4-2 ゲオルグを越えろと思い出が囁く - 鋼と悪女 -
「何下らないこと張り合ってるのよ。それより応援できなくてごめんねアシュレイ、私が近くにいたら邪魔になるって、ゲオルグが……」
「当然だ。男と男の戦いに、女が何か言ったら調子が狂う」
あの頃はアトミナ姉上には頭が上がらなかったというのに。
ゲオルグは自らこうなることを選択したのだろうか。
古い自分を捨てて、俺とアトミナ姉上を守れる男を目指したのだろうか。
「お姉ちゃんになんてこと言うのよ! アシュレイッ、ゲオルグが酷いのよー!」
「あ、ああ……。ゲオルグの気持ちもわからないでもないが、言い方があるかもしれんな……」
ならば俺も俺の道を――と思ったのだがな、ゲオルグが正しい。姉上がいると、姉上のペースになる。
ところが急にゲオルグが俺たちに背を向けた。
かと思えば双子の姉弟は示し合わせて、奥の木箱の上から大きな布包みをこちらに持ってきた。
それから二人してそれを俺に手渡すのだった。
「おめでとうアシュレイ。ゲオルグと私からのお祝いよ」
「お前が俺に追い付いたら、渡すことになっていたのだ。まあちょうどいい頃合いだ」
何だろうとクリーム色の布をはぎ取る。
するとそこに、新品のスコップが朝日に輝いていた。
「ただの鉄ではない。知り合いの鍛冶屋に作らせた鋼鉄のスコップだ」
「ごうものよ」
「……姉上、それを言うなら業物だ」
「ぅ……わ、わざと間違えたのよっ、知ってるわよそれくらい!」
俺が使っていたのはただの鉄だ。鋼鉄より柔らかく粘りがあるので、歪んでも自分で直しやすい。
だがあの通りゲオルグクラスの怪物と打ち合えば、また壊すはめになるだろう。
「へし折られては遠慮しようがないな。まさか最初からこれを狙っていたんじゃないだろうな……」
「アシュレイッ、お姉ちゃんわざとよっ、わざと間違えたのよ!?」
「もちろんわかってる。姉上は帝国一の淑女だからな、間違えるはずがない」
「ぷっ……いや、なんでもない」
「なんでそこで笑うのよっ、普段仏頂面のくせにっ、ゲオルグは姉に対する敬意を持ちなさいよっ!」
だがこれ以上ここに残ると、彼らのやさしさに飲まれそうだ。
俺の相棒はゲオルグ兄上でもアトミナ姉上でもない。傲慢な断罪を望む邪竜だ。
「試合を申し込んでおいて悪いが、そろそろ俺は退散しよう。また来る」
「えっ、ちょっとアシュレイッ、待ってよー!」
ありがたく鋼鉄のスコップをいただいて、その場を立ち去ろうとした。
ただ薄々そうなる気はしたが、俺の背中をアトミナ姉上が追いかけてきたようだ。いや、だが……。
俺たちの前に、あまり会いたくない乱入者が立ちはだかった。
「げっ……」
「姉上、聞かれるぞ……」
俺も姉上もゲオルグ兄上もその人が嫌いだ。
それは糸杉のように細くて背丈のある女性で、いつだって暗い目つきで俺を見る。
「アトミナ、いい歳してなんですか。いつまで、そんな弟の背中を追いかけているのです」
その言葉はもちろんアトミナ姉上に向けられたものだ。
前にも言ったがな、ゲオルグとアトミナ以外の皇族はまともとは言い難い。
その中でも俺たちの叔母さんは、1、2を争う印象の悪い人だ。
「いいえ違いましたね。それはアアタの弟ですらない怪物。皇帝の子を名乗るだなんて、なんておこがましい! そんなことばかりしているとスキャンダルに発展しますよ。距離を取りなさい、距離を!」
どれも正論ではある。俺が父上の子かどうかはかなり疑わしい。姉上の行動も行き過ぎている。
だがな、アンタに指図される筋合いはない。
と言いたかったのだが、言うと余計こじれるのが叔母上だ。
「ヒィッ……?!」
幸い、俺はとんでもなく嫌われている。
呪われた皇子が叔母上とアトミナ姉上の間に入り込むと、悲鳴を上げて叔母上は二歩も三歩も下がった。
「それ以上近付かないでちょうだいっ、アテクシまで汚れるじゃないのもうっ! アトミナ、その汚い怪物を引っ込めなさいな!」
「ああ、確かに俺は怪物だな。ドゥ・ネイル・ウルゴス叔母上」
残念だが人格破綻者が真人間になることはない。
俺たちは叔母上についてはもう諦めていた。叔父上もそうだがな、そういう人間なのだ。
「アアタねぇ?! 二度とアテクシを叔母と呼ぶなと言ったでしょう! 祭司長様とお呼びなさい!」
「なら私もそう呼ぶわ。祭司長様。私たちは家族です、家族として当たり前のやり取りをしているだけですわ。そうでしょゲオルグ!」
「む……。そこでなぜ俺に振るのだ……」
ゲオルグにも立場がある。何か事情があるのか、苦虫を噛み潰したような顔をする。それから小さくだけうなづいて肯定した。
継承権こそ兄上の方が高いが、権力は将軍ゲオルグよりドゥ・ネイル祭司長の方がずっと上だ。
こう見ると、やはり将軍になどなりたくないな……。
「まぁっ、姉弟して叔母であるアテクシに反論するつもり!? 祭司長である、この、アテクシのアドヴァイスッッが聞けないのかしら!」
「わかった、俺が引っ込む。もういいだろうドゥ祭司長」
これはこれで、城を抜け出すのに都合のいい口実にもなった。
俺は困らんし、練兵中にこの状況が続くのは迷惑だ。こんな醜態をさらす方がよっぽどスキャンダルだろう……。
「なによっ、叔母様のイチャモンに従っちゃダメよアシュレイッ!」
「オホホ、下郎の血がそうさせるのよ。さ、早くアテクシの前から消えなさいな」
「アンタがアトミナの前から去ったらな。姉上、爺には今日は帰らないと伝えてくれ」
俺がキャラルの店に居候したとき、爺は宮殿に戻らぬ不良息子に、それはもういやになるほど説教をしてくれたものだ。
それもあってこの騒動は都合がいい。
「そのまま消えてくれませんこと? アトミナ、話はまたにしましょ、いい加減受け入れなさいね」
「無理に決まってるわ、絶対にお断りよ! 家族を引き離すなんて叔母様こそ酷いじゃない!」
そういう人だ。言いたいことを言い切ると、ようやくドゥ叔母上が帰ってくれた。
あの通りのきつい性格だ、叔母上は誰にでも嫌みと説教をたれ流す。
本人はな、アテクシはしたくて説教してるんじゃないのよ?
と言うのだがな、あれは無自覚な嘘だ。叔母上は説教が楽しくて仕方がないタイプの困った人種だ……。
「ところで姉上、叔母上がああ言いだすということは……まさか何かあったのか?」
「な、何でもないわ……。もういいわよ、お姉ちゃんを置いて、城下にでもなんでも行けばいいじゃない……いきなさいよもぅ……」
「なぜすねるのだ……」
「ならせめて食事くらい付き合って」
「わかった、食ってから出かけよう。姉上と兄上がくれたスコップと一緒にな」
ゲオルグの方に目を向けると、もう関わりたくないという意思表示か、練兵に戻っていた。
つまりな、姉上の面倒を押し付けられたことにもなる……。
「あ、ところでアシュレイ。城下を回ったのなら、美味しいお店とか……」
「知っている。良ければ話を聞いてくれるか? 実は菓子屋にも入ってみたのだ」
「教えて! それともしよかったら、今度……」
「お土産に買ってこいか? 介抱してくれた恩もある、任せてくれ」
VIT、体力は全ての資本だ。また食い歩きをしながら、帝都を回るのも悪くない。
何せ俺はニートだからな。
「夢じゃないかしら……。アシュレイがお姉ちゃんのために、お菓子を買ってきてくれるなんて……あ、アシュレイ、おこづかいは足りてるかしら……?」
「姉上……ゲオルグではないが、弟をそうやって甘やかすのは良くないぞ……」
俺はいつ暗殺されるかわからない立場だが、それはゲオルグとアトミナだって同じだ。
帝国の歴史は世継ぎ争いの歴史。俺が強くなれば、今度は俺が二人を守る日がくるかもしれない。
取り急ぎ、姉上には菓子折りでこれまでの礼を返すことにしよう。




