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5-2 金の無いド田舎に行けと奇書が言う

 帝都を中心に地図を見ると、帝国は北側に広いことになる。

 だが発展した都市は、だいたい南部や帝都周辺に集中している。


 逆に北方に行けば行くほど平均気温が下がり、それと一緒に収穫量も落ちるため人口密度が落ちてゆく。

 例外は鉱山地帯、あるいは有力諸侯の所有する都市くらいなものだろう。


 当然皇帝の直轄地でもなくなり、大小の貴族が支配する領地となる。

 帝都では当たり前だった秩序が遠ざかり、理不尽と横暴が増えると言っても差し支えない。


 こういった場所は、各貴族と貴族の領地で入り乱れているせいで、何かとややっこしく面倒が多いのだ。


 ともあれ受けたからにはすぐに出立した。

 乗り合い馬車に揺られて三日の旅を楽しむと、俺はようやく目的の地方にたどり着くことになった。


「毎度、冒険者さん。どこで仕事するんだい?」

「コリン村だ。道を知っているか?」


 小さな地方都市で塩と干物を売った。

 確かにこれは手堅く儲かるようだ。馬車代をさっ引いてほんの少しの黒字になった。


「なら明日にした方がいい。町の大通りを北に抜けたら看板があるはずだから、あとは案内通りに行けば着く」

「助かった。言われた通りにしてみるとしよう」


「それにしても物好きな冒険者様だね。だけど命は大切にしなよ、あの辺りは大変だ」

「ああ、それなら問題ない。俺の命は元から軽いからな、かえってちょうど良い具合なのだ」


 この地方で起きていることだ。商人はある程度事情を把握しているのだろう。

 だがここまできて、何もしないで帰るわけにはいかない。


「本当に物好きだね……」


 金も稼げたことなので、ほどほどの酒場宿でほどほどに賑やかな一晩を過ごすと、翌朝コリン村へと出発した。



 ◇

 ◆

 ◇

 ◆

 ◇


 確かに片道4日だった。

 鬱蒼とした山道を進んで、ようやく山奥の台地にたどり着くと、視界が一気に開けていた。どうやらそこがコリン村のようだ。


 ゴブリンに手を焼いているだけあって、村は外周を材木と石のバリケードで取り囲み、さながら小さな砦となっていた。

 ただ思っていたよりも大きい村だ。見る限りでは我が身を守るのに手一杯で、豊かそうには見えなかった。


「お前村の者じゃないな。もしかしてどこかの山師か?」


 村の南門に立つと、顔に畑の土を付けた門衛が柵の上から顔を出した。

 スコップを背負っているせいで、山師か何かと勘違いされたようだ。


「山師か。そうだな、近しいところではあるな」

「山師じゃないのか。じゃあなんだ?」


「ゴブリン討伐を請け負った冒険者だ。中に入れてくれ、帝都みやげの海塩と一緒にな」


 門衛はスコップ男の言葉に首を傾げた。何せその男は、剣も鎧も身に付けていなかったからな。

 よくわからないから村長に会ってくれと言われて、一番大きなお屋敷で引き合わされた。


「ワシが村長だがよ、おみゃー誰だん?」

「門番から聞かなかったのか? ならば説明するよりこれを」


 どうも信じてもらえない気もしていたからな、ギルドからの書状を村長に見せた。

 どんな外見かと聞かれたら、失礼だがこう応えよう。


 全身ムダ毛の塊みたいな初老のおっさんだ。

 とにかく毛深くて、帝都の市民とは対極的に野性味があった。


「おぉぉぉぉーっ、よーおいでなすった! ずっと待とったんだにー、冒険者様!」


 書状を見るなり村長の態度が一変した。

 ようやくゴブリンをどうにかしてくれる救世主がきたのだと、それはもうニコニコと舞い上がっていた。


 しかし喜びもつかの間のことだ。

 俺の姿を再度見て、彼は徐々に笑顔を真顔に変えていった。


「ほしたらぁー……お仲間は、いらっしゃるんだにー?」

「いない。俺一人だ」


「一人……。ほんなら見た感じ、剣とか持とらんみたいだけんど、おたく、何で戦うん?」

「スコップだ」


「スコ……スコップゥゥーッ?! お、おおおみゃ、おみゃなんだんっそりゃあ!?」


 ムダ毛村長は困惑した。

 兄上と姉上からいただいた、鋼鉄のスコップを見せつけても、ちっとも憧れの感情を抱いてはくれなかった。


「そうだな、剣使いがソードマンならば、さながら俺はスコップマンか。村長、スコップを甘く見ない方がいいぞ。剣になる上に、鈍器にもなって、穴が掘れて、腹が減ったら芋も探せる。スコップとはバカにはならん万能武器なのだ」


「ぉ……ぉぅ……。でえれぇ変わり者が来たべな……。ちーと、ちーとおら席外すべ。おみゃーちょっと、ここで待っとりんしゃい……」


 村長が応接間から飛び出していった。

 部屋の外で聞き取れないヒソヒソ声が響いて、それから少し待つと戻ってきた。


「自警団の団長、呼んだん。すぐくるからよ、彼と打ち合わせしやー。しっかし奇妙だべ……帝都のギルドでは、スコップで戦うの、はやってんべか?」

「ああ、だいたいそんなところだ。流行語の最先端はスコップと言っても過言ではない」


「そうかぁ、都会人のやるこたぁ、よーわからんやぁー……」


 村長の困惑と誤解は後で解けばいい。

 自警団の団長とやらがくるまで、客人は麻のソファーに腰掛けて旅の疲れを癒した。


 村長はすぐと言ったが遅いな。まさか畑でも耕しているのだろうか。

 十分とは言えないが緊張感が抜けて、動くことにダルさを感じてきた頃、やっとこさ帯剣した大柄な男がやってきた。


「待たせてすまない、姪っ子がぐずってな……」

「なら寝かしつけるまで待ったのだがな。俺はシンザ、帝都の冒険者だ」


「ラッキーだ、よろしく。しかし……本当にスコップ以外に持っていないのだな……」

「ああ、俺は剣の才能が壊滅的でな、こっちの方が遙かに得意なのだ。村長はコレを見て、どうも慌てたりガッカリしていたようだがな」


 スコップを興味深そうに見るので、俺はラッキーさんに己の得物を手渡した。

 大柄な身体で彼はそれを両手で抱えて、不思議そうに眺める。


 鋼鉄のスコップ。鋼と鉄を見分けられる者だけが価値を知ることができる、正真正銘の珍品だ。


 なにせ鋼鉄の製造には金と手間と技術者が要る。

 わざわざ貴重な鋼を消費して、穴掘り道具など普通は作らない。


「シンザ殿、お前は本当にこんなもので戦うのか……? スコップに鋼鉄……悪い、どうも理解できない……」

「心配はいらない。俺はこれでアビスハウンドを倒した実績がある。それについこの間は、とある勇猛で名高い帝国士官と引き分けまで行ったのだぞ。おおそれにそうだった、これはこのスコップで掘った山芋だ。実は来るときにちょっとな」


「お、おう……。冒険者に芋を渡されたのは、生まれて初めてだ……」


 芋が掘れる。これこそが5本の指に入るであろう、スコップの素晴らしいところだ。

 いやそんな顔しなくとも仕事はちゃんとやる。困り果てないでくれ、ラッキー自警団長。


次回は新キャラのおまけ挿絵が付きます。

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[一言] 純鉄の工具は柔らかくて使い物になりません。針金がいい例です。大半の工具や道具は鋼鉄製です。ものによって硬さは異なりますが
[一言] 連日の更新ありがとうございます。 寒くなってきて体調など崩されないようにご自愛ください
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