなに庶民的な英雄は初めてだな。……おい、これを蒸かして持ってこい!」
「フ、そうこなくてはな。む、まだあったぞ、これも頼む。この様子だともっとありそうだ、手当たり次第探してみる」
「ちょっとシンザッ、目的が芋掘りにズレてってないっ!?」
「すまんな、俺は発掘家として芋が大好きなのだ」
「いや意味わかんないってっ!」
芋を探って思わぬ方向に工事が蛇行したが、芋が見つからなくなるとまた無心の世界に俺は戻った。
しかしなかなか大量に埋まっていたらしくてな、防壁の中では小さな芋煮大会になっていたらしい。
俺が持ってきた海塩で味付けしたやつがカチュアの手で運ばれて、没頭する俺の口にねじり込まれたりもした。
美味い。やはり芋は最高だ、他にもどこかに眠っていないものだろうか。
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それから夜が訪れて太陽神から逃げる女神が空高く上った。
簡潔に言えば夜更けだ。ふと我に返ると、俺は堀と堀を繋げていた。穴を掘りながらグルリと南門周辺まで一周して、村を囲む堀の完成を迎えたのだ。
「おいっシンザ殿っ、大丈夫か!?」
そして背中から堀の底で地にぶっ倒れた。
付き合ってくれていたのはラッキーさんと、見張りの門番だけだ。他の連中はまあ田舎者だからな、就寝が早いのだ。
「疲れたな……」
「今さらそれを言うのか……。村長の家に部屋を用意してある、少し休んだら帰ろう」
身を起こしてラッキーさんに肩を借りた。
どうにか堀からはい上がり、門を開いてもらって寝静まった村の中を歩く。
「たった一人で完成させるとはな……。よく聞けっ、みんなついにできたぞ!! シンザ殿が深くて広い堀を完成させてくれた、これでもう安心だ!!」
「おい……夜中だぞ」
住居の集まる広場までやってくると、村の連中がまだ起きていた。
その彼らへ、いや家の中にも聞こえるようにラッキーさんが大声で叫んだ。
すると家々から子供まで起き出してきて、情けなく肩を借りる俺に口々に感謝の言葉を向けた。
もうこれで中に入り込まれる心配もない。おみゃぁさんどえらい人だにー、と。そんなことばかり言われた。
すると再び受付の言葉が浮かんできた。確かに俺は今、小さな英雄となっている。この仕事を受けて良かったと、心より思うことができた。
それから汗と足を冷たい井戸水で流して、俺は村長の家の客間にお邪魔して、寝床に横になった。
そこまできてようやくレンズとグローブを外せて、俺は英雄ではなく、元の異形の忌み子に戻っていた。すぐに眠れそうだ。
やがて疲労した肉体が意識の主導権を奪った。達成感と疲れが理想的な安眠を呼んで、俺は泥のように眠り込んでいった。
次回挿絵回になります。
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初週の勢いが大事なので、もし書店で見かけたら手にとってみて下さい。