4-4 突発的に光るホタル男と小さな錬金術師 - でゅ - (挿絵あり
ホタルのお兄さんが発光を止めるまで、ドゥリンは物珍しそうに俺を夢中で眺め続けた。
邪竜の書にも気づいたのかもしれん。いつもなら書から俺に光が伝播するからな。
そんな状況では会話にもならん。話しかけても……
「はわわ……」
などとしかアンドヴァラナウト氏は答えてくれなかったのだ。
だから待った。制御不能の発光が収まるのをいつものように、わずかな羞恥心を抱きながらな……。
ジラント、聞こえているなら聞いてくれ。
この書はやはり問題がある。ドゥリンの前だからいいものの、今後皇族の前や、信心深い連中の前で光ったら事だぞ……!
「はわっ、すみましぇん、ずーーっと見ちゃいましたでしゅ!」
「かまわん、俺が勝手に光ったんだ。それよりさっきは失礼したな」
「いいでしゅ。いつものことで、慣れ慣れ慣れっ子でしゅ」
「そうか。では姉――いや、麗しきアトミナ皇女殿下からの依頼を伝える」
「アトミナお姉さまからでしゅかっ!?」
やはり知り合いか。異界の本の影響か、お姉さまと付けられると、いかがわしい響きにも聞こえてくる。
まあともかくだ、俺は姉上の依頼の品を簡潔に伝えて報酬を先払いした。
「お姉さまのために、ドゥリンはがんばりましゅ!」
するとやる気いっぱいだ。
小さな身体で彼女は棚からてきぱきと素材を集めて、不用心にも俺が支払った報酬を、カウンターにそのままにしていた。
「おい、その前に金をしまえ。俺が悪党ならちょろまかすぞ」
「はわっ!? 言われてみればそうでしゅっ、はわわっ取っちゃダメれしゅよぉーっ!?」
なるほど、アトミナ姉上に気に入られそうな性格だ。
ともかくドゥリンは金をしまい、素材をかき集めて、錬金釜と呼ばれる物に材料を溶かしていった。
これが不思議だ。溶けないはずの個体がドロドロに溶けてゆく。
どうもオーダーメイドらしくてな、その場で作ることになったので、仕事をのぞかせてもらうことにしたのだ。
「はわっ、そんなに見ちゃダメでしゅ……」
「そう言われても興味が絶えん。これはおもしろい仕事だな……」
錬金釜と呼ばれる大きな陶器の壷に、ドゥリンは木の杖を差し込んで、さっきからグルグルとかき混ぜている。
「ぐーるこん、でしゅ。あんまり、見ちゃダメでしゅよ……?」
「そう言われると見たくなるのが人のサガだ」
「ぅぅ……恥ずかしいでしゅ……。失敗したら、ホタルさんのせいでしゅよ……?」
依頼したのはグラニュ糖と呼ばれる特殊な甘味料と、旦那に使うのか知らんが、人を元気にする強壮剤と呼ばれる薬だ。
姉上の旦那は帝国南部の公爵でな、皇帝家とも深い血縁関係にあたる。
「まるで物語の世界の魔女みたいだな……」
「ま、魔女じゃないでしゅ! ドゥリンは、錬金術師でしゅ!」
「ああ、すまん、さっきから失言ばかりだな」
「い、いいでしゅ……どうせ、見た目は魔女でしゅ……」
魔女というのは禁句らしい。
その言葉は国教会の連中が悪い意味でも使うからな。俺もうかつだった。
「しかしアトミナ姉――げほっげほっ、アトミナ皇女殿下とは、どういった知り合いなのだ?」
「アトミナお姉さまは、文通友達でしゅ! グラニュー糖、お手紙に付けたら、喜んでくれて……それからのお付き合いでしゅっ」
お姉さまか。やはりずいぶん慕われているようだな、姉上。
姉上について語るドゥリンは、丸い目をさらに大きく広げて幸せそうに笑っていた。
「あ。ちょっとビックリするかもでしゅ」
「ビックリか……?」
何が起きるのだろうか。ふと錬金釜を真上からのぞき込んでみた。
「あ、そこはダメでしゅっ!」
「なぜ――」
理由は聞くまでもなかった。釜がいきなり水蒸気爆発して、俺は空気圧で床にひっくり返っていた。
最初は何が起こったのかわからなかったくらいだ……。
「はわわわっ、大丈夫でしゅか!? ホタルさんごめんなさいでしゅぅーっ!」
「ドゥリン、アンタは皇女殿下と同じだな」
「え、アトミナお姉さまと一緒……?」
「ああ、いちいち大げさなところがな」
よく掃除された床から立ち上がって、もう一度釜の底をのぞいた。
コイツは驚いた。白い粉末が丸いガラス瓶の中に収まっている。
グラニュではなく、グラニュー糖が完成したようだった。
「そうでしゅか……? アトミナお姉さまは、慎ましく、可憐で、お上品で、やさしくて、綺麗で、明るくて、お姫様の中のお姫様でしゅよ……?」
「そうだな、外っつらはそれで間違っていない。だが実際は――いややっぱり無しだ、なんでもない」
ドゥリンが小さな身体で釜に身を乗り出して、グラニュー糖の瓶を取り出す。
続いてそれを俺に差し出すと、ただただ無垢に笑って言った。
「グラニュー糖、できたでしゅ♪ アトミナお姉さまに、どうぞお渡し下さい、でゅ♪」
「むぅ……」
「はわ、ど、どこかご不満でも……? ドゥリンはドジだから、うっかりやるでしゅ……」
「いや完璧に見える。それよりドゥリン、町を歩くときは気を付けた方がいいぞ」
「はへ……。なんででしゅか?」
確かに愛らしい。だが変質者に目を付けられるたぐいの可愛さだ。
いるかはわからないが保護者がしっかりしているのか。あるいはよっぽどご町内と上手くやっているのか。
「気を付けるにこしたことはない。怪しいやつがいたら、意地を張らず走って逃げろ、人が沢山いる方向にだぞ」
「は、はい、わかったでしゅ! 脱兎のように逃げるでしゅ!」
よくも今日まで無事だったな。そう人に思わせる不思議な純粋さがドゥリン・アンドヴァラナウトにはあった。
ぐーるこん。
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