4-4 突発的に光るホタル男と小さな錬金術師 - 魔女 -
「それじゃ、もう一つのお薬作るでしゅ!」
差し出されたグラニュー糖を受け取る。すると少女ドゥリンは、てきぱきと素材を釜に投入して、手早く強壮剤作りに入っていた。
見た目は幼いが仕事は早いようだ。よどみなく作業を進めて、俺がよそ見から目を戻せばもう錬金釜の液体をかき回している。
「若いのに凄いな」
「こ、子供じゃありませんでしゅ! もう15でしゅ!」
まゆをつり上げて抗議してから、自称15歳の少女が丸い両頬を膨らませた。
[若い]もまた禁句だったようだ。ところで理由はわからないが、ドゥリンがつま先立ちの背伸びをまた始めていた。
「……それはさすがに信じかねる」
「んなぁ……なんででしゅかぁー!? じゃ、じゃあ、ドゥリンは、ホタルさんから見て、いくつに見えたでしゅか……?」
「11くらいかと思っていたのだが、違っ――」
「はわっ!? ひ、酷いでしゅっ、ドゥリンはお子様じゃないでしゅっ! お色気がほのかに香り出す、ピチピチの15歳でしゅよっ!」
ドゥリンは必死の抗議をしながらも、追加の材料を釜へと溶かし込んでいった。
確かにこの手並みは11ではない。子供というのは未熟だ。それゆえにどうしても手先が不器用になるものだ。
「ああ、その技はお子様とは言い難い。かなり優秀そうに見える」
ただ色気の方はわからない。ローブの上からでは正確に判断しかねたが、胸にも尻にも膨らみらしい膨らみが見つからない。
顔立ちもまだあどけなく、何から何まで二つ下とはとても信じられなかった。
「ぼーー……」
ところでだが、彼女は怒りを引きずらないタイプなのかもしれないな。
唐突に怒りを引っ込めて、不思議そうにそのあどけない顔でこちらを見つめてきた。釜をかき回しながらの長く徹底された凝視だ……。
「黙り込んでしまったな。まさかまた、俺が失礼なことを言ってしまったのか……?」
「ぁ……えっと、なんでもないでしゅ! ちょっとお姉さまの、お手紙の人に――ううん、な、なんでもないでしゅ! なんにも、気づいてないでしゅ!」
まさか姉上、俺のことまで文通のネタにしていないだろうな……?
いや姉上の性格ならば、弟のアシュレイを話題に入れない方がむしろ不自然なのかもしれん……。
だとすると急にやりにくくなってくる。俺はただの遊び人のシンザ、謎のホタルさんでいたいのだ。
哀れな皇帝の子アシュレイという役割は、宮殿の外では演じたくない。
「アトミナお姉さまは、弟さんをとっても大事にしてるそうでしゅ。ドゥリンも、お姉さまの妹になってみたいでしゅ……」
父と母はお空にいると、この子は俺の質問に答えていた。
そこにドゥリンのあどけない容姿が加わると、否応なく胸が締め付けられる。このことはそれとなく、だが必ず姉上に伝えておこう。
「皇女殿下は愛情深いが、それが行きすぎることも多いそうだ。意外と妹は大変かも知れんぞ」
「濃い愛でしゅか!? そんなのバッチコイでしゅ! ドゥリンはお姉さまのっ、濃いめの愛を希望したいくらいでしゅ!」
「そうか。ならば渡すときに伝えておく」
「はっはひぃっ!? 言っちゃダメでしゅっ、空気を読むでしゅよっホタルさんっ!」
「生憎だがな、それができたら、でくの坊だの唐変木だのと言われていない」
しかしドゥリンは返事を返さなかった。なぜならほどなくすると釜がまた蒸気爆発して、底に彼女の仕事の成果が完成したからだ。
瓶詰めの蜂蜜みたいな薬だ。俺は差し出されたそれを受け取り、ガラス窓に向けてよく観察した。
「強壮剤とグラニュー糖、確かに受け取った。皇女殿下も喜ばれることだろう」
「は、はい、よろしくお願いしましゅ! 毎度、ありがとーございましゅでしゅっ、またのご利用、お待ちしておりましゅでしゅ!」
ドゥリンが元気良く頭を下げてそう言った。
姉上の依頼を請け負えることがよっぽど嬉しいそうだ。指を胸の前に組んで、少女が体をしきりに左右へ揺すっていた。まるで犬だな。
「ああ、また来よう。俺もなんとなく、アンタに何か仕事を頼みたくなってきたところだ」
「やったでしゅ、新しいお得意さまゲットでしゅ!」
とはいえ先立つ物がない。
キャラル・ヘズは報酬を払いたがったが、俺は結局1クラウンも受け取らなかったからな。
「ではな」
これ以上仕事の邪魔をするのも悪い。
店を出ることにしてドゥリンに背中を向けた。
「またおいで下さいませでしゅ、えっと……ホタルさん……?」
「ああ、ホタルのままで全く構わん。また光ったときは生暖かく見守ってくれ」
「はっ、はわわっ!? ドゥリンは大変なこと思い出したでしゅっ! ホタルさんが光るのは、交尾の相手に求愛――」
「よく気づいたな、実はそうなのだ」
「ひゃわぁっ!? そそそそっ、そんなっ、ドゥリンたちまだ会ったばかりでしゅ、そういうのは、お、おてて繋いでから……それから……」
「冗談だ。ではまたな、ドゥリン・アンドヴァラナウト」
恥じらうその姿を一瞥だけして、俺は錬金術師アンドヴァラナウトの工房を出て行った。
これは深読みかもしれんが姉上のことだ。ドゥリンに己の弟を見せようとしたのかも知れない。
そうなると、次に会う頃には俺は、謎のホタルさんではいられなくなるのかもしれん。
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◇
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◇
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いやところがだ、そこで綺麗な別れとはならなかった。
実は俺と入れ替わりで新しい客が入ってきた。国教会のトーガを身にまとった、よく肥えた男だ。
ソイツがなんというか、どうにも妙な感覚がしてな。俺は店から出るふりだけに止めて、棚の陰に隠れて様子を見ることにした。
お節介ですまん。だが俺も俺なりに、悪党に対する嗅覚が鋭くなっているようだ。
「魔女アンドヴァラナウト、命が惜しければ帝国を去れ。あるいは廃業しろ」
「はへ……?!」
「さもなくば致し方ない――火炙りだ」
「ひ、ひぅっ!? なんで、ドゥリンは、なんにも悪いことしてないでしゅ……っ。だってみんな、ドゥリンのお薬を……」
予感は最悪の方向に的中していた。
いやさらに悪化した。ヤツの脅しの言葉に示し合わせたかのように、店外から石が投げ込まれたのだ。
「ひぇっ……!? そんな、ドゥリンのお店の、窓が……」
この店の窓はガラス製だ。それがヒステリックな叫び声を上げて、ドゥリンに恐怖の悲鳴を上げさせた。
事情はまるで飲み込めない。だが現行犯を捕らえて、割ったガラスを弁償させることくらいならできるだろう。
そう決めるとすぐに俺は店の入り口を飛び出した。
すると通りの向こうに、男が何かを振りかぶっているのを目撃した。
そいつは国教会の制服を着ているようだ。俺に現場を見られたことでうろたえて、ガラスを割るつもりの石を空にすっぽ抜けさせた。
「ぅ……クソッ……」
しかしおかしな行動を取るものだな。
正面から俺に見られているというのに、その若い男は3つ目の石をドゥリンの店に投げつける。
背中の方でまたガチャンとガラスが無惨に割れる音と、怯えた悲鳴が聞こえた。
ガラスを2回割れと、中の火炙り野郎と約束していたのかもしれん。
だがそのせいで逃亡のチャンスが消えた。邪竜の書が俺にくれた瞬発力が、ヤツの予想を上回る踏み込みとなって、制圧を容易にしたのだ。
「止め――うぐっ?! は、離せっ、俺は教会の人間だぞ!」
「ああ、見ればわかる。アンタはとんだ間抜けだよ。さて、コイツで殴り飛ばされたくなかったら、おとなしく俺についてこい」
「貴様、俺は教会の――アガァッ!?」
「バカを言わないでくれ。神に仕える者が、人様の家に石を投げ込むはずがないだろう。よってお前は聖職者ではない。ただの悪党だ」
悪党を拘束して、俺はアンドヴァラナウトの工房に再入店した。