5-2 金の無いド田舎に行けと奇書が言う
帝都を中心に地図を見ると、帝国は北側に広いことになる。
だが発展した都市は、だいたい南部や帝都周辺に集中している。
逆に北方に行けば行くほど平均気温が下がり、それと一緒に収穫量も落ちるため人口密度が落ちてゆく。
例外は鉱山地帯、あるいは有力諸侯の所有する都市くらいなものだろう。
当然皇帝の直轄地でもなくなり、大小の貴族が支配する領地となる。
帝都では当たり前だった秩序が遠ざかり、理不尽と横暴が増えると言っても差し支えない。
こういった場所は、各貴族と貴族の領地で入り乱れているせいで、何かとややっこしく面倒が多いのだ。
ともあれ受けたからにはすぐに出立した。
乗り合い馬車に揺られて三日の旅を楽しむと、俺はようやく目的の地方にたどり着くことになった。
「毎度、冒険者さん。どこで仕事するんだい?」
「コリン村だ。道を知っているか?」
小さな地方都市で塩と干物を売った。
確かにこれは手堅く儲かるようだ。馬車代をさっ引いてほんの少しの黒字になった。
「なら明日にした方がいい。町の大通りを北に抜けたら看板があるはずだから、あとは案内通りに行けば着く」
「助かった。言われた通りにしてみるとしよう」
「それにしても物好きな冒険者様だね。だけど命は大切にしなよ、あの辺りは大変だ」
「ああ、それなら問題ない。俺の命は元から軽いからな、かえってちょうど良い具合なのだ」
この地方で起きていることだ。商人はある程度事情を把握しているのだろう。
だがここまできて、何もしないで帰るわけにはいかない。
「本当に物好きだね……」
金も稼げたことなので、ほどほどの酒場宿でほどほどに賑やかな一晩を過ごすと、翌朝コリン村へと出発した。
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確かに片道4日だった。
鬱蒼とした山道を進んで、ようやく山奥の台地にたどり着くと、視界が一気に開けていた。どうやらそこがコリン村のようだ。
ゴブリンに手を焼いているだけあって、村は外周を材木と石のバリケードで取り囲み、さながら小さな砦となっていた。
ただ思っていたよりも大きい村だ。見る限りでは我が身を守るのに手一杯で、豊かそうには見えなかった。
「お前村の者じゃないな。もしかしてどこかの山師か?」
村の南門に立つと、顔に畑の土を付けた門衛が柵の上から顔を出した。
スコップを背負っているせいで、山師か何かと勘違いされたようだ。
「山師か。そうだな、近しいところではあるな」
「山師じゃないのか。じゃあなんだ?」
「ゴブリン討伐を請け負った冒険者だ。中に入れてくれ、帝都みやげの海塩と一緒にな」
門衛はスコップ男の言葉に首を傾げた。何せその男は、剣も鎧も身に付けていなかったからな。
よくわからないから村長に会ってくれと言われて、一番大きなお屋敷で引き合わされた。
「ワシが村長だがよ、おみゃー誰だん?」
「門番から聞かなかったのか? ならば説明するよりこれを」
どうも信じてもらえない気もしていたからな、ギルドからの書状を村長に見せた。
どんな外見かと聞かれたら、失礼だがこう応えよう。
全身ムダ毛の塊みたいな初老のおっさんだ。
とにかく毛深くて、帝都の市民とは対極的に野性味があった。
「おぉぉぉぉーっ、よーおいでなすった! ずっと待とったんだにー、冒険者様!」
書状を見るなり村長の態度が一変した。
ようやくゴブリンをどうにかしてくれる救世主がきたのだと、それはもうニコニコと舞い上がっていた。
しかし喜びもつかの間のことだ。
俺の姿を再度見て、彼は徐々に笑顔を真顔に変えていった。
「ほしたらぁー……お仲間は、いらっしゃるんだにー?」
「いない。俺一人だ」
「一人……。ほんなら見た感じ、剣とか持とらんみたいだけんど、おたく、何で戦うん?」
「スコップだ」
「スコ……スコップゥゥーッ?! お、おおおみゃ、おみゃなんだんっそりゃあ!?」
ムダ毛村長は困惑した。
兄上と姉上からいただいた、鋼鉄のスコップを見せつけても、ちっとも憧れの感情を抱いてはくれなかった。
「そうだな、剣使いがソードマンならば、さながら俺はスコップマンか。村長、スコップを甘く見ない方がいいぞ。剣になる上に、鈍器にもなって、穴が掘れて、腹が減ったら芋も探せる。スコップとはバカにはならん万能武器なのだ」
「ぉ……ぉぅ……。でえれぇ変わり者が来たべな……。ちーと、ちーとおら席外すべ。おみゃーちょっと、ここで待っとりんしゃい……」
村長が応接間から飛び出していった。
部屋の外で聞き取れないヒソヒソ声が響いて、それから少し待つと戻ってきた。
「自警団の団長、呼んだん。すぐくるからよ、彼と打ち合わせしやー。しっかし奇妙だべ……帝都のギルドでは、スコップで戦うの、はやってんべか?」
「ああ、だいたいそんなところだ。流行語の最先端はスコップと言っても過言ではない」
「そうかぁ、都会人のやるこたぁ、よーわからんやぁー……」
村長の困惑と誤解は後で解けばいい。
自警団の団長とやらがくるまで、客人は麻のソファーに腰掛けて旅の疲れを癒した。
村長はすぐと言ったが遅いな。まさか畑でも耕しているのだろうか。
十分とは言えないが緊張感が抜けて、動くことにダルさを感じてきた頃、やっとこさ帯剣した大柄な男がやってきた。
「待たせてすまない、姪っ子がぐずってな……」
「なら寝かしつけるまで待ったのだがな。俺はシンザ、帝都の冒険者だ」
「ラッキーだ、よろしく。しかし……本当にスコップ以外に持っていないのだな……」
「ああ、俺は剣の才能が壊滅的でな、こっちの方が遙かに得意なのだ。村長はコレを見て、どうも慌てたりガッカリしていたようだがな」
スコップを興味深そうに見るので、俺はラッキーさんに己の得物を手渡した。
大柄な身体で彼はそれを両手で抱えて、不思議そうに眺める。
鋼鉄のスコップ。鋼と鉄を見分けられる者だけが価値を知ることができる、正真正銘の珍品だ。
なにせ鋼鉄の製造には金と手間と技術者が要る。
わざわざ貴重な鋼を消費して、穴掘り道具など普通は作らない。
「シンザ殿、お前は本当にこんなもので戦うのか……? スコップに鋼鉄……悪い、どうも理解できない……」
「心配はいらない。俺はこれでアビスハウンドを倒した実績がある。それについこの間は、とある勇猛で名高い帝国士官と引き分けまで行ったのだぞ。おおそれにそうだった、これはこのスコップで掘った山芋だ。実は来るときにちょっとな」
「お、おう……。冒険者に芋を渡されたのは、生まれて初めてだ……」
芋が掘れる。これこそが5本の指に入るであろう、スコップの素晴らしいところだ。
いやそんな顔しなくとも仕事はちゃんとやる。困り果てないでくれ、ラッキー自警団長。
次回は新キャラのおまけ挿絵が付きます。