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End 1/3 皇帝ゲオルグ・グノース・ウルゴス

――――――――――――――――――

 エピローグ 空が星を忘れる日まで

――――――――――――――――――


End 1/3 皇帝ゲオルグ・グノース・ウルゴス


・政務官あらため、参謀プィス


 生まれ持った性分は死ぬまで変わらない。アビスに封じられた神々が偽りの姿を与えられ苦しんだように、望まぬ役割や姿は本人を深く苦しめる。そんな人生はお断りだ。


 アシュレイ様のお言葉です。

 彼は己に向かない役割を投げ捨て、戦いの終わったこの世界で自由の道を選びました。


 もちろん、私とゲオルグ様はアシュレイ様に反論しました。

 皆が皆、己の本質に従っていたら社会は成り立たない。ずるいぞ、アシュレイ! お前だけ自由になるつもりか! と……。


 世の中には自由な人間と、自由を犠牲にして誰かに尽くす人間の二つに別れるのでしょう……。

 アシュレイ様が前者で、クソ真面目な私たちが後者です……。


 元は皇子の身分にありながら、自由を選べるあの奔放さが私たちは羨ましい……。

 なぜ私たちは彼のように、役割を投げ捨てて旅暮らしを楽しめないのでしょう。


 それは、私たちがこの役割から逃げてしまうと、まだ混乱を残したこの帝国に取り返しの付かない傷跡を残してしまうからです……。

 アシュレイ様もその役割を、皇子として担うはずでした……。


 すみません、愚痴が長引きました。その後のことを私が語りましょう。

 ご存じの通り、内戦はゲオルグ様とアシュレイ様の勝利で終わりました。


 アシュレイ様がジラント様を救いに戦場を去った後は、敗将を拘束し、敵軍を解散させて、あるべき持ち場や、故郷へと帰らせました。

 私たちは帝都宮殿に上がり、参戦しなかった偽帝、つまりは皇太子様と話を付けて、この国の政治の中枢を掌握したのです。


 そして気づけば――二ヶ月が経っていました……。

 ゲオルグ様の戴冠式にもアシュレイ様は姿を現さず、三日が経ってからようやく宮殿に顔を出しました。


 地下帝国土産の甘い果樹アンブローシアと、フィンブル産のチーズを抱えて。


「弟であり、救国の英雄が兄の戴冠式に姿を現さないなどっ、何を考えているのです、アシュレイ様! 爺はそんな恩知らずに貴方を育てた覚えはございませんぞっ!」

「だからすまんと言っているだろう。旅が少し長引いたのだ。次は爺も一緒にくるか?」


 爺――ではなく、ギデオンさんがゲオルグ様に平謝りしていたのをよく覚えています。


「貴方の放浪癖のために、どれだけの人間が苦労していると思っているのございますかっ! 仕事をして下さい、仕事を!」

「だから任せたと言っただろう。爺たちが俺の名でサインを刻めば、俺が書類仕事をする必要もなかろう」


 あちら(・・・)に行った方々は、さぞ苦労しているのでしょうね……。

 私はギデオンさんのお体が心配です……。


 さて、話を少し戻しますが、あの大戦の死傷者は4万弱で済みました。

 これは帝国にとって幸運な数字です。さらに戦いが長引けば、帝国は致命的な打撃を受けていたでしょう。


 いえ、それ以上に痛手だったのは、将と官僚の不足です。

 多くの者が戦場に散り、多くの官僚や政治家が内戦に荷担しました。


 そんなわけでして、皇帝となったゲオルグ様が最初に取った行動は恩赦でした。

 それでも人材が足りないとなれば、私がエリンの領主を首になるのも当然です。


 ゲオルグ様はアシュレイ様から私を強引に奪い取り、参謀の座に置きました。

 もしかしてこれは、略奪愛か何かなのでしょうかね、フフフ……。


「プィス……? 俺の顔を見て何を笑っている……」

「はい、妄想でもしていないと、こんな生活やっていけませんので」


 ドゥリンちゃんとアトミナ様との接点は大きく減ってしまいましたが、今はゲオルグ様の猛々しい横顔をいつでも見られるとあって、それなりに満足しています。

 忙しくて忙しくて、アシュレイ様を呪いたくなるくらいに……。


「なぜこうなってしまったのだろうな……。お前も早く実績を上げて、宰相に推挙できるようになってくれ。人材がまるで足りん……」

「それはお断りですね。アシュレイ様は私を貴方に渡す代わりに、貴方を補佐するよう私に命じたのです。宰相になんてなったら、貴方を見守れなくなります」


「はぁ……アレの言葉を真に受けるな……。今頃、どこで何をやっているのだろうな……」

「南に行くと聞きましたが」


 私の家は先の時代で政争に敗れた側です。

 ゲオルグ様は、皇帝陛下は私を宰相にして、過去の対立に風穴を明けたいのでしょう。


「頼む、プィス、俺の身にもなってくれ……。皇帝の重責など、武門にしかいなかった俺には堪えられん……」

「なら私たちが楽できるように、人材の育成をがんばりませんとね」


 帝国は問題が山積みでした。

 いえ、問題を山積みにしたまま今日まで来てしまったとも言えます。


 確かに先代の皇帝陛下は優秀でしたが、彼は北と南の対立を先延ばしにしてきました。

 あの時代ではそうするしかなかったのでしょう。


「来週、ジュリアス兄上と会う」

「おや……彼のご様子は?」


「すっかり別人だ。俺たちはなんのために争ったのか、今となってはもうわからん……」

「そうですか……。皇帝家の長い悪夢がようやく晴れたのでしょうかね……」


 ジュリアス皇子は、領民を誘拐し、ケルヴィムアーマーの材料にした大量殺人罪で、蟄居を命じられた。

 所行だけ振り返れば最低の犯罪者でしかありませんが、彼は南方貴族の首魁でもあります。


 こうなれば敗北者として、死ぬまで監視の付いた生活をしてもらう他にありません。

 しかし奇妙なのは、最大の戦犯であるはずの彼が更生して、己の罪を償おうとしている点でした。


「時々思う。もしあの時、俺がヨルド兄上を斬らなかったら……。兄上も正気に戻って――」

「それは繰り言です。どんな事情があろうとも、彼が罪人であることに変わりはありません」


 ヨルド皇子は、ゲオルグ様にラタトスクの地で斬られました。

 ゲオルグ様は後悔しているご様子ですが、私から言わせると死んでくれて助かりました。


 彼は人望がまるでなかったので、騎士団は団長であるヨルドの死をたやすく受け入れ、ゲオルグ様への恭順を誓いました。

 南軍の降伏に一躍買った、騎士アウレウスの騎士団長就任を祝いましょう。


 今頃は彼も騎士団領で、私たちと同じ苦労を味わっているはずです。


 ◆

 ◇

 ◆


「なんで俺が騎士団長なんだよ……。なんで俺がこんな政務ばっかの生活しなきゃなんねぇ! おい女呼べっ、せめて女とお喋りしながら仕事させろ! ……なんでだよっ、女くらいいいだろ! 騎士団長だぞ、俺はーっ?!」


 彼に田舎騎士ではありましたが、ヨルド皇子にはない人望がありました。

 十分な実力は武門である騎士たちを納得させ、何よりも、なんだかんだ信頼の出来るいいやつ――という一点が推挙の決め手になりました。


「ゲオルグ陛下! このモラクが報告に参りましたぞ。物価については、うちの傘下とヘズ商会の協力で、徐々に安定してきています。ああもちろん、議会の方もつつがなく――」


 モラク様は最も変わり身が早い方でした。ゲオルグ様に降伏するなり、こういった腰巾着に豹変しましたのですよ……。

 私としてはボケるまでこの戦犯を軟禁してやりたいところですが、あいにく人材が足りておりません……。


「さすがは叔父上だ。任せて正解だった」

「そ、そうか! なら良かった、もっとなんでも言うがよいぞ。お前は弟の、大切な息子だ!」


 監視付きで、議長の任を引き続き任せることになりました。

 確かに私たちは勝利しましたが、古い秩序を根本から破壊すれば、かえって世を乱してしまう。理想と現実の壁に私たちはいつもあえいでいます。


「当時アトミナ様をさらっておいて、よく言いますよ……」

「うっっ?!! あ、あのことは……あの日のことは悪かった、ゲオルグ!! 私が間違っていた、私は……なぜ、あんなことをしてしまったのだろう……。どうしても、わからない……今思い返すてメチャクチャだ……」

「叔父上、辛気くさい顔をしないでくれ。プィスもそのネタに触れるなと言っているだろう……」


「すみません、モラク様、つい口が滑りまして。ですがゲオルグ様、ケジメの一つくらい付けた方が良いのでは?」

「止めてくれっ、ゲオルグを煽るな!? 悪かった、悪かったと言っているだろうっ、なあゲオルグ皇帝陛下!」


 私は納得できませんよ……。

 あの戦争で多くの民が死んだのです。アシュレイ様とキャラル様を苦しめておいて、頭がおかしくなっていただけだなんて言われても、納得できません。


 またドゥーネイル様は、祭祀長の地位を保証されました。

 刺された五男はもう立ち上がれるくらいまで回復したそうです。

 急にコレクションの趣味が変わって、悪趣味なお宝の数々が大量に市場へと流れたと聞きました。


 また元皇太子は、今は己の領地でデミウルゴスの涙がもたらす甘い夢に抱かれています。

 彼はもうそう長くはないでしょう。甘き夢は人を壊し、死へと至らしめる。


 それでも彼は幸せそうに小姓たちへと、楽しい夢を見たと、夢から目覚めるたびに語るそうでした。

 書に書き写されたその物語たちは感動的で、幸せと人生の起伏に満ちあふれ、皇太子の命を代償に数々の名作を生み出していると聞きます。


 デミウルゴスの涙は、使い方さえ間違えなければ、死に行く者へのはなむけにも、最高の物語の種にもなる。

 しかし我々人類には、永久に使いこなすことの出来ない、あまりに早過ぎた秘宝でした。


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