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4-2 ゲオルグを越えろと思い出が囁く - 兄と弟 -

 兵舎・訓練所にやってくると、ゲオルグもまた万全の態勢でこちらを待っていた。

 普段のように訓練や指導には加わらず、ただ仁王立ちで、俺がやってくるのを睨み待ちかまえていたのだ。


 本当にな、あのやさしかった兄上がどうしてこうなってしまったのか。

 皇子としての地位と義務、恵まれた武勇の才能、そこにやさしい人格が混じり合うと、こんな成長をしてしまうのだろうか。


「アシュレイが来た、訓練中止、試合を見届けよ!」


 訓練場に向かって歩いてゆくと、兄上は兵たちを観客にした。

 否応なくゲオルグ将軍と、ただのアシュレイに注目が集まることになったよ。


「兄上、試合がしたいとは言ったがな、目立ちたいとは言っていない」

「いやこれが正しい、お前は目立つべきだ。……聞け、アシュレイが俺を打ち負かすそうだ!」


 そうゲオルグ将軍様が叫ぶと、興奮の歓声と共に密かな笑い声も響いた。

 兄上はそれを止めない。笑わせておけと、粛々と訓練用の長剣に手をかけた。


「今日こそスコップの強さを兄上に証明してみせよう。確かにコレは武器ではないかもしれん。だがな、やはり俺にはコレ以外の能は無い。このスコップで帝国軍最強の剣に勝って見せよう!」

「望むところだっ、ならばやってみせろっ!」


 厳しくなったとはいえ、兄上の本質は変わっていない。

 ただ厳しいだけの将軍ならば、ここまで兵に慕われないだろう。やさしさゆえに厳しい、兄上はそういう大人に成長したのだ。


 スコップ1本を構えて、俺は兄の攻撃を待った。

 AGI77の踏み込みというカードを切るならば、向こうに先制させた方が都合がいい。


 筋力(STR)と戦闘経験はこちらが大きく劣る。だがAGI(敏捷性)は恐らく同等、器用さ(DEX)体力(VIT)は俺の優位だ。

 緊張に高まる心拍を抑えていると、ついにじれたゲオルグが踏み込んできた。


 初撃は真っ直ぐな上段斬りだ。そこからさらに派生する激しい連続攻撃を、挑戦者アシュレイが巧みに受け流す。

 この短期間にこの成長だ、ゲオルグ兄上だって目を見開いて驚いた。


「異常なスタミナの次は技と瞬発力か。あり得んな、どんなマジックを使った、アシュレイ」

「ああ、とある本の通りに行動したら、そのマジックが起きたのだ」


「バカを言え、そんな都合のいい教本があるか。お前のそれは、学んで得られる物ではない」

「あるのだから仕方ない。ッ――!」


 ゲオルグ兄上も長期戦になれば、こちらの優位になることくらいわかっている。

 さっきのは小手調べで、ここからが本気だった。ゲオルグ兄上の激しい打ち込みが襲いかかった。


「堪えしのぐか! 本当にお前なのかアシュレイッ!」

「アンタに追い付くために、死ぬ気で危ない橋を渡ったさ」


 こちらも牽制攻撃を繰り出して時間を稼ぐ。

 鉛のように重い長剣をスコップで受け流しては、兄上が疲れるのを待った。


 あのバカ力だ。一撃一撃で鉄のスコップに傷が入っていった。


「崩せん――なぜだ、何があったアシュレイ、こんな成長はあり得ない……」

「同感だ。だがそれが起きた。俺はもう、兄上と姉上に守られてばかりは止めた! 兄上を越えて、二人を安心させてみせる!」


「ッッ……試合中に! 戦意を削ぐようなことを、言うな!」

「もっともだ、すまん」


 兄上が目元を擦った。たまたま汗が目に入ったのだろう。

 長期戦に持ち込もうとする俺と、短期決戦を望む兄上、そうなるとはなからスタミナの消費量が違う。


「だが俺も帝国の一将軍、お前に負けたとあっては士気に影響する! 決着を付けるぞアシュレイッ」

「それはアンタが息を乱してくれた後のことだな」


 兄上の本気の瞬発力がこちらに勝った。とてもではないが対応しかねる激しい打ち込みが、練兵所に鳴り響く。

 もはや俺を笑う者はなく、固唾を飲んで兵たちも見守っていた。


 危ない場面の連続だったが、兄上の猛攻に俺は負けなかった。スコップを落としそうになったり、転倒しそうになったりもしたが、どうにか踏みとどまって、ついにゲオルグが激しく呼吸を乱すところまで消耗させた。


「今こそ異界の言葉を借りよう、俺のターンだ。行くぞゲオルグ兄上!」

「はぁっはぁっ、来い! だがお前には、まだ負けられん!」


 ようやく消耗してくれた兄上に、塔に隠されていた弟は攻勢に出た。

 相手は若くして将軍になった天才、歴戦の勇士だ。油断すればひっくり返される。


 兄上は粘った。呼吸が乱れようとも兄上は鉄の男だ。なかなか崩れない。

 それでも俺の優位はもはやくつがえせない。兄上の心身が限界を迎えるまで、追いつめた。


「アシュレイッ……」

「ゲオルグ兄上っ、どうか覚悟――」


 だがな、相手はやはり天才だ。邪竜の書でイカサマしてきた俺と違って、十数年も剣の経験を積んでいる。


 後一歩だ。後一歩のところまで追いつめたんだがな。

 そこで俺のスコップがひしゃげ曲がってしまった。


 まさかこれを狙ってやったのだろうか。

 あの日、ゲオルグが付けたスコップの傷に、さらなるダメージが蓄積していって、ついに限界を迎えたようだった。


 ケチらずに新品に変えていたら、勝負に勝てたかもしれないな。

 勝利したというのに兄上は長剣を俺に突き付けもせずに、腰のさやへと戻していた。


「……アシュレイ、俺の負けだ」


 腰を折っていまだに呼吸を乱しながら、兄上が言う。

 そうだろうか、釈然としない。兄上の勝ちは勝ちではないか。


「違う、道具の管理を怠った俺の負けだ。スコップに意地になるくせに、肝心なことができていなかった。俺はまだ兄上には及ばない」

「頑固なやつだ、お前の勝ちだと言っている。お前は、帝国の将軍ゲオルグに勝ったのだ」


 妙な言い合いをする兄弟に、兵士たちはどうも困っているようだ。

 良い勝負だった。だが締まりが悪い、どちらも勝ちを認めないのだからな。


「この勝負、アシュレイの勝ちだ。だが次はこうはいかん、今度は俺が勝たせてもらうぞ」

「勝手に決めないでくれ……おい、職権乱用だぞ……」


 ゲオルグが宣言すると試合はおしまいだ。兵士たちが拍手喝采で勝負の決着を祝ってくれた。

 いや違った、ゲオルグと結託していたやつがいた。アトミナ姉上だ。


 姉上の拍手に続いて、兵舎の皆が、近衛兵たちが大喝采したのだ。

 アトミナ姉上め、どうも隠れて全部見ていたようだな。


「ゲオルグ将軍と張り合うなんて! 見直しましたよ、アシュレイ様!」

「今度、私とも手合わせして下さい!」

「スコップで勝っちまうなんて、信じられねぇですよー!」


 兄上は慕われている。その兄上に俺は正式に武勇を認められて、兵たちの見る目が変わったのがわかった。

 アトミナ姉上が兵舎の影から、こちらに飛び出してくる。


「見ていたわアシュレイッ、ゲオルグに勝っちゃうだなんて凄いじゃない!」

「何を言っている、勝ってなどいない」

「いいや勝った、お前は俺に勝ったのだ」


 第五皇子という立場にありながら、なんて強情な人格だろうか。

 俺はゲオルグの仏頂面を見上げて、変わり果てた頑固者にため息を吐いた。


 昔はこうじゃなかった、皇子様らしい優男だったのだ……。


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