21-1 スコップ一本で刻む内戦の終止符 - 電撃戦 -
「付き合わせて悪かったな」
一人でジュリアスの足下を奇襲路を築くつもりだったが、今日まで俺を照らしてくれた太陽の欠片は、地下帝国の空に還ってしまったのだった。
そこでキャラルが暇していると言うので、彼女に明かりを持ってもらうことにした。
「いいよ。だって決戦前夜だし、シンザ――じゃなくて、アシュレイが無茶する前にゆっくり話したかったから……」
「決戦前夜……そういった発想はなかったな」
「えぇ……っ、シンザは不安じゃないの……? 戦争に加わるんだから、展開次第じゃ死んじゃうかもしれないんだよっ!?」
「負ける気はない。厳しく見積もっても9割九分勝てる戦いだ。……と、言うと負けフラグになるのか……。やはり今のはなしだ」
正面の硬い土をうがち、圧縮せずに後方に払った。
今回は一定周期に残土をためる空洞を作って、土の始末をエリンの民間人に任せることにしたのだ。
俺一人の力ではなく、皆の力で勝利への道を築く。
少しでも俺の負担を減らそうというプィスの提案だったが、これは悪くない。
「ねぇ、この戦いが終わったら……アシュレイはどうするの……?」
「……エルキアに行く」
「エルキアって……北のエルキア領? なんで?」
「ケルヴィムアーマーを奪い去った連中は、そこを目指すそうだ。ジラントがたった一人でそこを守っている……」
「そう……」
包み隠さずに答えると、どうしてかキャラルは黙ってしまった。
女性というのはやはり俺にはわからん……。だが、わからんなら聞けばいい。
「なぜ急に落ち込む?」
「落ち込んでなんかいないよっ。ただ……アシュレイにとって、ジラント様は特別なんだね……」
「ああ、あれには世話になった。ヤツには人生を変えてもらった恩がある。特別かと聞かれたら、ジラントは俺にとって特別だ」
「それもそうっか……。じゃあ、質問ちょっと変えるね……? 女の子として、特別……?」
「質問の意味がわからん。だが、ジラントに父上と呼ばれるとむずかゆい。ジラントは俺を父親の代わりにしたいようだ」
「それってつまり……娘感覚ってこと……?」
「……かもしれん。本人には言えんがな」
そう答えて後ろを見ると、キャラルが満面の笑顔を浮かべていた。
やはり女はわからん。
「じゃあ、平和になったら……うちの水夫になるって話、試してみない……? シンザさえよかったら、私いつでも歓迎だよ……?」
「本当か……!? いや、だが、俺にも少し考えていることがあってな、即答はできん」
「え、何かしたいことあるの……?」
「復活した地下世界の発展を見守りたい。アンタと海を渡るのも楽しみだが、発展という最も見応えのある部分から目を離すのもどうかと思う」
「だったら、一月は私の船で過ごして、もう一月はそれを見守る生活っていうのはどう……? 少し離れた方が発展を実感しやすいんじゃないかな……」
「おお……それは名案だ、そうしてしまうか」
だったらなおのこと、生きてエルキアから帰ってこなければな。
そう言葉に加えかけて止めた。キャラルを不安にさせるだけだ。
「さて帰るか」
「え、奇襲路は……?」
「俺の直感によると、この真上がジュリアスの本陣だ。残りは当日に掘るとしよう」
「……アシュレイってさ、なんか最近、どんどん人間離れしていってない?」
「かもしれん。だが使える力は有効活用するのみだ」
「あ、ちょっと待って、アシュレイ」
「なんだ? んな……っ!?」
キャラルは俺の横顔に回り込んで、急に近付いてきて背伸びをした。
何か今、やわらかくて湿った感触が頬に走った。これはまさか……。
「決戦前夜だから……それっぽいことしてみた……。アシュレイ、死んだら絶対許さないからね! 絶対戻ってきてねっ!」
「死ぬ予定はない。俺は元から、ジラントのように世界のために命を賭けるたまではないからな。必ず帰ってくると約束する」
「とか言って、夢中になると止まらなくなるのもアシュレイだから心配だよ……。嘘付いたら、一生うちの水夫としてこき使ってあげるんだから!」
「いやその理屈だと、死んだ俺が水夫をすることになるのだが……?」
俺たちは言葉遊び同然のやり取りを繰り返し、妙な興奮に自分たちが包まれるのを感じた。
決戦前夜か。地上に戻ったらもう少しキャラルと一緒に過ごしたい気分だ。
そう彼女に気持ちを伝えたら、よくわからんがキャラルははしゃぎだした。
明日、俺たちは内戦を終わらせる。これが最後の夜と言えなくもなかった。
・
先日の夜にエリンを出発した連合軍は、ジュリアス率いる南軍の背後に陣取った。
宣戦布告の方はもう済んでいる。俺たちは北軍と南軍の双方にケンカを売り、地底と地上の両方から朝が訪れるのを待った。
そしてついに時がきた。
ジュリアス率いる南軍に地上の主力が突っ込み、同時には俺は地上――南軍本陣に繋がる地下道を開通させた。
大量の兵員を一気に地上へと運べるように、でかいトンネルにした。
「な、なんだっ、地面が崩れ……うっ?!」
当然だがでかい分すぐにバレた。
次々と兵たちが俺たちを取り囲もうとしたが、先陣を切ったのはシグルーンだ。
俺たち奇襲部隊はまだ薄暗い早朝の敵本陣になだれ込み、次々と近衛兵を倒してジュリアスの姿を探した。
「ジュリアス皇子、お覚悟を!」
「おおっ、あっちのようだぞっ、シンザ!」
「どういう耳をしているんだ、アンタ……」
ジュリアスと本陣天幕が見つかったようだ。
シグルーンの背を追って、群がる兵たちを殴りしてゆくと、いともあっさりと俺たちはキングの目前まで駒を進めていた。
自分のやったことだが、拍子抜けするほどにあっさりといった。
「なんだ、アシュレイか……ゲオルグが殺しにきたかと思ったよ」
「俺だ。俺で悪かったな、ジュリアス兄上」
ジュリアスの率いる兵は精強だ。
少数精鋭での奇襲ということもあって、時間をかけていたら周囲の敵軍に俺たちが潰される。
「僕を殺すのかい……?」
「それが嫌なら降伏しろ。アンタを斬ると後が面倒だ」
「ま、賢明だね。なら追いつめてみなよ」
「そうする」
ずっと嫌っていた兄だったが、今日のジュリアスはどこかおかしかった。
妙な感じだが、今はジュリアスから狂気を感じない。
次々とシグルーン含む精鋭が敵の近衛兵を倒してゆくと、すぐにジュリアスを取り囲めた。
「降伏しろ」
「いいよ、僕もモラクも叔母上も君に負けた。降伏しよう」
「……あっさりとし過ぎではないか?」
「あらがったところで君には勝てない。死んでいるはずのゲオルグが一軍に合流して、エリンの兵力が膨れ上がり、こうして挟撃を受けた以上、もうダメだと君たちに降伏するつもりだった」
コイツ、本当にジュリアス皇子か……?
あのマザコンのジュリアスが、一度も幻想の母親を引き合いに出さない。
いや、だがこれは朗報だ。ジュリアスに降伏宣言をさせよう。
「ならば降伏を――」
「それは困る」
ところが――どこからか聞き覚えのある声がした。




