21-1 スコップ一本で刻む内戦の終止符 - 皇帝家の真実 -
「もう少しだけ帝国の軍事力を帝都に釘付けにして、時間稼ぎをしてくれないと。それが君の役割だろう? ジュリアス皇子」
それはケルヴィムアーマーを奪って消えた白騎士だ。
ヤツは地中より生じた沼より現れ、ジュリアスの首に刃をかけた。
「シンザァ……♪ コイツ強いぞ! 斬ってもいいのかっ!?」
「待て、ジュリアスの様子がおかしい……!」
刃を突きつけたのは時間稼ぎだったようだ。
白騎士が現れるなり、ジュリアスの目が不気味に見開かれた。
「マ、ママン……」
「そうだよ、ジュリアス。君はママの無念を晴らさなきゃいけないんだ。君が皇帝になった日、ママは地獄から解放されて天国に行けるのさ……」
「うん……うん、そうだね、ママン……。アシュレイと、ゲオルグは、ぶっ殺さなきゃ……」
「な、なんだぁっ、シンザァッ、コイツ……気持ち悪いぞっ!?」
「そうハッキリ言ってやるな。だがこれは……」
俺はずっとジュリアスのことを真性のクズだと思ってきた。
だが今俺たちが見せられたものは、今日まで続く真実の一端だ。
そもそもジュリアスとヨルドが、アビスとのコネクションを持っていること事態がおかしかった。
俺が先祖のスコップを薙ぐと、白騎士がガンドレッドでそれを防いだ。
ジュリアスは地べたに崩れ、意識を失ったようだ。
「一つ聞く、今のはなんだ……?」
「見たまま以外の、何ものでもないのではないかな? ほら、皇族がまともだと、こんな戦乱は起きないだろう? 彼くらい狂った役者がいなければ、ケルヴィムアーマーは製造されることはなかった。……ということではないかな?」
目一杯、俺が再びやつに向けて得物を振った。
ヤツの抜いた魔霊銀の剣とスコップがぶつかり合い、10合ほど打ち合った。
ならば皇太子も、ジュリアス、ヨルドも、もしかしたらモラク叔父上まで、コイツがたぶらかしたからああなったのではないか……?
白騎士。コイツこそが諸悪の根元だったのか……?
「シンザッ、我も加勢するぞっ!」
「構わん! 畳みかけるぞ、シグルーンッ!」
「フフフ……計算外は君とジラントの出会いかな。何もかも計算通りというのはつまらないが、君は僕たちの予想を超越してくれた」
シグルーンのバカ力で、白騎士のガンドレッドを破壊した。
ところがそこに現れた白騎士の肌は、石のように硬く黒ずんで見えた。
「コイツ……ッ、コイツ人間ではないぞっ、シンザッ!?」
「それは今さらだ」
「そうだったのかっ!?」
「ああ、日頃の報告くらい聞いておけ……」
俺とシグルーン相手に彼は鎧の一部こそ破壊されたが、今のところ全くの無傷だ。
どうにも底知れない。一気にたたみかけようとしても、ギリギリのところでやり過ごされてしまう。
「私はずっと、あの日アウサルが天上にてサマエルの復活を阻止したあの日まで、白公爵様のお側に仕えてきました。私は見てみたかったのです。公爵様が私に語ってくれた、天上の姿を。アビスに汚染される前の、白公爵様の本当のお姿を……」
「それは悪かったな。ならここで仇討ちでも始めるか?」
「いいえ、公爵様も貴方に引導を渡してもらえるなら満足だったでしょう。ジュリアス、ジュリアス、起きて逃げなさい。ここはママに任せて」
「あくまで目的は時間稼ぎか」
気絶していたジュリアスが立ち上がった。
これ以上戦いが長引くのはまずい。ここから逃げられるのはもっとまずい。
「逃げられるぞ、シンザッ!?」
問題ない。手は打っておいた。
ジュリアスがフラフラとその場を離れようとすると、ストンと落とし穴にはまった。
突然の展開に、白騎士も言葉を失って口を開けっぱなしにしていた。
「おお……これで逃げられんなっ!」
「いつの間にそんなものを……。フフ……では一つ聞く。なぜ彼を殺さない? 彼は領民を生け贄にした重罪人のはずだ」
「そうかもな。だが俺は皇族を殺さない。皇族が皇族を殺せば、今はいいが後々取り返しの付かないことになる。力で奪った政府は力で奪い返される。雌雄を決した結果だけがあればいい」
そう答えると、落とし穴の底から乾いた笑い声が聞こえた。
わからんが、ジュリアスは正気に戻ったのだろうか……。
「ゲオルグより、君の方が皇帝に相応しいよ、アシュレイ。君が皇帝なら、それなら僕も納得するのになぁ……。でも君は継ぐ気はないんだろう?」
「デスクワークは嫌いだ。それより降伏を頼む、コイツは俺たちが倒そう」
再び俺は白騎士に切っ先を向けた。
そろそろ幕引きとしよう。この内戦を終わらせ、ジラントの下に駆けつけるために、これ以上の時間稼ぎはさせない。
「ゆくぞっ、オカマ騎士ッ!」
「気の抜けることを言うな……」
だが説明が面倒だ。俺とシグルーンは示し合わせ、一連の事件の黒幕へと突撃した。
ヤツの白い鎧が黒に浸食され、異形の怪物となろうとも、俺たちは構わずに刃とスコップをヤツへと叩き付けた。
「あまり時間稼ぎにならなかったか……。さすがは、サマエルを倒した男の分身だ……。まあいい、我々は向こうで待っている。あの分からず屋の竜はこちらでどけておこう」
確かに穿ち、シグルーンが胴体を一刀両断にしたはずだ。
だがヤツは泥のように崩れ、地中に染み込むように溶けていった。
いや、これは……泥? まさか俺たちが戦っていたのは泥人形だったなどと言うなよ……?
「ところでアシュレイ」
「なんだ?」
「ここから出してくれないと、降伏宣言はできないよ。はぁ……まるで悪い夢を見ているかのようだよ……」
ジュリアスはそう言ってため息を吐いたが、俺にはどこからどこまでが正気の彼で、今の彼がどこまでまともかすらわからなかった。
しかしもしかしたら、ゴレデ正気に戻ったのかもしれない。
ジュリアスは迅速に将兵と伝令兵を集め、降伏の胸を全軍の指揮官へと送った。
これにより南軍が俺たちの指揮下となると、モラク叔父上たちの北軍の敗北も確定した。
その後、俺はゲオルグ兄上と合流し、北軍の降伏と武装解除を見届けると、後のことを兄上に任せて戦場を去ることにした。
「やはり俺も行こう。シグルーンにお前を任せるのは不安だ」
「わははっ、この胸にドーンッと任せておけっ!」
「不安だ……」
「兄上は勝利者だ。その勝利者が戦場を離れるわけにはいかんだろう」
「わかった、行け……。だか必ずここに戻ってこい。ジラント様をお連れしてな」
「ああ、こっちは任せろ。しかしこれで兄上が新たな皇帝だな、やはり兄上こそがふさわしい」
それがそう喜びを口にすると、兄上は疲れた様子で眉をしかめるばかりだった。
だがきっと、王者になりたくない人間の方が皇帝に向いているのだ。
兄上には人望がある。父上の名誉を汚す気はないが、父上にはそれが足りていなかった。
不幸を自分一人が背負い込むことで、国を守ろうとしたのが父上だ。
兄上は父上のその失敗を間近で見てきた。兄上に任せれば、もうこの国は大丈夫だ。
「皇帝ゲオルグ万歳! ゲオルグ兄上万歳!」
「なっ……!?」
俺は俺が焚き付けたお祭り騒ぎに背を向けて、騒ぎたくなるシグルーンを引っ張って、因縁の地エルキアを目指した。
ジラントが待っている。とにかく急ぎたかったので俺はシグルーンを抱き抱えて、地下隧道に下りると準備しておいた台車にシグルーンを乗せて、遙か北エルキアまで地下世界を走った。
「わははっ、愛の逃避行か!?」
「いいや、ここからが本当の最終決戦だ」
生きていてくれ、ジラント。
もう6話ほどで完結します。
 




