End 2/3 皇帝アシュレイ・グノース・ウルゴス
「尊敬する人……? もちろんアシュレイ様とゲオルグ陛下です! だってあの二人と出会えなかったら、僕は……」
騎士に憧れたバルドゥール少年は健康を取り戻し、ゲオルグ様の推薦で士官学校に入りました。
一日でも早く卒業して、私たちを助けてもらいたいものです。切実に……。
きっと子供を持つとこんな感情を抱くのでしょう。
心より大切には思っていますが、一日でも早く成長して私たちを楽にしてくれと。
「あの……アシュレイ様はいつ帰ってくるのでしょうか……?」
「さあ? プレアわかーんなーい♪」
有角種たちと、有角種とは思えない独特の品性をもつあのプレア――さんは、光を取り戻した地下帝国に移り住みました。
「でも、この書類に今日中にサイン入れていただき、すぐにベルゲルミルの宮殿まで届けないと……」
「おけおけ。ならそこでプレアちゃんの大発明! アシュレイ様の直筆サイン――のハンコ。ポンッ……はい解決」
「……え、ええっ、これ、い、いいんでしょうか?」
「どうもこうも、いないもんはしょうがないじゃーん。あ、そだ、影武者ロボアシュレイ様とかどう思う?」
「いえ、それもまずいのでは……っ!?」
「でもいないと困るし。設計図はうちが組むから、人呼んでおいてね~♪」
「このサインもそうですけどっ、ギデオンさんが発狂しますよっ!?」
ジラント様の知る、あの地のかつての輝きを取り戻すために、惜しみない技術を投入していると聞きます。
ア・ジール帝国に力が集中したこの世界では、多少ぶっ飛んだ技術があの地にあった方が、バランスが取れるのでしょう。
「ひえっ、ド、ドドド、ドラゴンッ?!」
「驚かせてすまない。だが竜ではない、俺は竜人だ。地下帝国の耕作地を任されている」
竜人アザト夫妻と、その子供たちも地下帝国に移り住みました。
「て、てててて、天使様ぁぁぁっっ?!! ひぇぇーっ、トカゲの群れまで現れたぁぁーっ!?」
「ト、トカゲ、チガウ……。オレタチ、リザードマン……」
「私は竜人アザトの妻よ。この子たちは、私たちの大切な子供たち。よろしくお願いしますね、お隣さん」
さすがにあの容姿ですから、知らぬ者は誰も彼も驚くそうですが、純朴でタフな肉体を持っているのもあって、上手くやっていけているそうです。
美しい奥方様が翼を羽ばたかせて空を舞う姿は、一帯の風物詩になっているとか。
ちなみにアザトを宰相に推挙したのに断られたと、アシュレイ様が私にグチっていました。
同情する気にはまるで起きません。貴方が言わないで下さいと、反論しておきました。
「それにしてもいい天気だ……。少ししたら、皆で水浴びに行くか」
「賛成。そうしましょ、あなた」
果てしない時を生きた彼らは、理想郷でもう一度暮らすという夢をついに叶え、日々を幸せに生きています。
彼らは最果ての地で、ア・ジール地下帝国の秘宝を守り続けてきたのです。これ以上の重責を課すのは酷でしょう。
そして――アトミナ皇女様は、夫ジェイクリーザス様と和解されました。
ゲオルグ様が皇帝となったことにより、荘園拡大法の廃止が決まり、二人が対立する理由がどこにもなくなってしまいました。
「お疲れさま、あなた、ドゥリンちゃん♪」
「アトミナ様! なんだかドゥリン、恐縮で、縮んじゃいそうでしゅ……」
「私が好きで手伝っているのだ。君の術のおかげで、領地の復興が進む」
今はドゥリンちゃんと共に、夫の領地へと戻って統治を手伝っているようです。
「そうよ。ドゥリンちゃんは私たちの家族なんだから、遠慮なんかしちゃダメよ?」
「ああ、ドゥリンが来てくれて毎日が楽しい。ありがとう、君たちのおかげで……私はアトミナを取り戻せた……。しかしアシュレイ様には礼を言えずじまいだ」
「アシュレイ様はそういう方でしゅ。立派な人でしゅけど……こっちから会いに行くの難しい人でしゅ……」
「もう、まったくよ! アシュレイったらあっち行ったりこっち行ったり! 大丈夫かしら、あの地下帝国……」
ギスギスとしていた以前と打って変わって、仲睦まじい夫婦をしているそうです。
が……私やアシュレイ様、ゲオルグ様からすれば、とうとう取り返されてしまったという感がいなめません。
また夫とケンカでもして、こちらにやって来てくれたりすると、私たちとしては嬉しいのですが……。
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◇
「アシュレイくんには困ったものね……」
「来てみたけど、やっぱりいなかったワン……」
フィンブル公女ユーミルは、ア・ジール地下帝国で外部との交渉役を担っています。
フィンブル領そのものが地下帝国の地上にあることもあって、最近は景気がよく、人がどんどん増えていっているそうでした。
ときおり、あそこではアシュレイ様の背中を追いながら、文句を付けるユーミル様の姿が見られるとか。
アシュレイ様に文句を言いたい気持ちは私もよくわかります。
彼はまごうことなき英雄ですが、政務をしてくれる人種ではありませんから……。
「ヤシュさん、よかったらうち寄ってく?」
「ご迷惑じゃないワン?」
それとあの愛らしい白狼系の獣人ヤシュさんは、ア・ジール地下帝国のカーハ王国大使館の大使となったそうです。
「そんなわけないでしょ。あ、そうだわ、だったら――あ、きたきた」
「え、なんの話? あっ、ヤシュ! 来てたんだ!」
百発百中の射手カチュアは、アシュレイ様を追ってあの地下帝国に移りました。
アシュレイ様直属の近衛兵という肩書きなのですが、彼の放浪に置いていかれることもままあります。
あちらも人材が足りていないので、アシュレイ様の護衛に人員に割けないそうでした。
「はぁ……帝国を救ってくれたのは立派なんだけどさ、アシュレイはアシュレイだったね……」
「ええ、ホントですの……」
「クゥゥン……。ああいうところ、王様への報告に困るワン……」
いつになったらこの忙しさと人手不足から解放されるのか。
それは帝国国民共通の悩みなのかもしれません……。
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「たのもーっ!!」
シグルーン。にわかに信じがたいのですが、どうもアレがキャラル様のヘズ商会に就職したと風の噂を聞きました。
どうも船の冒険が気に入ってしまったそうで、危険な航海には必ずアレが乗り合わせるとか……。
「え、あんたが就職? 嘘、うちに!? マジで!?」
「契約社員でもいいぞ! 連れて行け、出来るだけ危険な航海を希望するぞ!」
あんなトラブルメーカーを船に乗せる方が、よっぽど危険だと私は思いますがね……。
アビスから魔貴族たちが消えたことにより、杭の迷宮から財宝がほとんど得られなくなったこともあって、冒険者業界は不景気だそうです。
「止めてくれ、姐さん!」
「ダメだ、この女はダメだ!」
「コイツと一緒に航海したら俺たちが沈んじまうよぉっ!!」
「おい、キャラル! こいつら失礼だぞ!? このシグルーンの武勇が欲しくないのかっ!?」
「……しょうがないなぁ。じゃ、しばらく試用期間ね。なんかやらかしたら首。……これでいい?」
「正気か姐さんっ!?」
「正気も何もあんたたちこそ、私を姐さんって呼ぶなーっ、キャラル提督って呼んでって言ってるでしょ!」
「わははっ、これから世話になってやるぞ、キャラル! いざ行かんっ、流血と冒険の世界へ!」
「いや、あのさ、シグルーン……うち海賊とかじゃないからね……?」
そしてキャラル。彼女は変わらず海の女をしています。
ヘズ商会は今回の功績もあって帝国お抱えの商人となり、免税特権を得て、国からの大口の仕事を受け持つようになりました。
結果、今も飛躍的な成長を遂げているようです。
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それはまあ、とても友人として喜ばしいことなのですが……。
その甲板に、アシュレイ様によく似た水夫が度々目撃されるのが困りものでした……。
先ほども言いましたが、アシュレイ様は政務をするような人間ではありません……。
あの尋常ならぬ船速と本人の健脚のおかげで、すぐに戻って来てはくれるそうですが、彼がもう一人の皇帝である事実は変わりません……。
そうです。アシュレイ様は地上のア・ジール帝国を継がずに、地下のア・ジール帝国を再興させました。
私にはよくわかりませんが、天上より受け取ったとある秘宝により、地上の皇帝になるわけにはいかなくなったともおっしゃっていました。
貰ったはいいが、いまいち使い方よくわからないとも、おっしゃっていたかもしれません。
今も世界のどこかで、シグルーン様とキャラル様、アシュレイ皇子とジラント様の一行は、旅先で陰ながら悪を倒し、ときに財宝を奪ったりと、やりたい放題やっているに違いありません。
私は――ゲオルグ様に泣き付かれたとはいえ、こんな役目なんて捨てて、今すぐドゥリンちゃんとアトミナ様とアシュレイ様のお側に行きたい……。
その夢は、向こう三年……いえ、十年ほどは叶わぬ夢でした……。
まったく今はどこで何をやっているやら……。
地下世界と亜種族たちの皇帝アシュレイ・グノース・ウルゴスは、今や世界中の文官たちにため息を吐かせる放浪帝でした……。




