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21-2 もう一つの英雄伝説 - 最後の所有者 -

『許せ、やつらを止められなかった……』


 邪竜の書を開くと、そこに彼女の言葉が浮かんだ。


『天上へ行け、アシュレイ。あの光の柱をくぐり、至宝を守るのだ』


 わかった。今からならば間に合うかもしれん。いや間に合わせるのだ。

 俺が柱に向かって歩き出すとシグルーンが肩を並べてきた。


「あの向こうが天界だそうだ。アビスの連中を追いかけるぞ」

「つまり天上の戦いというわけだな! 殴り込みをかけるぞ、シンザ!」


「急ごう」


 二人で光の柱に飛び込むと、世界が別の世界に変わった。

 白い光で満ちた空間に、螺旋を描く巨大な階段が現れていた。


 その螺旋の彼方に大きな扉がある。

 いや正確には扉の片方がこじ開けられており、白騎士に盗まれたというケルヴィムアーマーの残骸があちこちに積み上がっていた。


 ケルヴィムアーマーは、この最強の軍勢をもって天界に殴り込むために盗まれたのではなく――どうやらこれは最初から、ヤツらにとっては天の扉をこじ開けるための道具だった。

 ボロボロに崩れ落ちた残骸が、そう俺に語りかけていた。


 アビスの連中は、地上へと至るために迷宮へと魔界側から富を流し込み、帝国の皇族を狂わせて内戦を誘発し、ジュリアスにケルヴィムアーマーという天への鍵を作らせた。


 全て気に入らん。俺たちは破壊された扉へと迷うことなく飛び込んだ。

 扉の向こうは白い光の世界だ。数秒だけ身体の重さがなくなって、ふわりと浮いたかと思えば、俺は見知らぬ世界で尻餅を突いていた。


 シグルーンは何も言わない。ただ立ち上がって尻を払い、この光と緑に包まれた世界に息を呑んでいた。

 正面には、常識では考えられないほどに巨大な白亜の宮殿がそびえている。


 空気は瑞々しく、花の匂いが混じって華やかで、澄んだ温かな世界を照らしていた。

 俺は視力が尋常ならざるほど良い方だが、これは空気があまりに清浄なせいなのか、世界中はどこまで見通しても像が歪まずに完璧な姿を映し出していた。


 いや、これでときの声や、苦悶の叫び声が聞こえなければ正しく完璧だったのだがな……。


「誰が戦っている……?」

「行けばわかる! いくぞ、シンザ!」


 騒ぎを追って天上の庭園を走った。

 建物に入ると、無数の死体が転がっている。どれもアビスの連中だ。息のあるやつはいなかった。


「やつらの死体しかないぞ。こいつらは何と戦っている……」

「行けばわかる!」


「それはもう聞いたぞ」


 死体の山を乗り越え、さらに奥へ奥へと向かった。

 生きているやつを見かけたが、今はシグルーンの言葉が正しい。尋問をするよりも争いの中心核を目指すべきだ。


 俺たちは果てしなく高く高く伸びる階段を駆け上がった。

 近い。この先だ。この先で誰かが戦っている。俺とシグルーンは激戦の戦場へと身を投じた。


「俺のものだ!」

「違う、俺だ!」

「アレが俺を呼んでいる! アレは俺が所有するべきものだ!」


 だがそこにあったのは、俺たちが想像していたものではなかった。

 そこには皇子たちを狂わせ、内戦を引き起こし、鍵を奪い去ったあの計画性はどこにもない。


 結界とおぼしき透ける壁の向こう側には、光り輝く小さな玉が置かれ、その所有権をかけて彼らはどうやら――仲間同士で殺し合っていた……。


「どうしたシグルーン、加わらんのか?」

「む、むぅ……。なんというかその、拙者の期待していたやつではなくてな……」


「同感だ」


 そこは祭壇のような場所だ。

 白い床に、アビスの連中の死体が無数に積み上がっている。

 誰も彼もが黒い血を流し、敗北者は膝を突いて、目前の争いを食い入るように睨んでいた。


 あの陰謀の張本人こと、白騎士もいる。

 彼が目指すのも天の至宝だ。ジラントが言うには、それは所有者を、この世界の創造主に変える力そのものだ。


 光り輝く小さな太陽を、たった一つの至宝を巡って、やっとアビスから天上に帰ってこれたというのに、誰も彼もが殺し合っている。

 ただ帰りたい。それが彼らの願いだったのかもしれないが、今は全ての者が狂っていた。


「間に合ったようだね、アシュレイ皇子。天の座を奪い合う死闘に」

「そんなものに興味はない。だが、お前たち任せていいものではなさそうだ」


 戦闘狂のシグルーンがドン引きするほどの見苦しい戦いだ。

 誰が勝利しようとも、そいつはまともな神とはならないだろう。


「所詮我々はアビスの存在だ。白公爵様亡き今、次なる創造主の座を奪い合う他にない。さあ加われ、アシュレイ皇子、黒角のシグルーン、世界の主の座を賭けた血の儀式に、加われ!」

「言われなくともわかっている。味方殺しを平気でやる怪物どもに、地上を焼き払える力を渡してたまるか!」

「わははっ、そうこなくてなっ! 今度こそ決着を付けるぞ、鎧男!」


 そこから先にあったのは非情な殺し合いだった。

 俺とシグルーンは正気を失わぬように互いを励まし合い、地上の仲間たちのためにアビス住民たちを斬った。


 しかしそれは前座のようなものだ。

 白騎士――いや、今や仲間の返り血で黒く染まったその姿は黒騎士と呼ぶべきか。ヤツの刃が俺の背中を狙ったことがきっかけで、ヤツとの決戦が始まった。


「救えないね。ここにいる大半の者は、公爵様と同じで、ただここに帰りたかっただけだった。しかし至宝を目前にして、誰もが呑まれた……彼らを蝕んできたアビスそのものに」

「まるで自分だけは違う、とでも言い出しそうな言葉だな」


 シグルーンは俺の背後を守ってくれている。

 ヤツとスコップと剣を10合重ね、それでも決着が付かないのでさらに10合、もう10合、幾度となく殺し合った。


「私はアビスで生まれたアビスそのものだ。公爵様には心より心服していたけれど、もう公爵様はいない。君が消してくれたおかげかな……」

「そうなるな。やはり彼を斬ったのは間違いだった。だが、それも今さらだ」


 気づくと、シグルーンが俺の隣で黒騎士と向かい合っていた。

 気づくと、立っているは俺たちだけになっていた。


 一面死体だらけだ。世界で最も神聖な祭壇は、天にようやく帰ってこれた哀れな追放者たちの血で染まっていた。


「私の中のアビスが言っているのだ。今こそ奪い取れと。今こそ正邪をひっくり返すチャンスだと。公爵様亡き今、私は私の本能に従うのみ。あの至宝を手に入れ、世界をアビスに変える」

「正気の声で狂ったことを言うな」


 黒騎士は少しずつ、異形の存在へと変質していった。

 シグルーンが振動をともなうあの剣で、右腕を鎧ごと削り飛ばすと、切り口から筋繊維が伸びて落ちた腕と繋がり、なんとそのまま異様に長い腕に変わった。


 全てを穿つ力でやつのわき腹を貫いても、患部が融合して、皮膚の上に新たな鎧が形成されてしまった。


「ど、どうするシンザッ!? 倒せば倒すほど、パワーアップしていないかっ!?」

「そのようだ。困ったな……」


 これがアビスの力……?

 どうやったらコイツを滅ぼせるのだ。いっそ埋めるか……? いや、埋めたところで死なないとあってはな……。


「一つだけ、私に勝つ方法がある。あの結界は君なら通り抜けられる」

「勝利の答えを俺に教えるのか? 正気か?」

「罠かもしれんぞ、シンザ!」


「至宝の最後の所有者はサマエルだ。だから君はその気になれば、再び愚かな天使サマエルがそうしたのと同様に、もう一度、創造主の座を簒奪することができる。しかし引き替えに君は正気を失い、同じ間違いをもう一度犯すかもしれない」

「なら論外だな、別の方法でお前を倒す」


 いくら刃を交えても決着は付かなかった。

 シグルーンの馬鹿力でも、全てを穿つこの力をもってしても、アビス生まれの彼を殺すことができない。


「フフフ……そう答えると思って教えた。その言葉が聞きたかった」

「なぜだ……」


 こちらも刃を何度かその身に受けたが、成長を重ねた俺の身体に深く刃を突き刺すことはできない。

 あちらが怪物なら、こっちだって怪物だ。


 いつまで戦い続ければ終わるのだろう。

 これでは俺たちはここで、永久にコイツと戦い続けなければならない。


「私が、狂っているという、証拠が欲しかったからだろうか」

「何をわからんことを! シンザッ、くるぞ!」


 ヤツは作戦を変えたようだ。

 防御を止めて攻撃を仕掛けるつもりなのか、捨て身の突進を図った。

 ならば俺は――俺は同じく、捨て身でそれを迎え撃とう。


『止めよっ、何を考えておる! 父上、それはダメだ!』


 ジラントにバレてしまったが、彼女は力を使い果たしている。

 こっちはここで永久に戦い続けるなんて結末は、ごめんこうむる。この一撃でやつを倒す。


 俺は突撃に突撃で返して、槍のように先祖のスコップを突き立て、異形の怪物の胸に突っ込んだ。


あと四話で完結します。

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